二
僕は大学に進学して、いつの間にかほとんどロックも聴かなくなって、『剣と鞘』の活動もまったく追わなくなってしまった。
大学生といえばモラトリアムの代名詞で、僕も勉強なんてほとんどしていなかったけれど、かといって暇だったわけではない。
友達と合コンして、彼女もできた。
他大の女の子で、清楚系で可愛い感じの女の子だ。
行為の後、彼女が、裸のままCDラックを覗いて言った。
「センスいいんだね」
僕は彼女の腰から背中にかけてのラインをじっと見つめていた。前のめりになっていて、尾てい骨がうっすらと浮かんでいる。
「でもなんか、不思議なチョイス」
そりゃそうだ。僕は別に系統立てて音楽を聞いているわけじゃない。ただ、彼らの提供する素敵な音楽を素敵だと思っていただけだ。そこに僕の意思は一ミリもなかった。
ラックには『剣と鞘』は並んでいなかった。そのCDは、別の場所にしまってあって、そうしておいて良かったと思った。彼女の目にそれが触れなくてよかった。
「音楽好きなんだね」
ベッドに戻ってくる彼女にそう言われて、僕はあのギターのことを思い出した。一時期夢中にコードを押さえたあのギター。あのギターもほこりをかぶって、一人暮らしを始めるからと実家に置いてきた。それからしばらくして親から処分したと連絡があったんだった。
僕は戻ってきた彼女を抱きしめて答えた。
「どうだろう」
そろそろ就職活動についても考えなければならなくなった頃に、久しぶりにネットニュースで『剣と鞘』の名前を見た。
――『剣と鞘』次回作、作家が作詞を担当
ヤフーのトップに表示されたその文字を、思わずタップする。あまりに久しぶりで、思わず押してしまったのだ。遅れて、そうか、もう彼らはヤフーのトップに表示されるまでのネームバリューがあるんだ、と思った。
『人気バンド、『剣と鞘』の次回作の作詞を、作家の野見修保さん(26)が担当することが、本誌の取材で分かった。野見さんは芥川賞の候補にも二回なった人気作家で、作詞をするのは初めて。『剣と鞘』にとっても、ボーカルの田伏剣(26)さん以外が作詞をする作品は初めてになる』
へえ。
そう思って、冷静な自分に驚いた。
コメント欄は結構荒れていて、作詞が田伏でないことを嘆くコメントや、その作家が誰なのか知らないということを誇らしげに書くコメントなどで溢れていた。
数年前の僕だったら同じような感想を持っただろうなと思った。『剣と鞘』は曲だけでなく詞も魅力の一つだったし、田伏の書く詞でなければハマらないと思うのは、ファンなら当たり前だろう。その作家についても軽く調べてみたが、少なくとも名前は知らなかったし、作品名を見てもピンとくるものはなかった。
人気作家、ねえ。
――そう思いつつ、サブスクで曲が解禁される日が来た。僕はせっかくだし聴いてみようかなという気分になった。
ゲスな冷やかしだ。
情けないと自分でも思いつつ、曲名をタップする。
イヤホンから、曲が流れ出す。
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