第16話 背を向けた人

 ミチコの学校には「通学路の怪談」があった。

 在校生が代々語り継いでいるもので、9話あるといわれているが、実際には3話ほどだ。それも時代によって変化しているらしく、5歳違いの姉から聞いた話は、もう学校では語られていない。

 今語られているのは「八尺様」「テケテケ」「背を向けた人」の3話だ。「八尺様」は昨年の学芸会で6年生が劇にして演じたが、怖さのあまり1年生の多くが泣きだしてしまい、途中で上演中止となってしまった。

 もっとも「通学路の怪談」は出る場所が決まっているので、自分が通らない場所に現われる「八尺様」と「テケテケ」には、あまり実感がない。ミチコが使う通学路に出るのは「背を向けた人」で、こういうものだ。

 学校から西に向かう通学路の三つ目の交差点を左に曲がると、道はぐっと狭くなる。その道を少し行くと、道の左側に、塀に向かって立っている男の人がいる。こちらに背を向けているので顔はわからないが、立ち姿からすると七十代くらいの老人らしい。

 男は塀に向かって何やらぶつぶつつぶやいている。気になるが話しかけてはいけない。振り返った男と目が合ってしまったら最後だからだ。地獄に連れていかれてしまうのだという。

 この話は、半分本当だ。

 実はミチコは毎日のように、その背を向けた人を見かけている。でも、怖いと思ったことは一度もない。なぜなら、その男の人は、母方の大叔父のミチヒコさんだからだ。

 ミチヒコさんはちょっと変わった性格の人で、親戚からはやっかいな人と思われている。でも、悪い人ではない。ミチコのことをいつもかわいがってくれたし、家に遊びに行った時はホットケーキを焼いてくれたりもした。

 ミチヒコさんがやっかいがられるのは、何か一つのことに熱中してしまうと、時間を忘れてそれをやり続けてしまうからだ。「放っておけば二日も三日もやり続けちゃうのよ」とミチコの母親は言っていた。通学路で背を向けて立っているのも、塀の汚れを落としているからだ、と誰かから聞いた覚えがあった。

 でも、気になることもあった。ミチコが声をかけても、ミチヒコさんは返事すらしないのだ。以前はそんなことなかったのに。

 でも、そんなこと気にするほどのことではないと思っていた。そんなある日――。

 白髪の男はいつものように塀の前に立っていた。違っていたのは、その場にいたのがミチコだけではなかったことだ。4年生の女子も、ミチコの少しうしろを歩いていた。一緒に帰ってきたのではない。たまたま一緒になったのだ。

 その女子は背を向けて立っている男の人に気づいて、「ひっ」を小さな叫びをあげた。

 ミチコは心配しないでいいのよ、あれは私の大叔父だから、と言おうとした。その瞬間だった。

 男が振り返った。

 ミチヒコさんではなかった。

 もっと若い、四十代くらいの人だった。老人のように痩せて猫背だったが顔つきは若く、ひどく長かった。

 そのやけに長い顔をした男の人は、4年生の女子を見てにやっと笑った。女の子はそれを見て、ばったりと倒れた。

 その子を助け起こしながら、ミチコは、大叔父が3年前に死んでいることを思い出した。

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