第32話 ベルーガ視点八
午後六時三〇分ごろ。愛龍ちゃんに家まで送ってもらっている私は話しかける練習を何度も繰り返しながらメモパットで意思疎通をはかっていた。
愛龍ちゃんは筆談よりも会話の方が楽だと言い、言葉と文字で意思を通じ合わせている。
「昔は成虎とお風呂に入っても何も感じなかったのに、最近はあいつの裸を見たら無性に心臓が高鳴るんだよ。楽しいボクシングが楽しくなくなるかもしれないって私の心配してくれたり、練習を頑張っているところを見たりしても、胸が苦しくなる」
『そうなんだ』
――愛龍ちゃん、海原君とお風呂に入っていた仲だったんだ。今日も、当たり前のように関節キッスしていたし、水族館を巡っている間も凄く仲が良かった。私も混ざりたいと思ってしまった。本当は二人だけで行く予定だったのに、私が無理やり割り込んじゃった。
私は愛龍ちゃんが海原君のことが好きだとわかっておきながら、それを彼女に伝えなかった。なんなら、二人の間に無理やり入り込んで今日を楽しんでしまった。なんでそうしてしまったのか、自分でもわからない。
仲間外れにされたくなかったのかもしれない。
自分の行動なのに自分で理解できていないなんて訳がわからない。ただ、一つだけ思い当たる節があった。でも、それだけは考えないようにしていた。
もし、そうだったなら、私は自分がもっと嫌いになりそうで、愛龍ちゃんと親友同士でいられなくなってしまう。それは心から嫌だった。
お婆ちゃんになるまで愛龍ちゃんと親友でいたい。彼女に幸せになってもらいたいし、笑顔でいてほしいし、私と親友でいてほしい。
こんなに彼女の幸せを祈っているのに、彼女の心の変化が恐ろしくて仕方がなかった。
いつ、どこで、愛龍ちゃんが海原君を好きだと自覚してしまうのか。もしそうなったら、愛龍ちゃんの押しは凄く強いから海原君は「はいはい、わかったよ」と言いながら彼女の思いを受け入れてしまうかもしれない。もしそうなった時、私は愛龍ちゃんの親友でいられるのだろうか……。
私はいつ見ても錆びれたおんぼろの木造住宅に帰って来た。
「じゃあ、また明日。そろそろ行かないと、成虎が万亀雄のお母さんを抱きしめて、そのまま押し倒しちゃってるかもしれない」
『バイバイ……』
――ど、どういう状況なんだろう。海原君、年上好きなのかな? でも、万亀雄君のお母さんって確かロリババアって。万亀雄君の反抗期の言葉遣いを解読すると子供みたいな母親かな。もしかすると子供体型が好きなのかも。って、そんなこと考える必要ないじゃん。
私は頭を振って家の鍵を使い、施錠を開錠してから中に入る。
居間のほうからジューっと何かが焼ける音が聞こえた。
居間に入りキッチンを見ると、舞が私の代わりに料理を作っていた。良い女になるための修行の一環だろう。
私としては凄く助かる。たとえ、U・Sさんとの関係が上手くいかなくても、良い女になる修行をこなしていたら、他に好きになった相手にアプローチをかける時に手間がかからない。って、舞の恋がかなわないって勝手に思っちゃっている。姉失格だよ……。
私は舞と母の三人で夕食を過ごした。
今晩も怜央は帰って来ていない。私と舞が家にいない時間帯に帰ってきているのかもしれないが、一体何しているのだろうか。
改心した舞に何で不良になったのか聞いてみた。
「えっと、なんか皆似た境遇だったから、話しが盛り上がったと言うか、居心地がよかったからかな。昼間は居心地が悪くて夜になると自由で居心地が良いように感じてた。でも、本当は自分の居場所が欲しかっただけなのかも。たぶん、怜央も一緒だと思う、双子だし」
舞の話を聞き、怜央の居場所はここなのにと思ったが、彼がそう感じていないのなら、何を言っても無駄なんだろうなと、妙に腑に落ちる。
「ねえねえ、お姉ちゃん。今日、遊びに行って楽しかった?」
私は何度も頷き、舞に写真やベルーガのぬいぐるみを渡す。
「ベルーガ……、可愛いけど私は鯱が良かったなー」
舞は私のお土産にブツブツ言いながら写真の方に目を向ける。愛龍ちゃんと私が写っている。一瞬、愛龍ちゃんを男の子だと錯覚した彼女は驚いた表情を見せてくれたが、すぐに胸のふくらみに気づいて胸をなでおろしていた。
「お姉ちゃんが、私よりも先に彼氏ができたのかと思って、驚いちゃったよ。二人で遊びに行ったの?」
私は三人で遊びに行ったと言うことを伝える。三人目が写っていないじゃんと言われ、恥ずかしがっていたと言うと「へー」という、どうでも良さそうな返答。
「遊びに行ったあとは楽しかったね~的なメッセージを送っておいた方が良いよ。その方が印象よく見えるから」
「そうなんだ……。わかった、送っておくよ」
私は携帯電話で愛龍ちゃんと海原君に送る文章を考えた。水族館から出た後、愛龍ちゃんが『夏祭りに万亀雄君も誘ってやろう』と言っていたので行幸だと思った私は『今日、水族館、凄く楽しかった。また一緒に行こうね。ああ、でも今度は万亀雄君も一緒が良いかな』と送る。
だが送ってから自分の送った文に別の感情が籠ってしまっていると気づく。
愛龍ちゃんの幼馴染の万亀雄君を近づければ、海原君が愛龍ちゃんから離れて私と一緒に行動してくれるのではないかと言った浅はかな考えが混じっていた。
少し書き換えようと思っていたころ『僕も楽しかった。また、皆で水族館に行こう』と返信がきて、また皆で遊べると思ったら、嬉しくなってしまった……。
「私……最低だ」
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