第15話 元勇者、ヤバい女傭兵につきまとわれる

「あんた、ウチとヤろーよ!!」


 ……不覚にも。

 僕は彼女――リズと呼ばれた女傭兵に目を向けてしまった。


 というか、僕だけではなく、その場にいた全員がリズを見ていたと思う。

 そしてきっと、みんな同じ気持ちだったはずだ。


 それを代弁するような気持ちで問いかける。


「……何を言ってるんだ?」

「ずっとずっと探してたんだよーっ! ウチより強いオトコ・・・・・・・・・をっ」


 止血作業を続けるビルに、視線で問いかける。


「……そういう病気なのだ。あの女は」

「ビョーキなんか持ってないよっ! キレイなカラダだしっ」


 まったく意味が分からない。


 僕は頭を振って、意識を切り替えた。


「遅くなってごめん、ブエナ。大丈夫か?」

「グモンだゾ、アシェ……オマエ、フトモモに矢を三本撃たれたコト、あるカ?」

「死ぬほど痛かった。分かるよ。動脈は――外れてるみたいだね、良かった」


 リズの拘束から逃れたミーリアに声をかける。


「ミーリア、ごめん。確か医療魔法を習ってたって言ったよね。ブエナの治療を頼める?」

「は、はいっ! 承知いたしましたわっ」


 それから森の中のララ・シェに合図して、上空のロザリンド達を呼び寄せる――


「――えっ、ちょっと、アレっ!? あんた、ウチの話聞いてた!? ヤろうって言ってんだけど!?」

「僕がブエナの体を支えるから、ミーリアは魔法に専念してくれ。他人の肉体を治すのは難しいんだろ?」

「ええ、その、実地はあまり経験はありませんが……誠心誠意、努めさせていただきますわ」

「ウェー、マジか。足が一本増えるトカ、勘弁してくれヨ」

「ちょっと、あんた! 聞いてよ! ねえったら! ねえってばー!! 無視しないでよー!!」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 僕達をもう追わないと誓ったビルは、半死半生のショーンを担いで姿を消した。

 兵を退かせるのだろう。


 僕達は、高所を飛び回ったショックで震えるロザリンドを慰め、ヴァンとジェゼン達を森の中に隠れさせ、ブエナの脚の治療を終えて。

 

 それでもまだ、僕達はまだ森の中にいた。

 どうしてかと言えば――


「……デ? ドウするんダ? こいつ」


 げんなりした様子で、ブエナが示したのは。


「だから言ってんじゃん! ウチは別に、そこのお嬢様とかムーア商会とか、どーでもいいの! そこのカレとヤりたいだけっ」


 木に縛り付けられたまま叫ぶ、女傭兵――リズだ。


「どうもこうも~、アシェルくん次第じゃないの~?」


 あからさまにどうでもいいという風に、ララ・シェ。

 それに対してロザリンドは、


「そうも言ってられないでしょう? こんな頭のおかしい女を連れ回したくないし、かといって野放しにして、こっちの情報をムーア商会に流されたりしたら厄介よ」


 極めて冷静な意見を。

 そしてある意味、一番の当事者であるミーリアは、


「とはいえ、その……アシェル様を慕う気持ちを無下にするのは……わたくしとしては、心苦しいところがございます」


 妙に呑気なことをのたまっていた。


(結局……僕次第ってことなのか?)


 僕は改めて、リズという女傭兵と向かい合った。


 高く結った金髪は傭兵らしい髪型と言えるだろう。

 浅黒い肌は屋外での寝泊まりが多いというのもあるが、南方の血が入っているのかもしれない。

 そして鋭い眼差しは、信じられないほど情熱的に僕へと向けられている。


「……意味が分からないから、もう一度訊くけど」


 僕は改めて、口に出す。


「どうして、その……僕に執着するんだ?」

「ウチ、自分より強いオトコがスキなんだよね! あんたはウチより強いし、てかマルク団長よりも強いし! したらトーゼン抱いてもらいたいでしょ。わっかりやすーい」


 分かりやすくない。

 というか、マルク団長って誰だ?


「ウチのボス――違った、元ボス。デュシャン傭兵団の団長で、あんたの次に強いオトコ」


 なるほど。

 そいつを倒せば、ムーア商会の追跡も止むだろうか。


「他に、あんたより強い奴は?」

「ビル隊長はウチと同じぐらいかなー。ショーンは……悪くなかったけど、もう脳味噌潰れちゃったし、戦えないでしょ。あとはあんたと比べたらカスばっかりだね。数だけが取り柄って感じ?」


 それが事実なら助かる。

 あまり血を流さずに済みそうだ。

 

「ねー、そんなつまんない話はいいからさ、ウチらのこれからについて話し合わない? 子供は何人欲しい感じ?」

「……余計なことをしなければ、殺しはしない」

「塩対応過ぎるんですけど! ウケる! いいじゃーん、恋人が面倒なら愛人とかでいいから! ね?」


 はっきり言って、彼女の主張はまったく理解できないが。

 その知識は今後の助けになりそうだ。


 僕は一言だけ答える。


「そういうのは間に合ってる」

「えっ、マジ? あ、もうコイツラ全員とヤッてる感じ? なら一人増えてもいいじゃんー!」


 そういうことじゃない。


「僕は誰ともそういう関係じゃない。そうなるつもりもない」

「え、だったらちょうどよくね? ウチ超お手軽優良物件だし?」


 まずい、彼女のペースに飲まれそうだ。

 僕は視線で仲間に助けを求めるが、


「へ~、そうなんだ~。ミーリちゃん~今の聞いた~?」

「ええ、誠に残念です――あっ、いえっ、な、ななな何のことでしょうか? わたくし、分かりませんわっ」

「まあまあ気にするナ! ダイジョーブ、アシェもオスだからナ! オッパイ見せたラ分からんゾ!」

「アナタ達、性格悪いわよ。お嬢はまだウブなんだから、からかったらかわいそうでしょう」


 何か楽しそうに話している。

 なんだろう。僕も混ぜてほしい。


 などと考えていると、ブエナと目が合った。

 彼女は少し考えたあと……仕方ないな、という仕草でやってきた。


「オイ、傭兵。オマエ、エラいのカ?」

「は? ウチとダーリンが話してるっしょ。待て・・もできないの、イヌ女?」


 その言葉に。

 ブエナが鋭い爪を振りかざす――


 よりも速く。


「――――ッ!?」


 僕は剣を抜き放ち、大地に突き立てた。

 リズの鼻先をかすめるほど近く、組んだ脚の間に深々と。


「警告だ。彼女達を侮辱するな。二度目はない」


 はらり、とリズの前髪が落ちた。


「……わ、わ、わ、分かりましたぁんっ。分かったからぁ――もっと命令してっ、ダーリンっ♡」


 何故か恍惚とした表情で頷くリズ。


 ……なんだろう、予想したリアクションと違う。

 隣のブエナも流石に動揺した様子で、


「この女、ヤベーやつだゾ。アシェ」

「同感」


 そういえば、昔シェルスカに聞いたことがある。

 この世界には苦痛や恐怖を喜びとする人々マゾヒストがいると。


(僕もそうだったらこの戦いはずっと楽だろうな、って言ったら)


 彼女は静かに首を振った後。

 うんざりした顔で、君がそういうタイプじゃなくてよかった、とだけ呟いた。


 今、少しだけ、あの時のシェルスカの気持ちが理解できたかもしれない。


「とにかく。ブエナの質問に答えるんだ、いいな」

「もっちろぉん。ホラ、さっさと話せっての、イヌ――じゃなかった。えーと、ブエナ」

「今のはセーフにしといてヤル、クサレバカオンナ」


 気を取り直して、ブエナが訊ねる。


「“三又槍トライデント”だかナンダカ知らんガ、オマエ、傭兵団じゃまあまあエラいんダロ。ムーア商会の馬車隊キャラバンについテ何か知ってルのカ?」

「あったりまえすぎんだけど。てか仕切りは基本ウチだから。他のバカどもに任せたら、キャラバンなんかあっという間に野盗どもの餌食になるっつの」


 なるほど。言われてみれば、リズ達はいつもミーリアを追っている訳ではない。

 むしろこの仕事は例外で、普段はキャラバンの護衛をしたり、その他にもムーア商会から様々な作業を請け負っているのだろう。


「んじゃ、キャラバンが通るルートとスケジュールは」

「トーゼン知ってるっしょ」


 即答するリズ。

 僕は感心した。


(商会のキャラバンなんて、かなりの数があるだろうに)


 商品の仕入先、倉庫、そして売り先を結ぶ流通。

 ムーア商会がどれだけのキャラバンを抱えているか知らないが、貴族領の乗っ取りを企てるぐらいには大規模に違いない。

 そのすべてを把握しているとしたら、リズは思った以上に優秀だ。


「三日以内にこの近くを通るノルドスク領行きのキャラバンはあるカ?」

「ハァ? 便乗でもするつもり? 言っとくけど、ビルのオッサンは独断で兵を引き上げてるだけだから、マルク団長はフツーにあんたらのことを捕らえるつもりだと思うけど」


 リズはケラケラと笑ったが、ブエナはまるで取り合わない。

 どこか剣呑な笑みを浮かべたまま、


「このクサレバカオンナ、勘違いしてるゾ。アシェ」

 

 僕の方を振り向いた。


「ブエナ達のコト、追われるダケのエモノだと思ってル」


 その瞬間に気づく。

 ブエナは相当、怒っている。


「ザブロフのやつ――そろそろ一度、イタい目みせてやらないとナ」


 剥き出した犬歯がギラリと光を放つ。


 だが。

 確かに彼女の言うことも、一理ある。


「オマエもそう思うだろ? アシェ」


 僕はこれまでも警告を発してきた。

 それが理解できないと言うなら。


(もっと分かりやすい形で――伝えてやる必要がある)

 

 こうして、僕達は。

 ムーア商会のキャラバンを襲撃することを決めたのだった。

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