07

「はい、コーヒー」

「ありがとう」


 もう二十三時とかなのに寝ようともしないで読書をしていた。

 部屋ではないから川の音が聞こえたり動物の鳴き声なんかが聞こえてきたりしているけどここには来ないみたいなので落ち着けるのもある。


「やっと解決したかと思えばすぐにこれなんだからアンも困る存在だよね」

「今回は私が言い出した側じゃないから楽でいいよ」


 やって来たらちゃんと相手をさせてもらえばいい。


「それでもこれを飲んだら帰ろうか」

「そうだね」


 ちゃんと寝てちゃんと学校にいかなければならない。

 ここについつい甘えてしまいたくなるけどこの場所にいる間は時間が経過しないなんてこともないのだから自分を止めることも大切だ。


「どんどん暑くなっていくよね、もうなにかをやる前から汗だくで困っちゃうよ」

「水分補給はちゃんとしようね」


 最近は楽しく感じていた授業の時間もアンのことが気になって集中できなかった。

 あのとき静さんに付いていくべきではなかったと後悔をしている自分もいれば、あのとき付いていっていたからこそアンに合わせて行動できると考えている自分もいる。

 相手が表に出さないだけで本当のところは嫌がっているのに近づく人間にはなりたくないから。


「なち、一緒に食べよう」

「うん」


 いつもならアンもいてウインナーだったり卵焼きだったりをあげているところなのにいなくて寂しい。


「いまアンのことを考えているでしょ」

「うん、寂しいかな」

「もうさ、読書とかで逃避していていも仕方がないから突撃したらいいんじゃない?」

「面白がっているでしょ?」

「近くにいるのにお互いが遠慮をして会わないままで見ているとむかつくんだよ」


 彼女はこちらまで来ると頭の上に腕を置いてから「ね、まだお昼休みは時間があるからいこうよ」と誘ってきた。

 この短時間だけではなんとかなりそうになったからいくにしても放課後に、そういうことにしておいた。

 それでこういうときはすぐに時間が経過するものであっという間にそのときがきてしまったことになる。


「そんなにいきたいならロウさんに頼めばいいのに」

「太郎は駄目、結局頭の中にはご主人様のことしかないんだから」

「あ」

「そういう勘違いも禁止」


 まあ、可愛かったり格好よかったりしても私達は別の種族だからそもそも無理か。


「太郎いる?」

「いるよ――おお、なちも連れてきてくれたんだ」

「アンはまだ重症なの?」

「うん、ずっとこんな感じ。そうだ、梨菜は付き合ってよ、あの小屋の周りを弄りたかったんだ」


 別にこれは作戦というわけではないんだろうな。

 梨菜も「了解、それじゃあここは頼んだよなち」とすぐにここから消えた。

 と言ったって結局はここから見える場所に私達の休む場所があるわけだからなにも不安ではない。


「なち、そこに座って」

「うん、あと一ついい?」

「うん?」

「ここってアンの、いまとなってはロウさんのためでもある小屋だけど私達が立っても余裕があるからそこが気になったんだよ」


 おかげでこうして窮屈な思いをしないでいられるけど掃除なんかが大変そうだから今度協力しようと思った。


「ああ、私達は小さいけど上にも横にも狭いとなんか悲しい気持ちになってくるから大きく作ったんだ――じゃなくて、本当に聞きたいことはそういうことじゃないでしょ?」

「うん、最近はまたアンといられなくて寂しいかな」


 あ、これは言いたいことか。

 だけどごちゃごちゃ重ねていく前にはっきりと言っておくのは大事だから無駄ではない。


「ごめん」

「謝らなくてもいいけど直せそうなことなら直したいからもう少し細かく教えてくれないかな?」


 汗臭いとかだったりしたら最低でもシャワーを浴びてから会いにいく。

 無知だからとかなら少しは頑張ってわかるようにする。

 安心して一緒にいられなくなることに比べたら自分が変えることになんの抵抗もない。


「静に色々と話を聞いてもらってわかったけど私はなちのことが好きみたい」

「そ、そうなの?」

「でも、なちは梨菜が好きなんでしょ? あ、違うか、梨菜がなちのことを好きでいるんだよね? そんなの見ていればわかるからね、それになちと梨菜は人間同士でなにもおかしくはないんだからね」


 ああ、突っ伏してしまった。

 好意を持たれることなんて初めてだから上手く対応することができなかった……。


「なちが嫌じゃないなら受け入れてあげればいいんじゃない?」

「「梨菜……?」」

「アンは別に妄想上の存在ってわけじゃないんだから受け入れてあげればいいでしょ、お互いに求めているぐらいなんだから虚しい結果にはならないでしょ」


 どこをどうしたいのかを聞きたかっただけだから梨菜がすぐに戻ってきてもおかしくはないか。

 でも、まだどうなるのかはわからないから無駄に期待を持たせるようなことはやめてほしかった。


「素直になりなよ、なちを取られたくないのは梨菜でしょ」

「アンこそ素直になりなよ」

「私は素直になって気持ちを直接本人にぶつけられたからね」

「僕は違うって言いたいの?」

「うん」


 どんどんと顔が怖くなっていったから爆発する前に止めておいた。

 ただ、進んだようで進んでいない曖昧な時間となった。




「あーもうなんなのあの子っ」

「もうやめておきなよ」


 そんなに飲んでもトイレにいきたくなってしまうだけだ。

 味わって飲んでいるならいいけどそうでもないなら止めるしかない。


「こっちのことをわかった気になって言うからむかつくんだよ」

「それなら梨菜だってそうでしょ?」

「は?」

「とにかく、それ以上はやめてね」


 これは私が無理やり取り上げているだけだからお金の方は払っておいた。

 とりあえずは家に帰らせてゆっくりする予定だったけど帰る気はなかったみたいだから家に連れていく。

 ソファでもう一暴れしている親友は放っておいていつも通りにご飯作り、終わったらソファの側面に背を預けて座った。


「なちこっちに来て」

「うん、これでいい?」

「うん、あとこうさせて」


 私の背中の上の方に顔を埋めるようにしているけど大変そうだ。


「それはいいけど体勢が辛くない?」

「辛くない、これがいい」


 それならこちらは頑張って負けないようにしよう。

 そのままどちらもなにも言わずに十分ぐらいが経過して「ただいま」と父が帰ってきた。

 リビングに入ってきたのにこちらのことにはなにも触れずに「今日も美味しそうだね」とご飯に意識を向けている父、そういうスルースキルがあるのは羨ましかった。


「これって聞いてあげた方がいいのかな?」

「ううん、お父さんは先に食べてよ」

「いつもありがとう」


 私が元気よくいられているのは父のおかげだからちゃんとお礼を言っておく。

 あと、流石に気になるだろうから彼女を客間に連れていってそっちで相手をすることにした。


「それでなちはどうするの?」

「すぐに答えは出せないよ」

「そっか。うん、お腹が空いたから食べさせてもらってもいい?」

「いいよ」


 ご飯を食べさせて、そのままお風呂にも入ってもらったらスッキリしたみたいでいつも通りの梨菜に戻っていた。

 今日は客間で寝たいみたいだったから任せて私もお風呂を済ませてきた。


「ばあ」

「わっ、アンか……」


 父も梨菜もまだ声をかけずに入ってきたりはしないか、ロウではなくてよかったと思っておこう。


「梨菜じゃないよ、残念だったねー」

「別に残念じゃないよ」


 持ち上げてから好きになってくれてありがとうとお礼を言っておいた。

 自分から来てくれているときにこういうことはやっておかないと駄目だから。


「うん……やっぱり駄目なんでしょ?」

「梨菜次第かな」

「だからやっぱり梨菜はずるいよね、なのに梨菜は呑気に寝ているぐらいでさー」

「あ、もう見てきたの?」


 寄ってきていたのか、もしかしたら話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

 それでも起きていたがる子がもう休んでいるということは全てがよくなったわけではなさそうだ。


「うん、こっちに来なくてもあっちから確認できるよ?」

「え、怖いな……」


 あと恥ずかしいことをしていたらどうしよう……。


「大丈夫、大体は鼻歌混じりにご飯を作っているなちばかりだから」

「お風呂……とか」

「なちってスタイルがいいよね。でも、そもそもいまは力を使わなくても生まれたときの姿だから」

「あ、き、着るね」

「うん、それで梨菜を起こそう」


 中途半端なタイミングでアンが来たからこんなことになった。

 この短時間で何回失敗すればいいのか。


「こらっ、起きろー!」

「んー……うるさい……」


 耳元でこんなに大きな声を出されればどんな夢の中にいたってすぐに戻ってくる。

 すごいな、複雑なときだって私には真似できないことだ。

 そもそも不機嫌のときは近づくことも怖かったりもするから、うん、そういうことになる。


「梨菜起きろっ、ロウが頭上にいるぞー!」

「太郎……? はぁ、どこにもいないじゃん、ウザ絡みはやめて」

「淡々と対応をするなよー」


 多分いまのアン的にはファミリーレストランで荒れていたときみたいな態度でいてくれた方がいいと思う、冷静に対応をされるとうっとなるときは結構あるのだ。


「どうすればいいの、なちもなんでこの子を連れてきたの?」

「寂しかったみたい」

「はいはい、相手をしてあげるから落ち着いて」

「服の中で寝ていい?」

「それでいいから寝かせて」


 それだけで落ち着けたのかアンも静かになってしまったから向こうにいって寝ることにした。


「あれ、なちだ」

「今日はこっちで寝ようと思ってね」


 拗ねているわけではない、それでいいのかと呆れているわけでもない、ただ今日はこうしたかっただけでしかないのだ。


「それならなちが寝るまでいてもいい?」

「うん」


 最初の頃以外は二人でゆっくり過ごしたこともないから丁度よかった。


「もうあっちの姿でも大丈夫だよ?」

「いや、この姿の方がなちをよく見ることができるからね」


 私をそんなにまじまじと見たところで得られる物なんてなにもないけど。


「あのさ、受け入れなくても消えたりしないよね……?」

「そんなことにはならないよ、だけどその場合は物凄く絡まれることになるだろうけどね」

「消えてしまうよりは遥かにいいよ」


 それを聞けて安心した、それと同時に眠気もやってきたから任せた。

 〇〇時間寝たら起きる、ではなく、五時に起きるようになっているからこっちでも全く問題はなくていつも通りに体を起こす。


「あれ、いてくれたの?」

「うん、おはよう」


 寝ているときに攻撃してしまったりしていないでよかった。


「ごめんね、この建物作りを全部任せちゃったのもそうだけどさ」

「はは、またそれ? はい、これで顔でも洗ってくるといいよ」

「ありがとう」


 敢えて川の水で顔を洗ってみたら物凄くシャキッとなった。

 あと異常に冷たい、氷水かと言いたくなるぐらいには冷たくて驚いた。


「もういくんだよね?」

「うん」

「梨菜と一緒でいいから放課後もまた来てほしい」

「わかった、まと後でね」


 二人を起こしてあげないといけないからまず客間にいくと二人がいなかった。

 リビングを見てみても――いた、父と一緒にご飯を作っているみたいだ。

 アンはソファでのんびりしている、これは近くにいると喋りたくなるからだろうか?


「今日はみんな早起きだね、どうしたの?」

「「いつもなちにお世話になっているからたまには作ってあげようと思ってね」」

「はは、それならお願いするね」


 でも、洗濯物も干してしまっているみたいだから早起きをしたのにやることがなくなってしまった、しなければならないことがあるのは幸せだったのだといま気づいた。


「やることがないならその子の相手でもしてあげて」

「その子?」

「あなたの娘さんは他の人には見えない存在が見えるのです」

「でも、梨菜ちゃんには見えているんだよね?」

「……矛盾していてもツッコミを入れないことが大切なのです」


 いま彼女と同じことを言いたくなってしまった。

 気づかなかったふりはあまりしてくれない父だから娘だって似たようなことでうぐっとなるときがあるのだ。

 その後はなんとも言えない空気になってしまうからそうなってほしくないのであれば昨日みたいなスルースキルを発揮するべきだった。


「ははは、ごめんよ」

「でも、本人次第だけどお父さんにならいいのかも」

「あ、確かにね。アン、そこのところは大丈夫?」

「うぇ、す、姿を見せた方がいいの?」

「そうしておけば恋の方でも役に立つかもよ?」


 あ、そういうのはやめてあげてほしいけどね。


「それはないでしょ、だけどなちにはお世話になっているからお父さんには姿を見せるべきだよね。よいしょ――あの、これで見えていますか?」

「はははっ、なんでなち父には敬語なのさっ」

「う、うるさいよ、大体どうして梨菜がお父さんに対してため口なの?」


 驚いたような顔をしているから多分見えているのだろうけど放置して盛り上がってしまっているからなにも言えていなかった。

 彼女も全く気にした様子もなく「本人がいいって言ってくれたからだけど?」と続けようとする。


「は、初めまして」

「は、はい、いつもなち……さんにはお世話になっています」

「逆じゃなくて?」

「ちょ、お父さん……」

「ははは、なちだってたまには甘えたいときもあるかなと思ってね、それにこういう存在に昔から興味を持っていたじゃないか」


 ふわふわ少女だったわけではない、寧ろ現実的な女だった。

 サンタの話をされたときも父がこそこそ動いていたのを知っていたからそんなのはいないと言って切り捨てたのが小学三年生のときだ。

 いまなら言える、先程出てきたみたいにわかっていてももう少しぐらいはわからないふりをしてあげた方がいいとね。


「なちはいつもアンと一緒に寝ているんだよ」

「もう仲良しなんだね」

「なち父が再婚しないから寂しくなっておかしくなった結果だとしたらどうする?」

「でも、勢いで結婚をしてまたなちを困らせることになったら嫌だからこのままかな」

「冗談だよ、こんなに楽しそうなのにおかしくなっているわけがないでしょ」


 おかしくなっていないとは断言することができなかった。

 人間が得られる能力以上の能力を有してしまっているから怪しかった。

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