第3章 走査線 :3-8 美咲の証言

「剛志さん、その前に翔太さんのこと...詳しく教えてくれませんか?」彼女は震える唇で剛志にそう乞うた。


「あぁ、そうだね...」剛志は己を恥じた。恋人の死を聞かされた美咲に対し、まずはそのことを詳しく説明するのが先だったろうに、情報を聞き出すことを焦ってしまった。


「失礼します。ホットコーヒーとココアになります。」その時、剛志と美咲の飲み物を店員が運んできた。剛志はテーブルに置かれた飲み物のカチャカチャという音が耳障りに感じられた。


「あ、アイスコーヒー、Lサイズで」彩音はここぞと自らの飲み物を注文した。今日は春だが暑いくらいの陽気だし、急いで駆けつけてくれたのだ。のどが渇いていたのだろう。


店員が去ると、剛志は深呼吸をしてから話を切り出した。「美咲さん、落ち着いて聞いてほしい。」


美咲は目を伏せ、緊張した様子で耳を傾けた。


剛志は続けた。「翔太は…殺されました。2週間前に、彼のアパートで遺体が見つかりました。」


剛志は自分が翔太を発見した経緯、現場の異様な魔法陣とシンボルについて語った。翔太の下腹部から内臓が抜き取られていたことは、美咲には衝撃が強すぎると思い伏せておいた。


「うそ…そんな…」美咲は驚きと悲しみの表情で涙を流していた。剛志が語る詳細から恋人の無残な姿を想像したのだろう。剛志は自分の知っている美咲と変わっていないことを感じ、少し安堵した。


「辛いことを聞かせてしまってすまない。でも、君も同じく翔太を大切に思っていたから、知っておいてほしかった。」剛志は美咲が落ち着くのを待ち、そう言った。


美咲は涙を拭いながら頷いた。「はい、ありがとう、剛志さん。」彼女は気丈に言ったが、おそらくまだ実感は得られていないだろう。衝撃的な事実に、すべての感情が追い付いていないだろう。翔太を発見した直後の剛志もそんな感覚だった。しかし、それでも彼女から情報を聞かなければいけない。


彩音が質問を始めた。「美咲さん、2週間前から黒いローブの集団に追われていると聞きましたが、その経緯を教えていただけますか?」


「突然、何の前触れもなく現れました。最初はただの偶然だと思っていたけれど、追いかけてくるようになって…理由は全く分かりません。」美咲は自らの戸惑いを少し震える声に乗せて答えた。


「その間、どうして周りの人に連絡しなかったんですか?それこそ翔太さんなら力になってくれたでしょう?」彩音から質問が飛ぶ。


「誰も巻き込みたくなかったんです。特に翔太さんには…。アイツらは本当にしつこくて、相談した相手にも迷惑をかけるかもしれないと思ったんです。それに、こんなこと誰に相談して信じてくれるのでしょう?」美咲は答えた。


彩音はさらに質問を続けた。「ミッドナイトブルーにはどうして通っていたんですか?」


「ただ、一人で飲んでいただけです。日常から逃げる場所が欲しかったんです。」美咲は答えた。


剛志が話に割り込んだ。「美咲さん、夢の話を聞かせてください。岡田美紗さんから聞きました。奇妙な夢を見ていて、悩んでいると相談したそうですね。」


美咲は「はい、そうです。」と答えた。


「その中で二匹の蛇が絡み合うようなシンボルが出てくるとのことですが、これのことでしょうか?」剛志は自らスケッチしたシンボルのコピーを見せた。


「はい。このシンボルです。でもどうしてこれを?」美咲が怪訝そうに聞き返す。


「実は僕も同じ夢を見ているんです。そして、翔太のアパートにもこのシンボルが残されていました。夢はいつ頃から見るようになったんですか?」


「3ヵ月前からです。夢の中で、誰かが私の足を引っ張ってくるような感じがします。それが怖くて…。」美咲は答えた。


「夢の内容の詳細をもう少し教えてください。」剛志がさらに尋ねた。


「そんなにはっきりしたものではないんです。ただ、いつも何かに足を引っ張られてどこかに引きずり込まれるような夢なんです。どんな存在が一体どこに連れて行こうとしているのかはわかりません。ただ不安感や脅迫観念を感じます。夢の中で足を引っ張られるとき、まるで自分が何かに取り込まれそうになるような恐怖を感じるんです。」美咲は続けた。彼女の声には深い恐怖と絶望感が滲んでいた。


彼女は間違いなく夢を見ている。夢を見たときに感じる感覚が剛志の感じたそれと一致していた。


「剛志さんも同じ夢を...。あの、私も協力したいです。」美咲が急に剛志に申し出た。「どうせこのまま追われ続けても危険ですし、あのローブたちの手がかりを提供できるかもしれません。」


「危険だからダメだ。」剛志は反対した。おびえていた様子だった美咲が突然協力すると申し出てきたことにも驚いた。しかし美咲はこう続けた。「それなら、もっと安全な場所で私を守ってください。」


剛志は彩音にどうする?という目線を投げかけた。


「美咲さん、少しここでお待ちいただけますか?私の上司とも相談しないといけませんし。」彩音はそう言って剛志を誘って、席を立った。


剛志と彩音はいったん喫茶店の外に出て久保田に携帯電話で連絡した。彩音が電話している間、剛志はその様子を見守っていた。


「はい…。はい…。そうです。…うーん、確かにそうなんですけど、危なくないですかね。…はい。…まぁ、確かに。…わかりました。ではそうしますね。」彩音が剛志の目の前で久保田とやり取りしている。


「剛志さん、美咲さんを事務所に連れていきましょう。」電話を切った彩音は剛志にそう言った。


「久保田さんがそういったの?」剛志は彩音に尋ねる。


「そうですね、リスクもありそうですけど、美咲さんの提案は理にかなっているし、このままだと捜査も行き詰まりそうです。久保田さんが、それが得策だと判断しました。」久保田は大胆に物事をジャッジする。


「それに、もっと掘り下げて聞きたい話がたくさんあります。みんながいる場所で一緒に聞いた方がいいですからね。」彩音は神妙に言った。


「そうか、じゃあ美咲さんを事務所に連れて行こう。」剛志はそう言うと二人は喫茶店の中に戻った。


「美咲さん、申し出ありがとうございます。ぜひよろしくお願いします。」彩音は席に座るなり、待っていた美咲にそう告げた。


「あ、はい、よろしくお願いします。」先ほどの渋い反応から一転した歓迎ムードに、美咲は少し戸惑ったようだ。


「では、行きましょう。あ、でもちょっと待ってくださいね。」彩音は目の前にあるアイスコーヒーLサイズを一気に飲み干した。二人が離席している間に運ばれてきたもののようだ。


「…あ~、頭いた…お待たせしました。さ、行きましょう。」彩音がレジで会計を済ますと、三人はカフェを後にして久保田探偵事務所へ向かった。

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