第7話:迎え無き帰還
ノース国の王都ヒューリアに到着すると、私は少しのあいだ街で時間を潰すようにと指示を受けた。ユキちゃんと軍団長ズはこれから王城にてノース国王との会議がある。侍従職のフィーネさんだけが途中で退室し、私と共にオルト村へと向かう手筈だ。
私の扱いについては、その後の幹部会議で意見が二分した。村の生存者としてメイを公表し、人と魔物の共存の象徴として扱うべきだと言う青龍ラフィアバートさんの意見と、メイの存在を秘匿し、村民は全員死亡したと公言すべきだと言う玄武ローミアさんの意見だ。
最終的にユキちゃんは、玄武ローミアさんの意見に賛同した。オルト襲撃者の狙いが分からぬ以上、村の生存者がいると世に知らしめることはリスクとなる。反人派の目的が村民の殲滅であった場合に私が再び命を狙われる危険性もあることから、ここは村民全て死亡したことにすべきと言うのだ。
確かに理屈ではそうなのだろう。私の身の安全にとってそれが最適なのだと言うことも。だが――村の皆も私も、決して命を狙われるような事などしていない。反人派なんてのも知らないし、私たちはただ静かに暮らしていただけ。 それなのにどうしてそれを奪われ、ここに確かに『生きている私』でさえ、この世界の認識から存在を消されなければならないのか。
その理不尽さが、ただ悔しく、ただ悲しかった。ローミアさんやユキちゃんもただ私の身を案じてくれただけなのに、どうして私ばかりこんな目にと素直に受け止められない自分が嫌になる。
憂さ晴らしに屋台で串焼きを買った。フィーネさんが来るまで何をしていよう。
「あー!! お前!! 我の仲間をボコボコにした奴!!!」
歩きながら串焼きをかじっていると、背後から突然声を掛けられる。
振り返ると、そこには濃紺の巨大な飛竜がいた。
こいつはアレだ。
ガルデニアで因縁を付けてきた野盗トリオからボスだとか呼ばれていた奴。恐らくオルト村の襲撃とは無関係だ。と言うかこいつ、なんで当たり前のように人間の町中にいるんだ。しかも宅配業者の制服を着てるし、大きな鞄を首から
「あれから飛んでったみんなを探すの苦労したんだかんな!!」
ワイバーンは腰に翼を当ててぷんぷんと怒っている。
なんか昨日と印象がだいぶ違うな、こいつ。
「ほっといてよ」
精神的に少し不安定になっていた私は、相手が恐ろしい飛竜であるにも関わらず
「いーや、そうも言ってらんないでしょ」
そう言うと、ワイバーンの黄金色の眼に妖しい好奇の色が宿った。
「あの変な光の力さあ、ただの人間のお前がどうやって使ったのか興味あるんだよね。 ……あの時、何をしたのか教えてよ」
こいつは野盗の親玉だ。『お守り』を出したら奪われかねない。それに、制御もできないあの強力な光の力を……こんな町中で使うわけにもいかない。
「ふっふっふ。言いたくない? 恐れ多くもこの我、冥闇の翼ナイトホーン様から隠し通そうなどと……」
「翼なのに
「うるさいな! そういう名前なんだからしょうがないだろ!!」
このワイバーン、確かに見た目こそ恐ろしいが……、何というか調子っぱずれで、全体的に感情表現が豊かだ。最初に会った時のような恐怖を感じない。普通に会話もできているし。
巨大な飛竜を前にしてもそう思ってしまうのは、あの絶望の瞬間を経験したことで恐怖心が麻痺してしまったからなのだろうか。
「もういい、あったまきた!! お前には一度、我の恐ろしさを思い知らせてやった方が――――」
「おい、そこの飛竜! 神聖な王都で揉め事とは何事だ!」
「え?」
誰かの怒声。気付けば、私とワイバーンの元へ何人もの武装した男達が集まって来ていた。おそらくこの街の衛兵達なのだろう。
まあ、これだけ騒いでいたら当然っちゃ当然か。いつの間にか野次馬もめっちゃ来てるし。
「ひゃー!! ゴメンなさーい!!!!」
ワイバーンは慌てて飛び去る。
一体何だったんだ。
「やれやれ、寿命が縮まったよ……。キミね、大人しく退いてくれたから良かったものの……あれ一位種の飛竜だよ? 僕達が束になっても勝てるかって魔物に喧嘩吹っ掛けるなんて、どんな肝っ玉してるんだい……?」
「スミマセン……」
断じて私はヤツに喧嘩を吹っ掛けた覚えはないんだけど。
だが、普通の人の感覚ではアイツは『怖い』らしい。やっぱり私の恐怖心が壊れてきているのではとちょっとショックになる。でもアイツはアイツで、なんか怖く無くない? たぶん、見た目に反してあの性格が竜っぽくないせいだと思うんだけど。
「メアリーさん、お待たせ致しました。……おや、どうかされましたか?」
「いえ、何も……」
暫くするとフィーネさんが戻ってきた。
なんとかホーン様との一件は別に報告するまでもないだろう。
「……? そうですか。ところで、お茶菓子を頂いて来ましたよ。宜しければどうぞ」
フィーネさんはツノに引っ掛けていたクッキーの小袋をくれた。ユキちゃんもフィーネさんも、なんとなく行動原理が似てる。
「それではお待たせしてしまいましたが、オルトの村へ参りましょう。お乗り下さいね」
フィーネさんはそう言うと、屈んで乗り易くしてくれる。
促されるまま私は彼の背に跨った――のだが、
「あれ……、これで合ってます……?」
正しい乗り方が分からない。フィーネさんはユキちゃんと同じ四足の魔物であるが、背には大きな白い翼が生えている。普通に乗るとその付け根辺りに脚が行ってしまうため、そのせいで羽ばたけないんじゃないかとやり場に困ってしまう。ユキちゃんは翼がないから乗るの簡単だったのに。
そんな私の様子を見て、フィーネさんは困ったように笑った。
「それで大丈夫ですよ。ツノはぶつけると危ないので持たずに、頭を下げて首もとを抱えるようにして支えて下さいね。強く抱えすぎると首が絞まってしまいますので、程ほどに……」
その後に聞いた話では、フィーネさんは
侍従長という聞き慣れない彼の職業をメイドやボーイなどの給仕職のことだと勝手に勘違いしていたため、実は物凄く偉いひとだったことにビックリした。
そんなエラいひとに竹籠持たせちゃったんだ、私……。それに今だって、エリノア国のナンバー2にどっかりと乗ってしまって大丈夫なのかな。まあ、ナンバー1のユキちゃんにも乗ってるから今更なのだけれど。
「メアリーさん。……その、ミゼル様についてなのですが」
そんな私の雑念を掃うように、道中少し言いにくそうにしながらもフィーネさんは言葉を紡ぎ始めた。
「はい、どうされました?」
「オルトの村が襲われたと魔王城に報せが入った時、ミゼル様はですね、護衛も付けずに単身で現地へ飛んで行ってしまわれたのです」
オルトで私がユキちゃんと遭った、昨日のことなのだろう。
「それだけオルトはミゼル様にとって特別な場所なのだとする一方で、本来であれば情報の真偽を精査した後に、対策を練ることが定石……。すぐに単身乗り込むといった行為は敵対勢力による罠の可能性もある以上、本来であれば望まれない行為なのです」
フィーネさんは「しっかりお掴まり下さいね」と付け加えると、見上げるほど大きな断崖を下から一跳びで飛び乗った。よかった。ちゃんと翼使えてる。
「ミゼル様は魔王ですが……、扱う魔術は癒しのものです。そこに敵を討ち払うだけの充分な力はありません。もしもあの時、オルト村に反人派の残党が残っていたとしたら、……場合によっては、ミゼル様おひとりでは太刀打ちが出来なかったかもしれません」
「そんな……」
思い出されるのは先代魔王。反人派の人魔シュオールは親人派の魔物によって討たれ、今の調和の時代となった。それと同じことが今のユキちゃんにも起こり得ると、フィーネさんは危惧しているのだろう。
「恐らくですが、ミゼル様がそうまでして守りたかったものは、オルト村の皆様もそうなのですが、……特に、メアリーさん。貴方だったのだと、思います」
「……私、ですか……?」
ユキちゃんはあの時、身の危険を顧みずに私を助けに来てくれたのだ。偉大な魔王が、こんなちっぽけな人間の私のために。
遠方、オルトの村が見えてくる。昨日は夜間であった為状況が分かりづらかったが、日中に改めて見ることで、瓦礫の山と化した村の全容と、その凄惨な様子を捉えることができた。
「ここからは仮の話ですが……、もしも貴方とミゼル様のご関係が反人派の耳に入り、万が一貴方が人質に取られてしまうようなことがあれば、……ミゼル様は自身の命を投げ打ってまで貴方を救おうとすることでしょう。ですがそれは親人派の魔王政権の崩壊を意味し、場合に依って我々は再び戦争を始めることになるかもしれません」
フィーネさんは立ち止まる。
オルトの村へ到着したのだ。
「メアリーさん。貴方とミゼル様は、人と魔物とを繋ぎ止める最後の希望なのです」
◆ ◆ ◆
フィーネさんと共にオルトに戻ってきた。
ウェスト国のフィンさんを始め、昨日以上の人数で瓦礫の撤去作業を進めてくれていた。
事件発生から半日が経過していたため、遺体のほとんどは既に埋葬されていた。お墓は直ぐに建てることが出来ないのか、石に名前の彫られた簡易的なものが今は一時的に置かれている。
スタンリー・フェリシアとキャンディ・フェリシア。両親の物は直ぐに見つかった。
石の前にはボロボロになった家族写真と、私が王都ヒューリアへ修学旅行に行った際に商売繁盛のお土産として買った、可愛らしい招き黒龍の置物が置かれていた。
「お父さん……お母さん……。ごめんね……。薬草、ちゃんと摘んで来たよ……」
山菜籠を持つ手が震える。
あの日母に頼まれていた薬草。遅くなってごめんね。
ねえ、いつものように受け取ってよ。
いつものように、みんなで笑い合おうよ。
昨日の時点では、どこかまだ自分に都合のよい希望を抱いていたのかも知れない。両親の遺体をこの目で見ていない以上、もしかすると何処かでまだ生きてるんじゃないかと。
でも、こうして事実を突きつけられてしまったらもう、受け止める、しか…… 。
ユキちゃんの前で散々泣いて、心の整理が付いたと思っていた。
だけど実際には、全然出来てなかったみたい。
私はお墓の前で泣き崩れた。
◆ ◆ ◆
どれほどの間お墓の前にいたのだろうか。
両親とのお別れをようやく済ませた私は、周囲の手伝いをすることにした。
……身体を動かしていないと、いろいろと考えてしまって辛かったから。
とは言ってもさすがに瓦礫の撤去のような力仕事は私には難しいため、お墓に花や、瓦礫から出てきた遺品を供える手伝いを行う。
そんな折、崩壊した居住区の中に見覚えのある姿があった。
「あ!! お前ぇ!!!」
「昨日はよくもやってくれましたね!」
ガルデニアで私を襲った野盗トリオのうちライカンスロープとヴァンパイアバット。こんなところで何をしているのか。
「あんた達、また変なことを企んでんの?」
「ち、違いますよ!!」
「シードの兄ちゃんが、その……死んじまってよ」
ライカンスロープが言いにくそうにしながら俯き目を逸らす。視線の先には瓦礫を片付ける野盗トリオのトカゲビトの姿があった。
「もしかして、ソーリアさん……?」
オルトにはトカゲビトのソーリアさんが棲んでいた。村近くの渓流で魚を山ほど捕ってくれたり、ハルピュイアのカノンちゃんと共にガルデニアの登山客の救助をしたりと、何かと頼れる村の兄貴分だった。
「そう。シュガルド・ソーリア……おれの兄貴」
トカゲビトは瓦礫を退かしながら応えた。
昨日と同じ、どこかダウナーな印象の、感情の読めない落ち着いた声。
「ガル兄は一番上の兄貴で……、小さい頃はシャル姉と一緒に、よく魚を捕って来てくれた」
「ソーリアの家はお金が無いけど兄弟多いから……、ガル兄はおれ達のために人の国へ出稼ぎして、ずっと仕送りをしてくれてた」
「それが、こんな……」
彼はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。当たり前のことだ。魔物にも家族がいる。反人派のテロリズムは人間だけでなく、こうした魔物達の平穏な生活や未来をも奪っていることに他ならない。
後になって思う。この時私は、彼にどのような声を掛けてあげるべきだったのだろうか。
「……ソーリアさんは、私にとっても大切なお兄さんみたいな方で……。昔私が山で迷子になって泣いていた時も、迎えにきてくれて……肩、車をしてくれて……」
何か、少しでも彼の心を救える言葉があればと思った。彼もまた、今の私と同じ気持ちだと思ったから。
それなのに、うまく言葉を紡げない。ソーリアさんには私も本物の兄のようにお世話になった。素敵な方だったと思い出を語ろうとしたのに、それだけでも、すぐに涙が込み上げてきてしまう。
「…………」
トカゲビトは感情の読めない目をこちらに向ける。人のものとは少し違う、切れ長の瞳。かつてのソーリアさんと同じ、深い水色の瞳。
「大好きだったソーリアさん……、一体誰が、こんな、ことを……」
「うるさい」
「え……?」
トカゲビトはそう言うと、瓦礫を手に抱えたままゆっくりと立ち上がった。
野盗であった時から感情を前面に出すことの無かった彼が初めて使った、強い言葉。
「何でガル兄が死ななきゃならなかった……! おまえ達人間の、巻き添えなんかで……!!」
感情をぶつけるトカゲビトの瞳の奥底には、兄を失った苦しみと……人間への敵意が宿っていた。
「何がおまえにとっての兄だ……! おまえ達人間が最初からいなければ、ガル兄は死ななかったんじゃないのか!!」
「……おい! シード!!」
ライカンスロープが制止する間もなく、トカゲビトは瓦礫を放り出すと背中に括り着けていた斧槍を手に取り、一瞬で私に飛び込んできた。
あまりの突然の出来事に、私は身動きが取れなかった。
そして、次に見た光景は――
トカゲビトが大きな斧槍を、私に振り下ろす姿だった。
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☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)
クレイグ「クレイグ・ウォートン、ウェアウルフの上位種、最強のライカンスロープなんだぜ!」
シャフ「シャフネル・リント、吸血コウモリのヴァンパイアバットです!」
シード「シード・ソーリア、トカゲビト……」
メイ「野盗トリオだけど、この中でペットにするならクレイグ、枕にするならシャフネルさん、傭兵にするならシードさんかな」
クレイグ「なんで俺だけ呼び捨て!?」
シャフ「良いじゃないですかクレイグ。わたくしなんて枕ですよ。」
シード「魚くれるならいいよ……」
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