第3章 走査線 :3-9 廃工場への手がかり
剛志、彩音、美咲の三人は久保田探偵事務所に戻り、久保田と神崎と合流した。
「剛志さん、お帰りなさい。こちらが美咲さんですね。私は久保田と言います。ここの所長をしています。」久保田が微笑みながら言った。
「はい、御堂美咲です。よろしくお願いします。」美咲は少し緊張した様子で頭を下げた。
「神崎です。よろしくお願いします。」神崎も丁寧に挨拶した。
美咲は周囲を見回し、「皆さんはこれで全員ですか?」と尋ねた。
「はい」と答えた彩音が、ふと何かを思い出したように「そういえば」と言った。「キュミちゃんも紹介しなきゃね。」
すると、棚の上から「キュミ~」と鳴く声が聞こえ、キュミちゃんが姿を現した。鳴き声に似合わないサイズのキュミちゃんだが、愛嬌は抜群だ。美咲は少し笑顔を取り戻した。
「可愛いですね。」美咲が柔らかい表情で言った。
「事務所のマスコットみたいな存在です。」彩音が微笑んで答えた。
和やかな雰囲気が漂う中、剛志と彩音は先ほど聞いた美咲の話を久保田と神崎に共有し始めた。久保田は真剣な表情で美咲の話を聞き、神崎はメモを取りながら詳細を確認した。
一同は応接室に移動し、より詳細に美咲から話を聞くことにした。
「美咲さん、まずは初めてローブの人たちが現れたときの状況を教えてもらえますか?」久保田が促すと、美咲は頷いて話し始めた。
「はじめはひと月くらい前のことでした。コンビニからの帰りにローブの人影を初めて見かけたんです。最初は変な人たちだなと思ったくらいでしたが、その日から毎日見るようになって、見かける場所もどんどん家に近くなってきて…怖くなって家にいられなくなってしまいました。」
「それからどこに隠れていたんですか?」久保田が先を促す。
「最初はネットカフェに隠れていました。でもしばらくしたらまた現れるんです。怖くなって別のネットカフェに移るという日々を続けていました。夜は公園や空き家で過ごすこともありました。」美咲の恐怖心が伝わってくる。非常に過酷な逃亡劇だ。
「よく捕まらずに逃げてこられましたね。」剛志は感心した。
「何度か危ない目にあったんです。ただすぐ近くまで迫られるんですけど、捕まえようとしたり暴力を振るったりはされないんです。近くでじっと見てくるだけというか…。」美咲はおびえた様子で話した。
「ローブの人たちから何か言われたことはありますか?」神崎が尋ねた。
「いえ、私には何も。ただ、一度警察の人が近くを通りかかったことがあって、その時にローブの一人が『廃工場に戻るぞ』って言ったんです。」美咲の口から具体的なキーワードが出てきた。
「廃工場か…」久保田は考え込む。「それが手がかりになるかもしれません。」
「その廃工場の場所に心当たりは?」彩音が尋ねた。
「いえ、特には…。」美咲には心当たりがないことを伝えた。
「神崎くん、有力な候補はないかしら」久保田が神崎の見解を求めた。
「廃工場ですか…。町中にありますからそれだけでは何とも。ただローブの目撃情報が比較的多いエリアと照らし合わせると絞り込めるかもしれません。ちょっと待ってください。」神崎はPCを操作し始める。
「北山公園付近で3件の目撃証言があります。ネットの書き込みなので信憑性は約束できませんが、ここがこの辺りで一番頻度が多いですね。」
「北山公園の近くの廃工場だったら、思い当たるところがあります。」剛志が発言した。剛志の自宅から駅に向かう間に北山公園があり、そのあたりには土地勘もあった。
久保田は決断した。「よし、一度その廃工場を調べてみましょう。何か手がかりが見つかるかもしれません。剛志さん、案内をお願いできますか?」
剛志はうなずいた。「はい、もちろんです。」
「しかし、もう夜です。今から行くのはちょっと危険でしょう。」彩音が事務所の壁かけ時計を見ながら言った。学校の教室にあるような真ん丸の時計は、まもなく8:00を示すところだった。
「そうね、明日を待って明るいうちに行きましょうか。」久保田がそう言ったときだった。
「あの...。」美咲が声を上げた。「今から行った方がいいかもしれません。」
「どうしてだい?」剛志は不思議に思って聞いた。
「今日、私は剛志さんたちに助けられました。それは彼らも当然知っています。」美咲は続ける。
「これまで私は一人で行動してきましたが、剛志さんたちと合流した。それによって、彼らが作戦を変えるかもしれません。もしかしたらアジトだって...。」
「剛志さんが美咲さんと合流したのは今日の午後。やつらが居所を変えるとしたら、遅くとも今夜いっぱいでしょう。もちろんすでに移動しているかもしれませんが。」神崎が推察する。
「うーん。」久保田がうなった。
ローブの一味が確実にアジトを移動するとは言えなかったが、ありえない話ではなかった。危険かもしれないし、時すでに遅しかもしれないが、突入を遅らせれば遅らせるほど、尻尾をつかめる可能性も低くなっていく。
「久保田さん、行きましょう。」剛志は身の危険より、手がかりを失うことを危惧した。
「わかりました。」久保田は決断した。「それではこれから廃工場に向かいましょう。」
事務所内には次の活動に向けて動き出す雰囲気が高まる。
「あの…」そのときしばらく会話から離れていた彩音が口を開いた。
「どうしたの?」久保田が聞く。
「あ…いや…やっぱりいいです。」彩音は迷った挙句意見を引っ込めた。
「そう?それじゃあ、各自準備を進めて。」久保田の号令で割り振りが決まっていく。
神崎は事務所で情報収集を続け、剛志と彩音と美咲で廃工場に向かうことに決まった。久保田も「ちょっとやっておきたいことがある」とのことで、事務所に残ることになった。
剛志、彩音、久保田、神崎、そして美咲は、廃工場の調査に向けて各々が準備を始めた。
「剛志さん、ちょっといいですか…?」そんな中、彩音が剛志に声をかけた。
「どうしたんですか?」
「実はさっき言い出せなかったんですけど、美咲さん、警察官に声かけられたって言ってましたよね。」彩音は先ほどの会話の一部を持ち出した。
「はい、そうですね、ローブの連中が迫ってきたときに警察が現れて難を逃れたと。」
「美咲さんはなぜその時警察を頼らなかったのでしょうか?」彩音の口から疑問が呈された。
「確かに…。」剛志は言われるまで気づかなかったが、その通りだ。警察を頼るのが一番安全なはずだ。
「警察を頼りたくない事情があったのかもしれない。」剛志は続けた。
「美咲さん、まだ私たちに何か隠していると思います。」彩音は剛志に注意を促した。
「うん…そうかもしれない。」剛志は複雑な気持ちに襲われた。弟が愛した人だ、疑いたくはない。そしてローブの連中に追われているのは事実で剛志もそれを目にしている。しかし、確かに違和感は残っている。
「美咲さんが協力したいと言ったのも、何か理由があるはずです。」彩音は続けた。「でも、彼女の情報がなければ手がかりもつかめないかもしれない。慎重に対応しましょう。」
「分かった、ありがとう彩音さん。気をつけるよ。」剛志はそう答え、改めて決意を固めた。
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