第21話 千年大罪のミカ②
千年大罪のミカは感情の起伏を見せることがなかなかない。レニの突然の申し出にも至って冷静だった。
「封魔のレニほどの人が、私に一体何の頼みかしら?」
ミカの声は透き通るものであったが、それでいて付け入る隙を与えない意思の強さも感じさせるものだった。
顔を隠されたミカの表情は読み取ることができない。ただ、何を言われても冷静に対処できるという自信が声からは伝わってきた。
「この人にあなたの力を伝授してほしいの」
レニは僕の方向を向きながらそう伝え、僕は思わず緊張が走った。ここまで直接頼み込むとは思わなかったのだ。
ミカは首を傾げると、顔の向きを僕の方向に寄せて尋ねた。
「確か……ハルと言ったわよね? あなた、出兵した経験はあるの?」
とても訊かれたくないことを訊かれてしまった。
「一度もないです」
ウソでごまかしても仕方がないので、僕は正直に答えた。
「正直に答えてくれたのは結構だわ。あなたのオーラには経験者特有の汚れがないもの」
ミカはわかりきってるという態度でそう言った。
目つき、息遣いときて、今度はオーラときたものだ。僕には何ならあるのだろう。
「あなたのような人が生き残れるわけがない。ここから早く逃げなさい。……そう言いたいところだけど、それができない事情というのは言われなくても理解してるわ」
ミカは困ったようにそう言うが、例のごとく僕がよく知らない僕の事情というのがまたしても出てきた。ここに来てからよくわからないことだらけだ。
「大魔法使い様。いくらなんでも良い子のお守りをしている時間なんて存在しないわ。残念だけど、これも運命なの。その時その時に与えられたものへ感謝するということをおぼえるべきよ」
「時間ならあるわ。今から攻めてくる魔物の軍団を順番に挙げていくから、ちょっと聞いて」
呆れた様子のミカに対し、レニは食って掛かるように、これから現れる魔物の軍団を順番に挙げていった。ミカの表情はやはりよくわからないが、心なしか興味深くしているのが伝わってくるようだった。
「……どう? イナズマのアッキー、煤闇(すすやみ)のシムナ、この2人がいるなら最初のほうはあなたにやることはないでしょう?」
「確かにあなたの言う通りにザコから順に押し寄せてくるのならそうでしょうね。おそらく私は退屈していると思うわ。でも、どうして未来のことがわかるのかしら? 未来予知が可能なのは世界で勇者ただひとりだし、その勇者でも予知できるのはすぐ先の出来事に限るという話でしょう?」
「記録から複雑な計算で割り出した答えよ。それに、あいつらが捨て石を使って様子をうかがってくるのは別に不思議でもない話だと思うのだけど」
「まあ、それはそうね……」
レニの説得にミカは少し首を傾げて考え込んでいるようだった。こうして見ると、人間、目鼻口が見えずとも、けっこう感情が表現されるものである。
ふとそこで、レニは自身が何度も時間を遡って何度もやり直しを繰り返していることを、僕以外に一切説明していないことに気づいた。もっとも、同じ話を繰り返しするのも骨が折れて仕方がないのかもしれないが。
「とりあえず、やらない前提がひとつなくなったのは理解したわ。でも、今から慌てて新人を育てても結局は何にもならないでしょう?」
ミカはほんのわずか悩んだものの、やはり結論を変えることはなかった。
ミカは時間の遡りのことも、僕がそれを利用して強化を続けていることも、知る由がないのである。今から指導したところで無意味と考えるのは当然の発想だろう。
このままだとミカが考えを変えることはないだろう。では、どうしようか。やはりここは僕たちがしている時間の遡りから説明してみたほうがいいのではないだろうか。
そう考え始めた時、僕は思わずドキリとした。
「……ミカ。私はあなたが思っているよりもずっとあなたのことを知っている」
何かを決したかのようにレニがそう言ったと同時に、僕の手の甲に体温が伝わってきた。
レニは片側の手で僕の手の甲を包み込むと、そのままゆっくりとテーブルの上に運び、そしてそのまま優しく覆い続けた。
僕は思わず目が泳いでしまう。おそらく今この場のなかで僕がもっとも息が浅くなっているだろう。
「あなたにはあなたの考え方があるから、私は決してそれを否定しないわ。これからあなたが死を与えるのなら、それは仕方のないことだと理解してる。でも、チャンスは与えてほしいの」
レニの最後の一押しの言葉に、ミカは両手を重ねてしばらくじっとしていた。僕は手の甲にミカの体温を感じながら、一際長い時間をじっとして待った。
やがてミカは微動だにしないまま語りだした。
「レニ、あなたにもそういう事情があったのね。私もそこまでわからず屋ではないわ。わかった、協力してあげる」
どうやら交渉が成立したようだが、少し勘違いをさせているような気がしなくもない。
「ありがとう。恩に着るわ」
安心して、ほっと息を吐いたレニである。僕も少し気が抜けた。
「レニ、あなたも不思議な人ね。私とあなたが会うのは今日が初めてのはずだけど、ここまで私のことを理解しているとは思わなかったわ。やっぱり未来予知か何かなのかしら?」
「ただのカンよ」
レニは僕の手を今も包みながら、笑顔でそう答えた。
それにしても、確かにミカは話が通じる部類のようだし、やはり言うほど悪い人でもない気がする。「投獄千年」なんて物騒なことを顔面に書かれて毎日過ごしてるが、中身は穏当であった。
「それなら、やっぱりダメだと思ったら、すぐにそこで私が命を終わらせるけど、それも理解しているっていうことよね?」
前言撤回。やっぱり「投獄千年」は伊達ではなかった。
「もちろん問題ないわよ」
レニは即答した。レニが僕に対して甘いのか冷たいのかもよくわからなくなった。
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