第十二話:容疑者G 《風の騎士》

 《風の国》のお祭りを心行くまで堪能した翌日、俺とアエルスはフェルに見送られてフーシェの城を後にした。次なる目的地を何処にするかについては未だ決めかねていたのだが、同行者が情熱の国のカーニバルを是非その目で拝みたいと言って聞かないので、有無を言わさずまずはヘイリオンを目指すことになった。別に俺としてはどの国から回っても構わないのだから良しとしよう。ちょうどいいから例のあいつについてアエルスにそれとなく聞いてみるか。

「それで、《炎の国》と言えば、フレインはどうしてるんだ?」

「特に変わりなく元気そうだったよ。タリアのことでメラがめちゃくちゃ怒って騎士としての契約を解除するって大もめしてたみたいだけど、結局なにも起こらなかったみたいだね」

どうやら俺が思っていた以上に壮絶な修羅場が展開されていたと見えるが、やはり何だかんだで元の鞘には収まったわけか。フレインが女たらしなのは今に始まったことでもないし、今更そんな理由で解雇しても後任を探すのが面倒だから諦めたのだろう。

「そういや、騎士を任命するのは女王の権限なんだよな?それじゃあ、契約も女王が一方的に解除して、また別の相手を勝手に自分の騎士にすることも出来るのか?」

俺がそう尋ねると、アエルスは「だと思うよ」とは答えたものの、ちょっと浮かない顔をしてこう続けた。

「でも、女王と騎士の間にはとっても強い絆があると僕は思うよ。だって、そうじゃなきゃお互いに自分の命を預けたりできないでしょ?」

確かにアエルスの言う通りだ。女王と騎士は、特別な地位を与えられたその時からずっと、歳をとることもなくその重大な責任と任務を各々背負って生きていくことになる。女王の運命は神の定めなのでどうしようもないけれど、彼女達はその過酷な旅路を共に歩んでくれる相手を自分で選ぶことが出来るのだ。そしてその選択は、彼女達自身だけではなく、彼女達によって選ばれた者達の人生をも大きく左右することになる。生半可な気持ちでそんな相手を選べるはずがない。

「メラネミアとフレインは、女王と騎士になる前はどういう関係だったんだ?」

「おさななじみだって聞いたよ」

なるほど、どおりで距離が近いわけだ。ついでなので、「幼馴染じゃなくて恋人同士の間違いじゃないのか?」とアエルスに面白半分で聞いてみると、彼は大口を開けて笑いながら「そんなわけないよ」と俺のほぼ確信に満ちた推理を一笑に付した。いや、あいつらどう見ても相思相愛だと思わないか?それとも単なる腐れ縁的な仲なのか?アエルスが用意してくれた魔法の絨毯ならぬ魔法の葉っぱが風に乗って俺達を目的地まで運んでくれる間、俺は一人悶々とそんなとめどないことを延々と考え続けていた。


 肌寒いくらいの上空とは打って変わって、乾いた砂に覆われた地上の楽園には湿った熱気が満ちていた。久方ぶりに訪れたのですっかり忘れていたが、やっぱり暑いな、ここ。精一杯の薄着になっても汗だくだ。地上に降り立ってからほんの数分でばて始めた俺をよそに、アエルスの方は嬉しそうに物珍しそうに辺りをきょろきょろ見回している。祭りの期間中なので大通りはいつも以上に人出が多く賑やかで、楽しそうな反面暑苦しそうでもあって俺は尻込み中。

「まずはメラネミアの所に顔を出さないか?そうしたら色々教えてもらえるだろ?」

ひとまずもっともらしい理屈で今にも歩き出さんばかりの興味津々な彼を引き留め、避暑地への誘導を試みる。アエルスは素直に「そうだね」と同意してくれたものの、彼のきらきらと輝く両目は絶えず周囲の異国情緒溢れる街並みや人々に熱視線を注ぎ続けたままだ。その内ふらっと駆け出していきそうで危うい。そうは言っても、いくら彼が子供の様に純粋だからと言って、本当に子供なわけではないのだから、わざわざ俺に付き合わせたりせずに自分の好きな所へ行かせても問題ないことは分かっている。だが連絡を取り合う手段が何も無い中この人混みではぐれるのは面倒だし、単独行動中に何かしらの不測の事態が起こらないとも限らない。よって、双方の安全のためには一緒に行動する方がいいだろう。とか何とか色々書いてみたけど、一言で言うと、正直俺はこの快活な青年の正体が今一つ掴めていないので、この好機を利用してどうにか彼の人となりを見極めたいと思っているだけだ。あの天使の様に可愛いフェルにすら意外な一面があるのだから、アエルスにだって何か裏の顔みたいなものがあるに違いない。それが分かれば、暗殺事件の真犯人特定への手掛かりになる可能性は十分にある。

 そんな思惑を胸に秘めつつ、女王様の住む豪奢な城へと到着。フルーレンシア同様、この国の住民にとってこの気温は全く適温とみなされているので、基本的にエアコンとかは建物内に設置されていないのだが、ソレイオン城の場合は違う。定期的に国外から他の女王達が会合のために訪問したりするので、彼らが滞在する用のゲストルーム等にはエアコンが完備されているのだ。当然リョーディア城のゲストルームも暖房完備だが、気候が穏やかで過ごしやすい春と秋の国にはこれらの設備が無いのは言うまでもない。

「誰かと思ったらステラとアエルスじゃない。何しに来たの?」

前回の熱烈な歓迎とは正反対の、むしろ迷惑そうにさえ聞こえる女王様の第一声は笑顔で聞き流し、ソレイオンで催される目玉イベントについて早速話を聞いてみる。ちなみに、この気が強そうな女王様はこう見えて案外気が利くので、余所から来た俺達と謁見の間で面会するためにわざわざエアコンをつけてくれていたりする。おかげで本人は寒いのか厚着をしているので少々申し訳ない気分だ。

「一番の目玉はパレードでしょ!あとは……格闘大会とか、早食い大会とか?そうそう、ダンスパーティーもあるし、夜には花火も上がるわよ!恒例の《天の山ロック》も人気ね!」

《炎の国》らしい血気盛んなコンテストやロマンチックなイベントが目白押しの中、やはり最後の一つがどうにも分からない。「ロッククライミングの間違いだろ?」と聞き直すと、メラネミアは憤然とした顔で立ち上がって「違う!」と俺を怒鳴りつけた。

「《天の山ロッククライング》は、このソレイオンに伝わる伝統行事よ!命綱無し、素手だけで《天の山》の頂上まで登り切って、頂上からありったけの声で思いの丈を叫ぶ一大イベントなんだからっ!かつては成人になるための正式な通過儀礼として行われていたくらいなのよ!知ったかぶりで他人をバカにするのもいい加減にしなさい!」

なるほど、そういう特殊なローカルイベントだとは存じ上げませんでした。それならこの名称でも間違いではないのか?でもこの名前だと、俺には《天の山》の岩が泣いているようにしか思えないんだが……実際そうかもしれないしな。毎年毎年無数の人間によじ登られていたら泣きたくもなるだろう。とにかく、ここは全面的に俺の非を詫びて女王様には機嫌を直してもらい、ついでに何故この行事が成人の儀式ではなくなったのかの経緯について尋ねるとしよう。さてその気になる真相はというと、落下事故が多発するためだそうだ。そりゃそうだろうね。でもソレイオン城を頂く《天の山》は聖山であり、守護獣の住処でもある神聖な土地なので、人死には決して起こらない。なので運悪く滑り落ちた人達は守護獣様のふさふさの尻尾やら大きな手やらで無事に跳ね返されてくるそうだ。ただこの心優しい神の御業見たさにあえて飛び降りる不届き者がいるそうで、神の怒りを恐れた信心深い者達が防護ネットの設置を検討していると言うが、景観を損なうとの根強い反対にあって議論は進んでいないらしい。やれやれ、守護獣様も大変だ。

「パレードは昼と夜の一日二回だったよな?それならまずは優先的に他のイベントを見て回って、夕方のパレードを眺めて、夜は花火の下でダンスパーティーかな?」

横目でアエルスに確認すると、彼は満足そうに「うん」と言って頷いた。よし!今日も夜まで充実した一日になりそうだ。そうと決まれば早速出掛けよう!そう決心するや否や、暑さでばてかけていた全身にも見る見るうちに気力が満ちて、胸が躍り出した。

「そうだ、メラ。フレインは今年も格とう大会出るんでしょ?」

去り際にアエルスがメラネミアを振り返り、思いついたようにそんな質問を口にした。

「……さぁね」

メラネミアは少し沈黙して目を伏せた後、そっけない口調でそう答えた。


 アエルスが言及した格闘大会は大変気になる刺激的なイベントだし、フレインが出場する可能性があるならなおのこと見逃すわけにはいかないが、そうかといって果敢にも無謀にも俺自身が出場する必要は全くもって無いので安全な観客席から声援と熱視線を送るだけで十分だろう。大体、ほら、俺はストーリーテラーであって、あからさまにインドア派で頭脳明晰なわけだから、肉弾戦なんてそもそも向いているはずがないし、それを熟知した上であえて大怪我を負いに行くとかナンセンスじゃん?そういうことで代わりにアエルスに出場を勧めてみたのだが、彼も観ているだけで満足だそうだ。でも二人揃ってイベントを観戦するだけじゃつまらないから、殴り合いとはまた別の形で肉体の限界に挑む熱き戦いに身を投じようではないか。そう、早食い大会だ。先の大食い大会では惜しくも一位を逃してしまったが、俺は食べることに関しては少なからぬ自信がある。それに、早食いならスビード勝負なわけだから食べきった後に吐いても構わない。ルールも至ってシンプルで、用意された特製ソーセージをより早く食べきればいいだけだ。ただ……このソーセージとても美味しそうなんだけど、長さが三メートルもある上に頬張ると口一杯になって息が出来なくなるぐらい太い。下手したら窒息死しそうだ。アエルスはそれを見て怖気づいたのか、「僕、援してるね!」とあっさり出場を辞退して爽やかな笑顔で観客席に紛れ込んだ。根性無しめ。だが俺は独りでもこの戦いを勝ち抜いて見せる!そう意気込んで威勢よくスタートを切った俺だったが、思った以上の苦戦を強いられることとなった。まず、一秒でも早く食べるためには咀嚼している暇など無いのだが、このソーセージは噛まずに丸呑みしたら確実に死ぬ。したがって否が応でも慎重に食べ進めなければならない俺とは対照的に、隣の大男はというと、まるで掃除機がスパゲッティを吸い込むみたいに猛烈な速さで巨大ソーセージを飲み込んでいくではないか!どうやったらあんな芸当が出来るのか俺には見当もつかないが、だからと言って諦めてたまるか!死ぬ気でやれば勝機はある!俺はそう信じてひたすらにソーセージを胃の中へと流し込み続けた。一口目は美味しいと感じたものの、次第に味など分からなくなり、果てには何のためにこんなことをしているのかも分からなくなりながら、それでも俺は一心に細長い肉の塊を口の中に押し込んでいった。観客席のアエルスから見た俺の姿は、まさにスパゲッティを貪るハムスターそのものだったと言う。こうして脇目も振らずに死闘を戦い抜いた俺だったが、残念ながら今回も輝かしい勝利を手にすることは叶わなかった。軍配は例の掃除機男に上がり、俺はまたしても二位入賞に終わった。それでも二位なのだから大したものだと自分を労うことにしよう。思った通り腹の具合が最悪だけど、予定通りこれからフレインが出場するらしい格闘大会を観戦しに行くことにする。

「ところで、魔法が使える騎士が一般人に混じって大会に出場するのはアリなのか?」

「ぜんぜん大丈夫だよ!騎士だっておまつり楽しみたいからね。それに、騎士や女王が大会に出たほうがみんな喜ぶよ!」

そうか。これも一般市民との大事な交流イベントの一つだと考えれば、確かに女王や騎士が積極的に参加して盛り上げた方が好感度も上がるだろうな。でもそれと魔法を使ったチートは全く別問題だと思うのでその点をアエルスに問い質してみると、「みんなが楽しければいいんだよ」と暗に魔法不正使用疑惑を肯定するような答えが返ってきた。さては黒だな、こいつ。まあでも彼の言う通り、誰からも苦情が出ていないのならそれでもいいと言うことなのだろう。というわけで、一歩踏み出す度に込み上げてくる猛烈な吐き気と胃もたれ感に苦しみつつ、死にかけの老人みたいな足取りで格闘大会の会場へ向かう。


 格闘大会の会場は、ソレイオン中心部に建てられた巨大なアリーナだ。十万人以上を収容可能と思われるこの大型施設の観客席の全てが、大会当日は満席になる。ヘイリオンは軍事国家なので当然多くの国民も軍や武術に関心が高く、肉体的な強さに憧れと敬意を抱いている。きっと、軍人の多くもこの大会に参加しているに違いない。さて、この格闘大会は《ホーリレニア祭》の期間中四日間毎日開催されるもので、各回毎に勝者を一人ずつ選出していき、最後の四日目に最終決戦を行って真の覇者を決すると言う形式を採っている。ちなみにこれは俺が惜敗した早食い大会も同様である。

「昨日行われた初回の試合には、フレインは出場していないんだよな?」

「そうみたいだね。各回の者は別の試合に挑戦していいみたいだけど、勝者は最終戦まで他の試合には参加できないルールなんだって。フレインはいつも優勝してるから、初回で負けるわけないと思う」

「あいつ見るからに強そうだもんな。てか、毎回あいつが勝つなら出来レースみたいじゃないか」

「そんなことないよ。みんなフレインをやっつけるために参加してるんだよ。優勝者にはごほうびもあるし」

アエルスとそんな事を話している間に、本日最初の試合が始まった。ルールは至って単純だ。武器無しで相手を死なない程度に痛めつければいい。観客・選手問わず激しい乱闘に発展することがしばしばある苛烈な競技なので危険度は高めだが、公式記録上死者は出ていない。だが、目下激戦を繰り広げて歓声を浴びている二人の戦いぶりを見る限り、公式記録が詐称されているような気がしてならない。どうも、この晴れの舞台に私怨を持ち込んで公衆の面前で堂々と殴り合いをする奴が多いと見える。つくづく見ているだけで良かったと思う。妻の浮気疑惑で決闘を演じた二人の男の内、夫側が勝利を飾って歓声に包まれているが、敗北した浮気男は物言いたげな顔で彼を見つめて押し黙っている。この浮気騒動が夫の一方的な勘違いに端を発するものだとしたら、とんだ災難だろうな。だがその辺の事情は語られぬままに両者退場。あっという間に本日最後の試合となったところで、遂に満を持してあの男が姿を現した。

「フレインだ!」

俺とアエルスはほぼ同時にそう叫ぶと、アリーナの中央に立って観客の声に応えている彼に大きく手を振って見せた。しかし、俺達の席が少々遠かったこともあり、フレインが俺達の存在に気付いた素振りは見られなかった。おそらく、彼は俺とアエルスがこうして観客席に紛れ込んでいることなど夢にも思っていないだろうな。さあそんな《炎の騎士》に立ちはだかる対戦相手は――……おっと、すごい美少女。しかも超セクシー。奴が女性に弱いことを逆手に取ったというところか。これは賢い。というか、あんな美少女相手なら殴るよりも断然殴られたい。さすがのフレインもかなり躊躇している。正式で公平な戦いとはいえ、女の子に手を上げるなんてあいつには出来ないだろう。彼のその弱みにつけ込んで、彼女の方は華麗なる猛攻で相手をどんどん追い詰めていく。これはかなりフレインが不利な戦いだ。彼が王座を死守するためには何としても彼女を倒さねばならないが、そうかといって力ずくの攻撃は繰り出せない。だがこのまま防戦一方では絶対に勝てない。彼の額に嫌な汗が滲む。観客が膠着状態で一向に進展しない戦いに飽き始めて不平を漏らし始めた頃、フレインはようやく意を決したように彼女の足技を力強くはねのけて相手との間に距離を取った。そして、極小さな声で囁くように「許せ、メラ」と呟くと、対戦相手の懐に向かって一直線に飛び込んだ。

その直後の衝撃的な光景には、思わずその場の誰もが息を止めて目を見開いた。

彼は自分を蹴り上げようとした彼女の美しい足を絡め取ると、そのまま彼女を地面の上へと押し倒して組み伏せたのだ。この二人の体勢が非常に際どかったばかりでなく、気候的に露出度が高めな服装だったことが更なる相乗効果となってこの決定的一場面を猥褻に彩ってしまった。子供達の目が両親の手によって素早く覆い隠されると同時に、邪念に満ちた大人達の視線が一気に重なり合っている男女の上に集中する。対戦相手の美少女は何とかフレインの拘束を解こうとしばらくもがいていたが、力ではかないそうもないと悟ると静かに抵抗を止め、恥ずかしそうに目を逸らした。フレインは彼女が戦意を喪失したのを確信すると、やっと少しほっとしたような表情になってこう言った。

「悪いな。でもオレはどんなことをしてでも勝たなきゃいけないんだよ。女王がキスして良い優勝者はオレだけなんだから」

一同から野次やら歓声やらが一斉に上がって、会場を震わさんばかりに響き渡る。

「やっぱりフレインはかっこいいなぁ」

隣でアエルスが感動した様子でぽつりと言う。

「だからさ、あの発言意味深すぎじゃないか?」

やっぱりどうにも、俺にはあの二人が相思相愛だとしか思えない。


 そんなこんなで熱狂に包まれた格闘大会が無事に終了すると、俺とアエルスは興奮冷めやらぬ人々の波に押し流されて会場の出口から吐き出された。会場の外はちょうど日が沈んで暗くなり始めた頃合いで、日差しが弱まった分涼しくなった風が心地よく感じられる。お目当てのパレードは日没と同時にソレイオン城を出発して市内を一巡りする予定だから、これから城へ向かって歩いていけば、大通りを練り歩いてくるパレードの先頭に出くわすはずだ。だが何処も彼処も黒山の人だかりで大通りにはとても近付けそうにない。これが俺一人の旅ならパレードは泣く泣く諦めざるを得なかったかもしれないが、幸い俺には幸運の風がついている。今ほどアエルスを同行させて良かったと思ったことはない。彼のおかげで、俺達二人はごった返した人の群れを悠々と見下ろしながら、空中に浮かんだ特等席からパレードを存分に堪能出来ると言うわけだ。

「ステラさんの国にもパレードはあるの?」

少しずつ近付いてくるきらびやかな集団を遠目に見遣った後、アエルスが無邪気にそんな質問を口にして俺の方へ顔を向けた。

「あるよ。残念ながら見たことはまだないけど」

そう答えながら、俺はパレードの方へ視線を転じた。華やかで露出の多い衣装に身を包んだ美女達が歓声の中を行進していくその様は、さながら俺の世界のとある南国のお祭り騒ぎによく似ている。時折彼女達が手に持った籠の中から何かを観客に向かって投げているので不思議に思ってアエルスに聞いてみると、《炎の国》特産の一口チーズだそうだ。その恩恵が得られないのが空中席の唯一のデメリットかもしれない。

「ステラさん、ホームシックにならない?」

今度はそう尋ねてきたアエルスの表情は、少しだけ心配そうだった。そうだなあ……ホームシックになるほど恋しい人や物が俺の現実には存在していないのでね、今の今まで元の世界の事なんてすっかり忘れ去っていたくらいだよ。別に自分の世界が嫌だと言うつもりはないんだが、子供の頃から異世界に行ってみたいと思っていたし、このホーリレニアはとても魅力的で豊かな国だから、正直このまま一生ここで暮らすのも悪くはないと思い始めている。俺が素直にそう答えると、アエルスは「そっか」と何だか期待外れだったみたいに寂しく笑った。

「僕もね、異世界にはすっごく興味があるんだ。でも……たぶん、行けないと思う。フェルを一人でここに残していくなんてできないもん」

そう言うと、彼は静かに身の上話を語り始めた。それによると、アエルスがフェルの騎士になった時、彼には同郷に好きな子がいたらしい。だが彼は自分が女王の騎士として不老なまま長く生き、いずれは女王と共に死ぬ運命を負っていることを後ろめたく感じて、結局想いを伝えることは出来なかった。何も知らない彼女は今や結婚して子供にも恵まれ、生まれ育ったヒュアレーの田舎で幸せに暮らしているそうだ。俺はその話を聞くと、「後悔していないのか?」と彼に尋ねた。アエルスは「後悔なんてしてないよ」ときっぱり答えた。

「一番不安なのはフェルだもん。それでもフェルはなんでも一生けんめいがんばってる。だから、僕もがんばらなくちゃ」

そう笑顔で言い切ったアエルスだが、本当はフェルと一緒に異世界へ逃亡したいと思ったことが何度もあると、後で恥ずかしそうに教えてくれた。そりゃそうだよな。ホーリレニアは素晴らしい国だが、それはひとえに苛酷で不可避な運命を背負った女王達と騎士達の努力と犠牲の賜物なのだ。その事を決して忘れないよう、俺は思いがけず深刻だったアエルスとのこの会話を胸の奥に刻み付けておくことにした。


 陽気なパレードを見下ろしながら陰気な話題で盛り下がった後は、花火が彩る満天の星空に見守られた幻想的なダンスパーティーで感動のフィナーレを迎えるとしよう。もちろん、俺はダンスを踊りに来たわけではなくて、ただこのロマンチックなイベントを部外者として鑑賞するために足を運んだだけだ。同行した友人はいつになく気合を入れた格好でそわそわしながら辺りを見回している。ダンスの相手って会場に着いてから探すものだっけ?とか思いつつ、手持ち無沙汰で可哀そうな彼のために相手をしてくれそうな女性を探しながら会場内を眺めていると、少し離れた所にこの国の女王様の姿を発見した。彼女なら知り合いだからちょうどいいやと思ったのだが、残念ながら既に相手がいる様子。誰とか聞かなくてもお分かりだろう。一時かなり不穏な関係になったと聞いたからちょっと心配していたのだが、あれだけ息ぴったりならいつも通りか。それにしても仲良いな。ちょっと妬ける。

「ところで、アエルスはいつから恋人募集中なんだ?」

休憩中を装って飲み物のグラスを片手に座り込み、アエルスに聞いてみる。

「最近かな?これまでは一人でも全然楽しかったけど、やっぱり一生独りってなんかさみしいなって思って」

「初恋以降に何かいい出会いはあったのか?」

「全然ないよ。みんなやさしいけど、どうやったら付き合えるのかわかんない。フレインに聞いたらとにかく強引に押し倒せって言われたけど」

「フレインのアドバイスは鵜呑みにするな。あいつは反面教師にしろ」

あいつ偉そうなこと言うけどナンパの成功率ほぼゼロだろ。あ、というか真面目に口説く気は端から無いのか。

「それより、ずっと気になってたんだけどさ、何でアエルスはフェルを狙わないんだよ?フェルとは同郷だし、仲も良いだろ?それとも、女王と騎士は付き合っちゃいけない決まりでもあるのか?」

俺がこう聞くと、アエルスはぎくりとした顔をして急に口ごもり、「べつに、そういう決まりはないけど……」と言った後、しばし黙り込んだ。

「だって……フェルは僕の妹だから……」

やっとのことで気まずそうに口を開いた彼の一言で、全ての謎があっさり解けた。

そう言われてみれば、二人とも顔そっくりだ。


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