第十六話:暗殺事件の真相

 地下室を出て《地の宰相》と別れてからも、俺は部屋へ戻る気になれずに考え事をしながら真っ暗な中庭を歩き回っていた。もしカリスペイアの暗殺方法が毒殺だとしたら、何故犯人はわざわざその方法を選んだのだろう?毒に耐性があると知っていたなら、もっと他に確実な方法があったはずだ。第一、毒を盛るなんて一番手間がかかる上に成功率が低い。首尾よく毒を入手したとしても、どうやって致死量を彼女の夕食に仕込んだのだろう?そんなのアーシス城内をくまなく知り尽くしていなければ出来るはずがない。そう考えると、《地の宰相》が断然疑わしくなる。彼はカリスペイアの先代の女王にも仕えていたと聞くし、一人娘のタリアはカリスペイアに瓜二つだ。先代女王の業績を塗り替えようとしているカリスペイアを快く思わず、彼女を抹殺して自分の娘を代わりに女王に据えようと画策していたと考えれば一応筋は通る。そもそも、タリアは有事の際にカリスペイアの替え玉となるべくジェネスから教育を施されていたらしい。最初からあわよくばと言った魂胆が全くなかったとは否定出来ないだろう。だがそうだとすると、ジェネスはこの件にどう絡んでくるのだろう?タリアを指導したのがジェネス本人であるとはいえ、子供の頃から親しく付き合ってきた上に自分の主人でもあるカリスペイアを彼が裏切るとは思えない。だが彼を女王と一緒に殺すなら、彼の代役も用意しておかなければならなくなる。それが面倒なので、何らかの策を弄してカリスペイアに契約を解除させ、彼女だけを始末した。そして、身の危険を感じたジェネスが逃亡して行方をくらました……。問題はこの後だ。こうして女王をすげ替えることにはまんまと成功したわけだが、タリアは守護獣が選定した正式な女王ではないから魔法は使えないし、契約を解除されたジェネスも今や一般人だ。魔法はそんなに頻繁に披露する機会がないから誤魔化せるとしても、彼らが他の女王や騎士と違って着実に老けていくことは隠しきれない。それをどうにかするためには、タリアが守護獣に女王として認められ、その上でジェネスと契約を結ぶ以外に手は無い。しかし、こんな冒涜的な陰謀によって推薦された彼女を、守護獣が新女王として認めるとはとても思えない。そうかと言って、単純にカリスペイアを女王の座から退かせることだけが望みなら殺す必要は無いし、殺すならジェネスも道連れにさせないとおかしい。どうもこの推理には穴があるようだ。ようやく答えに辿り着けそうだったのに、後一歩のところで目の前が霧に包まれてゴールが見えなくなった気分だ。俺は落胆のため息をついてベンチの上へ腰を下ろすと、両手で顔を覆ってがっくりと項垂れた。

「ステラさん。こんばんは」

その時、清水の如く澄んだ声が俺に呼びかけた。

「暗殺事件の一件に関して、重大な報告があります」

彼女はいつもの淡々とした口調でそんな物騒な言葉を告げると、俺に付いて来るように言ってたおやかな足取りで歩き出した。


 例によって会議室か応接室にでも連れて行かれるのだろうと思って彼女の後に従っていくと、彼女は迷いの無い歩みで一直線に突き進んでいって、ある一室の中へと入った。続いて俺も入ってみて初めて、俺はその部屋が公式の会談用ではないゲストルームだと気がついて思わずその場で硬直した。

「ええと……捜査の話だったよな?」

冷静沈着で思慮深い女王陛下にあるまじき大胆な行動に変な期待が疼くのを感じながら、俺は引きつった顔でぎこちなく本意を確かめる。彼女は普段通りの無感情な声で「はい、そうです」と答えると、それから少し目を伏せた。

「本来であれば、真剣な話し合いを行うのに相応しいお部屋をご用意すべきだったのですが、生憎今回はわたくしの方もアーシスに招かれている身分ですので、事前に日時を指定していない会談の場を予め確保しておくことが出来ませんでした。ステラさんにはご不便をおかけすることになり恐縮ですが、今回は左様な事情でわたくしの逗留先であるこの一室でお話しさせていただくことをお許しいただきたく思います」

遜った物言いで申し訳なさそうにそう告げるルーテリアが少し恥ずかしそうにするものだから、何だか余計に思考が変な方に逸れていく。落ち着け。彼女はただ、別室が準備出来なかったから自分の宿泊先の部屋に招いたと言っているだけだ。残念ながら他意は無い。

「それで、重大な報告っていうのは?」

気を取り直して早速本題を切り出すと、ルーテリアは何を思ったのか首に巻いていた美しい首飾りを外して手のひらに乗せ、俺の前に差し出した。

「ご紹介が遅れましたが、こちらがわたくしの母です」

……ん?それは何処からどう見てもあなたがいつも身につけていらっしゃる美しい青い玉が輝く首飾りにしか見えないのですが……。ルーテリア様、まさかのご乱心か?俺が困惑した顔で言葉を失って黙り込むと、ルーテリアは俺の顔から首飾りの玉に視線を移し、こう続けた。

「ステラさんは、ホーリレニアの四女王が《代替わりの大禍》で命を失った後にどうなるのか、ご存知ですか?」

「いや、知らない。守護獣が何かして肉体が失われるから、葬儀が行われることはないって話は聞いたけど」

「仰る通りです。四女王は命を失う時にその肉体を守護獣の元へ還すのですが、その魂は守護獣の力で宝玉に変えられるのです。そしてその宝玉は、次世代の女王達へと代々受け継がれて彼女達を見守り、導いてくれると信じられています」

そういえば女王達は皆いつも何かしらのアクセサリーを必ず身につけていたな。それにはそんな理由があったのか。

「だが、それならカリスペイアも亡くなった時に宝玉に変わっているはずじゃないか?」

俺がそう言うと、ルーテリアはその言葉を期待していたように大きく頷いた。

「そうです。ですから、もしカリスが本当に命を失ったのならば、彼女の肉体は守護獣の元へと還され、彼女の魂は宝玉になっているはずなのです」

「じゃあ、あの遺体は偽物で、本物のカリスペイアはまだ生きていると言うことだな?」

「少なくともわたくしはそう信じております」

これはとんでもないことになってきたぞ!ずっと殺されたと思っていた人物が実は死んでいなかったなんて、これじゃあ暗殺事件でも何でもないじゃないか!それなら……待てよ?そもそもこの事件の第一発見者はー……。

「ルーテリア。おかげで俺は遂に事件の真相に辿り着いたよ」

この推理なら完璧だ。犯人の動機も、真の目的も、全てが一つに繋がっている。そして何より、作者が仄めかした通り事件はハッピーエンドで幕を下ろす。俺は自信満々で翌日の会議の場で真実を発表するとルーテリアに宣言すると、この上なくすっきりした心持ちで自分の部屋へ戻って至福の眠りに就いた。


 特別会議三日目の朝。連日にわたる無益な論争で疲れ果てた顔ぶれが予定通り座席に着くと、俺は進行役の《地の宰相》に断りを入れて、その場の一同に語りかけた。

「この二日間ずっとカリスペイアの葬儀について話し合ってきたわけだが、この議論は難航していてなかなか結論が出そうにない。そこで、今日はひとまずその件を保留とすることにして、もう一つの議題である新 《地の女王》の選定について話し合ってみるのはどうだろう?」

俺がこう提案すると、始めにメラネミアが「別に良いんじゃない?」と巻き髪を弄びながら投げやりに答え、次にルーテリアが「異論はありません」と丁重に同意を示し、最後に他の二人の返答を聞いたフェルが「メラとルールーがそう言うなら、ぼくも賛成」と言って、議題の変更を認めてくれた。騎士達も反対する素振りはないので、このまま新女王選定についての議論に移るとしよう。

「俺は女王でも騎士でもないから、この件に関して如何なる決定権も持たないことを承知の上で提案するが、俺はこのままタリアを新女王とするのがいいと考えている」

一同はこの発言を耳にすると動揺してざわつき、やがて全員の視線が戸惑うタリアに集中した。彼女の隣に座った彼女の父が、満悦の笑みを浮かべながら促すように娘の手をそっと握る。女王達は何も言わずに、一心に彼女の顔を見つめている。抑圧的な沈黙と突き刺さるような一同の目線が、返答に窮するタリアの胸を一層締め付ける。

「わたしは……あくまでカリスペイア様の代理を務めさせてもらっただけです。このまま本当に女王として戴冠するなんて……」

タリアはそこで口ごもって下を向き、それを見たメラネミアが口を開いた。

「あたしはタリアでいいと思うわよ。《ホーリレニア祭》でもうまくやってくれたしね」

相変わらず上から目線の物言いだが、顔を見る限り満更でもない様子。

「オレもメラに賛成。てかタリアだとダメな理由なんてないだろ?」

しれっと言ってのけた後でタリアにウインクするフレイン。ロックオンされた彼女は苦笑い。

「わたくしもタリアに引き続きお願いすることに賛成です。大変な事は色々とあるでしょうが、それはわたくし達が助け合えば良いだけの話です」

理知的で厳格なルーテリアも異論なし。

「ルーテリア様の仰る通りです。それに、タリアは元々カリスの代役を務められるよう指導を受けているのですから、女王の責務についても知識と理解があって安心です」

当然ウォルトも主と同意見。

「ぼくもタリアなら大歓迎だよ!」

フェルは素直に嬉しそう。

「僕も大賛成!だって、そしたらまたカリスが戻ってきたみたいだもん」

何の気なしにアエルスが言ったこの一言がかなり重要なので、ここで満を持して俺が口を挟む。

「そうだ。アエルスの言う通り、このままタリアが新しい《地の女王》になれば、見かけ上は全て元通りになる。タリアには少々申し訳ないが、彼女がこれからもカリスペイアとしてグランビスを治めることにすれば、カリスペイアが崩御したと言うショッキングなニュースを国民に伝えてわざわざ動揺させる必要も無いし、新女王の選定と戴冠に付随する混乱も最小限に抑えられるだろう」

つまり、タリアには本来の自分を捨てて今後一生涯瓜二つの他人として生きてもらうと言う事だ。それがどれだけ残酷で非情か、俺はよく分かっている。そして、それでも彼女が国民のために自分の一生を捧げることを誓ってくれる確信がある。唐突に自分の人生を左右する重大な選択を迫られた彼女は無言になり、静かに目を伏せた。そうして一分ほど目を閉じてから再び顔を上げると、俺を真っ直ぐに見据えてはっきりとこう告げた。

「わかりました。そうすることでわたしがお役に立てるのなら、喜んでそのお役目を引き受けます」

その答えは、まさに俺が想像して期待した通りのものだった。よし。ここまでは全て俺の計画通りだ。

「それじゃあ、無事にグランビスの新女王候補が決定したところで、俺からカリスペイア暗殺事件に関する捜査報告がある。何故このタイミングなのかは最後までちゃんと聞けば自ずと理解出来るはずだから、今はとにかく黙って俺に話をさせてくれ」

「何よそれ?真犯人が誰かわかったってこと?」

メラネミアが興奮気味に机を叩いて身を乗り出す。

「そうだ。事件の真実は全て、この俺が解き明かした!」

何時間も考えて何百回と夜通し夢現に練習した完璧な決め台詞を絶妙なタイミングで言い放ち、俺はたちまちの内に場の空気を一変させて支配した。さあ、ショータイムはこれからだ。


 事件が起きたのは、四女王定例集会がアーシス城で開かれた一週間後。被害者である《地の女王》カリスペイアと《地の騎士》ジェネスは、夕食時に何者かによって毒を盛られてその場に倒れた。異変を察知してすぐさまその場へ駆けつけたのが、第一発見者である《地の宰相》。彼はカリスペイアが右手にナイフを握ったまま床に伏せっているのを見ると、医師を呼びつけて彼女の容態を確認させた。医師はその場で彼女の心肺が停止していると断定し、宰相と二人で泣きながら女王の遺体を運んで地下室に安置した。その際、彼女の傍に落ちていた謎の黒金の物体を押収し、研究機関に調査を依頼した。この時彼らは当然ジェネスの遺体が見当たらないことにも気付いたので、ごく少数の信頼出来る人間に彼の捜索も頼んだ。

 以上が事件の始まりだが、この時点で既にいくつか奇妙な点がある。それはまず、カリスペイアの遺体とジェネスの失踪だ。先日ルーテリアに教えてもらったのだが、四女王の肉体は死後に守護獣の元へ還されることになっているそうだ。そして、肉体という器を失った魂が守護獣の力で宝玉に変えられて、後代の女王達にとってのお守りとして大切に受け継がれていく。この事実は、女王達や騎士達ならそもそも知っていて当然のはずだ。目を逸らしたり首を傾げたりしている人がいるが、何でこんな重要な情報を最初に教えてくれなかったのかについて今更非難するのは無意味なのでやめよう。とにかく、ここで浮かんでくる第一の疑問は、〈何故カリスペイアの遺体が現存しているのか〉である。本来であれば、彼女の肉体は彼女が息を引き取ると同時に失われ、魂が宝玉になっているはずだからだ。そうならなかったのは、在任中の突然死という例外だったからか、あるいは彼女が摂取した毒物が何か特殊な作用を持っていたからか、それとも実は彼女が死んでいなかったからかのどれかだと考えられる。この内、在任中に死去した女王の例が過去にも無いのでこの線は検証出来ず、毒物の正体についても未だ不明とのことなのでこれも推測の範囲を出ない。そうなると残るは女王生存説になるわけだが、そうなると医師と宰相が運び込み、フェルやアエルス、俺がこの目で見たあの地下室の遺体は何なのか?毒で仮死状態になって眠っているカリスペイア本人なのか、それとも何者かが用意した偽物なのか?そのどちらかを検証する上で重要になってくるのが、ジェネスの失踪とタリアの登場だ。ジェネスは暗殺事件が起きる直前に、両親に手紙を出していた。そこには、今取り組んでいる仕事が一段落したら、カリスペイアと共に彼らを訪問するつもりだと書かれていた。ジェネスはどうやら何か大きな仕事を抱えていたが、それが近々終わると見越していたのだろう。その仕事が具体的に何の事かは、明記されていないのではっきりとは言えない。しかし、母君曰く筆不精だというジェネスが、何故事件の数日前にそんな手紙を書いたのだろう?何も知らずに偶然書いたのかもしれない。だが俺は、彼はその後に何が起きるのか知った上で書いたのだと踏んでいる。カリスペイアが実は死んでいない可能性については先に述べた通りだが、彼女が生きているのなら当然彼女と騎士の契約を結んでいるジェネスも生きているはずだ。それなのに彼が姿を隠しているのは、表に出てこられない理由があるからだ。え?カリスペイアが仮死状態ならジェネスも仮死状態になるって?鋭い指摘をありがとう、ウォルト。おかげでカリスペイアが仮死状態である可能性がかなり低くなった。それならあの遺体はどうも偽物の可能性が高そうだな。そうだとすると、カリスペイアも実は何処かに隠れているのかもしれないね?それも、案外近くに……。はい?カリスペイアが意識を失う前に契約を解除すれば、カリスペイアだけが眠ってジェネスは活動出来る可能性がある?さすがです、ルーテリア。でもそうまでして命を助けられたジェネスが、誰もが認める高潔で忠義に厚い騎士である彼が、主でも幼馴染でもあるカリスペイアを見殺しにしたばかりか、自分の命を惜しんで逃げ隠れするとは考えにくいのでは?それなら何故彼は行方をくらましたのか?その鍵を握るのが君、タリアだ。

 タリアはカリスペイアの死後女王の代役に選ばれた。容姿だけでなく声も言葉遣いもカリスペイアにそっくり。おかげでフレインに言い寄られて大変迷惑していたほどだ。さて、このタリアは《地の宰相》の自慢の一人娘として颯爽と登場し、非の打ちどころのない完璧な仕事ぶりですっかり女王と騎士の信頼を得た。元々カリスペイアの替え玉としてジェネスに教育されていたそうだから、何でもそつなくこなせたとしても不思議じゃない。だが、カリスペイア本人がまだ存命かもしれないとなってくると、タリアの存在は途端に揺らぎ始める。そこで、俺はこの二人が完全に別人であることを証明するため、密かに身辺調査を行った。すると、アーシス城内でタリアとカリスペイアが一緒に居る姿を見た者は誰も存在せず、タリアがフレインに夫だと紹介した花屋の男性も独身だと発覚した。その上、実父にしては年が離れ過ぎている《地の宰相》もまた、結婚歴も子供も無い独身だと判明した。これらの事実を見る限りタリアがカリスペイアと同一人物である可能性はあっても、両者が別人であることは証明出来ないという結論になる。そう思ったからこそ、俺はあえてタリアを新しい《地の女王》に推薦したのだ。もしタリアがカリスペイアなら、この提案を断るはずがない。その予想通り、彼女は新しい女王になることを了承した。

「つまり、この暗殺事件は最初から《地の国》が仕組んだ茶番だったのさ!QWやら不平等条約やらで頭を痛めていた心優しいカリスペイアは、どうしたら四女王全員が仲良く一丸となってホーリレニアの平和を守っていけるのかずっと考えていた。そこで、まず自分という調停役が不在になったら残りの女王達の関係がどうなるのか見極めようと思い、この作戦を実行した。自分が毒殺されたように見せかけるために奇妙な種の存在をでっちあげ、グランビスが誇る陶芸技術で自分そっくりの見事な遺体を作って地下室に安置し、自分はタリアという名のそっくりさんに成り済ました。ジェネスを失踪させたのは、捜査を撹乱するためだ。俺はまんまと女王達や騎士達に疑いの矛先を向け、一番疑わしいはずの第一発見者の老人の存在を失念した。そうして俺が事件に全く関係がない情報を必死でかき集めている間、タリアとして女王や騎士と接触しつつ、彼らの動向をずっと注視していたんだ。そうして《ホーリレニア祭》が終わった後で、予定通り新女王になるふりをして元の地位に戻ろうとした。後は適当に葬式をして偽物の遺体を葬り、ついでに気に入らない展開になっていたQWもリセットしてお終い。そうすれば、国民を一切巻き込むことなく全てを思い通りの状態に復元出来る。みんなから聞いた印象だともっとふわふわしてるイメージだったんだが、ここまで緻密な計画を練り上げたのなら相当の切れ者のようだな」

決まった。無駄も矛盾も一切無い芸術的に美しい名推理だ。その場の誰もが皆一様に尊敬の眼差しで俺を見つめているのを肌で感じる。そうだ。やはりこれがこの事件の真相なのだ。そうでなければ今頃メラネミアとフレインから野次が飛んでいるか、ルーテリアとウォルトから冷静な突っ込みが入るか、フェルとアエルスから的外れな質問が投げかけられているに違いない。俺は遂に王手をかけた。ここで彼女が自白して負けを認めれば、事件は無事に解決し、物語もハッピーエンドでめでたしめでたし。きっとそうなると強く信じて、俺は辛抱強く相手の女王が動くのを待った。

「お見事な推理です。ステラさん」

彼女は安堵とも諦観ともとれる表情で軽く息を吐いてからそう言うと、目を細めて俺に微笑みかけた。

その瞬間、その場の全員が息を止めて目を見開いた。

皆が一斉に何かを言いかけ、それを遮るように女王が再び口を開く。

「ですが、わたしはカリスペイア様本人ではありません」

柔らかいながらもはっきりとした声が、静寂の中にこだまする。

「いや、そんなはずはない!それなら本物のカリスペイアは今何処に居る?生きているのは間違いないはずだ!」

「わたしだってカリスペイア様が生きていてくださる方が嬉しいですが、本当にわたしは何も知らないのです」

タリアは困った顔でそう言い張ると、隣に座った父に視線を向けた。

「ステラさん。この娘は正真正銘私の娘です。お察しの通り、厳密に言えば養女であって血の繋がりはありませんが」

《地の宰相》はそう言うと、タリアはカリスペイアの替え玉とする目的で彼が引き取り、ジェネスが教育したのだと説明した。また、タリアがアーシス城内でカリスペイアと二人で居るところを誰も見ていないのは、そもそもタリアの存在自体が極秘とされていたためであるという。替え玉を用意して有事に備えているなんて喧伝すべき事柄じゃ無いのは確かだが、証明しようがない言い分なのは変わらないぞ。後付けの言い訳ならいくらでも出来るじゃないか。

「じゃあ、花屋の男性の件は?何故既婚だなんて嘘をついたんだ?」

「それは……。フレイン様があまりにしつこくお誘いになるので、何とか諦めていただこうと思って、以前からの知り合いである彼にわたしからお願いしたのです。でも、それがきっかけで現在真剣にお付き合いしているので、嘘と言うほど嘘でもないのかと……」

「タリア?そんな話は初耳だよ?どうして私に一言も相談してくれなかったんだい?」

突然の交際宣言に愕然としてうろたえる宰相。追い打ちをかけて傷を抉るフレイン。フレインを非難して宰相を慰めようとするウォルト。どうしたらいいか分からずに右往左往するだけのアエルス……。駄目だ。完全に話題が全く別の物になっている。

「それじゃあ、せめてこれだけははっきりさせてくれ!タリアも《地の宰相》も、カリスペイアとジェネスの安否については何も知らないんだな?」

二人同時に黙って首を縦に振る父と娘。いや、でも《地の宰相》は先代から仕えているわけだし、女王が死んだらどうなるかくらい知っていたんじゃないのか?

「勿論存じておりました。ですが、そうして肉体が失われるのは守護獣様が起き出してからのことだと思っておりまして。適切な葬儀を執り行い、正当な新女王が戴冠する時になってようやく、カリスペイア様の魂も美しい玉に形を変えるのではないでしょうか?何せ前代未聞の事態ですから、私としてもどうするのが正しいのか分からないというのが本当のところでございます」

老人は頭を下げて恥入り、身を縮めた。彼の認識についてどう思うかルーテリアの顔を見てみると、どうも一理ありそうだと言いたげな表情をしている。う〜ん。この辺の事情には一番詳しいはずの彼女がそういうのなら、有り得るのだろう。

「わかった!それじゃあ、今の推理は一旦保留だ。その代わり、今度こそ間違いなく真相を暴くために、もう国家機密とか何とかっていう言い訳はなしで、洗いざらい全部正直に話してもらうからな!」

ちょっと目を離した隙にもう各々勝手な話で盛り上がり始めた一同を一喝し、沈黙を呼び戻す。

「まずはメラネミアとフレイン。お前達から始めるぞ」

指さされた二人組の方は、ちょっと、むっとした顔で睨むような目線を俺に向けた。

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