03

「ここ好きだな」


 家から一時間ぐらい歩いたところが妹のお気に入りスポットだった。

 知らない間にここのことを知っていて妹が教えてくれた形になる、そしてときどきこうして付き合ってここにいる。


「うん、好きだよ、ここで一生お兄とゆっくりしていたいくらいには好きだよ」

「冗談にマジになって返すのはあれだけど一生は無理だな、まずなにも食べられずに終わる」

「うん、つまらないよ」


 そりゃそうだ、受けると思って言っていないからな。

 まあでも、人がいなくて落ち着く場所であるのは確かだ。

 そんなときに見知った人が近くにいて、ゆっくり話せるのはいいことなのかもしれない。

 残念な点は冬だとより寒いということだな、これは間違いなく人がいないことが影響していると言える。

 あとは一人でいってほしくない場所だった。


「お兄にもどこかにこういう場所があるはずだよ」

「それなら部屋だ」

「お家以外で」

「んーそれなら学校の教室かな」


 自分の席に座っている限りは文句も言われない、ぼうっとしていても他のなにかをしていてもいい場所だ。


「学校なんて大学以外は三年で離れることになるんだからどこか他の場所を探しなよ」

「なら瑚子達がいるところがそうだ」

「わ、私?」

「瑚子達、な。一緒にいたいと思っている人といられたら場所がどうこうじゃなくてそのこと自体が幸せだろ?」


 少なくともそのときだけは相手が俺に合わせて時間を使ってくれているということだから。

 だからこそ気を付けなければならないわけだが、うん、全部を悪いことのように扱う必要はない。

 必死に頼んだわけでもなければ一応は相手の意思で来てくれていることになるからだ。


「幸せ……」

「ま、俺はそうだって話だよ。それよりもう戻ろう、もうここから先は暗くなったり寒くなるだけだからな」


 そう、この時点でも既にここに来てから五時間とかは経過しているのだ、我ながらよく我慢をしたと褒めたくなるぐらいの時間だ。


「お兄、誰か好きな人とかいないの?」

「いないな、友達も勉しかいないな」


 勉もまた当然と言えば当然だが別に女子の友達を連れてきたりはしないからずっと変わらない。

 なんか必死こいて女子の友達を作ろうとする自分を直視することになるぐらいなら一生恋人ができないままでいいという考えでいる。

 まあ、努力をしてなんとかそういう意味で横に立てるようにしている人達を悪く言ったりしなければそれでもなんとか生きてはいけるだろう。

 五体満足で生き続けられればそれで十分ではないだろうか。


「あ、そういえば私のお友達がお兄に興味があるとかなんとか言っていた気がする」

「嘘だろ」

「……でも、どこかにはお兄のことを気にしている人がいるはずなんだよ」

「なんだ、そんなにどこかにいってほしいのか?」


 もしそうなら泣く、もちろん本人に見られてしまうような場所ではやらないが一人になった瞬間にそれはくるだろうな。

 どれだけ気にしているのかをわからないままでいいのだが俺はそれぐらい妹のことを気にしているからだ。


「いやほら、これぐらいの年齢だったら恋の一つや二つはしているはずだからさ」

「一回もないな」

「このままだと不味い気がするんだよね」


 恋愛未経験だから法律違反、殺処分なんて世界でもないし……。

 それにみんながみんな俺みたいな人ばかりではないから人口が極端に減って国が消滅……なんてこともないだろう。


「私、じゃ妹だから頑張れたことにならないしなあ」

「そもそも瑚子のことを考えたらありえないよ」

「じゃあ私のことを考えなかったら?」


 別に女子として見られないなんてことはないが。

 でも、これをそのまま伝えたら普通に気持ちが悪いから答えることはしないでおいた。

 俺なんか家族でもなければ妹だっていられない。


「最近は同じ性別の人がお付き合いをしているから勉君は?」

「いい迷惑だろ勉も」


 そもそもなんでそんな考えになったのか、もう自分も高校一年生で焦りが出てきたのだろうか。

 一年の内に少しでも考えておいた方がいいのは大学にいくかどうかだろう。

 俺の方はいかずに三年になったら就職活動を頑張ると既に両親には言ってあって反対もされていないから二年のいまは普通にやっているだけでいい。


「友達がみんな付き合って焦っているのか?」

「あ……そういうのはあるよ」

「マジか、友達すげえな」

「みんな入学したときから一生懸命だったからね、それでも冬までかかっているんだから私が頑張っても二倍とか三倍の時間が必要そう」

「ま、動いていなければ可能性はゼロだよな」


 一ずつでも積み上げていければ全く変わってくる。

 きっかけは友達を見て焦ったからであっても努力を続けていてけばそこに関してはなんとかなるのではないだろうか。


「興味があるなら頑張れよ」

「わ、久しぶりに頭を撫でられた」

「本命が現れたらできなくなることだからな」


 付き合い始めたら勉に泣きつこう。

 友達がいながらも俺のところにばかり来てくれる存在だからそこまで迷惑にはならないはずだった。




「ま、マジ?」

「うん、気になる子ができたんだ、だからいまから涼二に紹介するね」


 泣きつくこともできなくなりそうだった。

 気になるのは確かだから付いていくと何故かどんどんと教室があるところから離れていく彼、学校の生徒ではないのだろうか。

 そして当然のように靴に履き替えて外へ、学校敷地内からも出てずんずんと歩いていく。


「この子だよ」

「って、家族のキャロルじゃねえか」


 家に上がることになった時点で大体は予想ができていたが……。


「そう、僕は人と付き合うことを諦めてキャロルと付き合うことにしたんだ!」

「よしよし、今日も元気だな」


 あ、キャロルは犬だ、ゴールデンレトリバーだ。

 体が大きいのに大人しくて静かでいつも側にいてくれる、客の俺にもそうなのだから家族の彼らにとってはもっとすごいかもしれない。


「なんだ、勉も瑚子と同じ状態になっているのか?」

「お? 瑚子ちゃんもなんか悩んでいるの?」

「ああ、友達が付き合い始めて焦っているみたいだな」

「そっか、だけど焦ってもいい方に傾くわけじゃないからね」


 俺の家にも猫や犬がいたら「私はこの子とお付き合いをするからいいの!」などと言っていたのだろうか。


「話を聞いてやってくれない――なんだよその顔」


 まるで妹と話すのが嫌みたいな顔をされたら気になるだろ。


「涼二のそれは一緒に過ごさせて仲良くさせようとしているよね? 前々からそうだからバレバレなんだよね」

「別にそういうわけじゃ、ただ俺よりも友達がいていいアドバイスができると思ったんだよ」


 それにやっぱり俺は兄目線でしか話すことができないのだ。

 多分それでは妹もすっきりしない、だからこそ協力してほしいのにまさかこんなことを言われるとはな。

 そりゃ妄想はする、だがそれを表に出して押し付けようとしたわけでもないのになんか寂しい結果だよな。


「少なくとも瑚子ちゃんの方から言ってこなければ協力する気はないよ」

「そうかい」

「それよりキャロルとお散歩がしたいから涼二もいてよ」

「いいぞ、いくか」


 大人しくても動きがもっさりしているわけではないし、なにより元気よくいてくれているだけで癒やされる。

 なにかがあったら嫌だからリードを握らせてもらったりはしないが見られるのはいいことだった。


「なんかごめん、こっちは付き合わないのに付き合わせちゃって」

「は? 気にしすぎだろ」

「でも、こんなことばかりだよね」


 いや違うだろ、寧ろ友達もいるのにこっちに合わせすぎているのが彼だろ。

 それでもいま言うと違う違う違うと延々平行線になるだけだから言わないでおくか。


「キャロルは本当に静かだな」

「うん、家でもそうだよ」

「だけどいつの間にか近くにいてくれる存在だよな、俺で言えば勉とか瑚子みたいなもんだ」


 うわ、こんなことは何回も言えねえ……。

 なんで勉は好きとか笑みを浮かべながら言えるのか。


「家族である瑚子ちゃんは置いておくとして、僕は他の子とは違う?」

「あ、ああ」


 そりゃまあ、一年半以上一緒にいる友達なのだから他とは違う。

 わざわざ聞いてくるということは不安だったのだろうか、それとも滅多に吐かない俺から吐かせて面白がりたいとかか?


「好き?」

「そ、そりゃ友達としてはな」

「嬉しい」

「そ、そうかい、だけどキャロルに嫉妬されるからあんまり好きとか言わないようにな」


 いまでこそ大人しいがそれこそ二人きりになったときにすごい展開になるかもしれないからな。

 犬でも人でも普段は抑えているだけ、みたいなこともあるだろう。


「はは、キャロルは女の子だから嫉妬したりなんかしないよ」

「だって、付き合っているんだろ?」

「あー意地悪をしたら駄目なんだからね?」


 いやいや、さっき本人が言っていたことをなぞっているだけなのだが……。


「キャロルはね、一番は僕だけど二番目に涼二のことを好きなんだよ」

「ご両親は?」

「それがちょっと撫でるだけでいつも部屋に戻っちゃうからちゃんと構ってくれる涼二のことが好きなんだよね。ほら、いまだって涼二のことを何回も見ているでしょ?」

「はは、もしそうなら嬉しいな」


 あと長生きしてほしい。

 散歩をすることでそれに繋がるならいくらでも付き合う、怖いから任せてとは言えないが本当は任せてもらいたいぐらいだった。


「羨ましいなあ、僕もやってもらいたいなあ」

「勉はしてやる側だろ?」

「たまにはされたいときもあるよ」


 それならとやってみた、そうしたら何故かそのままこちらの手を握ってじっと見つめられて変な時間となった。


「これから涼二に彼女ができるかどうかはこの手の能力次第だね」

「こんなこと勉か瑚子にしかできないぞ」

「あーやっぱりそうだったか、僕のライバルはどこまでいっても瑚子ちゃんなんだね」

「ほ、本気じゃないだろ?」

「はは、秘密にしておこうかな」


 俺を試すようなことはやめてほしい。

 俺で遊んだってなんにも楽しくはないはずだからそんなことに時間を使うぐらいなら友達といた方が遥かにいいぞと言っておいた。




「え、この人が瑚子の兄貴なのか?」


 そう、俺が兄貴だ。

 ただこの子は初めて見た、最近できた友達なのだろうか。


「うん、なにかおかしかったりする?」

「いや……似ていないからさ」

「そうかな? お母さんとかはよく『兄妹で似ているね』って言ってくるけど」

「ちょっと瑚子の母さんが見てみたくなったから今日はいいか?」

「うん、大丈夫だよ」


 別行動をしようかと思ったが何故かその妹の友達に腕を掴まれて離れることができなかった。

 信号で止まったところで「俺は刀根綾乃とねあやのだ、よろしくな」と自己紹介をしてくれたからこちらも返しておいた。


「あ、連れてきておいてあれだけどお母さんが帰ってくるまで時間があるからちょっとお兄とお喋りでもしておいて、私はご飯を作っちゃうからね」

「「え、おい」」

「大丈夫、お兄も綾乃ちゃんも怖いわけじゃないからね」


 いやそこは俺に任せて二人でゆっくりするところだろうに。


「あー失礼な反応をしてさっきは悪かった」

「気にしなくていい、それに似ていないとはよく言われたことがあるからな」


 というか、よく見てみたらこの子は同級生だ。

 まあ、それがなくても敬語を使っていたかどうかはわからないが。


「涼二、だよな? えっと、俺と瑚子は最近知り合ったばかりなんだ。敬語を使われるのが嫌だから頼んでいるだけで瑚子が敬語を使えないというわけじゃないから誤解しないでやってほしい」

「刀根は元々許可するタイプなんだな」

「ああ、女子に対してはな、なんか同性から敬語を使われたくないんだよ――あ、もちろん俺は年上が相手なら敬語を使うからな?」

「疑っていないよ」


 嘘です、すみませんでした……。


「あ、ちょっとじっとしておいてくれ」

「おう――な、なんだ?」

「はい、埃がついていたから取っただけだよ」

「そ、そうか」


 危ない、俺も初対面の異性相手になにをしているのか。

 妹はほとんどここで過ごすのもあって手鏡なんかもすぐのところにあるのだからそれで教えてやるだけでよかったのだ、だというのに直接触れるなんて馬鹿だ。


「それよりさ、いつもはお兄って呼ばれているのか?」

「おう」

「じゃあなんで俺の前でだけお兄ちゃんって呼んでいるんだろうな」


 あいつ、とかではなくてよかったあ。

 呼び方については本人の自由だからあいつでも屑でもゴミであったとしても俺がいないところでなら本当は止めることはできない。

 でも、本当になんでだ? その方がイメージがよくなるからだろうか。


「刀根が格好いいからじゃないか?」

「一応言っておくと女だぞ」

「いやそりゃ見ればわかるよ、誰がどう見たって刀根は女子だ」


 不安になってしまうのなら一人称を変えてみればいいと思う。


「スカートじゃなくても?」

「余裕だ、ただ女子にモテる女子って感じだ」

「まあ、一人か二人は必ず気にして近づいてきてくれるけどそこまでじゃないよ」


 すげえ話だと片付けようとしたところで一人や二人ぐらいなら俺にもちゃんといてくれていることを思い出した。

 今日は予定があって無理とかなんとかで速攻で帰ってしまった勉と、いま何故か友達を放置してご飯作りを頑張っている妹と。

 本当なら家族はいれるべきではないかもしれないが俺にとってはそうだからノーカウントにはしたくない。


「涼二、今度俺に付き合ってくれないか?」

「いいぞ、どこにいきたいんだ?」

「いやその……」

「下着を選んでもらうのとかは駄目だからね?」


 なにを言っているんだか。


「してもらわねえよそんなことっ、ただ服を選んでもらいたくなっただけだ」


 そりゃ刀根だって叫びたくもなる。


「「ちなみになんで?」」

「……母さんが買ってきてくれるんだけど凄く可愛いやつを選んでくるんだ、流石に俺には似合わないだろ?」

「そんなことはないと思うけどな。それ、私も付いていってもいい?」

「おう、瑚子も協力してくれ、格好いいやつが選びたいんだ」


 あーこれは妹的に言うことを聞くことはないだろうな。

 当日に大変そうだったら助けてやろうと決めたのだった。

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