第22話 千年大罪のミカ③

「はあー……。気持ちいい……」


 僕はお湯に肩まで浸かって、ふーっと力を抜いた。


 温泉は随分と前に1度だけ入ったきりだが、その心地よさは忘れられないものだった。


 久しぶりに味わうお湯の気持ちよさは言葉にできない心地よさである。


「おー。すごいなあ、これ」


 そう騒ぎながら乱暴にお湯に浸かってきたのはイナズマのアッキーである。僕の真向かいから少し外れたあたりに腰を下ろし、天を見上げている。


 髪の毛はいつもの片側にまとめるのではなく、頭頂部あたりでひとまとめにしているようだ。


「なんだ、意外といいもんだね」


 アッキーとは真向かいの位置に入ってきたのは煤闇(すすやみ)のシムナであった。右足からゆっくりと湯に浸かる。


 長い髪はそのままにして入るのかなと、僕が思ったところで、ふわっと後ろ髪が自ら頭部へしゅるしゅると巻き付いて、どこからともなく現れた髪用のハサミか何かで留められていた。どうやら彼女の魔法の力らしい。


「隣、入るわよ」


 左足をぽちゃんと沈めたのは、長い髪を布でまとめたレニだった。いつもの口紅は落としていて、普段とは違ったあどけなさに僕は思わずドキリとした。


 レニはそのまま体全体をゆっくりと沈め、僕の横に腰を下ろしたところできれいな脚をまっすぐに伸ばした。大きく息を吐くと、機嫌も良さそうに頭をわずかに揺らしていた。


「お湯に入るのってこんなに気持ちがいいのね」


「そうだよね。久しぶりに入ってみたけど、本当いい……」


「あら、初めてじゃないのね?」


「うん。僕が前に入ったのはいつだったかなあ……」


 お湯の中でパタパタと伸ばした両脚を上げ下げしているレニと、とりとめのない話をする。


 向こうではアッキーもシムナも思い思いのまま、温泉を楽しんでいるようだった。


 それにしても、とてもスタイルの良い人だらけだ。僕が一緒に入ってもよかったのだろうか。


 なお、僕を含めて全員「湯浴み着」なるものを両肩からかけているので、裸そのものを見てスタイルが良いと思ったわけでもない。


「はあ……。ずっとこうやっていられてもいいかなあ……」


 何だか眠気がしてきた。不思議な心地よさをともなった眠気だ。


 うつら……。うつら……。


 ………………。


 ――バシャン!


「う、うわっ!」


 突然の物音とただならぬ人の気配に僕は思わず大声をあげた。


 見上げると、裸の女性が僕を見下ろしていた。


 状況が違えば魅力的な体の持ち主だと思っただろうが、彼女からはそんな甘い雰囲気は感じられず、ただただ恐ろしかった。


 彼女は裸のまま、顔のあたりは包帯状の布でぐるぐる巻きにされており、僕から見上げる先には整った鼻と口がわずかに覗けるだけだった。


 髪も巻かれた布もずぶ濡れになっており、それがまたいっそう不気味さを演出している。


「ひ、ひぃっ……!」


 言わずもがな、千年大罪のミカ、その人であった。


 直前に感じた音と振動からして、お湯に飛び込んだわけではなさそうだった。全身の濡れ方といい、お湯の中から湧いて姿を現したようだった。


 気がつけば、温泉にいるのは僕とミカの2人だけになっている。すぐさっきまで隣にいたはずのレニすら姿を消している。


 そして、あたりから明るさが消え、闇に包まれていく。天国から地獄へと、切り替わっていくのがわかる。


 ミカは、一歩、二歩と、僕に近寄ってくる。目を確認できないことが、僕の恐怖心を一層煽り立てる。


「ゆ、許して……!」


 何に対して許してほしいのか僕自身よくわからなかったが、とにかく僕は許しを求めて絶叫した。もう叫ぶことしかできなかったのだ。


「ああ……! はぁはぁはぁ……」


 最後の叫びと共に僕は目を覚ました。


 僕は仰向けになって倒れていたのに気がついた。


 場所はいつも使っている寝床ではないようだ。背中には土の感触がある。


 あたりは何だか騒がしい。ゴブリンの軍団が群がってきているようだった。


 ゴブリンたちは僕から少し離れた場所に広がっている光の膜を繰り返し叩いているのだが、一向に割れる気配もなく、その成果のなさにいらだちを見せている。


 そうだ、ゴブリンの軍団と対峙していたはずだった。僕は今すぐ戦わないといけない。しかし、まだ頭がハッキリとしてこない。


「起きたの?」


 僕の頭上にミカが現れた。僕の視界にスカートの中が入ってきそうで、そういうところはきちんと注意してほしいなと思いつつ、僕はゆっくりと上半身を持ち上げた。


「どうだった?」


 右手で起こした上半身を支えつつ、まだ頭がぼんやりとしている僕に対して、ミカは問いかけてきた。


「なんだか……。死神に会ったような気がします。目をぐるぐる巻きにして、鼻と口を隠した感じの」


 他にも特徴的なことがいくつもあったが、口にするのはそれだけにしておいた。


「まあ。私もこれまでにいろいろとひどい呼ばれ方をされてきたけど、死神なんて呼ばれたのは多分今日が初めてよ」


 相変わらずミカは目と口が隠されているので表情が読めないのだが、声を聞く限りは少し笑いを含ませているようだった。


「それで、僕に一体何が起きたんでしょうか……?」


「あなたを軽くあの世へ送ってあげてみようとしただけよ」


「へ……?」


「人を苦しみなく天に送り届ける、幸福なる命の終焉。この魔法にかかれば、最高の気分に包まれて、そしてそれが幻覚であることに気がつかないまま永遠の眠りにつく」


 この人、やっぱり死神じゃないか……!

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