第31話 隣にいる

 10日ほど前からだろうか、右隣に気配を感じるようになった。

 体が触れないギリギリの距離に人が立っている、そんな気配だ。ラッシュになる直前の車内の感じ、といったらわかってもらえるだろうか。

 もちろん、実際に人が立っているわけではない。

 気のせいなのだ。

 一種の幻覚なんだろうと思う。

 だから、仕事をしている時とか、ドラマを見ている時のように、何かに集中していると、それを感じることはない。

 だが、ふっと意識が緩むと――信号待ちしている時とか、歯を磨いている時とか、番組がCMに切り替わった時とか――、が現われる。

 右隣に紙一枚ほどの間をあけ、身をこわばらせて、が立っているのが感じられるのだ。テレビを見ている時なら、ソファーをきしませないように体を小さくして座っているのがわかる。

 最近、その感覚が強くなってきている。

 もうこれ以上縮めることができない距離にいるはずなのに、より近づいてきている感じがするのだ。

 このままいったら、どうなってしまうのだろうか? ついには本当に距離がなくなって、を肌で感じてしまう時がくるのだろうか?

 それを考えると怖くて、いても立ってもいられなくなる。

 ――ああ、もう我慢できない。

 そう思った瞬間だった。

 野太い中年男の声で、はこう言ったのだった。

「おい、どうしていつも俺に引っ付いているんだ?」

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