第23話 シャチと兎

 食費は一人千円内に収めたい。

 六人いるので六千円分の食料を調達しなければ。鶏肉が四キログラムで千円だったりする。僕達にとってありがたすぎる業務スーパーでもっぱら買い物。現在の時刻は午後五時頃なので、多くの人が買いものに訪れていた。


 肉や野菜を見て、カートに乗せた籠に入れていると、むむむ……と視線を食材に向けている頭部が黒髪、先端が金色と言うプリン頭の少女がいた。肉や野菜をプラスチック製の籠に入れ、レジの方に向かう。


 声をかけようか迷ったが、以前、叫ばれてしまったため嫌われていると思い、踏みとどまる。でも、夕方に買い物に来るくらい改心してくれたんだと知り、涙が少々出そうになった。


 僕も買う商品を選んだらレジに向かい清算を終えた。

 業務スーパーを出るとプリン頭の少女が金髪オールバックの少年を見て駆けて行き、盛大に怒鳴っていた。知り合い? もしかすると彼氏とかかな……。でも、顔がやけに似ている。きょうだいかもしれない。


 小柄な少女から出てきているとは思えないほど大きな声が響き、負けじと少年も声を張り上げる。周りの大人たちは視線を送っているが避けており、喧嘩を止める様子はない。


 プリン頭の少女は私服。だが、金髪オールバックの少年は土曜日の午後五時頃だと言うのに制服を着ていた。

 土日に制服を着て出かけに行くだろうか……。部活か? 補修かな? 色々推察は巡るが、彼の不良な見た目から考えると休みの土日に学校に行くと思えない。

 なら、平日に家に帰っていないと言うことか……。口論は次第にエスカレートし、死ねとかゴミクズ野郎とか、お金返せとか、中学生の喧嘩にしては白熱しすぎだった。


 まあ、中学生同士の喧嘩なら大事に至らないだろう……。

 そう思って帰ろうと思っていたら、少年が拳を握りしめている仕草をした。体の動きから次の動きが何となく予想できる僕の目からすると、拳を持ち上げるはずだ。そう思ったら、両手に持っていたエコバックを一気に放していた。卵が入っているのに……。


「さんざん、言ってくれやがって……。舞、女だからって容赦しねえぞ。おらっ!」


 金髪オールバックの少年が拳を少女目掛けて打ち込んだ。

 僕は間に合い、左手で彼の拳をすんでのところで受け止める。少女と距離を取らせ、両者に手の平を見せた。


「喧嘩は良くない。そもそも、男が女を殴るなんて恥ずかしい行為だよ」


「ちっ! なんだ、あんた。俺たちの間に入ってくるんじゃねえよ! 俺が悪者みたいな目で見てんじゃねえ! どいつもこいつも俺をバカにしやがって……」


 少年は奥歯が割れるんじゃないかと思うほど歯を食いしばっており、拳の攻撃ではなく、僕の股目掛けて蹴り込んでくる。

 僕が少女を支えながら少し後ろに下がる。

 少年は体幹が無かったのか、はたまたお腹が空いていたからか、勢いが付きすぎた右足に引っ張られて体を支えていた左足が地面から浮き、耐摩耗レンガで舗装された道に手から肘、背中と言う具合に打ち付けられる。

 苦しそうにのたうち周り、涙目になって僕の方を見てくる姿はどこか桃澤さんに似ていた。

 背中を丸めながら立ち上がり、泣きそうなのを我慢して去っていく。頭はぶつけておらず、しっかりと歩けている姿を見るに骨折はしていないと思われる。

 あっちから去ってくれたのはありがたいが……、僕は嫌われているであろう少女と密着するようにして庇っていた。視線を右わきに向けると、顔と耳を真っ赤に染めて口をあわあわさせている少女の姿があった。


「えっと、大丈夫だった?」


 僕が声をかけると、少女は先ほどの恐怖の影響か、声が出ない様子で頭を縦に振る。


「良かった。ああいう男には気を付けるんだよ」


 僕は前と同じように少女の頭を撫でて微笑みかけた後、離れる。そのまま、地面に落ちているエコバックを持ち、帰路に就く。

 すると背後から少女が抱き着いて来て、何か言おうとしているが口をパクパクさせているだけ。


 ――また、ハグしてほしいのか? いや、でも、周りの視線が……。


 夜とは違い、家に帰る者や買い物中の者が多く通る道なので、視線しかない。少女に抱き着く不審者として警察に通報されたら、大会に出られないかもしれない。

 僕はエコバックからエネルギー補給用の飴玉が沢山入った袋を手に取る。彼女と同じ視線になって膝を曲げ、一袋二百円ほどの飴玉が沢山入った袋を手渡した。


「甘い物を食べれば気持ちが落ち着くと思う。じゃあ、元気でね」


 僕は練習のせいですでにパンパンの腕を持ち上げ、少女の頭をもう一度撫でた後、帰路につく。ふと、後ろを振り返るとサウナに入っているのかと思うほどぼーっとしている少女が突っ立っていた。


 ジムに戻ったころ、午後六時三〇分になっていた。見覚えのある後ろ姿がある。

 愛龍と筆談している桃澤さんだった。私服姿が珍しく、極貧生活をしているとは思えないほど可愛らしい見た目。

 彼女は自分から可愛い服を買うようなお金の使い方をするのだろうか。もしかすると、母親のおさがりかもしれない。

 薄手の白い長袖と、桃色の丈が長めのスカート。ボクシングするための恰好ではない。


 愛龍の話によると、桃澤さんはアルバイトの帰りで、家に行く前に愛龍に会いに来たらしい。愛龍の練習している姿が見たかったのかもしれない。

 愛龍は仕事と雑用をよくサボるため、桃澤さんを家に送ると言う口実のもと、ジムから桃澤さんと一緒に出て行ってしまった。ほんと、サボるのが上手い……。


 僕は寮のキッチンで午後七時までに料理を大量に作った。

 沢山動いた今日は、から揚げパーティー。たまに鬱憤を発散させてあげないと、獣たちが荒れ狂う。爆発してからでは遅いのだ。

 脂質は多いが、全くとらないのも体に悪い。から揚げを山のように作り、野菜サラダも同じくらい大量に作る。

 何かもう一食欲しいなと思っていたら、大きなプラスチック容器を抱えた私服姿の卯花さんが寮のキッチンにやって来た。

 プラスチック容器の中に沢山の肉ジャガが見える。驚いていると彼女はいつもの癖で沢山作りすぎてしまったと言う。

 僕はありがたく受け取り、プラスチックパックをキッチンの上に置く。


 卯花さんは近くに愛龍がいないと知るや否や、ため息を吐いて余っていた食材を使って手早く料理を始めた。調理師免許を持っているためものすごく手際が良い。あっという間に、なんちゃってメンチカツが出来た。野菜多めのメンチカツで、お腹がすく匂いが昇る。


「あちっ……、うわっ!」


 卯花さんは背が低いので小さな台に乗ってコンロ上にある鍋内の油にメンチカツの種を入れていた。だが、油が跳ね、仰け反った影響で体勢が崩れてしまっていた。

 僕は近くでメンチカツを皿に盛りつけていたので、すぐに動けた。卯花さんの背後に回り、子供を抱きしめるようにしっかりと受け止める。小さな卯花さんの体は僕の腕の中にすっぽりと納まっており、ふんわりと香る柔軟剤の匂いが心地よかった。


「ほっ……、良かった。卯花さん、足下に気を付けてくださいね」


「え、ええ。ごめんなさい。えっと、助けてくれて、ありがとう、成虎君」


 卯花さんは台に立ち直し、ガスコンロの火を止めた。後ろを振り向き、そのまま僕に抱き着いてくる。

 会長が僕を強く育ててくれた人だとすると、卯花さんは僕の体を作ってくれた人だ。万亀雄の母だが、彼女の料理を食べて育った僕も彼女の息子と言っても過言じゃない。それなりに仲が良かった。


「あぁー、もう、時がたつのは早いわね。成虎君、台に乗ってる私より大きくなっちゃって。昔は私より小さかったのにー」


 卯花さんは頬を膨らましながら、ブーブー言っている。本当に二児の母なのかと思うほど若々しい。背丈が低いので、その分、幼く見えるのかもしれない。中学生の服装でもバレなさそうなほど童顔だ。


「卯花さんは昔とほとんど変わっていませんね。あぁ、でも、昔以上に綺麗になっているかもしれません。本当に年を取っているんですか?」


「やぁ~も~、成虎君、おばさんを、そんなに褒めちゃ駄目じゃない~」


 卯花さんは僕に抱き着きながら台の上で跳ね、見るからに喜んでいた。お世辞ではなく、実際に思っている。にしても、油が近くにあるから危ない。

 卯花さんの小さな背中に手を回し、少し落ち着いてもらおうと思ったころ……。


「はぁ~、疲れた疲れた……。へ……?」


 愛龍は僕たちの姿を見ていた。そのまま、顔や耳を赤らめていく。


「ちょ、ちょちょちょ……、し、成虎、卯花さんに何しているのっ! お、幼馴染のお母さんに手を出すなんて!」


「い、いや、これは卯花さんが台から落ちそうになって、危なかったから」


「成虎君が私を力強く受け止めてくれたの。ほんと、頼りになるわ~」


 卯花さんは僕の胸に顔を押し付け、ニタニタと笑っていた。この人、案外悪戯好きである。そのため、良くおちょくってくるのだ。

 愛龍は思い込みが激しい所があるので誤解だとわかってもらうのに物凄く時間がかかった。私に抱き着いたら許してあげるとか、訳の分からない発言を呟く始末。だが、その程度で許してもらえるなら、いくらでもハグしようじゃないか。


「な、なんか、手がやらしい……」

「なんでだよ……」


 僕と愛龍は子供同士のようにぎゅっと抱き着き、手を背中に当てる。すぐに離れ、完全に許してもらった。にしても、愛龍としっかりとハグするなんて、久しぶりだった。胸がおもったよりも圧迫され、彼女の胸の成長を無理やり感じさせられてしまった……。


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