第3話:闇の導き手【2】

 暗くてよく見えないが、拾い上げたそれは何かの結晶のような物だった。

 視覚に頼れない今、その細かな形状や色彩を正しく認知はできないが、手に取る指先を通じてひんやりとした冷たさを感じ取ったような気がした。


『それはお守りです。もしもまた、アナタがその竜に襲われたり身の危険を感じたりした時は……その石を握って、助けてと強く念じて下さい。きっとその石が、どんなに恐ろしい敵からもアナタを護ってくれますから』



  ◆  ◆  ◆


『ここを真っ直ぐ進めば出口です。お気を付けて』


 奥に光が見える。あれがこの洞窟の出口なのだろう。

 あれ、いつの間に追い抜いてたのかな。今まで先導してくれていた筈の彼の声は、気付くと後ろから聞こえるようになっていた。

 光の向こうからふわっと風が届き、運ばれた緑の匂いが鼻先をくすぐる。ああ、やっと出口まで来られたんだ。大袈裟かもしれないが、私は無事に生きて外へ出られたことにホッと胸を撫で下ろしていた。


「あの、本当にありがとうございました。村に戻ったら、後でちゃんとしたお礼を持ってきますね」


 私は振り返り、暗闇に向かってお礼を言う。彼の援助がなければ、到底洞窟からの脱出は叶わなかっただろうから。


『……いえ、結構ですよ。お気持ちは嬉しいのですが、やはり私は縄張りに入られるのを好みません。それにこの辺りには人に敵意を持つ魔物もおりますから、アナタ自身も危険な目に逢わせてしまう。できれば……もう私のことや、この場所のことはお忘れ下さいね』


 しかし、暗闇から返って来たのは断りの言葉だった。ファーシルさんの性別が分からないため便宜上『彼』とするが、会話を通じて彼は縄張りを非常に大切にする魔物ということが分かった。


『それでは私はこれで失礼しますね。メイさん。どうかお元気で……』

「……あの! ファーシルさん、最後にひとつだけ」

『はい? 何でしょうか』



「間違っていたらごめんなさい。ファーシルさんって、――ジェネラルバット、ですか?」


 結局最後までファーシルさんの姿を見ることができなかった。しかし、私にはある種の確信めいた自信があった。


『…………』


 ファーシルさんは黙った。

 ジェネラルバット。実物は見たことがないが話を聞いたことがある。コウモリ属の高位種の魔物の名だ。

 彼は暗闇の中でも私の様子を正確に把握し、洞窟内でも反響せず指向性のある声で終始私を誘導してくれた。これらはいずれも音波エコーを操るコウモリ属の魔物であれば可能な技であろう。

 しかし一般的にコウモリ属の魔物は非力であり、ほとんどは群れを形成して共同で生活を行うと言う。彼のように単独で縄張りを持つことは稀であり、それが可能となるのは単身でも生存能力の高い、数少ない高位種であるジェネラルバットでないかと推測できるのだ。

 ……全部、ユキちゃんから教わった知識だけど。


『……ふふ。メイさん、アナタは本当に面白いですね。あの方が目を掛ける理由も分かる気がしますよ』


 ファーシルさんは楽しそうに笑う。ご明察、という事で良いのだろうか。


『それでは一つ。私へのお礼と言うことであれば……貴方にお願いをしても宜しいでしょうか』


 そして彼は私に、一つの願いを託した。


『これからもどうか、ミゼル様のことを宜しくお願いしますね』



  ◆  ◆  ◆


 洞窟から出て、私は暫く見慣れぬ山中を歩いていた。再びあの黒竜と鉢合わせないとも限らない。極力開けた場所には出ないように、木の影に隠れながらこそこそと進んでいく。

 初めて使うコンパスは幸いなことに正常に機能していた。現在地は全く分からないけど、とりあえずは『南』に向かえば山を降りられる筈だ。


「君!! 大丈夫か!?」

「ふぁっ!!!?」


 竜からの襲撃を恐れビクビクしていた私は、突然後ろから声を掛けられ素っ頓狂な声を挙げた。


(心臓、止まるかと思った……)


 振り返ると木々の間から一人の男性が走ってくる。白の軍服。同じく白を基調とした軍帽の中央には、凛々しい虎を象った金のエンブレムが鎮座している。

 これは確か……隣国ウェストの国章だ。年齢は恐らく、私よりも少し年上の青年と言ったところだろうか?


「怪我は無いかな? 怖かっただろう。よかった、無事で……」


 そう言うと青年はトランシーバーのような物で会話を始めた。スマホは圏外なのに、無線は繋がるんだねここ。機械は詳しくないからその辺の仕組みはよく分からんけど。

 そんなことをぼーっと考えていると、「生存者」という単語が耳に入った。

 まるで状況が飲み込めない。この人は何を言っているのだろうか。確かに私は黒竜に襲われたけれど、その事がはるばる隣国にまで知れ渡って、彼が救助に来たとも思えない。


「えっと、何かあったのですか……?」


 無線で会話を終えた青年に私は尋ねる。

 青年は意外だったのか、きょとんとした様子で聞き返して来た。


「あれ、君は逃げて来たんじゃ無かったのかい……?」


 青年は一呼吸置き、言葉を続けた。



「麓の村、オルトが壊滅したんだ」



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 ☆舞台裏 (以降本編とは関係ありません)


 メイ「今回のゲストは再びファーシルさんです」

 ファーシル『改めましてこんばんは』


 メイ「と言っても、本編の私は結局最後まで姿を見られなかったので、相変わらずの暗幕越しの登場になるよ」

 ファーシル『うーん、残念ですね……』


 メイ「ふっふっふ。だけど!! 前話で不明だったファーシルさんの種族が遂に明らかになったよ! めでたい!!」


 ファーシル『ジェネラルバットでは無いですよ』


 メイ「ふぁ!!?」


 ファーシル『あっ、この話まだ駄目ですね……。すみません、忘れて下さい……』

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