第15話 同じ名前

 B子が小学1年生の時の話だ。

 B子のクラスには、B子と同姓同名の子がいた。

 漢字表記は違うのだが、まだ漢字で名前を書かない学年なので、名前だけでは区別がつかない。そこで担任の先生は、「背の高いB子さん」「背の低いB子さん」と呼んで区別をした。

 背が低いほうだったB子は、この区別がとても嫌だった。「背の低い」が「頭が悪い」を、暗に表わしているように思えたからだ。

 実際、もう一人のB子のほうが、なにかにつけてよくできた。算数も国語もテストの点は上だった。逆上がりも、できるのはもう一人のほうだった。

 でも、B子のほうが上手なこともあった。

 かけっこは彼女のほうが早かったし、絵を描くのも彼女のほうが得意だった。でも、先生はそうは思っていなかったようだ。

 授業一コマ分だけ自習になった時のこと。

 先生は生徒たちに画用紙を配り、好きな動物を描きなさいと指示をして、教室を出ていった。

 さっさと描き終えて仲のいい子と話を始める生徒が多かったが、B子は飼っている柴犬を時間いっぱいかけて描いた。そのため提出は彼女が最後になり、彼女の絵が一番上に置かれることになった。

 教室に戻ってきた先生はその絵に目を留め、「まあ、上手ねえ。さすが背の高いB子さんね」と言った。

 B子は、もう一人のB子がすぐに否定するだろうと思ったのだが、彼女はうつむいて黙っているだけだった。B子は思わず「わたしが描いたの!」と叫んでいた。

 先生はそれを聞くと、眉をひそめて「本当?」と言った。

 名前だけでは区別がつかないので、B子は名前の後に三角、もう一人は四角を書くことになっていたのだが、先生はそれを見落としていたのだ。

 自分の失敗に気づいた先生は「あら、そうね」とだけ言い、絵を教卓の下にしまった。

 その数日後、宿題を忘れたB子は、教室に居残りをさせられた。ようやく宿題を終えたB子が、教卓に提出しようとした時、開いたままの出席簿が目に入った。

 そこには2人のB子の名前が並んで書かれており、その一方に「背が高い」と書き足されていた。

 それを見てかっとなったB子は、発作的にその文字をペンで塗り潰していた。

 その瞬間だった。教室の扉をがらっと開けて、もう一人のB子が、血まみれの姿で入ってきた。

 ちょうどその時刻に、もう一人のB子が交通事故で死んだことを、彼女は後になって知った。

 担任の先生はその日からB子を恐れるようになり、ひと月も経たないうちに学校をやめた。

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