第30話 病院のビアガーデン
美亜が住むF**町にグリーンピア総合病院ができたのは、3年ほど前のことだ。
駅前にもF**町中央病院があるのだが、F**町中央総合病院は施設も古く、医師や看護師も年齢が高いので、町の人たちは新しい総合病院ができるのを心待ちにしていた。
ところが、待望のグリーンピア総合病院ができたのは、町の北東のはずれだった。
町の東北部は私鉄の線路によって半ば囲まれているので、一度は踏切を越さないと入れない。そのためグリーンピア総合病院は、町の多くの人たちにとって行きにくい不便な病院となっており、評判がよくない。
美亜の家は町の北東にあるので、新しい病院の恩恵を受ける側なのだが、このところ健康で風邪一つひかないので、病院のお世話になったことはない。ただ、バイト先が病院の前を通った所にあるので、毎日のようにその建物を目にしている。
とはいえ病院なので、眺めて楽しいものではない。側面がガラス張りになっていてオシャレな感じがしなくもないが、ホテルのように楽しい気分にはならない。どうしても病気の苦しみや死んでいく人のことなどを考えてしまう。
それでもやっぱり目を向けてしまうのは、気になることがあるからだ。
それは、屋上にある紅白の提灯の列だ。そこが病院だということを知らなかったら、ビアガーデンがあると思っただろう。実際、夜になると提灯に明かりがともり、ビール好きを誘っているように見える。
「あそこはいったい何だろう?」と、美亜は総合病院の前を通るたび考えた。
見舞客や職員用のビアガーデンだろうか、退院する人や末期症状の患者のためのパーティーが開かれる場所だろうか、それとも想像もつかない別の用途があるだろうか?
病院の職員に尋ねてみればわかることなのだろうが、通院していない美亜にはそれは難しかった。それに、こうしてあれこれ空想している方が楽しい。――いや、楽しかった。
グリーンピア総合病院は開院から2年あまりで閉院してしまったのだ。
理由はわからない。噂によると病院内で深刻な事件が起きたからというが、どんな事件なのかまで伝えている噂はない。
美亜にとっては閉院の理由なんてどうでもいい。それより、閉院後も夜になると屋上の提灯に明かりがともされることの方が、ずっと気になる。他の部屋がまっ暗なので、紅白の提灯はとても不気味に感じられる。
「なんで提灯だけ明かりをつけるんだろう」美亜は病院の横を歩きながらつぶやいた。「屋上ビアホールだけは営業中なのかな? まさかね」
その時だった。
病院の屋上の提灯が並んでいるあたりから、大きなもの――ちょうど人間くらいの大きさのもの――が落ちてきた。
ドシッ!
腹に響くような音をたてて、それは地面に激突した。
「ウソ、ヤダ、マジ?」
美亜は立ちすくみ、自分でも意味不明の叫び声を発した。
それっきりあたりは静まりかえった。
美亜は恐る恐るそれが落ちたところに近寄ってみた。それを見るときっと後悔すると思ったが、見ずにはいられなかった。
だが、そこには何も落ちていなかった。
しばらくあたりを探してみたが、それらしいものは何もなかった。
その時からだ、屋上の提灯に明かりがともることはなくなったのは。
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