第14.5章:クリスマスの星
ミユは布団の端に腰掛け、壁を見つめていた。ブラインド越しに、街灯の光や近くの店のかすかなクリスマスイルミネーションが差し込んでいたが、家の中に季節の温もりはなかった。台所から聞こえてくる父親のろれつの回らない声は、重く、刺々しい。暖房の低い唸り音でさえ、部屋の隅々に押し込められた緊張感を追い払うことはできなかった。もし飾り付けがあったとしても、それは埃をかぶった、半ば忘れ去られたもので――この家が温かくも、安全でもないことを思い出させるだけだった。一晩中ここに閉じ込められると思うと、胃がきりきりと痛んだ。
ミユは袖を引っ張り、消えてしまえたらと願った。床板のきしむ音、食器が触れ合うかすかな音、鼻に残るアルコールの匂い――そのすべてに身がすくんだ。クリスマスはいつだって、彼女が持っていないものを突きつける日だった。
スマホが震えた。
びくっとして、ミユはそれを掴んだ。ユメからのメッセージだった。
「今夜空いてる? クリスマスで街が綺麗だよ。一緒に見に行かない?」
心臓が跳ねた。頬が熱くなり、胸に温かさが広がって、押しつぶされそうだった不安を切り裂いた。行きたい。行かなきゃ。でも――父が。
重たい足音が廊下に響く。ミユは凍りついた。コートを握る指に力が入り、脈が早まる。
「何ぶつぶつ言ってるんだ?」戸口から、酔った声が飛んできた。
「えっと……冬……冬の模試……」言葉につまずきながら答える。「きょ、今日は……勉強しないと……」
父はうなり声を上げ、何か聞き取れないことを呟きながら台所へ戻っていった。ミユは震える息を吐き、急いで鞄を掴んだ。小さく「遅くなる」と呟いて、彼女はそっと家を出た。
外に出た瞬間、冷たい冬の空気が肌を打った。澄んで、生き生きとしている。雪がゆっくりと舞い落ち、髪やコートに積もる。通りの向かい、柔らかな街灯の光の下で、ユメが待っていた。ミユは思わず立ち止まり、頬が熱くなる。ユメの服装は季節感たっぷりで遊び心があった。赤いコートに広がるスカート、白い縁取りに雪が乗り、小さなサンタ風の帽子がちょこんと頭に乗っている。可愛くて、華やかで、どこかからかうようでもあった。
「来てくれたんだね」ユメは柔らかく言い、そして小首を傾げ、いたずらっぽく目を輝かせる。「ねえ、ミユちゃん〜。この服、どう?」
ミユの赤みはさらに深まり、鞄のストラップをもじもじと弄る。「う、うん……か、可愛い……」と小さく呟いた。
ユメがくすっと笑う。その笑い声は軽やかで、胸に広がる。肩がふと触れるたびに、ミユの鼓動は跳ね上がった。雪も、光も、静かな街並みも――ユメの温もりと近さの前では、すべてが背景に溶けていった。
二人は、雪の積もった細い通りを歩いた。小さな店が並び、クリスマスのイルミネーションが灯っている。ユメは時々ショーウィンドウや飾りを指差しては、ミユをからかうように声をかける。ミユの手は、伸ばしたくて疼いた。ユメの顔にかかった髪を払いたくて。でも、偶然触れるたびに高鳴る胸に耐えながら、彼女は我慢した。
小さなカフェで足を止め、湯気の立つホットチョコレートを手にした。ユメは楽しそうに注文し、マシュマロが乗った飲み物をミユにも選ばせた。カップを受け取る手が少し震えた。温かさに驚いたのは、飲み物の熱だけじゃない。ユメの隣にいて、見てもらえている、その事実が温もりになっていた。
「また顔赤いよ」ユメが囁き、ミユは思わずむせそうになる。
「し、しないで……」と、顔を真っ赤にして呟いた。
カフェを出たあと、近くの公園を歩いた。雪は静かに降り続き、二人は柔らかく積もった雪を軽く蹴って、舞い上がる白に小さく笑った。ユメはミユの髪についた雪を、指先でそっと払う。その一つ一つの触れ合いに、心臓が暴れ出す。
やがて、半分凍りついた小さな噴水に辿り着いた。氷柱が繊細に連なり、街灯の光がきらめく。雪は音もなく降り、二人は言葉を失ったまま立ち尽くす。ユメがミユのマフラーを直してくれる。その一瞬の仕草に、胸の奥から熱が込み上げた。
「……ありがとう」かろうじて、囁く。
沈黙は柔らかく、完璧だった。ミユの思考は絡まりながらも、胸の奥で一つの答えに落ち着いていく。憧れじゃない。気まぐれでもない。これは彼女のものだ。雪と光の中、からかうようで近いユメと一緒にいるこの場所で、それを受け入れても安全だと思えた。温かいコートのように、そっと心を包み込む。
通りへ戻ろうとしたとき、ミユは自分の手がまだ震えていることに気づいた。ユメはそれに気づき、またあの、分かっているような笑みを向ける。ミユの胸は締めつけられ、頬はさらに熱くなった。
雪と光、そしてユメの静かな、からかうような存在の中で、ミユははっきりと悟った。
否定できない。
それは、恋だった。
その夜初めて、家への恐怖は遠くに感じられた。ほとんど、どうでもいいことのように。
※ スケジュールを守るのが本当に苦手でごめんなさい。月1更新にしたいと思っているんですが、書き始めるたびに何か起きてペースが崩れてしまって……。それでも、できる限り頑張ります!🙇♀️
昨日の断片 mira @miracat
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