02

「ここら辺に……お、あったあった」

「公園に勝手に埋めていいのか?」

「ま、まあ、色々なところを弄っているわけじゃないから許してもらいたいかな」


 結構奇麗な感じの箱で中から出てきたのは、


「手帳?」

「うん、僕の日記なんだ」


 手帳だった。


「これからは自分の家の敷地内に埋めるようにな」

「はは、そうするよ」


 見せてくれるみたいだったからぺらぺらと捲って見てみると結構びっしりと書き込まれているようで驚いた。

 日記をつけるという習慣がないからわからないが普通はもう少しぐらい緩い感じがする。

 ただ、ここまで書き込みたいことがあるというのはなんだかすごいことのような気がしてきた。


「これだよこれ、これのために掘り出したんだ」

「パスワードか?」

「うん、どうしても思い出せなくてね。よし、これであのサイトにアクセスできるよ」


 穴だけ埋めて「お家に帰ろうか」と言ってきたから頷く。


「おお、変わっていないなあ」

「そりゃ自分のサイトなんだろ? 寧ろ変わっていたら怖いだろ」

「はは、そうだけどね。よし、どうせなら涼二のことも書いておこう」

「え、やめてくれよ……」


 知らない間に個人情報を書き込まれていたのだとしたら普通に怖い。

 ただ歩いているときでもどんな人がいるのかわからなくてたまに警戒をしているぐらいなのにネットの方でガバガバだったらなにも意味がない。


「こっちは満足できたから瑚子ちゃんの話をしよう」

「どうぞ?」

「なんで瑚子ちゃんはお兄ちゃん大好きっ子なのに全然来ないの?」

「年上がいる教室は苦手なんじゃないか?」


 俺だって三年生の教室には入りづらいからそんなところだろう。

 あればかりはそう慣れることではない、努力をしても全く気にならない自分なんて出てこない。


「勉だって職員室は苦手だって言っていただろ?」

「あ~そう言われると、うん」

「それに友達がいるんだ、兄のところにいくよりもその子達と仲を深めたいと思うのはなにもおかしなことじゃない」

「んーでも、お兄ちゃんとだってずっといられるわけじゃないんだよ?」

「俺なんてずっとあの家にいるんだぞ? 友達とはそれこそ勉のときみたいに別々の学校や職場になって一緒に過ごすことが難しくなるからそっちを優先すればいいんだ」


 前面に出して邪魔な存在になりたくない。

 いまの距離感がいい、これ以上は過剰になってしまう。

 それこそいくとしても勉とか他の人に会うためであってほしかった。


「呼んでもいい?」

「まあ、ここは勉の家だからな」


 誘われたら別だと言ってたから今回も断ったりはせずに来ることだろう、そう考えて別のところで待っていたらすぐにインターホンが鳴って……。


「呼ばれたから来たよ……って、お兄もいる!」


 計算か? 勉と協力して行動した結果なのだろうか。


「お、おう、まさか近いところで待機していたのか?」

「ううん、さっきまで大好きなソファでごろごろしていたよ?」

「は、早いな」

「誘われて受け入れたからには急がないといけないからね」


 まあいいか、誘ったのは勉だからそれこそいつでも話せる兄が邪魔をするわけにはいかない。

 自分の家のようにずんずん進んでいく妹に付いていくと「瑚子ちゃんが好きなお菓子もあるよ」と現在は家主の彼も楽しそうだった。


「一週間前ぐらいから瑚子ちゃんにやってもらいたいことがあったんだよね」

「それはなに?」

「もっと僕らの教室に来てほしい、それが難しいなら瑚子ちゃんの教室にいかせてほしい」


 ただ妹といたくて頼んでいるだけならいいのだがなんだか嫌な予感がする。

 しかもこういうときに限って当たってしまうから微妙だった。


「どっちも問題ないけど急にどうしたの?」

「それはね、ここにいるお兄ちゃんが寂しそうだからだよ」


 そんな子どもではないのだから寂しいからって一緒にいることを頼んだりなんかはしない。

 限界がきて抑えることが難しくなったとしても誰かに頼んで言ってもらったりはしない人間だと長々と俺と一緒にいる妹ならわかってくれるはずだ。


「中学のとき違って嫌がりそうだからあんまり甘えないようにしていたけど本当はそうだったんだ、もうちゃんと言ってよお兄」

「お、おい、瑚子……?」

「そっか、昔から全部素直に言うような人じゃなかったもんね」


 あれ……全くわかってくれていなかった、それどころか私不満がありますと言いたげな顔でこちらを見てきているだけだ。

 自分が実際にそうしたわけでもないのに妹に甘えようとしている駄目兄貴そのもので落ち着かなくなってくる。

 自分が一つ下の立場ならともかくとして、一つ上なのに、高校生なのに妹に甘えるなんて情けなさすぎるだろう。


「私ならいつでもいくからね、家族にぐらい遠慮をするな、でしょ?」

「俺は遠慮なんかしたことないけど」


 妹に対して遠慮なんかしたことはない。


「「嘘つき」」

「待て、勉に嘘をついたことなんてないぞ」

「じゃあ私にはあるんだ」

「そ、そういうやり方は卑怯だろ……」


 協力して追い詰めようとするのは駄目だと言っておいた。

 それでも届いていなくて「これからも困ったことがあったら勉さんに協力してもらうよ」と余計に悪化したみたいだった。




「まずはね、ソファに寝転んでから一日が始まるの」

「ああ、早い時間に起きて寝転んでいるよな」

「ずっと見てきていたけどお兄にとってこれをしてから一日が始まるという行為はある?」

「それは挨拶だな、自分だけで完結する行為なら顔を洗うことだ」


 朝からいなくて挨拶ができないなんてこともないから毎朝決まった流れで出ていくことができる、あとは冬なら寒い、夏なら暑いと登校しているときに呟くぐらいか。


「お、私の顔を見られたらいいってことか」

「そりゃそうだろ」

「どうせなら笑みを浮かべながら言ってよ」

「にこー」

「ぶふっ、不自然すぎて面白い!」


 笑っただけでこんなに笑われる人間は俺だけではないだろうか。

 まあ、まだその朝だからそうゆっくりもしていられなくて準備を始めた。

 前にも言ったように弁当だけは自分で作っているからお喋りばかりに花を咲かせているわけにはいかないのだ。


「涼二、いい加減素直に甘えようよ」


 これと戦うためにでもある、高校を卒業するまでずっと繰り返すことになりそうだった。


「瑚子には抑えているけど母さんには甘えているだろ、小遣いとかだって貰っているんだからな」

「あ、やっぱり私には遠慮をしていたんだ」


 そりゃ聞こえるか、ただここで二人体制でやられると困るからスルーさせてもらおう。


「意地を張っていると涼二よりも早起きして作っちゃうよ? ついでにハートマークのハンバーグとか作っちゃうからね?」

「や、やめてくれ、俺がなんで弁当だけは作っているのかを母さんは知っているだろ」

「私と瑚子が朝ご飯や夜ご飯を作るからでしょ? あとは……あ、気恥ずかしいとかなんとか言っていたっけ」


 いつだって外とか空き教室とか教室以外で食べるわけではない。

 別に勉がからかってくることもないが俺が俺である以上、気になってしまうからそれなら自作の方がマシという話だ。

 昼ぐらいはごちゃごちゃ気にせずに食べてゆっくりしたいものだろう。


「あのねえ、高校生とかなら母親とか父親が作るお弁当を持っていくものでしょ、中には頼れなくて自分で作っている子もいるかもしれないけど私は大丈夫なんだから素直に頼りなさい」

「そうだそうだー」

「よし、そのまま涼二のことを捕まえておいて、その間にお母さんがお弁当もご飯も作っちゃうからね」

「了解っ」


 駄目だ、暴れるわけにもいかないからこうなったら諦めるしかない。

 こう考えよう、母作の物だから自信を持って勉とおかず交換ができるとな!

 そう考えたらマシになった、逃げないから拘束をやめてくれと言っても聞いてもらえなくてそれに寂しくなったが。


「はい、これをちゃんと食べてね。さ、今日も一日頑張りましょう」

「お、おう」「おー」


 それでも今日は違うところで一人で食べるか、あと内容も見せてもらえなかったからまずは安心できる場所で開けてみないと駄目だ。

 残念ながら雑魚メンタルでは授業にすら集中することができず……。


「よし」


 ただ時間経過の速度だけはいつも通りだったからささっと距離を作って開けてみた。


「普通だ、しかも美味い」


 そりゃそうだ、俺が馬鹿みたいに一人で気にしているだけでこうなるのが当然だ。

 味だって自作の物なんかよりも遥かにいい、母や妹が作ってくれるご飯はなんらかの力がある。


「対象を発見、勉君捕まえて」

「了解っ」


 あと今日はどうにも捕まえられる日のようだった。


「もう、お兄は少しもお友達を待つことができないの? それにお友達を使って私に寂しいことを伝えておきながらその人からも逃げるなんて流石にどうかしていると思うけど」

「そうだよ瑚子ちゃん、なんでもかんでも擁護すればいいというわけじゃないんだ。ときと場合によってはお兄ちゃんにだって本音でぶつかってかないと駄目なんだ」


 きっかけを作ってくれた存在が面白がって色々と自由に言っていやがる。

 なにもかもが表に出て爆発なんかしたりしなくてよかった、彼とはまだまだ友達のままでいたいから我慢だ。


「そういえば今日のお弁当、お母さんが作ってくれた物なんだってね。初めて見たけどクオリティが高いね、味も美味しかったでしょ?」

「ああ、母さんは調理に関しては俺達の家で一番の実力だからな」


 本人は瑚子の方が美味しく作れると考えているみたいだが流石にそこはまだ母だな、なにもかもが丁寧で奇麗だ。


「いいなあ、食べてみたいなあ」

「そう言われると思って卵焼きは残しておいたぞ」

「やったっ、あ、いま広げるから僕からのも――瑚子ちゃん?」


 聞きたくなる気持ちもわかる、いまだって突っ立ったままで持ってきている弁当を広げようとしない。

 これも前に言ったように昼休みは無限というわけではないからさっさと食べてしまった方がいい、妹の弁当だって母が考えて作ってくれているから既に飽きてしまっているなんてこともにだろう。


「私だって上手に作れるから!」

「う、うん、別にそこは疑っていないよ?」

「勉君はいいけどお兄がわかっていなさそうだったから改めて言ったんだよ!」


 ばっと指を差されても変わらない、ただ瑚子だって俺に比べたら遥かに上手に作れるのだから気にする必要もない。

 今回は相手が悪かったというだけだ、それに母も二倍以上は生きている人なのだから簡単に負けたくはないはずだ。

 意外と傷つきやすい人でもあるから負けているとわかっていたら作ろうとはしてくれなくなると思う、だから当分の間はそのままの距離感でいてやってほしい。

 まあ、お袋の味ってやつを好きになってしまうのは仕方がないという話ではないだろうか。


「お、落ち着いて。さあほら、瑚子ちゃんも広げて食べようよ」

「いただきます!」


 どかっと座って、がががっと食べて、俺の方が先に手を出していたのにもかかわらず妹の方が先に食べ終えた。

 片付けも同じように勢いよくやり、急に消えたと思ったら甘い飲み物を持って帰ってきた。


「勉君にはあるけど失礼なお兄にはないから!」

「はは、はいはい」

「笑っている場合じゃないから!」


 いいぞ、そうだ、なんにも発展しようがない兄なんかよりも外の人と仲良くするのだ。

 来なくなっても目の前で泣いたりなんかはしないから自由にやってほしい。


「あ、これ美味しい、後でちゃんとお金を払うね」

「気にしなくていいよ、お兄に払ってもらうからね」

「駄目だよ、そういうことはちゃんとしたい、涼二とだって簡単に奢ったり奢られたりとかはしていないからさ」

「む……わかりました、無理やり押し付けてもそれはエゴでしかありませんからね」

「はは、ありがとう、瑚子ちゃんがわかってくれる子でよかったよ」


 後から請求されるとかそういう風に考えているわけではないが俺も金のことに関してはちゃんとやりたい。


「それにしても涼二が羨ましいなあ、こんなに可愛い妹がいるなんてずるいよ」

「やろうか?」

「勝手にあげようとしちゃ駄目だよ、それにそんなことをしても心はどこか距離があるままでしょ」

「勉なら別だよな?」

「ふん」


 いやこれは俺が悪い。

 仮になんらかの気持ちがあったとしてもいきなり本人の前でさらけ出せる人ばかりではないからだ。


「あらら、これは大変なことになりそうだ」

「あ、おい、なんで帰ろうとするんだよ?」

「ちょっと用事を思い出してね、放課後になったら一緒に帰ろう」

「おう、ちゃんと守ってくれよ、俺はもうそのつもりで過ごすからな」

「うん、涼二との約束なら守るよ」


 フラグだろそれ……。

 だから勝手に期待をして勝手にがっかりしないように半分ぐらいの気持ちでいた。

 珍しく予想も外れて普通に一緒に帰ることになったのまではよかったのだが、


「なんで俺はまた捕まっているんだ?」


 これだ、何故かまた妹から拘束を受けている。

 どうやら自由に言うかららしいのだが……それなら口を押さえるべきではないだろうか。


「んー涼二に寄っていってもらいたかったけどその感じだと邪魔にしかならないから明日にするよ。明日は涼二のことを独占させてね」

「だからよくそんなことが言えるな……まあ、また明日な」

「うん、また明日も会おう」


 というか、いま二人きりになっていいのかどうか。

 でも、妹がずっとこのままなら珍しく俺が夜ご飯作りを~なんてこともできるわけで。

 別に褒められたいからするとかではないがあれだ、少しでも楽をさせてやることができるのなら俺にとってもいい話になる。

 よしっ、


「駄目だよ」

「えぇ」


 やっと喋ったと思ったこれ、それに手を洗おうとしただけで止められるとは……。


「そりゃ母さんや瑚子には敵わないけど俺でも一応は作ることができるぞ」

「そういう能力の話がしたいわけじゃないの、いいからお兄は座っていてよ」

「お、おかしいな、据わっているのは瑚子の目だけど」

「ふふ、いいからいいから」


 なにがいいのかはわからないがこのやり方は俺もやっているからそう強くも言えない。

 なので結局放課後も自由にやられっぱなしの俺となったのだった。

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