鬱と生きる~優しい世界で自然体で生きていくために~
難波武尚
第1話 あなたの隣で、優しい世界を待つのはもうやめた話
サッカーボールさえあれば、どこまでも行ける気でいた。
6つも3つも上の兄貴たちには、いつか絶対に勝てる。3つ下の弟には絶対に負けられない、そんなライバル意識を持っていた。
兄貴たちの影響が大きかったのだろう。勉強なんて、授業を聞いてりゃ大体わかった。根拠のない自信にあふれた少年時代だった。
そんな、絵に描いたような「普通で生意気なサッカー少年」だった僕の足が、なぜか校門の前でだけ、鉛みたいに動かなくなった。
あれは、小学校6年生の秋のことだった。
あれから約30年。
その少年は、妻と3人の子どもの夫であり、父になった。
そして、障害福祉サービスの現場で「サービス管理責任者(サビ管)」として、あの頃の自分と同じように、心の道で迷子になった人たちの隣を歩いている。
不思議なものだ。
僕の隣には、今もずっと、あの頃とは違う、もう一人の同伴者がいるのだから。
便宜上、ここではそいつを「彼」と呼ぶ。
私が20年以上前に患った病気。鬱だ。
『もう、付いてくんなよ』
そう思ったことは数えきれない。しかし、彼はいつもそこにいる。いつだってそばにいる。
彼は、たまに鳴りを潜める。そういった時の僕は、そこそこ陽気なおっさんだ。
しかし、彼はいなくならない。彼は静かに牙を研ぎ、調子に乗った私に襲い掛かる。調子に乗れば乗るほど、その反動は大きくて、私は何もできなくなる。
そんな彼に僕が出会ったのは、二十歳を過ぎてから。心が、ばらばらに壊れた時だった。
大叔父であり養父であった大きいじぃじとの別れを皮切りに、たった3年間で、僕は家族を失い続けた。22歳で兄をオーバードーズで、23歳には父を肺がんで亡くした。どの年も、奇しくも、季節は秋だった。
心が痛くて痛くて仕方がなかった。何もできない日々を、ただただ息をするためだけに過ごしていた。あの頃の僕は、生きてはいなかった。ただただ息をするためだけに過ごしたのだ。
それでも僕が今を生きていられるのは、たくさんの心優しい人々に出会えたからだ。
そして何より、15年前に出会った妻と、3人の子どもたちがいるからだ。
10年前には、福祉サービスに支えられる側だった僕の中に可能性を見出し、「支える側」へと手を引いてくれた恩人がいる。支えられる人間に人を支えることが勤まるのか、最初は不安で仕方がなかった。それでも、支えられて自己を獲得した経験を、今度は支える人間として誰かに還元できることを嬉しく思う。
そんな、ひっそりと生きてきた僕が、こうして声を上げようと思えたのは、今よりも優しい世界の訪れを待つことに、もうくたびれたからだ。
今、苦しいあなたのために、私が彼と生きる証をここに残す。
家族を失って鬱を患って、新しい家族を得られても彼と別れられない、こんな人間がいることを。
知ってくれたなら、ほんの少しだけ、私が理想とする世界に近づいてくれると思うから。
あなたの隣に、生きづらさを抱える人がいることを知ってくれたなら、きっと世界は、もう少しだけ優しくなるだろう。
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