第4章 ヒドラ :4-3 鏑木の影
警視庁捜査一課の会議室には、志村と田口をはじめとする捜査班の刑事たちが集まっていた。ホワイトボードには「ヒドラ」の名が赤字で記され、関係者の名前や事件の情報が整理されている。
机の上には、一冊の古びた書物が置かれていた。表紙には「ヒドラの啓示」と書かれている。
「……やれやれ、やっぱり大人しくしているつもりはないか。」志村は苦笑しながら書物を見つめた。
今朝、匿名で送られてきた「ヒドラの啓示」は、警察にとって大きな手がかりだった。送り主は明白だった。宮崎剛志たちが、御堂美咲から入手した聖典を隠し持ち、意図的に警察に流したのだろう。
「久保田先輩、しっかり手綱を握ってくれてると助かるんですがね。」志村がため息交じりに言った。
現在、警察が握る有力な情報は二つあった。一つは、廃工場で拘束した紫のローブの男。取調室では八神が尋問を続けている。もう一つは、宮崎剛志が監禁されていたマンションの所有者の関連。風間がその関係を追跡し、杉本がマンションの痕跡を洗い直している。剛志が抵抗の末に倒したという黒いローブの男は、警察が到着したときにはすでに姿を消していた。
冴木は御堂美咲の遺体を調査しているが、新たな発見は期待できそうにない。
ホワイトボードには聖典の要点が転写され、捜査班の刑事たちによる考察が書き込まれていた。その中でも特に重要だったのは、ローブの色の意味 だった。
黒いローブ:一般信者。儀式の補佐や雑務を担当。
赤いローブ:儀式の執行者。彼らが現れたとき、儀式が行われることを意味する。
紫のローブ:儀式を成功させた執行者を崇拝している一般信者が、執行者個人のために動く際に身に着ける。
「……赤いローブが現れた時、儀式が執り行われる。」田口がホワイトボードを見つめながら呟いた。
「この情報が正しければ、赤いローブの存在を追うことで、次の儀式を未然に防ぐことができる。逆に言えば、赤いローブを見逃せば、また犠牲者が出るということだ。」志村は腕を組み、深く考え込んだ。
「……そして、宮崎剛志が口にした“鏑木”という名前。」
志村が最も気になっていた名前を口にすると、田口も表情を引き締めた。
「……間違いないでしょう。直感ですが確信しています。」田口の声が低くなる。
「鏑木……詐欺師の鏑木良。」志村は資料をめくりながら呟いた。「あいつがヒドラに関与しているなら、信者の勧誘役を担っている可能性が高い。」
「やつの話術は異常なほど巧妙です。」田口が険しい表情で続ける。「過去に何度も詐欺事件で逮捕されたが、うまく立ち回り、刑を最小限に抑えた。出所後も足を洗ったとは思えない。」
「詐欺師がカルトに関与するのは、ある意味自然な流れか。」志村は皮肉げに笑った。「信者を巧みに取り込み、儀式へと導く……鏑木にはぴったりの役割だ。」
志村はホワイトボードの鏑木の名前の下に赤線を引いた。「これより、鏑木をとらえるための作戦を立てる。」
警察は鏑木良の追跡を本格化させた。表向きには些細な情報かもしれないが、志村と田口には確信があった。鏑木を追うことが、ヒドラの全貌を暴くための突破口となる──その直感が、これまでの経験に裏打ちされた確信へと変わりつつあった。
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