第14話 元勇者、“三又槍”をへし折る
傭兵二人の反応は機敏だった。
二挺のクロスボウから放たれた矢は、正確に僕の額と心臓を狙っていた。
だが、狙いが正確すぎる。
矢が飛ぶ軌道が分かっていれば、避けられないものではない。
「――――!」
僕は身を沈め、二本の矢をくぐり抜けながら大地を蹴る。
腰の剣を引き抜きざま、壮年の傭兵が構えるクロスボウを斬り飛ばした。
「矢を避けただと――この距離でッ!?」
返す刃で逆の腕を狙うが、前腕にくくりつけてあったバックラーで受け流される。
「小僧――そうか、貴様が、例のッ」
敵の反撃は早い。
抜刀からの流れるような斬撃が、僕の胴を狙う。
僕は躊躇わず、さらに相手の懐へ飛び込んだ。
肘を使って敵の腕を内側から弾き。
同時に、逆手に持ち替えた剣を相手の腿に突き立てる。
「ふんッ」
だが、切っ先に脚の装甲を合わせられた。的確な足捌きだ。
そうなると、刃筋の通らない咄嗟の一撃では鎧を貫通できない。
せいぜいが装甲の一部を斬り落とすぐらいで。
「馬鹿な――斬られ、たッ!?」
呻きながらも、敵は牽制を忘れない。
僕は後ろに跳んで距離を取る。
(こいつ、出来る奴だ)
あのゴードンという巨漢よりも腕が立つ。
腕力はそれほどでもないが技術に長けている分、力押しのゴードンより時間がかかるかもしれない。
「この速さ、膂力――間違いない、貴様がゴードンをッ!」
僕はもう一人の傭兵――ミーリアの腕を極めている女に視線を送った。
「止まれっつの、ガキ! でないと、お嬢様にも痛い目見てもらうことになるからね――」
「――やってくれ」
「は――はぁ!? あんた、マジ――!?」
女傭兵が、動揺するが。
僕が声をかけたのは、女傭兵の背後――茂みから顔を覗かせているララ・シェだ。
「――は~い、枝さ~ん、伸びちゃって~」
囁きとともに。
音もなく伸びてきた木の枝が、短剣を持つ女傭兵の左手を捕らえた。
「なにこれ、枝が、絡みついて――魔法ッ!?」
「ギュって~したげて~」
鈍い音がして、前腕の骨が砕ける。
「――いっ、ぐぅぅっ!?」
悶絶する女傭兵。
「伏兵とはッ、小癪な!」
言いながらも、壮年の傭兵は攻撃を仕掛けてくる。
仲間をやられても動揺はない――今やるべきことをこなすだけ。
やはりというべきか。
(この男は
ヴァネッサがよく言っていた。
恐怖に溺れず、怒りに飲まれず、欲に駆られず。
心強くして、戰場においては為すべきを為すもの。
それこそが本物の戦士だと。
「――あんた、名前は?」
繰り出される切っ先をかわし、蹴りを受け流しながら、僕は訊いた。
壮年の男は攻撃の手を休めないまま、
「聞いて――どうする!?」
「昔、仲間が言ってた。例え敵であろうと戦士には敬意を払えって」
それ以上の踏み込みを剣先で制しながら、答えると。
一瞬だけ、男の動きが止まった。
「――ビル・マーレイ。デュシャン傭兵団、“
叫びとともに、押し込むような刀身がこちらの防御に割り込み。
気合が乗った突きが、鎧を貫き僕の胸を抉る――
「悪いな。僕に名乗れる名はないけど――憶えておくよ、ビル」
寸前で、僕は身をかわした。
右足で大地に円を描くように転身して、剣に力を乗せ。
ビルの左腕を、バックラーごと叩き斬った。
「ぐぬァ――ッ」
跳ね上げた刃を、頸動脈を斬り裂く寸前で止める。
ぴたりと、ビルも動くのをやめた。
「あんた達の雇い主には警告した。これ以上、ミーリアには手を出すなと。それでも、あんた達は追ってきた。残念だ」
「何の、話だ――いや、それよりも」
腕の断面から血を溢れさせながら、ビルは僕を見て、
「その、若さで、この、強さ――貴様、まさか……まさか、逃亡中の、勇者アシェル、か――?」
僕はわずかに、剣を押しつけた。
皮一枚を裂く程度に。
「つまらない質問だ。いいか、聞け。次はあんたに見せしめになってもらう」
「……もし貴様が、勇者アシェルだと、言うなら――約束しよう。デュシャン傭兵団は、この件から手を引く、と」
返ってきたのは、意外な答え。
僕はたたらを踏んだような心地になる。
「憶えているか。ベリンダリッド城の、防衛戦。あと一撃で、城門が破られる、というとき、勇者達が……敵軍の背後を、突いた。電光の速さで、敵将を、討った。おかげで……我々傭兵団は、今日まで、生き延びることができた」
ベリンダリッド――憶えている。
十二魔将の一人、金剛のアハトと戦った場所だ。
メイゼルの物質崩壊魔法をも凌ぐ絶対無敵装甲と、周囲の存在をすべて腐食する広域侵食ガスを前に、僕は何度も死を覚悟した。
だが、シェルスカの
とはいえ。
「……本気で言ってるのか?」
「我々傭兵は所詮、金で動く、俗物だ。だが……命の借りも返さぬほど、落ちぶれてはいない」
ビルという男は、嘘をついていないように見えた。
僕の目が確かなら、の話だが。
「もしも
「言う通りに、しよう」
ビルは剣を放り投げ、腰の剣帯に吊るしてあったナイフと矢筒を捨てた。
……僕は、ビルの頸動脈から刃を引く。
「かたじけ、ない。命を拾われたのは、二度目、だな」
「拾ったつもりはない。次に戦場で会った時は殺す」
「ああ。二言は、ない」
ビルは頷き、自ら左腕の止血にかかる。
その傍ら、空中に吊るされた同僚の女傭兵を見上げて、
「……リズ。生きてるか?」
「ヤバい。てかマジヤバい」
女傭兵――リズはララ・シェの魔法で右腕を砕かれ、木に吊るされていた。
だらんと伸びた腕の様子を見るに、肩も脱臼もしているだろう。
相当痛むに違いない。
「ちょ、え、待って、マジコーフンなんだけど! ヤバ、あ、ヌレてきたかもっ!」
だというのに、彼女は何故か爛々とした目で僕を見つめている。
「ねえ、あんた! 勇者サマ! ねえったら!」
僕は応えない。
認めるつもりはないから。
それでも、構わずに彼女は続けた。
「あんた、ウチとヤろーよ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます