02
「あのね……昨日ね……急に顔に張り付いてきてね」
治ったのはいいことだけど意味不明すぎて怖かったみたいだ。
常日頃から睡眠時間が大事だと言っていた彼女的に眠れないことは大きくマイナスなのだろう。
「梨菜ちゃんの家にいたんだ、それならよかったよ」
「だけどこれは……なに?」
「アンがくれたんだ、私と梨菜ちゃんにだけ見える生物だって」
「え、こわ……そもそもあんって誰?」
この前の子がアンだと説明しておく。
ただ、そこよりはまたいったことに対して気にしているらしく「なち、怒るからね?」と怖い顔をしてくれた。
「私達が求めている性別になるんだって、梨菜ちゃんはどっちがいい?」
「なちは? やっぱり女の子?」
「うん、男の子とはまともに話せないだろうから――」
「じゃあ男の子!」
ああ……意地悪な梨菜ちゃんが出てきてしまった。
そしてすぐにピカッと光って多分? 男の子になってしまっただろうからどうしようもなかった。
「ちょっとの間、僕がこの子を借りてもいい?」
「それはいいけど」
「よし、じゃあ学校にいこうか」
あ、そういえば朝から一緒にいてくれているからこれで迷い込んでしまうこともなさそうだ。
父に心配をかけたくないから早めに出たのに間に合いませんでした~みたいなことになってほしくないのだ。
そこさえ守ることができれば――いや実際はそれだけではなく彼女ともいられないと嫌だけどそこまで求めすぎずにいることができる。
「はい、なちはここに座って」
「ねえ、せっかく教室に着いたのにすぐに出るのはどうなの?」
「いいから、いまから出すからね」
そういえば生き物なら名前をつけないと駄目か。
「りなちはどう? 私と梨菜ちゃんの名前が入っていていいと思うけど」
「そんな恥ずかしいのは駄目だよ。それに男の子になっているはずでしょ? 太郎とかでいいよ」
「えぇ、そんなワンちゃんじゃないんだから」
「少し時間が経過したらあの子に返す予定だからね」
まあ……そうか、なにかがあったら困るからその方が一番いいか。
「んーこっちを見てきているけど喋ることはできないのかな? 少なくとも張り付いていたときよりはしっかり生き物って感じがするけど」
「放課後になったらアンに聞いてみよっか」
「あ、そうだね、それが一番か」
問題だったのは彼女の鞄に入っている間、急に覚醒したりはしないかということだった。
だけど実際はそんなこともなくてお昼休みなんかに確認してみてもこちらを見てきているだけで本当に大人しかった、苦しかったということも願望的なところが強いけどなかったように見える。
「急に帰されたけど今日は大丈夫みたいだから来たよ」
「梨菜か」
「それよりこの子のことを教えて欲しいんだけど」
「ああ、男の子にしたんだね、これで大体はどっちが強いのかわかったよ」
女の子がよかったな、人みたいになっているのなら尚更その気持ちが強くなる。
そういうのもあってあの場合は男の子がいいと逆のことを言っておくべきだったと後悔していた。
「僕はなちのご主人様だからね。それでどうしたら話してくれるの?」
ご、ご主人様かどうかはともかく彼女の方が上なのは確かなことだ。
というか、そうであってくれないと困る、どちらも私みたいな感じだったら最後には家に帰ることができなくなるから。
「お喋りしたいの? だったら――はい、これでできるはずだよ」
「太郎?」
「りな」
「「「おおっ」」」
なんでアンも驚いているんだろう……。
「と言いたいところだけどなちと梨菜のところには私がいればいいよね、だから太郎は返してもらうね」
「えぇ、って、元々そのつもりだからよかったよ。だって愛着が湧いてきてからだと寂しくなるから」
「なちに触っていれば私もここを超えられるだろうからもうなちの家に住むね」
そしてなんか変なことになっている。
でも、アンがここにいない状態だったらこの変な空間に引っ張られることもなくなるからもっと安定した毎日を送れるということか。
もうこうして出会ったからには仲良くしていきたいからその点でもいい。
梨菜ちゃんといられないときに話し相手になってもらえる、みたいな汚い考えが強くあるだけだけど。
「ここを守らなくていいんですか?」
「うん、ここは別荘的な場所にしよう」
これから暑くなりそうだからいきたいときにいける涼しい空間を確保できたのも大きい。
継続させるためにはアンと上手く仲良くならないと、……私にできるだろうか。
「それならいきましょうか」
「うん、あと敬語はいいからね」
「わかり――わかった」
まあ、梨菜ちゃんのところにいってしまっても近くにいてくれればなんとかなるか。
そもそも先のことを考えたところで不安になるだけだからいまは目の前のことに集中しようと決めて動き出した。
「まったく……アンがいるから迷子癖もなんとかなると思っていたのになんで二人で迷子になっているの」
「あはは……私、こっちのことなにもわからないんだ」
「大丈夫だよアン、私なんて十六年ここにいて迷子になっているぐらいなんだから――あいた……」
「開き直るな」
怖い、アンも同じみたいで頼ることはできなさそうだ。
「大体ね、これで通算三十二回目だからね?」
おお、それでもまだ五十回に到達していないのならいくらでもやりようはあるのではないだろうか。
私の能力もそこまで悪いわけではないらしいとわかって気分がよくなった。
「あ、そういえば一回だけ三十二日目を経験したことがあるんだよ私」
「アンもふざけない」
「いやいやっ、本当にあったんだよ、月が変わらなくて驚いたんだよ……」
その場合は人間達の私達でも――いや、私達だからこそ驚くことになりそうだ。
なにがきっかけでそうなってしまったのか、なにかがきっかけでその延々のループから逃れられるかわからないから最悪の場合は酷いことになりそう。
「というか、なちはそんなに迷子になっていたの? 迷いこんだ場所が私のいるところでよかったね、そうじゃなかったら食べられていたかもしれないよ?」
「た、食べられるってどのように?」
私も気になるから結局答えませんでしたーなんて展開になってほしくない。
「それはもう物理的にパクっとって感じかな」
「それならよかった」
「「えぇ」」
「だってそれなら弱肉強食、健全でしょ? 僕が止めたかったのは生物同士でよくない食べ方をすることだから」
んーそういう漫画を複数持っているからこその汚い思考、だろうか。
あれは過激だ、なのに勧めてくるものだから断れなくてつい見てしまって……それから三日ぐらいは思い出して寝られなくなるレベルの物だ。
「あれ、だけどなんで迷子になったのに梨菜はすぐに来られたの?」
「それは長く一緒にいることでこの子がどこにいるのかぐらいは大体わかるからだよ」
「すごいね、これからも見つけてあげてね」
「アンがなんとかしてよ、そもそもなちは不思議な能力で僕の家まで飛べるんじゃなかったの?」
「あれ、使える日と使えない日があるみたいなんだよ」
先程やってみてわかったことだ。
ちなみにアンはあの領域ならできても現実世界では私をワープさせることはできないみたいだからこれからもこういうことはあると思う。
大真面目に彼女がどこまで付き合えるかにかかっている。
「いまは――あれ」
ああ……梨菜ちゃんだけを置いてきてしまった。
迷子になったうえに自分だけ帰るなんて最低すぎる。
「はぁ……はぁ……人としてありえないからっ」
「ご、ごめん」
怒りはこういうときには役立つのかもしれない。
私に罰を与えたいだけだとしてもこうしてすぐに顔を見せてくれれば元気になる。
まあ、一人でスッキリしている場合ではないからしっかり話を聞こうと思う。
「もう怒ったからね、罰としてなちには僕の好きなアイスを買ってもらうから」
「うん、それぐらいはやらせてよ、いつも受け入れてくれなくてもやもやしていたからありがたいよ」
「なち、私も食べてみたい」
「うん、アンにも買うからね」
急に手を掴まれて誰だと困惑していたら太郎だった。
太郎だけあそこで休んでいるはずだからなにがどうしてこうなったのかはわからないけど放置も可哀想だから連れていくことに。
「なち」
「はい」
そういえばあれからはもっとはっきり男の子という感じになって下から見つめられている状態だった。
小さい男の子が相手でもこれまでろくに過ごしてきたことがなかったから慣れない、あと無垢な瞳が何故かこちらにダメージを与える。
「あそこに来てほしい」
「アイスを食べてもらってからでもいいですか?」
「うん、いいよ」
普通に話すことができてしまうのもなんだかなあ、と。
とりあえずはこれ以上不機嫌な状態にさせないように二人にアイスを買った、太郎には悪いけどそこまでお金に余裕がなかったから私と半分こだ。
「あ、ついていますよ、少しじっとしていてください」
「ん」
「ちょいちょい、なんで太郎に敬語なの?」
「あ、梨菜がツッコんでくれてよかったよ」
そんなのは男の子だからで終わってしまう話だけど流石に本人? にぶつけるのは可哀想な気がしたから先生とか相手に敬語ではなくなってしまわないように練習させてもらっているということにしておいた。
「それとさ、太郎って名前は変えようよ」
「む、じゃあアンが出して」
「それならロウで、これもカタカナね」
「結局太郎と変わらないじゃん」
真っすぐな指摘からはスルーして「あそこにいきますかー」と。
今度はしっかり梨菜ちゃんの手を掴んでから頭の中でイメージしてみると失敗をすることなくあそこにいくことができた。
「あ、あれ? なんか太郎大きくない?」
「ロウね、ここだと大きくなるみたいだね」
お、おお……静かだからいいけどなんか怖い。
「アンもそうだよ、奇麗になった」
「え、えーそうかなー? もーなちは褒めるのが上手なんだからー」
「はいそこだけで盛り上がらない。それで太郎はなんでここになちを連れていきたかったの?」
「アンがご主人様だから、だけどアンはなちのことが大好きだから一緒にいたいなら頼むしかなかった」
「なるほどねーはは、アンも好かれているみたいだよ?」
こんな大きさだけど私達の百倍は生きている、なんてこともありそうだ。
だからそういう点でも最初に敬語を使っていたのは悪いことではなかった、いまは本人に言われたからやめているだけで本当ならいまでも使っておかなければならない相手なのだ。
「当たり前だよ、私がいなければロウはただの葉っぱだったんだからね」
「「は、葉っぱ?」」
「そうだよ? なんか息を吹きかけてみたらこうなっただけでね」
アンと出会っていなければそんなことはないで片付けられたはずなのにそれもできない。
そもそもアンと出会ったからって私も変な能力を使えるようになったのは何故なのだろうか。
冗談で考えた人間ではない状態に近づいているのであれば迷子癖もなんとかしてもらいたいところだったりもする。
だって本来のなちからは遠ざかっているはずなのにそこだけはずっと同じままなんて微妙だろう。
「なち、ここに座って」
「は、はい」
さ、先程とは違うからもう……。
いつの間にか追加されていたベンチに座ると真隣にロウが座ってきてドキッとした。
恋愛的な意味でならいいけどこのドキドキはただただ怖いだけだ、男の子に意地悪をされたとかでもないのにどうしてここまで駄目なのだろうか。
「なちってもしかして男の子が苦手なの?」
「そ、そうみたい」
横にいるロウの顔は見られなかったけどごめんなさいと謝っておいた。
ロウは先程みたいにこちらの手を掴んでから「気にしなくていいよ」と言ってくれた、手を掴まれた程度なら気にならないのになんか馬鹿みたいだ。
「これは梨菜が意地悪をしたってことか」
「だって克服してもらいたかったから。だって向こうに帰れば男の子は沢山いるんだよ? その度にびくびくしていたらそれで嫌われちゃうかもしれないでしょ」
「でも、もうロウは男の子ってことになっているから確かに慣れてもらうしかないか」
「そうだよ、太郎はバカ騒ぎしたりしないし、なにより格好いいんだからすぐに慣れるよ」
格好いいとかそういうのが理由ではないけどいまの状態はロウに失礼だから確かに慣れなければならない。
アンと私と梨菜ちゃんにだけにしか見えないということは誰かがちゃんと見ておかなければならないわけだから、自分の順番が回ってきたときにちゃんとお世話をしてあげられるように頑張ろう。
「なち、眠たいの? あっちにベッドがあるから寝ていいよ」
「ろ、ロウさんもいてください」
「うん、ちゃんといるよ」
背中を向けておけば寝顔も見られなくて済む。
あと大きくなったとはいってもアンは私達に比べたら遥かに小さいから抱いて寝ることにした。
なんか十回ぐらいは謎に梨菜ちゃんに攻撃をされていたものの、途中からはそれがいい方に働いて眠れたから次に目を開けたときには一人スッキリしていた。
「おはよう」
「おはようございます――あの、時間って大丈夫ですか?」
ここだとスマホの表示もバグるから私には確かめようがない。
時間はともかくずっと朝みたいに明るい場所だからそこまで不安になる必要もないのかもしれないけどご飯を作らなければならないことには変わらないからそろそろ帰らなければならない。
「うん、まだ三十分ぐらいしか経過していないから心配しなくて大丈夫だよ」
「それならよかったです、次はロウさんが休んでください」
「僕なら大丈夫。それより梨菜が拗ねて帰ってしまったんだ、だから梨菜の相手をしてあげてほしい」
「もう大丈夫なんですか? はい、それなら私ももう帰りますね」
アン、ご主人様はまだ爆睡中だから置いていくことにした。
やっぱり離れ離れにしてしまうのは可哀想だからこうしてロウがいるところではできなかった。
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