第十四話:まさかの自殺説?

 《ホーリレニア祭》も本日が最終日となった。

当初の予定通り一日一ヶ国ずつ訪問して種々のイベントに参加してきた俺ではあるが、当然全てのイベントを制覇してきたわけではない。ここで俺が紹介しなかった行事ももちろんたくさんある。それらについては次回があったら何処かで紹介したいと思っているのだが、俺が来年もこの大祭を祝えるのかは不明だ。というか、仕事が終わったらどうなるのかすら分からない。あと、まだこの小説のタイトルも聞かされていないし。実はまだタイトル未定なんじゃないかと疑い始めた今日この頃である。もうこの際作者との契約は反故にして、自分の体験記として出版しようかな。でもそれだと自費になるんだよなぁ。……え?作者に頼んでも自費なの?お前プロじゃなかったのかよ!そういう大事なことは契約前に言ってくれよ。ところで作者、お前書きながら話作る創作スタイルが主流だとか聞いたけど、まさかこの話も実はまだ結末が決まってないとか言わないよな?何で沈黙するの?というか俺はキャラクター扱いなの?そこ首捻るの?お前の話必ず一人以上死人が出るけど、それは故意で殺してるのか?あ、そこは無意識なのか。そっちの方がよっぽど怖いな。とにかく、俺は今まで通りの仕事を続ければいいんだな?了解。というわけで不毛な通信はこれにて終了。作者曰く、一応ハッピーエンドを想定しているらしいよ。あの人のハッピーエンドの定義が一般人のそれと同じだとは全く思わないけどね。

 気を取り直して架空世界の現実に帰還。今日はこれからフルーレンシアへ向かうつもりだ。ここまで一緒に旅してくれたアエルスにも是非同行してもらいたかったのだが、彼は今日フーシェで開かれるレースに出場する予定があるそうで、残念ながら国へ帰らなければならないと言う。ソレイオン格闘大会の決勝戦も今日だったから、フレインが今年も王座を守り切れるのか大注目の一戦を見逃すことになるのは心苦しい限りだ。事前に各人のスケジュールを把握しておくべきだったな。少し後悔と反省が残る形になってしまったが、とにかくフルーレンシアを目指すことにする。幸いアエルスがリョーディアまでは送ってくれるそうなので、リョーディアに着いたらルーテリアとウォルトを訪ねてイベントを紹介してもらおう。


 こうして《ホーリレニア祭》ツアー最終地となる《白銀の国》フルーレンシアへ。以前の滞在時と同じ毛玉だるま装備を披露したらアエルスにまで大笑いされてしまったが、見た目はともかく防寒対策は万全なので他人の目なんて気にしない。それにこの道化じみた衣装はクールビューティーの《水の女王》様に大変受けがよろしいので、狙ってやっている部分もちょっとある。期待通り、リョーディア城で出迎えてくれた彼女は俺の姿を一目見るなり控えめに目を細めて微笑してくれた。隣に立ったウォルトの方は笑いを堪えるのに必死すぎて表情がぎこちない。喜んでもらえたようで何よりだ。

 寒さから逃げるように飛び去っていったアエルスとは城外で別れ、俺はウォルトとルーテリアに先導されて謁見の間へと向かった。今回はずっと故障中だった暖房設備がようやく復旧してくれたので、室温はとても快適だ。だが来客に配慮している分、この国で生まれ育ったルーテリアやウォルトには暑すぎるから、謁見の間の玉座の傍では涼しげな扇風機がフル稼働している。物凄くへんてこな光景に見えるけれど、俺は暖房無しでは生きていけないので余計な発言は差し控えておくとする。これまでと同じく、まずは二人にフルーレンシアで開催される祝祭イベントについて尋ねてみたところ、待ってましたと言わんばかりに顔を輝かせたウォルトが口を開いて滔々と語り始めた。

「フルーレンシアのイベントを楽しむおつもりでしたら、一日ではとても足りませんよ!本日の目玉は氷上チェストーナメントの決勝戦ですね。ルーテリア様がご観戦の予定です。中央広場では、市民達が腕を競って作り上げた幻想的で芸術的な氷像と雪像の数々を見られますし、市内を流れる五本の川ではフィッシングトーナメントが開催中です。こちらの会場では釣りを楽しむだけではなく、新鮮で美味しい地元の魚料理も堪能できます。郊外の方では凍った湖をスケート場として無料開放していますし、雪合戦も行われています。まだ他にも言い尽くせないほど盛りだくさんのイベントが各地で開催されて大きな賑わいを見せていますが、やはりフルーレンシアの伝統行事の一つである《天の滝》での滝行と滝壺での寒中水泳を忘れるわけにはいきませんね」

ウォルトは満足そうにそう言い切って一通りの説明を終えると、俺のためにイベントの案内役を買って出てくれた。その殊勝な心意気と心遣いには痛み入るが、彼のスピーチの締めくくりが不穏で不安しか感じないので丁重に断って辞退を申し出る。しかし、ルーテリアがせっかくだからウォルトを役立ててやってくれだなんて心優しいことを言うものだから、つい断りきれなくなって遂には了承してしまった。こうなったら何処かで時間を潰して入水自殺を回避するしかない。

「それではステラさん。まずは神聖な《天の滝》の水で全身を清めてからツアーを始めましょうか」

あ、それ最初にやっちゃうパターン……。

「何も心配要りませんよ。確かにフルーレンシアの住民ではないステラさんにとっては水がとても冷たく感じられるとは思いますが、《天の滝》を流れ落ちる清水は聖水ですから、如何なる形でも何人の健康も害する恐れはありません。国外からの観光客にも人気ですし、勿論僕も毎年かかさずに行っています」

反論する気力も萎えて哀れな目だけをルーテリアに向けてみたものの、彼女は「どうぞ、存分に楽しい一日をお過ごしください」と的外れな優しい言葉をかけてくれただけだった。


 神聖な滝での禊体験は、一言で言うと全く俺の想像通りだった。寒いとか冷たいとかと言った正常な感覚は一瞬で麻痺して何も感じなくなったので、その点はよく言えば苦痛が少なく済んだと言えるだろう。ただし、神聖な滝の水によって洗い流された俺の感覚は、それから一時間が経過した今でも戻ってくる気配が微塵も無い。もしかしたら一生このままなのでは無いかと思わずにはいられないが、それならそれで気分的には色々楽になると前向きに考えてみたりもしている。ただ、肉体が信号を発してくれない分体調管理が面倒になることは疑いないな。そうなるとやっぱり早く普通の人間に戻りたい。嫌味のつもりでウォルトに滝行のおかげですっかり寒さを感じなくなったと伝えてやると、彼はその感想を素直にお礼の言葉として受け取って、それが偉大な《天の滝》の持つ神秘の力だと力説して俺を閉口させた。もう終わった事にぐちぐち言うのはこのくらいにしておこう。何にせよ、寒さを感じなくなったおかげで過ごしやすくなったのも事実だ。これで今後俺を待ち受けている数多くの屋外イベントに臆することなく参加出来るようになったのだから、良いことじゃないか。とにかく今はそう言うことにして自分を納得させるとしよう。

「ルーテリアがチェストーナメントの決勝戦を観戦するとのことだったが、ルーテリア自身は参加しないのか?」

確かルーテリアはチェスが趣味だったと思い出してウォルトにそう尋ねると、ウォルトは半笑いでこう返した。

「女王と騎士は如何なるイベントにも参加者の一人としては参加しませんよ。超人的な力を有する者が一般市民を相手に競争を挑むなんて不公平じゃありませんか」

やっぱりそうだよな。俺もウォルトと全く同意見だ。でも、他の国ではそう言うチートを含めて盛り上がっているようなので、一概に全否定するつもりもない。お祭りなんだから、みんなが楽しければそれで良いじゃないか。

「そうだ、ウォルト。個人的にジェネスの人柄が気になるから色んな人に話を聞いてみてるんだが、何かジェネスについて知っている事はないか?」

チェストーナメントを見終わって中央広場を散歩している時に、俺はウォルトにそんな質問を投げかけてみた。あからさまに捜査をしていると思われたくなかったのであくまで個人的に興味があるだけだと強調しておいたが、問いかけられたウォルトの方は少し緊張した顔つきに変わった。それでも、察しがいい彼はあえて何も聞かずに俺の質問に答えてくれた。

「そうですね……。ジェネスは他の騎士達と違って、馴れ合うよりも礼儀を重んじた関係を望んでいましたから、特別仲がいい騎士も女王もいなかったでしょう。しかし、彼だって人間ですから何か思うところはあったに違いありません。以前、QWでメラネミアが侵略したカリスの土地を取り返すために、彼から協力を要請されたことがあります。その土地は現在フレインの軍が駐屯しているのですが、炎と相性の悪い水使いの僕の力で彼を追い払うことが出来ないかと頼んでのことでした。あいにく僕はフェルとグランビス侵攻の計画を内密に進めていたので断らざるを得ませんでしたが、その時のジェネスはいつになく思い詰めた顔をしていましたね」

ここでまたQWの話か。メラネミアが《不可侵の聖地》とグランビスの国土の一部を略取して版図を拡大して以降、戦局はずっと膠着状態なんだったな。それで、ウォルトとフェルが結託してグランビス侵攻を計画し、勢力図の変更を推し進めようと画策していた一方で、ジェネスの方も国土奪還に乗り出していたと言うわけか。

「ちなみに、ジェネスが支援を求めたのはウォルトの軍だけか?」

「はい。ルーテリア様はフルーレンシアの発展と守護に尽力していらっしゃいますので」

「ウォルトだけではなく、アエルスとフェルにも訴えかけて包囲網を形成する手も有効だと思うんだが、ジェネスはそうは考えなかったのか?」

「少なくともフェルからそのような話は聞いたことがありませんね。アエルスの軍はヘイリオンから割譲された火山地帯を開拓し、大規模な温泉街を建造して観光地化させた以外に何もしていないようですし。ところで、ステラさんは《地の国》と《風の国》が友好国同士ではない事情はご存知でしたか?」

「え?それは初耳だな。一体どう言う事だ?」

「水と炎が相容れないように、ホーリレニアでは地と風も対立する要素と考えられているのです。これは《代替わりの大禍》において《炎の国》に水害が起こり、《水の国》に火災が起こり、《地の国》では竜巻が起こり、《風の国》では地震が起こることにも通じている考え方です。《代替わりの大禍》では毎度少なからぬ犠牲者が出てしまいますので、その原因となる要素を象徴する国は嫌忌される傾向にあるわけです。カリスとフェルは仲が良かったと僕は思っていますが、彼女達の先代が啀み合っていたのは有名ですよ」

ふむ。そう言う背景があるとすると、《地の国》の出身者には《風の国》を嫌う者が多く、その逆もまた然りと言うことだな。春と秋の二ヶ国はともに気候も穏やかで人々も穏和だから、てっきり仲が良いものだと信じていたのでこの真実はちょっと残念だ。ウォルトが言うには、夏と冬ほど露骨で激しい嫌悪感を抱いている者は少ないだろうとのことだが、地と風の二ヶ国があまり交流を持っていないのには、地理的な距離だけではなく心理的な距離要因も存在していると考えると確かに納得がいく。その点を踏まえると、ジェネスがアエルスやフェルに助けを求めなかったのも理解出来る。そもそも《風の国》は《炎の国》の同盟国だもんな。

「カリスペイアは当初QWに反対していたそうだが、ジェネスもそうだったのか?」

「いいえ。彼はQWが女王と騎士の交流と互いへの理解を促進するために適切に活用されるのであれば異論は無いとの立場でした」

ここはカリスペイアと意見が分かれて戦争容認。でもこのQWというのは《別次元》が舞台だそうだからそもそもゲームみたいな認識だったのかもしれない。というか、本当はただのボードゲームだとか言わないよな?ふとそんな考えが一瞬頭を過ったけれど、あえてウォルトには確認せずにこの話題は終わりにすることにした。


 その後、フィッシングトーナメントに参加したが一匹も釣れずに終わったので代わりに美味しい魚料理を心行くまで味わい尽くして失意に沈んだ心と空腹に喘ぐ腹を満たし、腹ごなしの運動がてら郊外のスケート場へ行って全身を負傷し、あまつさえ参加すらしていない雪合戦に巻き込まれてしこたま硬い雪玉を一方的に投げつけられた。その帰り道に、疲れ切った俺の顔を見て気を遣ったウォルトがアイスクリームを買ってくれて、氷獣が曳く橇に乗せてくれた。俺が今身に纏っているものがまさにその氷獣の毛皮なので敵視されたり攻撃されたりしないか心配だったのだが、この巨大な獣はその見た目に反してとても大人しく、賢い動物らしい。氷獣の毛皮で覆われた俺を見ても別段興奮するような様子も見せず、体を撫でても嫌がらなかった。近くでよく見ると、黒目がちで円な可愛らしい目をしている。ウォルトの気配りが功を奏してすっかり機嫌が良くなった俺は、そのまま橇で大通りを駆け抜けてリョーディア城へと向かう間、ウォルトと他愛のない話をしながら流れていく美しい白銀の街の景色を楽しんだ。

 城へ戻った後、俺は今回も城主の厚意により豪華な晩餐をご馳走になった。その上今回こそは念願のゲストルーム滞在を許可していただいた。と言っても、もう他の国を訪問した際に各城のゲストルームに宿泊させてもらっているので、初めての時ほどの新鮮味と期待は無かったが、それでも城内で夜を明かすことを許されたという特別感には胸が高鳴った。殊に、この国の人々は余所者に対して厳しい傾向があるので、こうして迎え入れてもらえることが一層格別に嬉しく思われる。今日は一日中色々見て回って楽しかった分疲れたし、少し早く休むとするか。日課の日記を書き終えると、俺はそのままふかふかのベッドの上へ倒れ込んで布団の中に顔と身体を埋めた。快適すぎる。このままの体勢でも数秒で眠りに落ちそうだ。そんなふうに感じながらうとうとしていると、扉の向こうからノックの音が聞こえた。起き上がるのは気怠いが、誰が何用で訪ねてきたのかを聞かずに無視することは出来ないので、渋々身を起こして扉を開ける。向こう側に立って応答を待っていたのは、この城の城主だった。

「夜分に失礼致します。もしお疲れでないようでしたら、少しお話になれませんか」

親切にもてなしてくれているばかりでなく、俺とは雲泥の差の身分にも関わらずこんな丁重にお誘いされたら断るなんて選択肢は存在し得ないだろう。俺は二つ返事で彼女の誘いを受け入れると、彼女について応接間へと移動した。俺の部屋やルーテリアの私室で話し合いの場を設けなかったのは、この対話がやましい密談ではないことを示すためである。よって、応接間では二人きりで会話を交わすことになるけれども、その音声も映像も全てが監視され記録されることになる。別に変な話をする気も妙な展開に持っていく気も毛頭無いが、そんな断りを入れられると途端に緊張してしまう。

「実は……カリスの件で少し、お話ししたいことがございます」

机を挟んで俺の向かい側に腰を下ろしたルーテリアは、少し沈んだ表情でそう切り出すと、俺の顔を確認してからまた静かに口を開いた。

「あの事件が起こる直前に会ったカリスは、何か深い悩みを抱えている様子でした。カリス自身は何をそれほど危惧しているのか語りませんでしたから、彼女が一体何を思い悩んでいたのかはわたくしにも分かりません。ですが、カリスがフレインの執拗な誘いに辟易していたのは誰の目にも明らかでしたし、ジェネスを巡ってはメラネミアとも諍いがありました。それらに加え、比較的平和が続いていたQWにも暗雲が立ち込めてきていました。こうした事情がカリスの心を圧迫し、彼女を精神的に疲弊させていた可能性は十分にあるのではないでしょうか?」

「と言うと……まさか、カリスペイアは暗殺されたのではなく自殺したかもしれないってことか?」

「他殺であると断定出来ないのであれば、自殺の線も視野に入れて考える必要があるでしょう」

確かにルーテリアの言う通りだが、これで仮に真相は自殺だったとしたら、これまでの俺の捜査はほぼ無意味になる。最初から自殺の可能性も考慮していなかったのは俺の落ち度で間違いないにしても、今更になって自殺説に現実味が出る証言をされても素直に呑み込めない。それに、カリスペイアが色々な悩みを抱えていたのは事実としても、これまでの聞き取り調査から見えてきた彼女の人となりから考えて、そんな深刻に自死を考えるような人だとは思えない。

「俺としては、自殺の件については今は何とも言えないと言うのが本音だ。フレインのセクハラは今に始まった事ではないし、被害者もカリスペイア一人だけじゃない。メラネミアが何をしたところでジェネスの意志は揺るがなかったはずだし、この件はそもそもメラネミアのわがままが百パーセント悪いのは明らかだ。いざとなったら定例会議で話し合ってこの申し出を正式に棄却すればそれで良い。QWの件に関しては、そもそも戦争なんだから平和な状態が続いている方がおかしいし、QWは別次元の戦争とのことだから、そんなに嫌なら参加を辞退すれば良い。どれも死ぬほど追い詰められなければいけないほど救いの無い問題じゃないはずだ」

俺がそう意見を述べると、ルーテリアは「そうですね」と言って小さく息を漏らした。カリスペイアと親しかった彼女にしてみれば、誰かに殺されたと言われるよりも、いっそ自分の意志で死を選んだと聞かされた方がまだ諦めがつくのだろう。真相はまだ闇の中だが、念のためこの自殺説もあり得ないと一蹴せずに心に留めておいた方がいいかもしれないな。

「仮にカリスペイアが自殺したとしたら、その方法は何だと思う?」

「食事中に倒れたとの話ですから、おそらく毒物を摂取したものと推測いたします。カリスの傍に落ちていたと言う黒金の粒の様な物……。あれが、毒性を持った果実の種子か何かなのではないでしょうか?」

「それはかなり筋が通った仮説だな。だが俺が気になっているのは、ジェネスの行方だ。フレインはアエルスの風を使って事件当日の晩にアーシス城内へ忍び込んだ時、カリスペイアがジェネスと共に居たと証言している。もしカリスペイアがその場で自殺を図ったのなら、ジェネスの遺体もその場で発見されるはずじゃないか?」

「そうですね……。ジェネスの遺体が未だに発見されていないのはあまりにも不自然です」

ここで二人とも行き詰まり、渋い顔で各々黙り込んだ。ジェネスの遺体捜査については、また詳しく《地の国》で聞き込みをしてみるしかなさそうだな。それと、ルーテリアが指摘してくれた種みたいな物体の正体も明らかにする必要がある。

「よし。俺は明日また《地の国》へ戻って、黒金の物体とジェネスの遺体についてもっと情報を集めてくる」

「承知しました。それでは、わたくしの方でも文献等をあたってみましょう。その謎の物体の正体に繋がる手掛かりや、過去に女王や騎士が自死を試みた実例及び当時の記録が参照出来れば、捜査のお役に立てるかもしれません」

俺達はそう合意して深く頷き合うと、会談を終了して各自の部屋へと引き上げた。


 翌朝、俺は手早く荷物をまとめて部屋を出ると、城を発つ前に改めてルーテリアとウォルトに礼を言うために二人と謁見の間で再び顔を合わせた。俺は自分を歓迎して手厚くもてなしてくれた二人に心から感謝を述べると共に、今後は一層事件捜査に尽力することを誓った。ルーテリアは「よろしくお願いいたします」と丁寧に述べて軽く頭を下げ、ウォルトは「僕にお手伝い出来ることがあれば、何なりとお申し付けください」と快く協力を申し出てくれた。二人とも本当に頼もしい限りだ。

「ところでステラさん、今日の《ホーリレニア報》は、もう見られましたか?」

思いついたようにウォルトはそう言うと、手に持った新聞を軽く振って俺に示した。いや、ここの新聞、そう言えば一度も読んだことない。と言うか、俺ってこの国の文字読めたっけとか思いつつも気になるのでウォルトから受け取って紙面に目を向けてみると、全く見慣れない文字が整列している文章なのに何故か苦も無く内容が頭の中に流れ込んできた。さすが。これがストーリーテラーという役割に与えられた特殊能力というわけか。自分がちょっと特別になった気分で浮かれつつ、紙上の文章に目を走らせる。大方は昨日まで祝われていた《ホーリレニア祭》についての包括記事のようだ。そう思って眺めていくうちに、幾つか知っている人間の名前を見つけた。

「『ソレイオン・アリーナで開催された格闘大会の勝敗は、今年も絶対王者である騎士フレインの勝利に終わる。表彰式では伝統的に女王から勝者へ送られる祝福のキスを遮り、優勝者自らが女王の頬に不意打ちでキスをするという伝統破りのハプニングが発生し、会場を大いに沸かせた。』……って、何やってんだ、あの馬鹿」

「残念ながらフレインだけではありませんよ。記事によると、フーシェで開かれた徒競走を制したのはアエルスですし、フェルは守護鳥杯で儲けた賞金を《おこづかい》と称して国民に還元すると公言しています。僕が思うに、これは実に由々しき問題ですよ」

まあ、格闘大会と徒競走はチートで間違いないが、ギャンブルは仕込みでない限りただの運だしな……。もちろん、ウォルトが言いたい事はよく分かる。話ついでに、ウォルトにもフレインとメラネミアの関係をどう思うか聞いてみよう。

「ご質問の意図が解りかねますが……フレインとメラネミアは幼馴染でしょう?」

「それ以上の関係だと思わないか?俺にはアツアツのバカップルにしか見えないんだが?」

「そんなはずはないですよ。あの二人が恋人同士だなんて有り得ません」

何故か自信満々で笑って俺の説を聞き流すウォルト。何だろう?この国では恋愛とかカップルの定義が俺の考えているそれとは違うのだろうか?もうそうとしか考えられない。

「ウォルト。無駄話はそのくらいにして、そろそろステラさんをお見送りいたしましょう」

ルーテリア様はこの話題にあえて無言を貫くか。でも彼女にこんなくだらない事で意見をうかがうのは畏れ多いので、今回はお言葉に従ってお暇するとしよう。

「ステラさんはこれからグランビスへ行って捜査を続けられるのですよね?」

「そうだ。まずはカリスペイアの傍に落ちていた謎の物体の解明と、ジェネスの遺体捜索を行うつもりだ。その後どうするかはまだ何とも言えないが、やはりQWに関する情報がもっと必要になるかもしれない」

と言うか、このQWが結局何なのか、現実のホーリレニアとどう言う関係にあるのかが判明しない限り、QWが今回の事件と関係あるのかないのかはっきりしない。ウォルトは不意に俺がQWというワードを口にしたのを耳にするなり、急に顔色を変えてそれとなく主である女王を一瞥し、それから俺の耳元にこう囁いた。

「僕がフェルと共謀してグランビス侵攻を計画した事がルーテリア様に知られて以降、僕の行動の全てが監視されるようになりました。QWに関しても、僕は強制退場させられる可能性があるのです。ルーテリア様は僕が起こした一連の騒動を《QWウォーターゲート事件》と名付けて、引き続き厳しい捜査を続行していくおつもりだと明言していらっしゃいます」

それは気の毒だが、不正を働いたのはウォルトなのだから、その罪はしかと償わねばならないだろう。しかしまあ、《ウォーターゲート》ね。ウォーターゲートを開放して風と通じちゃったという意味ではその通りの名前なのかな。

「もうこの際QWは一回リセットして一からやり直せば良いんじゃないか?」

他人事なので投げやりに言い捨てたつもりだったが、ウォルトは思いの外真剣に受け止めたようで、難しい顔になってしばし黙り込んでいた。

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