第十五話:フェルとカリス
のんびり陸路でアーシスへと戻った俺は、真っ先にアーシス城を訪れた。祭りも終わって通常業務に忙殺されているタリアと《地の宰相》に手短に捜査内容と協力を依頼すると、宰相がジェネスの私室への立ち入り捜査を許可してくれた。二人に聞いた話では、ジェネスの捜索は事情を知る極少数の者達によって秘密裏に根気強く継続されてきているが、その努力の甲斐も虚しく、未だ彼の行方を示す何の痕跡も発見されていないとのことだ。そして、ルーテリアが指摘した例の妙な黒金の種についても徹底的な調査が続けられているにもかかわらず、やはりこちらもこれといった成果はまだ挙がっていないという。この謎の種の調査は引き続き《地の国》の研究チームにお任せすることにして、俺の方はジェネスの捜索を中心に進めるとしよう。
《地の宰相》は俺をジェネスの私室の前まで案内すると、くれぐれも部屋の中の私物を動かしたり、持ち出したりしないようにと念を押した上で、捜査が済んだら施錠しておくように言って部屋の鍵を手渡した。俺は彼が言った注意事項をきちんと守ることを約束し、鍵を開けて部屋の中へと踏み込んだ。部屋の中は何処も整理整頓されており、しばらく人の手が入っていないせいで少し埃が溜まっている以外はとても綺麗に片付いていた。俺は手始めにジェネスの机に近付くと、机上に積まれた本や書類に目を留めた。私物を動かすなとは言われたが、だからと言って素直に部屋中を眺めただけでは何の捜査にもならないので、指紋を残さないように手袋をした上で慎重に本と書類の山を解体してそれらの内容を検める。どうも《風の国》について何か調べ事をしていたようだ。書類の方は、《地の国》と《風の国》の国家間条約に関する機密書類だ。そのうちのある項目のところに、几帳面に定規で下線を引いた跡がある。これはー……明確な不平等条約だ。しかもこの条約を締結したのはカリスペイアとフェルの先代の女王達だ。もしかすると、ジェネスはこの件について《風の国》側と交渉するつもりでいたのかもしれない。フェルはこの件について何か知っているのだろうか?今はこのままもう少しこの部屋の調査を続けて、ジェネスが関心を持っていた問題を示す証拠が他にも見付からないか調べてみよう。
奇しくもウォルトが地と風の対立に言及した事実に呼応するかのように、見付かった数々の重要参考書類は全てグランビスとヒュアレーの国家間に関する議論を要する問題を指摘したものばかりだった。俺はこれらも今回の暗殺事件に関連する可能性があると判断し、ただちに《地の宰相》に状況を説明して資料を複製させてもらった。あとはこの件についてフェルに話を聞くだけだが、幸いカリスペイアの葬儀及び新 《地の女王》選定に関する特別集会の開催に合わせて各国の女王が近々このアーシスに集うとの話を聞いたので、こちらからわざわざ出向く必要は無さそうだ。それなら集会で騒がしくなる前にジェネスの行方についての調査をしておこう。
ジェネスの姿が最後に確認されたのは、暗殺事件当日の夜。カリスペイアの夕食に同席していたとされるが、《地の宰相》がカリスペイアの遺体を発見した時には既にその場に居なかった。女王と騎士が命を共有する契約で結ばれていることから考えればジェネスの生存は絶望的だが、カリスペイアが死の間際にジェネスとの契約を解除したとすれば、ジェネスだけが死を免れた可能性は十分にある。それに、実はまだ彼が存命で、何らかの理由で雲隠れしているというのなら、彼の遺体が発見されなくても不思議はない。なので、俺としては、ジェネスはまだ生きており、何処かに身を潜めているのではないかと踏んでいる。もしこの読みが正しければ、ジェネスこそがこの暗殺事件を解決に導く重要人物ということになるし、それ故に生命の危険に晒されていて姿を見せられないのも納得がいく。《地の宰相》からジェネスの友人がアーシス市内にいることと、両親が健在だとの情報を得ているので、まずはこちらをあたって更に情報を集めるとしよう。
ジェネスの両親は、グランビスの首都アーシスから少し離れた都市に住んでいるそうなので、彼らを訪ねるのは後回しにし、まずは手近なアーシス市内在住だというジェネスの友人達から話を聞くことにしよう。さて、俺がどうやって彼らの現住所について調べ上げたのかについては、ここでは不問としてもらう。一言で言えば、《ご都合展開》というやつだ。俺のバックに誰がついているのかを考えれば、俺には手に入らない情報など一つも存在しないことは自明だろう。それならいっそ暗殺の真犯人も教えてもらえと言う気の短い読者のためにここではっきり断っておくが、それは無理な相談だ。何故なら、その事件と捜査がこの物語の核心部分なのだから、それが最初から分かりきっているのならそもそも小説として成立しないからだ。今回俺が特別にジェネスの関係者の連絡先を教えてもらえたのは、ジェネスが既出のキャラクターの誰とも大して親しくないせいで彼の友人や親族に繋がる情報を俺が自然な流れで入手することが極めて困難な話の展開になったためであり、つまりこれは作者の失態だ。いや、ネタのつもりだなんて苦しい言い訳は認めない。とにかくジェネスの友人に話を聞きに行くぞ。
言うまでもないが、ジェネスの友人達は今回一回限りの出演となるので名前とか容貌についての描写は不要とみなして、一切省かせてもらう。合計三人から話を聞くことが出来たが、そんなに有益な証言は得られなかった。強いて言うなら、ジェネスは酒好きな上に酒豪であるが、酔わないのか、酔っても態度が全く変化しないのか、酔態を晒した例は一度も無いと言うつまらないオチの話とか、案外ユーモアのセンスがあってジョークで友人達をよく笑わせていたとかその程度だ。彼のお気に入りの場所は、子供の頃友達とよく遊んで叱られたと言う《天の木》の梢だそうで、ジェネスは《天の木》の頂上から眺めるグランビスの風景が一番美しいと誇らしげに語っていたらしい。なるほどそんな所なら誰も捜索しないだろうから隠れていても見付からないだろうけど、長期間潜伏が可能なのかは疑問なので念のためにメモしておくくらいにする。グランビスのゆったり焦らない交通機関のおかげでジェネスの両親が住む都市を訪ねてアーシスへ戻るのは一日がかりになりそうなので、出発は明朝に決めて本日終了。翌日は正午過ぎに目的地へ到着し、ジェネスの両親だと言う品のいい老夫婦とのんびりお茶をしながら素敵な裏庭で会話を楽しむ。夫人によると、ジェネスは筆不精なので、彼からの連絡はほとんど無いと言う。だが、ちょうど事件が起こる直前に珍しく彼から手紙が届いており、そこには「現在取り掛かっている仕事が片付いたら、カリスペイア様と共にお顔を見に参ります」と記されていた。ジェネスの父君の話では、彼の祖父の代から彼らはカリスペイアの生家に仕えているのだそうだ。ジェネスは自分より少しだけ年下のカリスペイアを実の妹のように可愛がって世話を焼き、二人は子供の頃からとても仲が良かったと言う。カリスペイアの生家はアーシスの名家であったので、ジェネスの両親も長らくアーシス市内で生活していたのだが、高齢になったのを機にこちらののどかな地方都市へ移住したらしい。現在彼らが住んでいるこの立派な屋敷は、元はと言えばカリスペイアの家族が所有する別邸の一つだったが、長年の奉公に対する感謝の印として譲渡されたものである。カリスペイアとジェネスも幼い頃に何度かこの都市を訪れており、中でも郊外の丘一面に広がる花畑が二人の一番のお気に入りだったそうだ。ジェネスが身を隠すとしたらこちらの方が妥当な気がする。事件の渦中にあるアーシスからは少し距離があるし、それでいて馴染みのある街なので色々と便利で都合がいいはずだ。そうは言っても街全体を虱潰しに探すのは骨が折れるし、その上徒労に終わったりしたら絶望感が半端ないので、この街でのジェネス捜索は一旦保留にして持ち帰ろう。後は……そうだな。ジェネスが書いた手紙の内容も少し気に掛かる。彼がそこで書いている〈現在取り掛かっている仕事〉とは何の事だろう?例の《風の国》との交渉の件だろうか?いずれにせよ、彼がカリスペイアと共に近々この街に住む彼の両親を訪ねるつもりだったのは確かだ。まさかこの後で唐突に悲劇に見舞われることになろうとは夢にも思わなかっただろうな。まだ何も知らない彼の両親に二人が元気にしていると嘘をつくのは良心が痛むけれど、今はそれが俺に出来る最善の心遣いだと信じて、笑顔で彼らに別れを告げてアーシスへ戻るとする。
カリスペイアの葬儀と新 《地の女王》の選定について話し合われる特別招集緊急会議は、四日間の会期を予定している。だがこれまでの定例会議の記録を参照した限りでは、会議が予定通りに終わった例は一度も無い。だいたいいつもメラネミアが押し切ってわがままを通し、周りが根負けするなり妥協するなりして二、三日で強制終了になる。なので、おそらく今回も早々に結論が出されて会はお開きになるだろう。それを見越して、俺は初日の会議が終わったその晩にフェルの部屋を直撃した。フェルは予想通り疲れた顔をしていたが、それでもいつものように明るい笑顔で俺を迎え入れてくれた。せめて簡潔に話を済ませて彼女を解放してあげなくては。
「ジェネスの私室を立ち入り調査させてもらった時に、《地の国》と《風の国》の先代女王達が結んだ不平等条約に関する資料を見付けた。この件についてジェネスかカリスペイアから何か話を聞いた覚えはないか?」
そう言いながら俺が机の上に書類のコピーを提示すると、フェルは途端に一層疲れた顔になって「ああ、それね……」とため息をついた。
「ジェニーから何度も聞いたよ。でも、ぼくどうしたらいいのかわかんないから、いつも『また今度ね』って言ってたの」
「ダメだよ、フェル。この不平等条約は《地の国》にとっても《風の国》にとっても悪いことでしかないんだ。自国の経済を損害するレベルの輸出入制限とか、異常な高さの関税とか、どう見ても馬鹿げたものばっかりじゃないか。《地の国》の民と《風の国》の民だけ互いの国を行き来する際に通行税や出入国税を払わなければならないなんて、こんなの差別を通り越してただの徹底的なイジメじゃないか」
「でも、『この法律は未来永劫絶対に変更してはならない』って書いてあるんだもん!ぼくだって変だとは思ったけど、変えちゃだめなら仕方ないじゃん!」
「じゃあ、フーシェの国民に意見を聞いてみたらいいよ。きっとフェルの権限でこれらのふざけた取り決めを撤廃することに大賛成してくれるはずだ。第一、現在の女王はフェルなんだから、フェルが国民のためになると思ったことをどんどんやって良いんだよ」
フェルはまだ決めかねている様子で「そうかなぁ?」と不安げに呟いたものの、この件についてフーシェの国民に意見を問うことについては賛成してくれた。これなら遅かれ早かれこの問題は無事に解決するだろう。それじゃあ今晩はこれで退散するかとフェルに別れを告げると、彼女は物言いたげな瞳で俺を見据えて引き留めた。
「あのね……ぼく、カリスとのことで、まだステラさんに話してないことがあるの」
ばつが悪そうな顔でそう切り出して視線を落とすと、フェルは小さな声であるエピソードを語り始めた……。
カリスペイア暗殺事件が起こる一ヶ月ほど前、フェルはカリスペイアに招待されてアーシス城を訪れていた。
「突然誘ってしまって、少し驚かせてしまったかしら?でも、難しい話し合いをするつもりで来てもらったのではないから、安心して」
カリスペイアはそう言うと、珍しい展開で少し強張った表情をしているフェルの緊張をほぐすように優しく微笑みかけて、彼女にジュースとお菓子を勧めた。フーシェからはるばる空を飛んでやって来たフェルはちょうどお腹が空いていたので、喜んでそれらを美味しくいただいた。そうして甘い物で満たされたフェルがようやくいつもの調子を取り戻すと、カリスペイアが再び口を開いた。
「わたし達の先代の女王達が不平等な条約を互いに結んでしまったせいで、今でも国民達が困っていると言う話はジェネスから何度も聞かされたでしょう?もしかしたら、その事で何か悩んでいたりしないかと思って、少し心配になったの」
カリスペイアはそう言うと、逃げ続けてきた話題を早速口に出されて気まずそうに目を逸らしたフェルに、ジェネスの話は気にしなくていいと言った。だが、ジェネスがその問題の早期解決にこだわっているのは、ひとえに両国民の立場を思ってのことなので、鬱陶しいだろうが悪く思わないでくれとも付け足した。
「わたしはね、もう終わってしまった事や、決められてしまった事をどうするかではなくて、これからどうしていくのかの方がずっと大事だと思うの。だから、フェルとは過去の事じゃなくて、未来についてもっと前向きに話したいと思っているの」
フェルはカリスペイアのその言葉を聞くと、正直何とも言えない気持ちになった。彼女が言うように、未来について考えるのはもちろん大事な事だ。だけど、だからと言って過去を蔑ろにしていいとも思えない。どうしたらいいのか分からないからと言い訳をして現実から目を逸らしても、問題は解決しない。結局いつかはその難問に真正面から向き合わなければいけない時が必ず来る。それならむしろ、そうして切羽詰まるまで放置し続ける方が良くない気がする。
「カリス。ぼくもね、あの条約は変だと思うんだ。だからいろんな人に話を聞いてみたんだけど、みんな違うこと言うからよくわかんなくなっちゃったの。《地の国》と《風の国》は対立国だからあたりまえだよって言う人もいたし、めいわくだからやめてほしいって人もいた。結局、どうするのが一番みんなのためになるんだろう?」
《地の国》と《風の国》の対立関係は、実のところ長い歴史がある。《炎の国》と《水の国》のように、しばしば紛争沙汰になると言った血生臭い展開にこそならなかったものの、両国の関係は悪いことの方が圧倒的に多かった。カリスペイアとフェルの先代女王達があんな阿呆らしい制裁合戦を大真面目にやっていたのだって、もともとそんな状態にならざるを得ない土壌が存在していたからに他ならない。そうした両国間の情勢を鑑みれば、異質なのは友好的関係を築いているフェル達の方なのだ。
「みんなのためになる事って、一番考えるのが大変よね。だって、全員が納得してくれる答えなんていつもなくて、絶対に誰かが不満に思ってしまうから。それでも、わたし達は自分達で考え抜いて、最善だと思う答えを見付けなくちゃいけないの。だって、それが女王としての務めでしょう?もしわたし達が出した答えが間違っていたり、もっとよく出来る部分があったりするなら、その時はみんなの意見を参考にしてどんどん改善していけば良いのよ。最初から完璧である必要なんてないのだもの」
そう断言してフェルの手を握ったカリスペイアは、いつになく自信に満ちていてとても頼もしく見えた。フェルはカリスペイアの熱意にすっかり心を打たれて納得すると、それではまず何から始めれば良いのかと彼女に尋ねた。カリスペイアは、まずフェルとカリスペイアがお互いの国民のためになると思うアイデアを出し合い、それを双方の国民に提案して意見を集め、可能な限り不満が少なくなる形で実現するのが良いだろうと答えた。例えば、現在は輸出入に異常なほど高い関税がかけられているが、それを段階的に減らしていくことを提言し、両国民の理解が得られれば実行するというものである。つまり、目指すところはジェネスと同じく不平等条約の撤廃なのだが、それを女王権限で一方的かつ一度に行うのではなく、国民に対して変更案を逐次提示して承認を得ながら改訂していこうと言うわけだ。当然こちらの方法の方が時間も手間もかかるが、その分国民からの反発を極めて少なく抑えた上で、円滑に進めていける可能性が高い。そう聞いたフェルは、カリスペイアの分かり易い説明と、よく考えられた計画に感動して即決で彼女に同意した。それで、二人でそれぞれいくつか両国民のためになりそうな事を考えてまとめておき、後日意見交換をすることに決めた。そうして二人が初めて両国間の問題に向けての話し合いの場を設けたのが、カリスペイアが暗殺される数日前のことだった……。
「カリスが殺されたって聞いた時、もしかしたら、ぼく達がしようとしてたことは間違いだったのかなって思った。だから、カリスがあんなことになっちゃったのかなって……。だったら……もしそうだったら、カリスが死んじゃったのは、ぼくのせいなんじゃないかな……」
涙声で途切れ途切れにぽつりと言った後、フェルは堪えきれなくなった大粒の涙を零して泣き出した。どうしようもない事で自分を責めるフェルを前に、俺には「フェルのせいじゃないよ」と気休めにしか聞こえない虚しい真実を繰り返し言い聞かせることしか出来なかった。しばらくすると、フェルはどうにか落ち着きを取り戻し、涙を拭ってこう言った。
「カリスはね、ぼくとカリスの力で《風の国》と《地の国》が友好国になったら、今度は《炎の国》と《水の国》にも仲直りしてもらおうって言ってた。そしたら、みんな仲良しになって、ホーリレニアは本当に一つの国になれるって。カリスはただ、みんなに仲良くしてもらいたかっただけなんだよ」
何とも胸が痛む話だ。誰よりもホーリレニアの平和を望んでいた温和で心優しい人物が、それ故に誰かに命を狙われることになるなんて……。もしカリスペイアが理想としたホーリレニア統一を快く思わない輩がいるとしたら、それは一体どんな連中なんだろう?まさか、何処かにホーリレニア統一反対派みたいな過激派組織でもあるのだろうか?だがもしそんな連中が暗殺犯だとしたら、一体どうやって真犯人を突き止められるだろう?というか、カリスペイアの望みをどうやって知り得たのか?一方で、彼女と親しく付き合っていた女王や騎士なら、彼女の本心を聞き出すのは容易かったに違いない。そうなると、やはり犯人はこれまで接触してきた人物達の中にいるのだろうか?今となっては容疑者達のプライベートを知りすぎてしまったので、その内の誰が犯人だとしても複雑な気持ちになってしまう。せめて大義名分でもあればまだ良いが、カリスペイアのエピソードを聞く限り、犯人は疑いなく卑劣な悪党だ。情状酌量の余地があるとは考えられない。俺は今フェルから聞いた話も含めて一旦捜査状況を整理するため、辛くなる話を思い切って打ち明けてくれたフェルに改めて深く礼を言って、自分の部屋へ引き上げることにした。
「ねえ、ステラさん。ステラさんは、カリスがなにで殺されたのか知ってるの?」
ふいに俺の袖を掴んで引き留めたフェルは、すがるような目をして俺にそう尋ねた。
「はっきりとは分からないけど、外傷は無いみたいだから毒殺を疑ってる」
そう自分で答えて思い出したけど、この国結構毒物だらけなんだよな。各国で特産品とされている食物以外は基本的に毒性があって食べられないらしいし。そういうわけだから毒物の入手は極めて容易だと推測するので、それで毒殺という手段が選ばれたのかもしれない。そう俺が一人で考えを深めている一方で、フェルの方は毒殺と聞くなり不審そうに顔をしかめた。
「カリスもそうだけど、グランビスの人はみんな他の国の人より苺には強いって言われてるんだ。だから、もし苺を使ったんなら、相当強い苺だったんだろうね」
ふむ。これは大変興味深い上に参考になる指摘をどうもありがとう。そして今更ながら思ったけど、そもそも被害者の死因をはっきりさせていないとかダメだよな。明朝にでも《地の宰相》に頼んで検死くらいはさせてもらおう。そんな事を考えつつフェルの部屋を後にし、俺は自分の部屋へと戻った。
俺は別に幽霊の存在を信じて恐れているわけではないので、カリスペイアの遺体と対面するのは昼でも夜でもどちらでも構わない。だが、昨晩フェルと話した直後というのは、さすがに遅すぎて非常識な時間だと思ったので、翌朝にした方がいいだろうと判断したまでだ。余談だけど、夜中に突然目が覚めて辺りを見回すと、見知らぬ人影が部屋の片隅に突っ立って黙ってこちらを見ているという奇妙な体験をホーリレニアに来てから度々経験している。たぶん人はそれを心霊体験と呼んで恐怖するのだろうが、俺が思うにただの悪趣味ないたずらだ。視力は良くないのでいつも相手の顔はぼやけて見えないし、相手はいつも終始無言だし、何故か体も口も動かないから誰だか確かめることも出来ないので、無論悪ふざけだと断言はしないが。でも、ホーリレニアの幽霊に恨まれるような事をした覚えはないのだから、幽霊がわざわざ俺を訪ねてくるはずもないだろう。というわけで幽霊の無駄話はこのくらいにして本題に戻ろう。
本日も何の進展もなかった会議に疲れ果てた《地の宰相》と共に、俺はカリスペイアの遺体が安置されている地下室へと向かった。女王達と騎士達は現在カリスペイアの葬儀について協議中なのだが、死者の弔い方が各国で異なるが故に、どの方式を採用するかで不毛な議論を続けている。《炎の国》では火葬、《水の国》では水葬、《風の国》では鳥葬、《地の国》では土葬が慣例になっているが、在位中に女王が崩御した例が今までに一度も無いので、どう葬るのが最も相応しいのかについて意見が割れているのだ。ちなみに、《水の国》の水葬は氷で出来た棺に死者を収め、それを《天の滝》の滝壺に送り出すもので、棺が溶けて水底に沈んだ遺体は守護竜の元で安息を得られると信じられている。実は食されているのではないかと不信心な俺は疑っている。《風の国》の鳥葬の場合は、遺体を藁で包んで《天の谷》の底へ投げ込む。守護鳥の元へ死者を還すという意味があるそうだが、たぶんこれも食事になっていると思われる。思えば、基本的に眠っている守護獣達だって生物なら腹が減るはずなので、死体を食べてくれているくらいなら良いではないか。そう考えると、おそらく火葬と土葬の場合も何らかの形で彼らの糧になっているのだろう。とにかく、そういうわけで各国それぞれ独自の方法で死者を送っているわけだが、実は女王と騎士に関しては通常葬儀が行われないらしい。何でも、《代替わりの大禍》で命を失った彼らの肉体は、そのまま守護獣の力によって特別に昇華(消化?)されるからだそうだ。それで、ルーテリアとウォルトはカリスペイアを生国のしきたり通り土葬で埋葬すべきだと主張し、フェルとアエルスは《代替わりの大禍》の時に《地の女王》は竜巻で命を落とすことから鳥葬が相応しいと言い、メラネミアとフレインは全員が何らかの形で参加した方がカリスペイアも喜ぶだろうから全ての方法を掛け合わせたオリジナル方式を考案すべきだと言って譲らず、意見が全くまとまらない。参考までに《地の宰相》はどう考えているのか聞いてみると、彼は各人の気持ちは理解出来ると述べた上で、迷わず土葬を支持した。「グランビスの子はグランビスの地に還るべき」とのことだ。
「それに、私としては、死の眠りについてなお生前と変わらぬ美しさを讃えたままのカリスペイア様のお姿を、損なうことなく送り出して差し上げたいという気持ちもあるのです」
《地の宰相》はそう悲しげに言うと、花々に囲まれて眠っている美しい女王を見下ろした。かつてフェルが教えてくれた通り、しっかりと目を瞑って仰向けに横たわった彼女は、今にも起き出して笑いかけてくれそうに見えた。念の為に胸元で組まれた手元に触れて脈を確認してみたが、思った通りその細く青白い手は生気の抜けた冷たさで、生命の鼓動は感じられなかった。
「仮に毒殺だったとして、毒に強い耐性があると言う彼女を死に至らしめられそうな毒は、ホーリレニアに存在するのか?」
俺の質問に、悲しみに沈んだ老人は更に肩を落としてぼそりと答えた。
「そのようなものを知っている者がいるとすれば、余程博識な人物か、あるいはこの国の人間以外には考えられないでしょう」
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