第23話 千年大罪のミカ④

 少し振り返ってみよう。


 確か、僕は千年大罪のミカに戦うための手ほどきをしてもらうという話をつけてもらったのだった。


「まずはあなたがどれだけはできるのか見せてちょうだい」


 ミカからそう指示されたので、僕は彼女を背にしてゴブリンの軍団に立ち向かうこととなった。


 これまでいろいろあったが、僕もそれなりに強くなった。いや、けっこう強くなった。今では星の数のゴブリン相手に難なく戦える。


「うりゃー!」


 集まってきたゴブリンの軍団に早速僕は殴りかかった。攻撃は難なくヒットし、ゴブリンは次々と倒れていく。


「ぶへっ」


 反撃を食らってしまった。しかし、僕も硬くなっている。大したことはない。


「あがっ」


 ゴブリンの反撃は更に続いた。大丈夫。まだ、慌てる時間じゃない。


「こ、こんのぉー!」


 僕は少し怒った。ペースを上げて、ゴブリン軍団をガンガン殴り始める。ゴブリンは悲鳴を上げては、どんどん倒れていく。


 どうだ、僕はこんなに戦えるんだ。大したものじゃないか。


「……んあ?」


 つい自分に酔いしれてしまった瞬間、僕の意識がくらっと揺らいだ。


 感覚は不思議と暖かく、甘美な誘惑に抵抗するのは不可能だった。


 そこから意識があった記憶はない。


 温泉の夢はその後のことだった。


 ということは……である。


「そうだ、思い出した。僕、ゴブリンの軍団と戦ってたんですよ」


「ええ。そうよ。あまりにだらしのない戦いぶりだったから、これ以上生きていても何も生み出さないと思ったわ」


「……ちょっと待ってくださいよ。それで僕の息を止めようとしたとでも?」


「悲しいけど、これが戦いというものよ」


 唖然とする僕に対し、ミカは淡々と応えるだけだった。覆われた顔から表情を読み取ることができないが、そこに何のためらいもないことは痛いほど伝わってくる。


 地面に座った状態のまま、僕は空のあちこちを見渡した。どうしよう、さすがにこの人と付き合うのは勘弁願いたくなってきた。


 あたりは先ほどまでの喧騒がウソのように静まり返っている。倒しに倒したゴブリンも綺麗さっぱり消えていた。


 これまでのことを軽く振り返る。怖いこともあったし、よくわからずに死んでしまうこともあった。しかし、今回は僕と同じ人間に命を奪われようとしたのだ。目の前のこの女性に嫌悪感を持つなというのが無理な話である。


「……どうしてだらしがないっていうだけで、そんなことするんですか」


 僕はしばらく考え込んでから、ひねり出すように問い詰めた。


「あなた、本当に何もわかってないのね。この先、どっちにしろ、あなたは魔物に殺されるのよ。それも楽に死ねるとは限らない。とてつもない苦痛にあえぎながら命を終える覚悟はあるの?」


 ミカは一際冷たい声で僕を突き放した。


「今のゴブリンのような最弱の魔物なら気にする必要なんてないわ。でも、追々手強い魔物がやってくるはず。その時になってまで、あなたを守ることなんてできないのよ」


「だからって……」


「体を徹底的に引き裂かれたまま放置されても、後悔しない自信はあるの? 体中に激痛が走り回っても誰も助けに行けない状況を受け入れる覚悟はあるの?」


 そこまで言われて、僕は完全に黙ることしかできなくなった。


 思えば、僕にはそういった経験がまだなかった。即死ばかりで、そういった状況の覚悟がなかったといえば、その通りなのだった。


「もちろん、あなたがここから逃げない事情も理解しているわ。だからこそ、早い内に楽な方法で終えるしかないんじゃないかしら」


 ミカの言う「逃げない事情」というのが何のことなのかよくわからなかったが、僕は素直にうなずいた。


 それにしても、ミカのやり方はあまりにも過激だ。僕の力不足は認めなくちゃならないけど、かといってそこまでやらなくもいいだろうと思う。


「ねえ。そういえば、何故あなたは私の魔法が効きながら目を覚ませたのかしらね?」


 相変わらず地面に腰を下ろしたままの僕のところに、ミカがすっとしゃがんで来て、体を寄せてきた。


 その過程でスカートの中が見えそうになるので、僕は慌ててミカの目に視線を寄せた。そういうところは少しは考えてほしい。


 ミカの顔面は相変わらず包帯状の布で覆われていたが、その布の隙間からわずかに両目が覗いている。鼻と口も隠された顔からやはり表情は読み取ることはできないが、その目からは不思議と暖かみを感じられた。


「さっき『死神』と言ったのにも何か関係あるのかしら?」


 ミカは顔を寄せて僕を観察し始めた。顔はよく見えないが、やはり僕と同世代ぐらいの女性に感じられる。


「さ、さあ……。どうんなんでしょう」


 もしかすると何かを勘付かれそうだったので、僕はてきとうにごまかした。特に隠す理由はないが、追求されても面倒だ。


「まあいいわ。私が未熟だっただけのことだし。ただ、あの魔法にかかる時点であなたは落第よ」


「はい……。すみません……」


「あの魔法は人間にだけ効力があるの。いちいち魔物に慈悲を与える理由もないのだから」


「そうなんですか……」


「国の兵士なら普通はそういう魔法にもかからないよう、何かしらの対策はしておくものよ? あなた、何も教わってないの?」


「兵士として基礎的な訓練は終わってます。重い荷物持って遠足するとか」


「終わってますじゃないのよ、体力づくりの基礎訓練しかやっていないということよ」


 ミカは立ち姿に戻りつつ、ため息まじりにそう言った。片手で顔を抑えて、心底呆れているのが伝わってくる。


「さあ、立って。今から私の言う通りにやってみなさい」


 ひと息つくと、ミカは僕にそう指示した。

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