第28話 元勇者、すべてを暴露される

「ぎゃああああぁぁぁぁぁッ!」

「腕! 腕! オデのうでうでうでうであぼろばッ」

「逃げろ! 逃げろ、逃げろ!」

「どけえ、そこをどけ、どいて――あギャッ」

「化け物だああああああああああああぶるごしゅっ」


 それは一方的な虐殺――いや、捕食だった。


 人の二倍ほどもあるグロテスクな肉の塊は、伸ばした五本の腕で周囲にいる人間を手当たり次第に捕らえ、砕き捻って乱杭歯で噛みちぎる。

 血と肉を撒き散らし、ゴリゴリと骨を砕く音を立てながら、見る見る肥大化していく。


 人の二倍、三倍――五倍に。


 フレッシュゴーレム。

 戦場で何度か見かけたことはあった。

 魔族の陣営に投げ込まれた「核」は魔族を食い散らかそうとするものの、結局は包囲されて焼き尽くされていった。


(あれは禁呪だって、メイゼルが言ってた。普通の魔法使いは学ぶことさえ許されてないって。だとしたら一体、どうやって――)


 いや。

 考えている暇はない。


 僕は駆け出した。

 マルクに背を向け、肥大化を続けるフレッシュゴーレムに向かって。


「やはり背中を見せましたね――」


 予想通り。

 僕は勘だけでマルクの斬撃をかわすと。


「あんたの相手をしてる暇はない」


 身を翻しながら、残されたマルクの左腕も斬り飛ばした。


「ぃが――ッ!?」

「自分が何をしでかしたのか分かってないんだろ。あとで償わせてやる」


 それ以上、奴には一瞥もくれず、逃げ惑う群衆達に逆行する。

 まっすぐに全力で、ミーリア達の元へ。


「アシェ――アシュレイッ」

「逃げるんだミーリアッ! ブエナとロザリンドはミーリアを頼むッ!」


 蠢くフレッシュゴーレムが、いよいよ三人に向かって六本の腕と三本の脚と数多の触手を伸ばしてくる。

 僕は、滑り込みざますべてを斬り捨て、勢いに乗せた後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


「こん――のぉッ!」


 肉を潰し骨を砕く不快な感触――無様な巨体をよろめかせたフレッシュゴーレムが、ルーベン橋の欄干に激突した。

 大きな衝撃に、石造りの橋がたわみ足元が揺れる。


「ぶ、お、おぉぉぉぉぉォォォォん」

「うぉおおおおおおおおおッ」


 僕は徹底的にやった。

 震えながら迫る腕や尾のような器官を十数本斬り刻み、こじ開けた隙に再びの回し蹴り。


「お、ち、ろぉぉぉぉ――ッ!」

 

 肉塊はひしゃげ、黒ずんだ血と肉と骨が飛び散らせながら転がって。

 欄干を押しつぶし、濁流へと落ちていく――


「オイオイ、マジかヨ」


 ように見えたが。


 伸びた触手が、蠕動する肉が、橋桁に絡みついていた。

 不定形の魔物スライムじみた動きで、ずるずると橋の上に這い登ってくる。


「クソ、逃げるゾ! こんなバケモノ、貴族院の騎士連中に任せとケ!」

「無理だ。ここまで育ったら、普通の方法じゃ倒せない」


 昔、メイゼルに教わったフレッシュゴーレムの斃し方は二つ。


(起動して六秒以内に核を潰す)


 フレッシュゴーレムは魔法によって超圧縮された肉塊――『核』が生命を吸収することによって肥大化する。

 核は大小あるが、人間が持ち運べる程度の大きさでしかない。

 その状態のうちに原形を留めないほど叩き潰すのが、一番無駄のないやり方だ。


(もう一つは、大規模破壊魔法で跡形もなく消し去る)


 起動したフレッシュゴーレムは、周囲の肉を喰らって際限なく肥大化し続ける。

 その成長速度は恐ろしく早く、いくら肉や骨を削いだところで焼け石に水を垂らすのようなものだ。


 結果、数人の魔法使いによる連携で強力な破壊魔法を発動し、周囲の地形ごと消し飛ばす他なくなる。


(増水した川に落とせば餌がなくなる。そうすればそのうち自壊すると思ったけど……そう甘くはないか)


 これこそがフレッシュゴーレムが禁呪とされた最大の理由だ。

 敵味方見境なく殺し回る上、止めることもできない兵隊を誰が欲しがる?


「聖騎士だって精鋭なんでしょう。橋ごと吹き飛ばす魔法ぐらい使えるんじゃないの?」

「彼らはこの橋を落としたがらない。騎士が他領や建物を傷つければ内輪もめが始まる。昔、ヴァネッサが言ってた」


 ミーリアが頷き、


「では、ブリギッテ叔母様のお許しがあれば!」

「できるかもしれない。ミーリア、君が話をつけてくれ。早く!」


 起き上がったのか、それを諦めたのかは分からないが――フレッシュゴーレムの肉体に上下左右の区別はないように見える――、ゴーレムが新たに生やした手や足や尾を振るって、再び橋の上を這いずり始める。

 その巻き添えだけで、三人が潰され、砕かれ、呑まれた。


「オイ、アシェも来イ! ココに残る理由は無いダロ!」

「いいや。あるんだよ・・・・・、僕には」


 僕なら今すぐフレッシュゴーレムを滅ぼせる。


 そして僕には、公爵の許可などいらない。

 もとより誰も僕の存在・・・・を許してはいないから。


 腕利きの魔法使いの一団もいらない。

 それを上回る武器を持っているから。


 何よりも。


「……結局、これは――僕のせいなんだから」


 僕に懸けられた賞金を狙う傭兵マルクの仕業。

 賞金が懸けられたのは、僕が仲間達を守り切れなかったせいで。


「かたをつける。何もかも」


 自分の失敗は、どこまでも、自分で決着をつけないとならないんだ。


「ボウヤ。アナタやっぱり、最初からここで――」


 ずるん、とフレッシュゴーレムが蠢く気配を感じる。


 振り向きながら振るった剣で、僕は伸び来る七本の腕を斬り払い――十本の足を斬り飛ばし――三十八本の指と舌を斬り捨てた。


「ここは保たせる。行ってくれ」

「ダメよボウヤ! 絶対、絶対ッ、ダメだから――ッ」


 狼狽えるロザリンドに、ミーリアの言葉が重なる。

 

「アシェル様――必ず、生きてお帰りください」


 僕は。

 応じる間もなく、フレッシュゴーレムの攻撃を打ち払っていく。


 三人が駆け出したのを、足音で確かめながら。


(もしかして。あの時――僕を守ってくれた仲間も、こんな気持ちだったのかな)


 未来への希望を託すのではなく。

 責務や罪を背負わせたいのでもなく。


(ただ。守りたいんだ)


 僕のことを想い、優しくしてくれた人達を。

 僕に幸せをくれた人達を。


(生きていてほしい)

 

 ……だとしたら。


(やっぱり僕は――死ぬわけには、いかない)


 怒涛のようにのたうつ魔手をくぐり抜けて、ゴーレムの胴体部分を斬りつける。


「っだぁぁぁぁぁぁぁッ」


 横に一閃――返す刃で斬り上げ――身を翻して斬り下げ――

 反撃。避ける。打ち下ろし。弾く。薙ぎ払い。斬り防ぐ。


(速い、大きい、重い――なんて化け物だ)


 舞うように踊るように、荒ぶる颶風のごとく斬っては裂き、裂いては引き、引いては崩し。

 

「――でもッ! 魔王あいつほどじゃ――ないッ」


 最後に残ったフレッシュゴーレムの巨腕が足元の石畳を打ち砕く。

 ”斬り開くものヴァンガード”でそれを橋に縫いつけると。


 敵の腕を足場に巨体の天辺へと駆け上がって――


「来いっ」


 僕は喚んだ。

 応えはすぐに――右手に現れたのは、刀身を失くした聖剣ラディウス


 折れた刃を、芽生え始めた新しい肉の芽に突き立てると。

 念じる――否、祈る。


 この剣を僕に引き抜かせた、神に。

 そんなものが本当にいるのだとしたら。


「終わり、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」


 剣が輝く。

 曙光が世界を照らし出すように。


「ギ――――イイイイイイイィィィィィィィィィィィィィッ」


 フレッシュゴーレムの体表に開いた無数の口と鼻。

 その全てが一斉に、叫ぶ、喚く、泣く。


 悶え苦しむ肉と骨と血が、眩い光の中に溶けていく――


 やがて。

 僕は、立っていた。


 頑強なルーベン橋の真ん中に空いた、巨大な穴。

 その傍らに。


(……上手く行った、みたいだ)


 そこには一欠片の肉も残っていない。

 フレッシュゴーレムは跡形もなく、消滅した。


 だが。

 これはきっと、マルクの思惑通りだろう。


(ラディウスを使えば、僕の正体はバレる)


 それは分かっていた。

 分かっていてもそうするしかなかった。


 その時点で、僕の負けだった。


 聖剣を握ったまま。

 いまや足を止めてこちらを注視する群衆を振り返る――


「見事だった」

「――――ッ!?」


 その瞬間を狙われていた。


 腹に突き立てられたいびつな刃の短剣スパイラルダガーを見て、ようやく気づく。


「流石は勇者アシェル。聞きしに勝るとはこのこと。我々だけで仕掛けても勝ち目はなかっただろうな」


 短剣を握っているのは、ごく普通の女性――そう偽装した“影の一党”の暗殺者。

 逃げ惑う人々に紛れていても、誰一人疑わないような。


あの男・・・の計画に乗って、正解だった」


 僕は。

 暗殺者の肩を押し返すので、精一杯だった。

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