第3章 走査線 :3-7 紫のローブ
神崎が持ち帰ってきた情報をもとに、翌日神田町での聞き込みをすることになった剛志と彩音は午前10時に神田駅に集合した。その日は春めいた陽気が漂い、汗ばむほど暖かかった。
「それじゃあ調査を始めましょう。」彩音が音頭を取り、二人は駅から東西に分かれて調査を進めることにした。
午前中は二人とも空振りだった。待ちゆく人に美咲の写真を見せて聞き込みを行ったが、剛志も彩音も有力な情報を得ることはできなかった。黒いローブのことについても誰もが首を横に振り、中にはその話をしたとたん不審者を見るような目で去っていく人もいた。
二人は正午にもう一度駅に集合し、ランチを食べながら午前中の報告をし合った。
「何か見つかりましたか?」彩音がオムライスを食べながら剛志に声をかける。トマトソースのかかった看板メニューだ。
「いや、こちらは手応えなしだ。」剛志は肩をすくめた。剛志の目の前にはまだ口をつけていないコーヒーと、白いクリームソースのかかったオムライスが半分ほど残っている。
「そうですか、簡単にはいきませんね。ま、こんなのはしょっちゅうですけど。」彩音は向かい合う剛志の頭上を見上げて言った。
「やっぱり探偵のお仕事って大変ですね。」剛志はもちろん探偵業については門外漢だったが、イメージの割には地道な仕事なんだろうと想像していた。
「そうなんですよ。特にウチなんて超自然現象に関する調査を売りにしてるじゃないですか。だから聞き込みしてもまともに取り合ってくれない人も多くて。」彩音がぼやく。
剛志も自身の聞き込みの時に、そういった反応を何度か受けた。自分は翔太の事件を解決するという強い決意があったのでめげることはないが、単なる仕事の探偵たちに求められるメンタルにはそれなりの強さが必要そうだ。
ランチを済ませた後、二人は午後からも引き続き同じように調査を開始し始めた。
剛志の午後の調査は、駅の東エリアの中でも人通りが少ない場所から始めることにした。このまま聞き込みを続けても何も得られそうにないし、一度アプローチを変えてみることにしたのだ。
そこはなんだか不穏な雰囲気のするエリアで、明らかに駅前とは人の量が違った。昼間だというのに開いている店は見当たらず、シャッターや壁には赤や青や黄色といったスプレーで描かれた落書きがところ狭しと自らを主張していた。
「なんだか不気味なところだな」剛志は感想を口に出しながら、奥へと歩を進めた。
その時、剛志の目の端に紫のローブを纏った人影が映った。少し先の小さな交差点を早足で横切っていった。
「あっ!」剛志はとっさに走り出し、交差点を人影が向かった方向へ折れた。
そこは薄暗い路地裏で、周りの建物に人の気配はなかった。その先の道はT字路になっており、そこには紫のローブの人影が三人。追いかけていた人物ともう二人、怪しい出で立ちをした存在が剛志に背を向けて立っていた。三人は一人の若い女性を取り囲んでいた。
「おいっ!」剛志が声をかけると、人影たちはその場からサッと立ち去った。人影は太陽に照らされた影のように蹴散らされ、若い女性だけが残された。
剛志は女性に駆け寄る。
「美咲さん?」剛志は残された女性の顔を見てつぶやいた。なんとなく予感はあった。
「剛志さん...?」美咲が驚いたような顔で見つめ返す。その顔に疲れこそ感じられたが外傷などはなく、暴力を振るわれたり酷いことをされたわけではなさそうだった。
「よかった、探してたんだ。大丈夫かい?」
「えぇ、助かりました。」美咲は心底ホッとしたような顔で礼を言った。
「アイツらは?」
「わからない。2週間前から追われているの。」
「2週間...」剛志は思わず繰り返した。それは翔太が殺されたころと同じ時期だった。
「翔太さんは...?」美咲の口から翔太の名前が飛び出した。そうか、彼女は知らないのか。
「いや、実は...」剛志は言いよどむ。
「翔太は、死んだ。」
「...え?」美咲は言葉の意味が理解できないような顔をしていた。
「殺されたんだ。」剛志はその事実を口に出した時、とても悔しい気持ちになった。
「うそ...でしょ?どういうこと!どうして?」彼女は剛志を激しく問いただした。
「落ち着いてくれ。俺も今それを調べているんだ。」
「まさか...ほんとうなの...?」剛志の消沈した顔を目の当たりしたことで、美咲の顔色も青くなり涙がぽろぽろと溢れた。
「...とにかく一回落ち着ける場所で話そう。」
美咲は無言でうなずくと力なく剛志に従った。
剛志は元来た道を引き返し、彩音と合流すべく歩き出した。彩音の携帯電話に電話をかけ、美咲を発見したことを伝えた。そして、彩音にこの辺りに落ち着いて話せる場所に心当たりはないかを尋ねた。
彩音は駅前の中心地から少し離れた喫茶店を挙げ、そこで落ち合うことになった。剛志と美咲のいる東側エリアの店を指定したのは、彼女の配慮もあったに違いない。
「剛志さん、美咲さんは?」彩音が喫茶店に入るなり言った。剛志と美咲は彩音より数分前に喫茶店につき、先ほどそれぞれのメニューを注文したところだ。剛志はコーヒー、美咲はココアを注文した。
「彩音さん、彼女は美咲さんだ。翔太の恋人だった。」剛志は美咲を紹介しながら言った。
「御堂美咲です。」美咲も軽く会釈をした。
「初めまして、久保田探偵事務所の西園寺彩音です。」彩音は一呼吸置くと、優しく美咲に挨拶をした。
「美咲さん、それではお話を聞かせてもらえますか?」飲み物が運ばれてくる間も惜しみ、剛志は美咲を促した。
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