第6話:失意の先に

 私はユキちゃんの背に乗り真夜中の街道を走っていた。

 オルト襲撃事件を受けた今後の対応について、魔王城で緊急の幹部会議を開くという事で同席を求められたのだ。


 魔王城は魔物の国エリノアの中央にある。

 先代魔王シュオールの時代こそ人の往来が無かったが、ユキちゃんの努力により国交が始まり、人や魔物の往来が少しずつ増えてきている。


「ねえ、ユキちゃん」


 声を掛ける。五年ぶりの親友との再会も、世間話に花を咲かす気分には到底なれなかった。


「会議が終わったら、一度オルトに戻っても大丈夫?」


 ――まだ、村のみんなにきちんとお別れを言えてないから。


「ええ、そうですね……。残念ですが私は公務ゆえ同行出来かねますので、代理の者をオルトまで付けましょう。あなたの手でお世話になった皆をしっかりと供養して、送り出してあげましょうね」



  ◆  ◆  ◆


 ユキちゃんの脚は非常に速く、魔王城までそう長くは掛からなかった。

 流石に城の敷地内まで堂々と魔王様にまたがって乗り込むのはよくないと思い、門前で彼女に声をかけて降ろしてもらう。石畳のどっしりとした感触が足に伝わり、ようやく現実に戻ったような心地がした。


『ご無事の帰還何よりでございます。ミゼル様』

『ええ。お勤め御苦労様です、フィーネ』


 城の入り口で大きな白い角と翼を持ったシカが私達を出迎える。話しているのはエリノア語魔物言語だ。昔ユキちゃんに教わったけれど、こうして実際に他者の会話を聞くことはあまり無かった。

 

『ベリミア様が到着なされておりませんが、他の方々は玉座の間へ待機させております』

『ベルは構いませんよ。私の指示で別動させておりますので』


 フィーネと呼ばれたシカは私の方に向き直る。

 そして今度は人間の言葉で続けた。


「お客人、魔王城迄ようこそお越し下さりました。お荷物をお持ち致します」

「あっ、ありがとうございます」


 私は山菜籠を下ろす。フィーネさんは私から籠を受け取ると、器用に角の間に引っかける形で頭に乗せた。


(そう持つんだ……)


 四足の魔物であるため仕方がないのだが、一応フォーマルであろう場で魔王城の要人と思しき方が、私の山菜籠を頭に乗せて運ぶその姿は絶妙にシュールである。


『ミゼル様。お客人は迎賓の間までお通しすれば?』

「いいえ、この子は玉座の間へ通します。オルト襲撃の参考人として幹部会議に出席させますので」

『ですが、それは……』


 フィーネさんは歯切れの悪い返答をする。魔王の決定とは言え賛同しかねるのだろう。

 無理もない。客観的に見れば国家機密たらしむ一国の幹部会議に、何処の馬の骨かも分からん人間の小娘が飛び入り参加しようとしているのだ。どちらかと言えば彼の反応のほうが正しいような気がする。


「心配は要りませんよ。この子が例のメアリー・フェリシアなのですから」

「そうでしたか。貴方が例の……」


 彼は納得した様子で頷くとこちらを見る。例のメアリー・フェリシアってなんだ。私は魔王城でどんな噂が立ってんの。


 ところで、私は先ほどから勝手にフィーネさんのことを『彼』と称しているが、実際のところ彼の性別は分かっていなかった。ファーシルさんの時もそうだったけど、魔物のひとたちって声や見た目からでは性別が全然分からないんだよね。たぶん、向こうから私を見ても同じなんだろうけど。


 「それではまいりましょうか。メイ、付いてきて下さいね」


 ユキちゃんに従い、私は彼女の後を歩いた。更に後を籠角のフィーネさんが歩く。

 実を言うと、私はお城なんて魔王城はおろか人間の城ノース城にすら入ったことがない。歩き方のマナーとかあったりするのかな。そんな要らぬことを考えながら、私は出来る限り身体の軸をぶらさないように『エレガント』に歩く。すれ違う魔物の衛兵達に、田舎育ちの無作法者と思われていなければ良いけれど。



  ◆  ◆  ◆


 初めて踏み入れた玉座の間。その壮麗さよりも、私はこれから始まる『幹部会議』というものの言葉の重さに息が詰まっていた。改めてだけど、一介の人間の小娘風情がこんな場所にいて、本当に大丈夫なんだよね? そんな不安に包まれながら、私は玉座へと移動したユキちゃんに縋りつくような目線を向ける。


『……オルトの村が、反人派の竜とおぼしき者の襲撃により壊滅しました』


 ユキちゃんの発言を口火に、突如として会議の出席者達に動揺が広がった。

 出席者は四頭の魔物。白い毛並の虎に赤い羽根を持つ鳥。大きな黒い陸亀に青い鱗の龍。一国の幹部会議にしては人数、少ないような?

 

 ユキちゃんの段下すぐにはシカのフィーネさんが、そして部屋の隅に縮こまる私の隣にはフィーネさんから山菜籠を預かった一本角の白いライオンのような魔物が控えている。恐らくこのふたりは会議の参加者と言うより侍従職なのだろう。

 ちなみに『玉座の間』と聞いて、私は金ピカで豪華な椅子がある部屋を勝手に想像していたのだが、実際には階段状に数段高くなったお立ち台と言うか、ステージのような場所にユキちゃんが腰を落としているだけであった。まあ、ユキちゃんは四足の魔物で椅子に座れないし、考えてみれば当然なんだけど。


『えっと……、オルトって国境のやんな?』

『そう。ノースの国境にある、霊峰ガルデニアの麓の村。人の村だけど、少なからず中立で魔物も住んでた筈』


 白虎の疑問に赤鳥が応える。


『その竜とやらの目的は明らかなのか……?』


 青い龍が尋ねる。

 あんなことがあった手前、正直龍は怖いけど、……彼の低音ボイスはちょっと心地がいい。


『不明です。実行犯との接触は出来ませんでした。彼女は村の生存者ですが、彼女も襲撃時には現場におりませんでした』


 ユキちゃんが私を示すと、参加者一同が私に視線を向けた。


「そうなんだ。辛いけど、元気だしてね……」


 陸亀が人語で励ましてくれる。大きな見た目に依らず可愛らしい声。私はお辞儀で返した。


『魔王さま犯人に会わなかったんだ。それならどうして竜の仕業だと分かったの?』

『彼女がガルデニア山中で実行犯とおぼしき黒竜と接触し、襲撃を受けたと言います。また、オルト方面から飛び立つ黒竜の姿を見たとガルデニアに住む魔物から複数の証言を得られました。状況から、その者の仕業と考えるのが妥当ではないかと』

 

 赤鳥の質問にユキちゃんが応える。

 つまり、直接的な証拠はないものの、付近にいたという状況証拠から私を襲ったあの黒竜こそがオルトの村も襲ったのということなのだ。


『ガルデニアでコクリュウに、って……』

『いえ、違いますね。ドラゴンです』

『ああ、黒竜ですか……』


 何に引っ掛かったのか白虎が呟くと、それにユキちゃんが応える。彼は納得したようだが私には良く分からなかった。


『これからの方針はどうするの?』

『竜は捕らえて情報を聞き出します。その上で……処遇は人の国の法で裁くべきでしょうね。今はベルに情報を探らせています』


『ベリミアさんより絶対うちの方が速いんに』

『なにその自信』

『まあ、ベルは遅いからね~』

『あんたがそれ言いはります? 』


 ユキちゃんの言葉から一拍をおいて、声を発した白虎に赤鳥がツッコみ、陸亀に白虎がツッコむ。こいつら仲いいな。

 どうやら竜の行方はベリミアと言う魔物が追っているらしい。白虎がさん付けで呼んでいるので、お偉いさんなのだろうか。


『この度の事件を受け我がエリノア国の処置としましては、ノース国との和平締結の際に結んだ共同防衛協定・第四条一項で合意しました内容に則り、国軍から数個の中隊を派遣し、ノース国の主要都市に駐在させることと致します。目的は反人派からの更なる襲撃から人々を護ること。更には人々の魔物に対する友好の認知が歪まぬよう、関係の改善に努めること』


『魔王庁防衛部第四軍団長 玄武ローミア・エルダ、同じく第七軍団長 朱雀アリステア・エルダ、第八軍団長 白虎フェン・エルダ、第一軍団長 青龍ラフィアバート・エルダ。四神のあなた達にはエリノア国軍の幹部として一個中隊を選定し、魔王ミゼル・エリノアの名の下に友好国ノースの防衛を命じます。ノース主要都市に駐在し、降りかかる反人派の脅威から人々を守るのです。両国の平和のため、宜しく頼みましたよ』



  ◆  ◆  ◆


 翌朝、先の会議の参加者のうち一本角ライオンさんを除いた七人はノース国を目指していた。

 本件について軍団長を踏まえ、具体的な駐屯地などをノース国王と改めて会話するためらしい。青龍ラフィアバートさんに私と玄武ローミアさん、朱雀アリステアさんが乗っての大移動だ。ラフィアバートさんの背は広く、まるで空そのものに乗っかっているかのように思えた。ちなみにユキちゃん、シカのフィーネさん、白虎フェンさんは自身の脚で移動している。


「みんなでっかいから怖いでしょ。ボクと話そうね」


 アリステアさんは私の隣に止まると、人語で話し掛けて来てくれた。

 確かに魔王軍の軍団長はアリステアさんを除いて皆非常に大柄だ。もっとも、彼も鳥でありながら、私と同じくらいの背丈があるのだが……


『アリステア、お前は自分で飛べ……』


 ラフィアバートさんが身を捩り、アリステアさんを振るい落とす。


『ちょっとラフィー、メイさんも乗ってるのに乱暴はダメじゃん』

『む、すまない……』


 そう言いつつ、アリステアさんはしれっと戻ってきている。

 世渡りのうまいひとだ。


「メイさん、聞いたよ。魔王さまの知り合いなんだってね」

「ええ、ユキ…ミゼル様には昔ガルデニアで一緒に遊んで戴いていたんです」

「ガルデニア、いいところだよねぇ。ボク達も全員暮らしてたんだよ! 数十年前に出て行っちゃったから、メイさんには会わなかったけど」

「えっ、そうなんですか?」

「ラフィーにロー、フェンフェンに、今はいないけどベル。みんな生まれはガルデニアなんだよ。フィーネさまとレグルスさまは違うんだけどね」


 文脈的に、恐らく昨日の会議にいた一本角のライオンがレグルスさまなのだろう。

 だけど数十年前に出て行ったって、このひと達は一体何歳なんだろうか。ユキちゃんに色々な魔物の話を聞いてきたけど、このひと達の種族である、玄武や朱雀などの話は聞かなかったような気がする。


「ボク達ってみんな苗字が『エルダ』って言うんだけどね。簡単に言うと、エルダの魔物はみんな兄弟で、ガルデニアの出身なんだ。ミゼル……魔王さまだって今でこそエリノアなんて国の名前を背負っちゃってるけど、元々はエルダだったし」


 本日集められた軍団長が全員同じ姓だったのは私も気になっていた。それにユキちゃんも同じだったなんて。けれど、種族もバラバラな彼らが同じ姓で兄弟とは一体どういう意味なのだろうか?

 それともう一つ。エルダの姓はもうひとり……聞き覚えがあった。


「あの、アリステアさん」

「なーに? どうしたの?」


「ファーシルさんって知っていますか?」


「ファーシルさん?」


 暗闇の洞窟から私を救い出してくれた恩人、ファーシル・エルダさん。結局、最後までその姿を見ることが出来なかった。


「ガルデニアの洞窟で私を助けてくれた魔物のひと。そのひともエルダだったの」

「ボクは分からないなぁ。ロー、知ってる?」

「うーん、知らないね~。きっと僕たちがガルデニアを出た後に生まれたひとなんじゃないかな~」


 ふたりはファーシルさんのことを知らないらしい。

 と言うか、ここで気が付いた。玄武のローミアさん、青龍ラフィーさん程じゃないにしても非常に大柄なため、ラフィーさんの胴体から全ての四肢がはみ出てしまっている。所謂腹だけで支えている状態……例えるなら、人差し指の上に硬貨を乗せてバランスを取っているかのような。本人は至って余裕そうなのだが、私の目からは凄く不安定そうに見えて、いつ落っこちないかと心配になる。



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 ☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)


 メイ「今回のゲストは朱雀のアリステアさんです」


 アリステア「こんにちは、メイさん」


 メイ「本当はエルダの全員を呼びたかったんだけど……」


 アリステア「ラフィーとローが大きすぎて部屋に入れなかったんだよ。だから今回はボクだけの参加になったみたい」


 アリステア「ところで最初に断っておくと、……ボク達軍団長の名前はまだ覚えなくて大丈夫だよ。もう覚えちゃった! って人はごめんね……。理由は、ボクたちはもう第一章には出てこなくて、第二章以降の再登場シーンで個別に改めて紹介するからね」


 メイ「この軍団長の玄武、朱雀、白虎、青龍の皆さんは『四神ししん』と呼ばれていて、エリノア国軍の幹部、最高位種の魔物なんだよ」


アリステア「神だなんて大げさだよね。ラフィーはともかく、他のみんなは風格ないよ。ボクだって、この前魔王庁の住民課でクジャクと間違えられたし」


 メイ「それは事務員のひとが問題なんじゃ……」

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