第13話 元勇者、“三又槍”と遭遇する
一体どうしたら、この三人組の喉笛を噛み切れる?
木々が生い茂る森を疾駆しながら、ブエナは考えていた。
(コイツラは、今まデの傭兵ドモとはチガウ――)
今、追ってくる三人は――本物の
連中は猟犬を上手く使って、素早くミーリの居場所を探り当てた。
そして、守り手がブエナだけだと分かったあとは、距離を取って揺さぶりをかけてきた。
小さなクロスボウを使って、常にこちらを休ませず追い立ててくる。
きっと乱戦になって、ミーリに塁が及ぶのを避けたのだろう。
賢いやり方だ。
他の傭兵どものように、目先の獲物に焦っていない。
(どうにカ殴り返してヤリたいガ……手が足りナイ)
ブエナが攻撃に転じれば、ミーリのそばを離れることになる。
そうすれば、手の空いたヤツがミーリを奪いに来る。
「ブ、ブエナ、さん、敵は、まだついてきています、か」
「もう少シダ、ガンバレ、ミーリ!」
正直、こちらは逃げ切るどころか、走り続けることすら難しい。
夜通し森をさまよったせいで、ブエナもミーリも体力が残ってない。
それでも、ここで足を止めたら、あっという間に押しつぶされる。
(クソ。ドウする、ドウすればイイ)
ブエナの鼻がもう少し利けば、何か有利な手が見つかったかもしれない。
例えば、どこかにいるはずのアシェと合流する――――アイツが、あの状況を無事に切り抜けていればの話だが。
でも、すぐそばからミーリの香水が漂う状況では、アシェの匂いは探れない。
(……ヤルしかないカ)
下生えを撒き散らしながら、ブエナは足を止めた。
一息遅れてミーリが転ぶように立ち止まる。
「ブ、ブエナさんっ!?」
「ココからハ一人で行ケ。ブエナはすぐに追いつク」
瞬間。
眉間を狙ってきたクロスボウの矢を、首を傾げてかわす。
「そ、そんな、お一人で三人を相手にするなんて無茶ですわっ」
「一人はミーリを追ウはずダ。二人沈めたラ、助けに行ク。ソレまで、逃げロ」
続けざまに飛んでくる二本の矢は地面を転がって回避しながら。
拾い上げた石を投げ返す。
木々の隙間、茂みの向こうで命中の手応え。
「行ケ! ミーリ。必ず追いつク!」
「――そうはいくかっつーの」
だというのに。
三人組は完璧なタイミングで、完璧な位置から飛び出してきた。
ミーリの行く手を塞ぎ、ブエナの攻め方を迷わせる――
「――チィッ」
一人の剣をかわしながら、もう一人の頬を爪で削ぎ飛ばす。
もんどり打って倒れた小男を飛び越え、剣を構えた大男と距離を取ろうとして。
「止まった方がいいよ、マジで。お嬢様の命が惜しければ、だけどー」
その辺りが限界だった。
三人目――金髪を派手に結い上げた女が、ミーリを捕らえていた。
腕をねじりあげ、首に短剣を当てて。
「……チクショウ」
ブエナは構えていた爪を解き、両手を上げた。
刹那。
右腿に焼けるような痛みが走った――クロスボウの矢が突き刺さったのだ。
「――――ツゥッ」
「ブエナさんっ」
「クソ、クソ、クソ! このケダモノォ! オリェのキャオにキジュをつけやがってッ!」
口を半分無くした若い小男が、半狂乱で叫んだ。
続けざまの一矢が、ブエナの左腿を射抜く。
「――イ……ッ」
「ギャハ! イイジョ! ジャまあみシャらせ、イヌミミ女ァ!」
激痛の上塗り。歯を食いしばって耐える。
「アハハ、ちょー男前じゃん、ショーン! そっちのがイケてるっしょ」
「デャまれ、リズ! テメェからブチュ殺シュジョ!」
「二人とも静かにしろ。目標を連れて離脱するぞ」
指示を出しながら剣を鞘に収めたのは、年嵩の男。
三人組のリーダーはコイツだろう。相応の風格がある。
「ざけんニャよ隊長! ガキは捕まえたッ! シギョトが終わったらあテョは口出シャねえでもらおうキャ!」
「ヤバい、その話し方、めっちゃウケルんだけど!」
「うるヘェ、テメェからブッコロシュぞ!」
若い男――ショーンが手元のレバーを操作すると、一瞬でクロスボウに次の矢が番えられた。
柄の近くに取り付けられた箱に矢が大量に詰められた連射式らしい。
それをリズと呼ばれた女傭兵に向ける。
「アンタのそーゆーとこがヌレないんだよねェ。弱いイヌほどよく吠える的な?」
「クショ色ボケが。そんなに強ェオテョコがイイなら、その辺のオーガに股でも開いてリョ!」
リズもまた、いつの間にか連射式のクロスボウを構えていた。
笑顔から一転、刺し貫くような眼差しで、
「黙れよクソ変態。アンタこそ、肉が切りたいんなら肉屋でシコってな」
「いい加減にしろ、バカども。まだすべての敵を制圧した訳ではないのだぞ」
隊長の一喝。
ショーンとリズがそれぞれ悪態をつきながら、武器を下ろす。
「で、残りは?」
「エルフおんニャ、巨乳の娼婦、それから痩せたギャキ」
「あーゴードンのキモデブをワンパンしたとかいうガキ? マジでそんなヤツ実在すんの?」
リズの言葉に、隊長が頷く。
「分からん。が、報告はいくつも上がっている。すべてが勘違いということもなかろう」
「デョこにいるか知らんけデョ、こんな広い森ではギュれたんニャら、出くわすこテョもニャいだろ」
言いながら、ショーンが再びこちらにクロスボウを向けた。
凶悪な矢じりが、ブエナの胸元を示している。
「で? コイチュはどうシュんだ、
「殺せ。邪魔になる。ただし、手間をかけすぎるな」
「チッ、チュまんねえオッサンだジェ」
大きく舌打ちすると。
ショーンが、引き金に指をかけた。
「ブエナさんっ、逃げてくださいっ」
「二、三発で殺してやるからニャ。ありギャたく思えよ、ケモニョ女」
「オマエ――喉笛、引き裂いてやるからナ――!」
勝負は一発目。
かわせれば、次の矢を装填するまでにショーンへ手が届くはず。
他の二人の邪魔さえ入らなければ――必ず。
「ほーリャ、くリュしんでくリェよぉ――」
弦が弾け。
短い――しかし鋭い矢が放たれる。
「――あははははは! はははははははははははっ――」
明後日の方向へ。
「ヘブォァッ!?」
「私は鳥っ! 鳥なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――」
ブエナは、目の前で起きていることが信じられなかった。
突然、空から一掴みほどの瓦礫が降ってきたのだ。
それが頭を直撃し、ショーンはぐんにゃりと倒れ伏した。
「おぶ、あば、あび、あばびば」
そのまま、ビクビクと痙攣を始める。
よく見るまでもなく、巨人の鉄槌を喰らったかのように頭蓋がべコリとへこんでいた。
「敵襲ッ! 上空だ!」
「てか今の声ナニ!? ゼッタイ魔物の鳴き声じゃなくない!?」
「知るものか、いずれにせよ敵だッ!」
ミーリアを捕らえたままのリズと隊長は素早く木の陰に隠れ、周囲にクロスボウを向ける。
地面に影が映る――羽ばたきの音に、木々が揺れる――間違いなく空中を飛び回る種類の魔物だ。
グリフォンか、ハーピー、ワイバーンか、はたまた。
何にせよ、こんな人里近くに生き残りがいるとは。
ブエナも隠れようとするが、射抜かれた脚が言うことを聞かない。
「動くものを見たら撃て、リズ――」
「――!! 後ろだよ、隊長ッ」
隊長の背後。
森の奥から現れたのは――魔物などと比べるべくもない、強大な存在だった。
すべての魔物を敵に回して戦い抜き、そして今は、すべてのニンゲンを相手取る男。
「――アシェッ!!」
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