第8話:ながいタイプのサーペントさん
「…………」
斧槍は、私の眼前の地面に深々と突き刺さっていた。
誰の介入があった訳でもない。
トカゲビトのシードが自分でそうしたのだ。
「ごめん」
シードが言った。今までのような感情の読めない、落ち着いた声。
「分かってる、悪いのは人間じゃない。今、おまえを刺しても……何にもならないから」
家族を失ったやり場の無い感情を律して、最後の最後に自らの意思だけで思い留まった。
その彼の姿は、感情を制御できずに泣き散らしていた私なんかよりもずっと強く、ずっと大きいと感じた。
「どうしました、何かトラブルですか?」
騒ぎを聞きつけ群衆が徐々に集まってくる。フィーネさんもやって来た。
彼は一瞥で場の空気を制すると、沈黙を切るように声を掛ける。その目つきは鋭く、監督者の立場として、状況の本質を見抜こうとしているかのように見えた。
「……いえ、何でもありません」
シードも色々と心の整理に時間が掛かるのだ。実害が出ていない以上、彼を告発することはしたくなかった。
……それに、彼のさっきの言葉も、
「……そうですか。それならば深くは追及いたしません。……今は、誰もが心を揺さぶられている時でしょうからね」
フィーネさんは地面に突き刺さるシードの斧槍に視線を向ける。おそらく私の嘘など、とうに気づいているのだろう。その目は騒ぎを起こした者を非難するようなものではなく、……何かを乗り超えようと必死にもがく者達を見守るような、そんな物悲しさと温かさを持った眼差しだった。
「ソーリアの子。少し、付いて来て貰えますか」
フィーネさんの言葉に導かれ、閑静な道を進む。たどり着いた先には、静かに佇むひとつの墓標があった。Sugarde Sauria――風に運ばれる土の匂いに過去の楽しかった記憶が想起され、胸の奥を締め付ける。
墓の隣には、欠けた大きな槍が刺さっていた。この槍には見覚えがある。昔、ソーリアさんの家に行った時に、壁に掛かっていた物だ。
昔は槍の使い方は誰にも負けなかったが、今は使い道がない。この村は平和だからと彼が笑っていたのを昨日のことのように覚えている。
「……シュガルドさんの御遺体の側にあったそうです。彼はこの槍で、強大な敵から村の人々を護るために最後まで戦ったのでしょう」
フィーネさんは一礼すると槍を引き抜き、シードに渡しながら言った。
「ソーリアの子、どうか貴方も彼の意志を受け継いで、真っ直ぐに育ってくれることを祈ります」
シードは何も言わなかった。色々と心を整理しているのだろう。
私はその場を後にし、自宅の跡地へ向かった。
◆ ◆ ◆
その後もフィーネさんの指揮により、現場の災害救助効率は格段に上がっていた。フィーネさんの手腕も勿論のことだが、エリノア国の実質ナンバー2が直接現地で援助活動に献身するという高い誠意表明が、現場の士気を高める要因となっていた。
私はと言うと、初めのうちは他の人々と共に現場の支援活動を行っていた。
だが、直ぐに『余計なこと』が頭をよぎってしまって、その度に胸が潰れるように苦しくなる。やがてその苦悩に埋め尽くされてしまうと、私は少し前にお別れをした筈の両親の墓の元へふらふらと足を向け、その前で膝を抱えるように小さく座りながら思い悩んでいた。
「お父さん、お母さん……どうして……置いて行っちゃうの」
頼りになる父に、いつも優しかった母。私が成人になって一人前になった暁には、いつか必ず沢山の恩返しをしたいと考えていた。それなのに二人は、そんな私を待たずに……とても遠い場所へ行ってしまった。
ならばこれからの私は、一体何を支えに生きていけば良いの?
こんなことなら、私もいっそ――――
「メイちゃん」
ふと、背後から懐かしい声が耳に届いた。
振り返ると、そこには若草色の鱗を輝かせる大蛇、行商のサーペントさんがいた。
「ヘビさん……」
「どうもどうも、お久しぶりです。サーペントですよ」
彼はいつもの裏がありそうな怪しい行商スマイルではなく、穏やかな表情で私を真っ直ぐ見据えながらそのながい体を揺らしていた。彼は普段はとぐろを巻いて頭だけを持ち上げている格好だが、その状態でも目線は私よりも高い。魔物用に流通する衣服ブランドである
サーペントさんは戦争が終結してから何度もオルトの村に商いに来ていた為、私も大層顔馴染みの魔物であった。
「最近はオルトに伺えていなかったのですが、まさかこのような事が起ころうとは……」
彼は頭を上げ、ぐるりと周囲を伺う。
「メイちゃん始めオルトの皆様には沢山の御高配を戴きました。一度ちゃんとオルトをお訪ねして、その御恩に報いねばと思いまして……」
聞くところによると、サーペントさんは村人のお墓に供える花やお酒などを無償で提供してくれているという。「
私達オルトの村民にとって、住民だったソーリアさんやカノンちゃんを除くと彼との付き合いが最も深く、私にとっても信頼のおける魔物であった。
「メイちゃん……。とてもお辛いとは思いますが、ワタシも出来る限りサポートします。ですので、どうか……どうかメイちゃんだけは我々魔物に対するお考えを変えずに、これからも魔王様の味方であって下さいね。あの方が人を愛するようになったのはアナタが切っ掛けと聞いています。魔王様にとってアナタは、とても大切な人なのですから」
似たような話をフィーネさんも言っていた。
あの時の彼には言えなかったが、サーペントさんは旧知の仲だ。あの時言いたかったことを、そのまま言えた。
「……ヘビさん。私……、そんな凄い人間じゃ、ないよ……。」
今にも消え入るかのような、小さな声だった。
偉大なのは人魔共存に向かって今も世界を変え続けているユキちゃんだ。フィーネさんは私のためにユキちゃんが命を投げ打つだろうと言っていた。どうか、そこまでしないでほしい。だってユキちゃんの命と天秤に掛けた時、私なんかの命にそこまでの価値があるとは思えないから。
「……ええ。良いのではないですか、それで」
彼はシュルシュルと舌を出し入れすると、いつもの裏がありそうな、胡散臭い笑顔に戻った。
「メイちゃんは凄い人間ではないかもしれませんが、ワタシだって別に凄いヘビでは無いですし。魔王様だって、メイちゃんと出会わなければ人間と手を取り合うことなど考えなかった。その点では凄い
あ、今のは魔王様には内緒ですよと付け加える。
「ですが、人も魔物も生きる上で様々なひとと交わり、偉大さの垣根を越えて大切な存在と成るものです。魔王様はそれがメイちゃんだった。それだけのことではないでしょうか」
「そんなこと、ないよ……。だって私なんかじゃ、ユキちゃんのために何もしてあげられない……。それなのに私のせいで、ユキちゃんだって危ない目に遭っちゃうし……」
私の存在がある限り、ユキちゃんはきっとまた無茶をする。親友だとか勝手に言っておきながら、彼女の命を脅かしているのは……他ならぬ私じゃないか。
「……メイちゃん」
そう、この私が……
「ヘビさん……どうして、私……」
この私が、生きているせいで――――
「どうして……生き残っちゃったの、かな……」
ずっと我慢していた。
だが、心を許す存在を目の前にして、……遂に言ってしまった。
何故、私だけが生き残ってしまったのか。
両親は私がガルデニアに出ていたせいで、私と家を置いて逃げられずに襲撃されてしまったのではないか。
もしも私が村に残っていれば、両親や村のみんなを先導して逃げ、その命を救えたのではないか。
もしも私がガルデニアであの黒竜におとなしく食べられていれば、満足したあいつは村までをも襲わなかったのではないか。
きっとこの事をサーペントさんに打ち明けると、『そんなことは無い』『気にしすぎ』だと励ましてくれるのだろう。だが、当事者にしか分からないそんな合理的でも何でもない罪悪感と責任感が、両親の墓を前にしたあの時から、そして兄を奪われたシードから明確な敵意を向けられたあの時からずっと、私の心をぐるぐると反芻して深く蝕んでいた。
私があの時、ガルデニアに行かなければ。
私があの時、黒竜に遭わなければ。
私があの時、黒竜から逃げなければ。
村のみんなを救う道は、きっとあった。
でも、私が全ての選択を誤り続けた結果、みんなの命を奪ってしまった。
それなのに、そんな私だけがこうしてのうのうと生き残ってしまっていて。
「……メイちゃん。お辛かったでしょうに」
頭と背中に冷たい感触が当たる。サーペントさんが長い尻尾を私の身体に押しあてて、そのまま抱き寄せたのだ。
冷血動物である彼の身体に温もりは無いが、この時は何故か冷えきった心が温められていくのを感じた。
「メイちゃん。 生き残ったことに、意味なんて無いのですよ。でも……意味が無いからこそ、これからアナタが何を選び、どうするかが意味となるのです。村の皆さんは誰かのために生き、誰かを守って亡くなった。アナタは、そんな誰かの死を目の当たりにして、それでもこうしてしっかりと生きている。それは、どちらも尊いことです。……それを罪だと思ってしまうなら、その罪を抱えたまま、誰かのために生きて下さい。それがきっと、アナタにしかできない償いになる。……ワタシは、アナタが生きていてくれて本当に嬉しいですよ。それだけは、どうか信じて下さいね」
彼はその切れ長の瞳で、真っ直ぐと私を見据えた。
蛇睨みという言葉がある。蛇に見つめられた獲物は畏縮し動けなくなるという物であるが、彼の場合はその瞳の深い紫色の輝きに吸い込まれそうで、別の意味で動けなくなりそうだと思った。
「メイちゃん。アナタは幼い頃からガルデニアで怪我をした魔物を見かけると、お手持ちの傷薬や包帯などで彼らの傷を癒しておられたそうですね。魔物と人との戦争中、それはメイちゃんにしかできなかったことではないかと思います。その事はガルデニアの魔物達の間で噂となり、当時の
ガルデニアの洞窟でファーシルさんが言っていた、私が『昔から魔物を敵とは考えていない』という話。
それは、ガルデニアで私が治療をしていた魔物達からの噂が廻り廻って、彼の耳にも届いたということなのかもしれない。
◆ ◆ ◆
その後もしばらくの間サーペントさんに抱き寄せて貰って(決して巻き付かれていた訳ではない)、私は不安定だった心を何とか落ち着かせることができた。
彼に言って抱擁から解放して貰い、私はその場の思い付きで
「それは
サーペントさんは尻尾でお守りを持つと、地面に向かって小さな光の矢を放った。
私があの時撃ったものと同じだが、どういうわけか形が小さい。
「お返ししますよ。 ……メイちゃん、これを何処で?」
一瞬、私を見つめるサーペントさんの視線が少し鋭くなったように感じた。
「ガルデニアで、その……、知り合った魔物の方から貰ったんだ」
その雰囲気を察し、私は少し言葉を選んでしまった。一応彼の保身のために言っておくが、長年親しくしてくれたサーペントさんに私は今更不信などあろう筈もない。だから、彼に嘘はつきたくなかった。
だが、詳細な場所や、ファーシルさんの情報も……みだりに出したくはなかった。縄張りを非常に大切にしていた彼の平穏な暮らしを、私の手で奪いたくなかったから。
「なるほど、お優しい方がいらっしゃいましたね。それで、こちらの魔晶石なのですが――」
幸いなことにサーペントさんはいつもの行商スマイルに戻ると、それ以上の詮索をしなかった。
彼はしっぽの先で、私の手に持つ魔晶石に掘られた紋様のような部分を示す。
「こちらに紋様が掘られておりますね? ご存知の通り、我々魔物は魔術を使うための生命力の源、『
彼はくるくるとしっぽの先で空中に円を描く。
「紋様のあるタイプですと、その形に応じた魔術に変換して取り出すことが出来るのですよ。これは、光の矢のような形になりましたね。 ……ここからは、少し難しい話になりますよ」
私はうんと頷く。
「我々魔物は、個々の生まれ持った魔力の形──言わば魔術の属性は、後天的には変えることができないと言われて来ました。しかしこの石があれば、誰でも自由な属性の魔術を行使することができる。魔物の文明に革新の起こりうる代物だったのですよ」
例えば水属性の魔術を操っていたソーリアさんが火の魔術を使ったり……、ということができるのだろう。火に変換する石があるか分からないけど。
「しかし残念ながら、今はその紋様魔晶石を作る『
サーペントさんは「と言っても」と付け加えると、穏やかに笑いながら結論付けた。
「この石は飽くまで魔力の形を変えて取り出すもの。元々魔術を行使できない人間のメイちゃんはそもそも取り出すことも出来ませんし、ただの綺麗な宝石として持っておくのが良いかもしれませんね」
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
サーペント「どうもどうも。サーペントですよ。御覧の通り、蛇の魔物です」
メイ「ヘビさんは行商の
サーペント「いえいえ。こちらこそスタン……メイちゃんのお父様の調合されたお薬でとても良い仕事をさせて戴いておりました」
メイ「でもあれだけ多くの商品、いつもどうやって運んでたの?」
サーペント「呑み込……」
サーペント「それは企業秘密ですよ」
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