185

Nora_

01

涼二りょうじ、ちょっと来て」

「ん? おう」


 部屋でゆっくりしていたら呼ばれたので付いていくとソファに張り付いている妹がいた。

 母的にどうにかしてもらいたいみたいだったからとりあえず理由を聞いてみる、するとどうやらその母のせいでこうなっているらしかった。


「とりあえず母さんが謝って終わりでいいんじゃないか?」

「でも、買ってきたのは私だよ?」

「だけど瑚子ここのために買ってきた物だったんだろ? だったら本人がいいって言わないと食べたら駄目だろ」

「確かに。ごめんね?」


 なんかあっさりと解決してしまった。

 どうせ一階に来たならと買っておいたアイスでも食べようとしたらなかった。


「……許さない、今日は罰としてずっとくっついておくから」

「はは、それで甘えようとするところが可愛いよね」

「これは罰ですから甘えていません」


 なんて会話している二人を見てみても答えなんかは出てこない。

 ま、いいか、百円もしないアイスだから食べられていたって問題はない。

 とはいえ、このままここにいると汚い自分が出てきてしまうかもしれないから部屋に、ではなく外にいくことにした。

 最近はだらだらしすぎているような気がしたから歩いて少しはマシな感じにしたかったのもある。


「お兄、実はさっきアイスを食べちゃったの」

「瑚子だったのか、美味かったか?」

「うん、だけどお母さんに怒っておきながら最低だよね」

「ま、気にするな、食べたきゃ食べればいいんだよ」


 それこそ俺のアイスこそ両親から貰った小遣いで買っているから食べる権利があった。

 妹が直接出してくれているわけではないがまあ……そこに妹も含まれているようなものだろう。


「どこにいくの?」

「最近は運動不足だったからちょっと歩こうとしただけなんだ、なんにもなくてつまらないだろうから帰った方がいいぞ」

「ううん、付いていくよ」

「そうか、ならそこそこのところで切り上げて帰ろう」


 途中にあるコンビニに少し惹かれたがそこはなんとか我慢をして歩きぬいた、なんて考えるのは大袈裟か。


「「ふぅ」」


 やっぱりここには勝てない。

 あとは家の中でも自分の部屋が一番最強だ、リビングでも廊下でも寝転べればそれでいいと言えばいいのだが。


「今度プリンを作ってお母さんにあげようと思う」

「得意だもんな、そのときは俺にもちょっと食べさせてくれ」

「みんなの分を作るから安心して」

「よし、じゃあそれまでは頑張って過ごすかな」


 ということで翌日は真面目にやれていた。

 だが、時間が経過する度に少しずつそんなやる気もどこかにいって週が終わろうとする頃にはただ板書をする程度になっていた。

 まあ、それさえやっておけばテスト勉強のときなんかにも役に立つから悪くはないものの、とても頑張っているとは言えないのも確かだ。

 だってこれならみんなもやっているからな。


「どーん、もうこの半分は僕の所有する土地になったのだよ」


 前々から友達でクラスメイトでもある須磨勉すまつとむが話しかけてきた。

 いつもこのノリだから自分の机が半分以上占領されようとも気にならない。


「たまには外にいかないか?」

「えぇ……スルーしたうえにそれ? 今日は一段と寒そうだよ?」

「いいからいいから」


 固まっていた相棒の腕を掴んで外まで連れていく。

 別に教室が苦手とかではなくて少しはやる気を出そうと勉強以外のところから変えようとしているだけだ。


「お、今日も卵焼きが美味そうだな、一つくれないか?」

「それならそっちの卵焼きと交換しよう」

「俺が作っているからもう味はわかっているだろ?」


 母も妹も作ろうかと言ってくれているがそこは任せたりしていなかった。

 何故かはいつも朝ご飯とか夜ご飯作りを任せてしまっているから、あとは少しだけ気恥ずかしいのもあった。

 弁当なんて母なんかが作ってくれた物を食べるのが普通とはわかっていても蓋を開ける度に躊躇するよりはいいと判断してのことだ。

 味の方は問題ないどころかいっぱい食べたくなる美味さだがな。


「普通に美味しいし、なにより僕のだってお母さんが作ってくれていて涼二は味を知っているでしょ?」

「まあまあ、ほら」

「別にいいけど」


 醤油派の俺らにとって甘い卵焼きなのもよかった、求めているのに作っていないのはこれができるからだ。


「あ、そうだ聞いてよ。昨日さ、両親が好きな物を食べられたとかなんとかで大真面目に言い争いをしていてさ」

「食べ物の恨みは怖いからな」

「でも、丸ごと食べられてしまったわけじゃなくて一つ減っただけなんだよ? 大袈裟だよね、子どもかって言いたくなっちゃった」


 そんな同タイミングとまではいかなくても同じ日に似たようなことが起きるなんてな。


「はは、だけどそんな理由での喧嘩ならまだ可愛いだろ。喧嘩するほど仲がいいって言葉があるだろ? 勉のご両親はまだまだ安心できる状態ってわけだ」

「そりゃ離婚とかはしてほしくないけどさー」


 俺達の両親もいまでもいちゃいちゃしているぐらいだからなにも心配をする必要はない。

 ただ? 子どもがいるところでぐらいはもう少しぐらい抑えてもらいたいところだった。




「この公園はお気に入りの公園なんだ、小さい頃は友達とここで走り回ったものだよ」

「俺は学校にばっかりいって遊んでいたな」


 ボールを蹴ったり投げたりするには公園は狭すぎた、あとは人がいて少し落ち着かなかったから学校はよかった。

 広かったうえに放課後に遊んでいる生徒は全然いなかったからどれだけ本気で蹴ったり投げたりしようと誰にも文句を言われなかった。

 ネットなんかもちゃんとあるから調子に乗らなければちゃんと失くさずに持って帰ることができたのもいい。


「んーいまだって僕としかいないんだから涼二が友達と遊んでいるところが想像できないな」

「それがいたんだよ、一学年下に瑚子がいたのもあってその友達も来てくれていてな」


 そう考えると後輩との時間が多かったか、中学のときの部活動でもそうだった。

 先輩も同級生も苦手というわけではないがいまにして思えば偏っていた気がする。


「え、可愛かった?」

「ん? 男子の話だぞ? あ、確かに可愛気があったけど違う学校になってしまってから話せなくなったんだ」


 早めに契約してもらっていた瑚子とは違って中学を卒業するまでいらないと言い切っていたから連絡先も交換できていない。

 それでも会おうと思えば妹経由で可能だろうがそこまでしたら気持ち悪がられそうだからずっとできないままでいるのだ。


「もしかしたら瑚子ちゃん、その子と付き合っているんじゃ……」

「えっ、ないだろそれは、だって付き合っているなら言うだろ?」

「いや言わないでしょ、年頃の女の子なんだから隠そうとするでしょ」

「マジか」

「ま、まだわからないけどね」


 それこそ気持ちが悪いからなるべく考えないようにしていたがそうか、そういうこともあるのか。

 告白をされたとかそういう話をなにもしてくれないからそういうことをなんにも知らない。

 いまこうしている間にも特定の男子と仲を深めて――逆に言われないままの方がいいか、断じてシスコンというわけではないが父と一緒に泣くことになりそうだった。


「勉こそそのときの友達とはどうなんだ?」

「みんな違う高校にいっちゃったんだ、だけどいまでもちゃんと連絡を取り合って土日なんかには遊ぶこともあるよ」

「いいな、俺のときよりも安心できるだろ?」


 前々からと言っても高校一年のときに出会って話すようになっただけだ。

 そのもっと前からいる友達達には敵わない、きっとこれから更に時間を重ねても届かない。

 でも、大きく求めることはせずにある程度の仲でいられたらそれでよかった、休みのどこかで少し遊べるぐらいの関係でいいのだ。


「んー涼二も変わらないけどね、涼二といられる時間も好きだから」

「お、おい、よくそんなことを真顔で言えるな」

「真剣な顔だよーそれに本当のことを言わないでどうするのって話だよ」


 こういうところには未だに慣れない。

 別にお世辞だとか無理やり言ってくれているだけなどと考えているわけではないがぐぉおという感じになる。

 どういう育て方をしたら彼みたいになるのか今度彼のご両親に聞いてみるのも面白いかもしれない。


「ま、涼二の昔の話は瑚子ちゃんに聞けばなんでもわかるよね」

「答えるから本人に聞いてくれ」

「またまたーそれだと隠しちゃうかもしれないから身近な人に聞くんだよ」


 隠したいこととかなにもないから答えるのだが……。

 もう満足したのか「じゃ、瑚子ちゃんのところにいってくるね」と残して歩いていってしまったし、俺も時間が時間だから戻るしかなかった。

 妹だってどうせなら自分のことを聞いてほしいだろう、兄のことを聞かれたところで知っていても知らないと答えるところが容易に想像できてしまう。

 結局その後はすぐに教室から出ていってばかりで止めることすらできなかった。

 放課後になったら逆に妹が突撃をしてきたことになる。


「私達のことを根掘り葉掘り聞こうとしてきて困ったよ」

「嫌ならちゃんと嫌って言えよ? 友達でもそういうところはちゃんとしないとな」

「うん、ただお兄のことはいっぱい話しておいた、それで勉君も満足したみたいだから安心できたよ」


 ああ、にやにやしている勉が容易に想像できるのがなんとも……。


「今日は特に用事とかない? ないなら甘い物でも食べてから帰ろ?」

「お、じゃあいくか」

「うん」


 なにを食べるか、それこそこの前食べられなかったアイスとかでもいいのだが……それだけで済ますのも微妙そうだ。

 だってもう出かける気しか伝わってこないから、ただコンビニに寄って終わらせたらそれこそ妹と喧嘩になりそうだ。


「あんみつが食べたいかな」

「それなら近くに食べられるところがあるな」

「あ、勉君も誘った方がよかった?」

「いや、そこは自由にしてくれればいいな」


 そもそも参加したいなら誘うまでもなく付いてくるからそうではないのなら気にする必要はない。


「ふむ、今日はなんか一段と美味しく感じる」

「甘いな」

「こっちも食べる? あーん」

「いや置いてくれ」

「むぅ、家族なんだからいちいち気にしなくていいのに」


 そういうわけにもいかないだろ。

 うんまあ、好物というわけではないが普通に美味しかった。

 ただ俺的にはしょっぱい物の方がいい、ポテトとかハンバーガーとかそっち系の物を好む。


「ごちそうさまでした、お会計を済ませて帰ろう」

「おう、俺が払うから出ていていいぞ」

「お願いします」


 たまにはいいで終わらせておけばいいか。

 特にそれ以上は見て回らずに寄り道をせずに帰った。

 少し食べていたのもあってご飯を作ったら「お腹が空くまで休憩~」などと口にして寝転ぶ妹さん。


「うはあ、もうソファが楽すぎるよ~」

「大好きだよな、部屋にいかないでずっとここにいるもんな」

「んーそれよりもお兄がいるところに私もいくって感じかな」

「もっと自由に行動していいんだぞ?」

「ぶっぶーそうやって遠ざけようとしても駄目」


 兄なりに妹のことを考えて言っているだけだ。

 冗談抜きで特別な存在ができたらショックを受けるだろうがそれでも自分勝手に止めたりなんかはしない。

 そもそもそんなことをしたところで妹との距離は益々広がっていくだけだ――というのは未来の話だからここで終わらせるとしても妹にだって一人でゆっくりしたいときもあるだろう。

 リビングが大好きでここで一人になりたいなら俺は進んで部屋に戻る、ただ妹自身の行動で無意味な行為同然のことになっているから気になるのだ。


「私はね、勉先輩とだけ遊ぼうとしているときだって参加したいぐらいなんだよ?」

「それなら参加すればいい、瑚子なら歓迎してくれるぞ」


 それどころか野郎とだけ遊んだってなんの発展もないから異性がいてくれるだけで違うだろう。

 別に恋愛対象として見ろと言っているわけではないのだ、ただ女子の友達ができるだけで違うだろと言いたいだけで。


「でも、嫌な女だと思われたくないからなるべくお兄と二人きりで遊ぶの、勉君から直接誘われた場合は普通に参加させてもらうけどね」

「そうか。じゃあ次はどこにいきたい?」


 冬ではなかったら少し遠くまで歩いてそこで弁当を食べるなんてこともよかったかもしれないが残念ながらいまは冬で寒いからやはり屋内で過ごすことが主になるだろう。

 結局は落ち着くからとか暖かいからとかで家にいる時間が多くなりそうなものの、それでも誘われれば付き合うからどんどんと出していってもらいたいところだった。

 それこそ家族になら遠慮をする必要はないから、というか家族にすら遠慮をするようだったら誰にだったら遠慮をせずにいられるのかとしつこく聞きたくなるから駄目だ。


「そうだね、おでんをゆっくり食べてそれからお散歩がしたいな」

「はは、温めてから敢えて冷ますなんて物好きだな」

「人生はそれぐらいでいいの」


 そんな真剣な顔で言われても困るが。

 ま、まあ、当日は妹に合わせるだけだ。


「ただいま」

「お母さんおかえりー」


 母が帰ってきてもソファで寝転ぶことはやめない。

 どこにもいかなくていいなら、トイレとかもいかなくていいならソファでずっと寝転んでいそうだ。


「あれ、まだ食べていなかったの? もしかして私の帰りを待ってくれていたとか?」

「うん、そうだよー」


 でも、その緩さに合わせて嘘を重ねるのはやめよう。

 後の自分が大変になるだけだから嘘をつかなきゃ死んでしまうぐらいでもない限りは嘘をつくのはやめるべきだ。


「あんみつを食べてきたからいまはまだ腹があんまり減っていないだけなんだ」

「なーんだ、はは、なんてね。食べようか」

「食べる」


 少し時間を置いたことが影響したのかいつものようにおかわりなんかもしていたから全く変化はなかった。

 急に食べなくなったりしたら不安になるから食べられるようならそういうことを繰り返してほしいところだった。

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