04
「アン、今日のなちは僕のだからね」
「んーよくわからないけどなちがいいならいいんじゃない?」
目の前で勝手に譲渡された私がいた。
いや、アンももう少しぐらいは興味を持ってほしい。
「さて、最大の壁も突破できたからなちは付いてきてよ」
「うん」
今日はあまり天気もよくないからなるべく近いところでお願いしたかった。
それが叶ったのか場所は彼女の家で慣れない場所で緊張する、なんてことにもならなかった。
ただ、この前暗い部屋でやってきたみたいにこちらに覆いかぶさって見つめてきている彼女がいたけど。
「なんかあれから調子に乗っているから怒っているの」
「そっか、どうすればいい?」
「僕をちゃんと優先してくれる時間を作ってくれればいいよ」
「わかった」
彼女は上からどいて横に寝頃ぶ。
それならと今度は逆に私の方が上から見てみたら「なんかなちは変わったよね」とよくわからないことを言ってくれた。
こういうじゃれ合いみたいなことは昔からやってきていたからだ。
「独占と言えばさ、中学生の頃に公園で本気で争ったことがあったよね」
「そうだっけ?」
「え、忘れちゃったの? 梨菜ちゃんは本気で噛みついていたんだけど」
止めようとしても言うことを聞いてくれないからあのときは本当に困った。
結局は私達だけでは解決までいかなくて向こうの子がボスとかなんとか言って呼び出した子によって平和に終わったのだ。
頼った相手に叱られて中学生なのにわんわん泣いていて可哀想に思えてしまったぐらい。
「僕の家のソファなのに『ここは私のソファだから梨菜ちゃんは座ったら駄目』とか言っていたなちだったらすぐに思い出せるけどね」
「そ、そんなに汚い私はいなかったでしょ」
「いたんだよなあ、なのに高校生になってからは大人しくなっちゃってなにかあったの?」
「なにもないよ、それはずっと側で見てきてくれた梨菜ちゃん的にわかると思うけど」
二重人格とかだったらありえるけどそんな私は多分存在しないからなにも変わってはいない。
あとソファを独占しようとした私もいない、自分の家だったらわかるけど人の家でそんなに勝手なことをする人間ではない。
「はっきり変わったとわかったのは中学三年生の受験のときかな、急に暗い感じになってすぐにマイナスの言葉を吐くようになってさ」
「アンとかみたいにこの世の存在ではないということ? だから能力が使えるのかな」
「なんかそう考えると怖くなってきた、いま僕の目の前にいるなちは本物のなちなの?」
本人であってもあくまでつもりでしかないことがより不安にさせる。
もっと甘い理由で独占してもらいたいところだった、言葉で苛めたり不安にさせたりして楽しもうとするのはやめてもらいたい。
「ちょっと見せて」
「え、は――」
ゾンビとかヴァンパイアではないのだから私の肩を見たってなにも意味はないと思うけど。
「んーほくろはそのままだけど体を乗っ取られていたらどうしようもないよね」
「む、剥かれ損なんだけど」
「じゃあさ、朝起きたらまず一番になにをする?」
スルー……。
「最近ならアンとロウさんに挨拶をすることかな、少し前までなら屈伸していたよ。そうするとしゃっきりするんだ、今日も頑張ろうって気持ちになれるの」
あれは大事だ、ただいまとなっては挨拶をするだけでそうなるように変わったから膝のことを考えればいいことかもしれない。
「うん、なちだね」
「そ、そうだけど」
「これからもなちはなちのままでいてね」
大丈夫だ、先程は少し不安になったりしたけど人はそう簡単に変わらない。
いまでも迷子になっていることもそうだ、そこと迷子癖だけはそのままだから彼女的にもそう不安にならなくて済むだろう。
「よし、今度は二人で探検してみようよ」
「ロウさんだけでも連れていかない? 熊とかもいるみたいだからその方がいいと思うんだ」
「ま、太郎ならいいかな」
呼びかけてみたらすぐに来てくれたから三人であそこへ。
静さんはここから離れて自由に歩き回っている……動き回っている? みたいだから今日は会えないのが少し残念だったりもする。
「二人がここを気に入ってくれたみたいでよかったよ、だけどこれからも僕かアンを呼ぶようにね」
「太郎って本当に葉っぱだったの?」
「そうみたいだよ」
「ふーん、ちょ、ちょっと触ってみてもいい?」
「いいよ?」
うん、なんか男女のいちゃいちゃを見ることになっているモブのような気分になった。
興味があるのか躊躇なく服を脱がせたりして確かめていく様は正に肉食獣のそれだった。
「ありがと」
「なち、梨菜は昔からこうなのかな?」
「はい、自分のしたいことにとにかく真っすぐな女の子でした」
「だけどこれぐらいがいいのかもね、そうでもないとなちを見つけられないまま終わってしまうから」
え、怖い……。
あんまり考えたくはないけど私は嫌われているのだろうか?
もしそうならこうして呼び出す度に不満カウントが溜まっていき、抑えられなくなったときにはアンに知られないように私を消す……みたいな。
まあ、大好きなアンから積極的に距離を作らせているようなものだから攻撃的なことをしているのはこちらの方でそうされても被害者面はできないのかもしれない。
本格的に消すことにしたときは迷子癖が役立つことだろうな、そのまま行方不明者として片付けてしまえばなにも違和感はないから。
「ここら辺って自由にしていいの?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ僕となち専用の小屋を作りたい」
「それなら手伝うよ」
「ありがと」
ここが仲良くなると益々私の存在は邪魔になって――これ以上はやめよう。
それより小屋か、森の中にある別荘的な建物には興味があったから作れるなら作ってみたい。
でも、体育で走ったりする程度で疲れている私にできるかと言ったら、うん。
「ちょっとトイレ」
「場所はわかっているよね?」
「うん、大丈夫」
二人きりは避けたかったけど尿意も感じていないのに付いていったら変な人間に思われるからできなかった。
この気まずい時間をなんとかするために喋りかけようとして空回りするだけだろうからとやめる。
「そう警戒しないでほしいな」
「なひゃ、んの話ですか?」
「敬語やさん付けのままのことを考えると警戒されているなって」
「あ、ありえませんよ、これは癖なんです」
「アンには敬語をやめているのに?」
なんでも真っすぐに指摘すればいいわけではないけど。
なにを言おうと負けるからあはは……と笑って誤魔化しておく。
梨菜ちゃんもすぐに戻ってきてくれたから歩き始められたことがよかった。
「ここかな、アンの小屋も移動しなくたって見えるうえに川の音もよく聴こえるから」
「設計図的な物をくれれば僕の方でやるよ」
「それなら場所決めだけにして家で考えるよ、なちもそれでいいよね?」
「うん」
私は休めればいいからアンの小屋だけでいいと思う。
二人きりでこそこそやりたいこともないし、仮にやりたいことがでてきても彼女の部屋か私の部屋でやればいい。
あんまり依存しすぎてもアレだからここにはあんまりいかないようにする。
あの能力だってなるべく使わないようにするのが一番だった。
最近は授業の時間が楽しい。
集中していてもそうでなくてもあっという間に時間が過ぎるから楽でいい。
お昼休みは出たり出なかったりだ。
天気が悪い日が続いていることもあって放課後には梨菜ちゃんはずっと晴れたままのあっちに入り浸っている。
どうしてもアンかロウの力を使わないといけないみたいだけどロウはやたらと気に入っているから困ることはなさそうだ。
「なち、怖い話を聞いたんだけど本当なの?」
「トイレからぶつぶつと喋る声が聞こえるとか?」
よくありがちで、だけど実際はなにも起きないただの噂話でしかない――とも片付けられなくなってしまった。
幽霊の静さんや目の前にいるこの小さな生物が見えるようになってしまった時点でやばい。
「そんな感じ、さっき女の子達が話しているのを聞いちゃってね。気になるから――」
静さんみたいに優しくしてくれる存在ばかりではないのだ。
今度こそ付いてこられてこれから撮る写真や映像なんかに登場されても困るからきっかけを作らないようにしなければならない。
「いってらっしゃい、私はここで待っているね」
「ぶぅ、先に帰ったりしたら怒るからね?」
帰らない、それに帰ったところで彼女達は一瞬で現れることができるのだから意味がない。
これはなにもない時間も楽しんでいるだけだった、決してロウから逃げているわけではない。
「うっ、な、なんなの……?」
急に悲鳴的なものが聞こえてきて思いきり立ち上がってみてもこの教室に残っていた他の子は楽しそうにお喋りをしているだけ、その子達から見たらこちらになんなの? とぶつけたくなることだと思う。
とりあえずはいつもの流れでアンを呼び寄せようとしたけど今回はすぐに戻ってきてくれたりはしなかった。
更に問題だったのはここからで、荷物を持って廊下に出た瞬間に何故か向こうへ移動してしまったことになる。
「寝よう」
だってあの中でも更に知らない場所だったから、あと能力を使ってみても駄目みたいだったから諦めた。
変に移動しようとしたら迷子になって本当に帰ることができなくなるかもしれないから寝ることに集中する。
「あれ、なちちゃんこんなところでなにをしてんの?」
「せ、静さん? こっちには来ていなかったんじゃ……」
「あー流石にもう見飽きて戻ってきていたんだよ、あと普段はここら辺で友達とゆっくりしているから逆に驚いたよ」
うん、これも他の存在だったら食べられて終わっていたかもね。
「学校にいるときに私にだけ悲鳴が聞こえてきたんです、それで慌てて廊下に出てみたら気が付いたらここにいたんです」
「あ、それ私のかも、さっき違うことに意識を向けながらご飯を作っていたら焦がしちゃってさ」
「え」
私も掃除をやりつつご飯を作っていたらおかずを焦がしてしまったことがあるからあまり人のことは言えない、ただ「ほら、これなんだけど……真っ黒だよねー」と見せてくれた物はあまりにも焦げすぎていてここでもレベルの違いを見せてくれた形になる。
「もしかして直火で焼いたとか……?」
「うん、だってコンロとかはないからね」
「じょ、上手に焼けていたらそのお魚は美味しそうですね」
「んーそれが焼いても微妙なんだ、だけど他のに比べたらまだマシだから食べているだけでね」
というか、幽霊さんなのに食べなければならないのだろうか?
「あの、来てくれれば作りますよ?」
「ほんとっ? それなら食べたい!」
「だ、だけどそのかわりに……私を帰らせてください」
「あははっ、また迷子になっちゃったんだね。了解、じゃあいこっか」
ああ、そういえば私の意思で来たわけじゃなくても急に消えたからアンに怒られるのか。
二人から逃げるのは不可能だし、なにより大変だからすぐに謝ってなんとかしよう。
ご飯の方は父と自分の物を作るついでみたいになってしまったけどそれでも「美味しいっ」と言ってもらえて嬉しかった。
「つーん、なちなんてもう知らない」
「まあまあ、なちだってわざとやったわけじゃないんだから」
「そのまま信じるの?」
「だってそういうところで嘘をつくような子じゃないよ」
梨菜ちゃんはこういうときにいつも味方をしてくれる。
それでも私はこのまま終わってしまってもいいと考えているぐらいだった。
アンもロウも静さんのことも全て梨菜ちゃんに任せて終わりにしたい。
なんてことはない移動で急に迷いこんでしまったことが怖くて無理だ。
次は平和な場所ではないかもしれない、今度こそなにかに食べられて終わるかもしれない。
私はまだ死にたくはない、やりたいこととかも特にはないけど迷惑をかけたくなかった。
「アン、これで終わりにしよう、今日までありがとう」
「え、なち……?」
「能力とかも消してくれていいから、もう私には無理だよ」
梨菜ちゃんに任せて部屋にこもることにした。
ただ寝転んでいるだけだともったいないから勉強をすることに。
学校の方はやはり楽しいままだからもっと楽しめるように余裕を持てるようにしたいのだ。
それで大体十六時半から始めて二時間ぐらいやってから一階に下りたら「アンは帰ったよ」とまだ残っていたらしい梨菜ちゃんが教えてくれた。
「あそこまでする必要はあったの?」
「うん、梨菜ちゃんがいればいいから」
「僕だって急に消えたらどうするの?」
「アンとロウさんにとってはの話だよ」
私だって彼女を必要としているけどいまのままだとただ利用している状態になってしまっているのが現実だ。
「静さんは? あの人、なちのことを気に入ってたじゃん」
「だって次も無事に帰ることができるなんて保障はないんだから、だからなにを言われても変える気はないよ」
「なちの馬鹿、やっぱり変わってるじゃん」
「迷子になることがない梨菜ちゃんが一緒にいてあげてよ」
それでもわざと思ってもいないことを言って怒らせるなんて恩を仇で返すようなことはしない。
もう結構いい時間だから帰ってもらうことにした、一人だと心配だからちゃんと家まで送った。
いつでも喋り声が聞こえてきて賑やかだった家も静かになった。
だけど父が元気なままでいてくれるならそれでいい。
「なにかあったの?」
「うん、今日はギリギリまで勉強をしていたのにお父さんが帰ってくるまでにご飯を作ることができて嬉しいんだ」
「そういうのじゃなくて、どこか暗い顔をしているからさ」
「特になにもないよ、梨菜ちゃんと喧嘩をしてしまったとかでもないしね」
こちらのことはこちらで片付けるから父は自分のことに集中してほしかった。
大体、アンとかロウの話をしたところで信じてもらえないだろうからこれは内にしまっておけばいい。
少しだけでも非現実的な経験ができただけで最後のときになにもなかった人生とは言わずに済んでいいはずだった。
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