第十一話:《ホーリレニア祭》
四つの季節を象徴する四つの国で構成される平和の国、ホーリレニア。この国で年に一度祝われる聖なる大祭 《ホーリレニア祭》は、その名の通りこの国の恒久的な平和と繁栄を祈念して開催される一大イベントである。その目玉は何と言っても四女王による平和祈念式典だ。四女王が民衆の前で一堂に会する珍しい機会であるのもさることながら、彼女達が披露する神秘の業に人々は最も期待と関心を寄せている。ホーリレニアでは各国を治める四女王と、彼女達に指名された四騎士以外の人間は魔法を使うことが出来ないからだ。それでは何故彼らだけが魔法を使えるのかというと、その不思議な力は四女王を選定するとされる守護獣に由来するからだそうだ。この守護獣と呼ばれる神獣の正体については諸説があって、ある者は彼らが古の神そのものであると主張しているが、別の者は神の代理だとか僕だとか言っている。いずれにせよ、とにかく特別な力を持った偉大な存在であることだけは確かなようだ。フルーレンシアでは竜、ヒュアレーでは鳥、ヘイリオンでは獅子、グランビスでは熊の姿を持つ守護獣達は、各国を象徴する守り神であると同時に、《代替わりの大禍》を引き起こす張本人でもある。彼らは新女王を選定して魔力を授けるために町を蹂躙する時以外は基本的にずっと眠っているので、守護獣というよりは破壊獣と呼ぶ方が俺としては相応しいと思う。というか、国を守るために起き上ってくれた例が一度も確認出来ないのだから、守護してくれていると崇めようがない。それでも信心深いホーリレニアの人々はこの荒ぶる神的存在を畏敬し、彼らがもたらす破壊と再生の環の中で理不尽とも思える宿命を受け入れて強く生きている。そんな敬虔な人々が信じ敬うこの世界の神が俺の雇い主と同一人物であるかどうかについては、ここで言及しないでおく。言うまでもなく作者はこの世界の創造主なわけだから、そういう意味では《神》とも呼べるが、この《神》は自分が創った世界に人々が信奉すべき超人的存在を自分とは別に創出することが可能なので、作者イコール《神》ではあるが、作者イコール人々の信仰対象とは限らない。まあこんな議論は正直どうでも良くて、俺が言いたいのはホーリレニアの善き人々が信じる神が、俺の知る偏執気質のある妄想狂と同一であって欲しくないと言うことだけだ。そんな不条理は断固としてあってはならない。というわけで余談も一段落したところで本編に戻ろう。
四女王による平和祈念式典が行われる会場である《不可侵の聖地》は、四ヶ国に四方を囲まれたホーリレニア中心部に位置する盆地だ。一見すると草木一つ生えていない荒涼とした更地に儀式で使用する塔と祭壇がそびえ立っているだけの無味乾燥な土地でしかないのだが、その何の見所も無いはずの風景に、何処となく神聖な空気が漂っているように感じられる。四女王を頂上に頂く四基の塔の側面には、それぞれ水、風、炎、地を象った文様が装飾として彫り込まれており、塔の前には祭壇が設けられている。この四つの祭壇の下から一直線に伸びた細い筋が、中央で異彩を放つ一際立派な祭壇に通じている。この大祭壇には、巨大な盃の中に四枚の羽根が付いた玉が入った象徴的な彫像が鎮座している。塔も祭壇も全て真っ白な石で造られているが、儀式の最中には魔力によって鮮やかな色彩に染まって輝くそうで、俺も人々もその光景を目にする瞬間を心待ちにして胸を躍らせているところだ。偶然隣に居合わせた見知らぬ物知りなおばあさん曰く、大祭壇の彫像の四枚の羽根は四つの季節を、羽に飾られた玉は世界を、それを受ける盃は繁栄と栄光を象徴しているのだそうだ。曲がりなりにも女王達の関係者みたいな立場の俺は、てっきり特等席を用意してもらえるものだと浅はかで卑しい期待をしていたのだが、ご想像通りそんなはずはなく一般大衆の中に投げ込まれたおかげで、こうして親切な人から耳寄りな情報を得られたと言うわけだ。結果オーライかな。そんなこんなでおばあさんと色々話している間にちょうどよく時間も潰れ、待ちに待った平和祈念式典がいよいよ幕を開けた。
初めに、美しく着飾った四女王達と四騎士達が塔の上に姿を現した。既に塔の中で待機していたらしい。四女王はそれぞれ一言ずつ挨拶代わりの言葉を述べると、観衆の熱狂が一旦収まるのを待ってから厳かに儀式を開始した。
まず、春を象徴する地の塔が、青々とした蔦と色とりどりの花々に覆われて春色に色付き、中央の大祭壇に春の息吹を吹き込んだ。その光景はまさしく圧巻の一言だった。女王達と騎士達の緻密な連携による演出の効果は抜群で、タリアとの息もぴったりだった。これならタリアが代役を務めているなんて気付く者は誰もいないだろう。俺でさえ彼女が本当に自分で魔法を使っているのではないかと錯覚したほどの出来栄えだ。一瞬にして観衆を虜にし、会場全体の空気を変えた春に続き、情熱的な夏の熱気が楽園の風で一同を魅了する。メラネミアの妖艶な流し目で何人か卒倒。普段のわがまま暴君ぶりとはかけ離れた艶めかしい彼女の仕草に俺も動揺。あの人時々別人に見える。刺激的な夏の次は無邪気な秋のつむじ風。いたずら風に舞い遊ぶ黄金の葉と戯れるいたいけな女王の笑顔に心が癒される。フェルはいつ見ても可愛い。最後を締めくくるのは厳格な冬の凍てつく吐息。水と氷が織り成す近寄りがたいまでの透き通った幻想美に感嘆の声が漏れる。徹底的に理想的女王像を体現するルーテリアの畏れ多き美貌には俺も人々も思わず息を呑んだ。こうして四つの季節の力が注ぎ込まれると、大祭壇の彫像は虹色に輝き、清浄な白い光を天へ向かってほとばしらせた。光はほどなくして徐々に弱まり、やがて溶けるように空気に同化して見えなくなった。それと同時にそれまで静まり返っていた観衆からは堰を切ったように大きな歓声が沸き起こり、女王達を称える声と平和を祈る声があちこちから上がって聖地全体を振るわさんばかりに響き渡った。女王達は大役を終えてほっとした表情で民衆に向かって一礼すると、各々の騎士を伴って再び塔の中へと消えた。
「これで今年も安泰だねぇ」
晴れ晴れした表情でそう言ったおばあさんに「そうですね」と笑顔で返し、俺は興奮が冷めやらぬままに舞台裏へ引き下がった主役達に労いの言葉を掛けるべく塔の一つへ向かって走り出した。
誰よりも先に俺が声を掛けたかったのは、この大舞台の中で唯一初めての大役に臨んだ彼女だった。式典では堂々とした態度で見事にカリスペイアになり切ってくれた彼女だけど、あの優しい笑顔の裏には、きっと想像を絶する計り知れないプレッシャーがあったに違いない。みんなの期待以上の働きをしてくれたタリアには、何としても一番に賛辞を送りたい。そう思って地の塔へ一直線に駆けつけてみると、みんな同じ事を考えていたのか、そこには既に女王と騎士全員が勢揃いしていた。タリアは俺の姿に気が付くと、ほっとしたような穏やかな笑顔で微笑んだ。彼女のそんな優しい雰囲気につられて、俺はだらしなく緩んだ表情で何の気も無しに彼女の名前を呼びかけようと口を開いた。だが俺が彼女の短い名前の一文字目を発音したかしないかのうちに、俺の右隣に立っていた赤装束の派手な女王様が渾身の力ですかさず俺の脇腹に不意打ちの肘鉄をめり込ませたので、二文字目はただの呻き声になった。何て事をするんだと思って痛む腹を抱えながら恨めしそうに暴君を睨んでみると、彼女は悪びれる様子もなく、それどころか俺に一瞥すらくれずにみんなに向かって話し始めた。
「今回の式典も大成功だったわね!今年は特にカリスがよく頑張ってくれたと思うわ!」
「うんうん!メラの言う通りだよ!カリスは完ぺきだったよ!」
「カリスのおかげで、今年の式典では一段と女王達の結束が強まったように思います」
女王達が笑顔で交わし合うこの会話を聞いた瞬間俺の頭は混乱したが、心なしか戸惑った笑顔を見せているタリアを見た時に一気に合点がいった。そうか。一応まだ周囲に誰かがいて彼女達の話を聞いているかもしれないから、タリアの素性を伏せておくのが暗黙の了解事項なのか。それならそうと祭りの前に一言断っておいてくれればいいものを……。少なくとも、俺を文字通り黙らせるためだけに暴力を加える必要は全くもって無かったぞ!心の中にそんなやり場のない怒りをひとしきり吐き出すと、俺は気を取り直して式典の主役達に向き直った。
「本当に凄かったよ。最初にカリスが披露してくれた花と緑の春らしい魔法には目を奪われた。地面から塔の上へ向かって伸びていく瑞々しい蔦の動きに強い生命力を感じたし、所々に咲いた色とりどりの花々と葉や蔦の緑のコントラストも美しかった。それに続いたメラネミアの炎を使ったパフォーマンスも迫力があって圧倒的だった。特に、守護獣である獅子の姿を炎で再現したのには目を見張ったよ。フェルの魔法はメラネミアとは対照的に落ち着いた調子で心を和ませてくれたし、黄金の葉が舞い踊る様子で風の流れを効果的に可視化して見せたのは流石だった。ルーテリアによる水と氷の神秘的な芸術は、思わず息を呑むほど繊細で儚げで、最後に氷の花が溶けて水に変わるところが春への雪解けを象徴していてとても印象深かった。要するに、みんな最高だったよ!俺自身この式典をとても楽しみにしていたけど、実際は想像以上に素晴らしかった!色々大変なことがあった中、みんなで協力し合って頑張った結果だと思う。きっと、おかげでホーリレニアは今年も良い年になるに違いないな」
つい感極まって長々喋ってしまった俺を一同は神妙な顔で見つめていたが、やがてタリアが堰を切ったように涙を零して泣き出した。慰めようと彼女に寄り添った他の女王達も涙目になっている。やっぱりみんな不安だったんだな。でも彼女達の努力のおかげで式典は大成功のうちに幕を閉じられたと思う。折角のお祭りシーズンなのだから、この後はもう心配事は全部忘れて楽しい気分に浸ってもらいたい。
「そういえば、騎士達の姿が見当たらないけど、別行動か?」
ふと気が付いたので誰ともなくそう聞いてみると、騎士勢は式典後に各々好き勝手な方向に散っていって行方不明だとフェルが教えてくれた。相変わらず主を放ったらかしにする情けない連中だなと思ったが、その本音を察したのか、ルーテリアが祝祭期間は各自自由に過ごして問題ないはずだと彼らの行動を擁護した。まあ彼女の言う通りなんだけど、俺はただ炎の女たらしが無事にやっているのかこの機に近況を聞きたかったので当てが外れてちょっとがっかりしているだけだ。仕方がないので代わりにジェネスの顔を見てくることにしよう。式典が終わった後、彼は魂が抜けた状態で地の塔の傍に腰を下ろして俯いていた。そっと顔を覗き込んでみると、眠るように目を閉じている。まあ目が開いていた方が不自然だしな。しかし、どんな素材でこしらえたのか知らないが、間近で見ても本物の人間にしか見えないな。肌や髪の質感も極めて自然で、人形だと聞かされていなければ本当に眠っているだけだと勘違いしてしまいそうだ。
「何か御用ですか?」
あれ?何か聞き慣れない声が聞こえたなと思って辺りを見回すと、ふいに誰かが俺の手を掴んだ。
「ステラさん、でしたよね?初めまして」
そう言って俺に微笑んで見せたのは、生きているはずがない作り物の騎士。
「あ、はい。……あの……。え……?」
……本人?
確かジェネスの遺体はまだ見つかっていなかったはず。もしかしたら俺が知らない間に消息不明だった本人が生きて現れたのか?突然の予測不能な展開に動揺して度を失い、俺の方が人形みたいに表情を凍り付かせてぎこちなく全身の動きを停止した。ちょうどその瞬間に、少し離れた所から無邪気な笑い声が響いてきた。
「ステラさんて、からかうとおもしろいね!」
お腹を抱えて涙目で笑っているのは、《風の国》のおてんば女王。ああ、フェルの仕業か。すごいびっくりしたけど彼女のいたずらだったと分かると不思議と怒りは湧かなかった。それよりも、あのどう聞いても別人みたいな声が何処から出て来たのかの方が気になる。そう思って本人に聞いてみると、完璧な腹話術で「特技なのですよ」とジェネスの声が答えてくれた。
「ステラさんはこの後何か予定あるの?よかったらヒュアレーに遊びに来てよ!ぼくが送ってあげる!」
フェルのこの申し出は大変ありがたいので即答で快諾。俺としてはこの祭りの期間中に出来る限り色んな国を巡って各国の特色あるイベントを網羅したいと考えているので、移動時間の節約は最重要事項だ。まず空路でヒュアレーを訪ねた後に、比較的移動が容易なヘイリオンへ移り、そのまま隣国のグランビスへ行って最後にフルーレンシアという流れが妥当だろうか?フェルの話では《不可侵の聖地》から各国向けの交通網が整備されているらしいから、一旦中央に戻ってから別の国へ出直す方法もアリかもしれないな。この辺は後でよく考えておこう。さあ、まずは女王から直々に招待を受けたヒュアレーから早速訪ねてみることにしよう!
《黄金の国》の別名を持つ《風の国》ヒュアレーは、秋らしい爽やかな涼風が心地よい長閑な国だ。万年秋の国なだけあって木々も一様に紅葉した色合いに染まっているのだが、この国の元首曰く、これは紅葉ではなくて元来そういう色の葉なのだと言う。この《ヒュアレーの黄金》と呼ばれている特徴的な木は、名の通りヒュアレーにしか自生しておらず、毎年 《ホーリレニア祭》が祝われる頃に一斉に開花して、りんごみたいな形の果実を実らせる。見た目はとても美味しそうなのに、残念ながら人間は食べられないので動物達が美味しくいただいてくれる。関所から町まで運んでくれたあの大きな鳥さんの好物だそうだ。
「ヒュアレーではどんなイベントがあるんだ?」
《不可侵の聖地》からヒュアレーへ向かう道中、俺はフェルにそう尋ねた。
「稲刈り競争とか、きのこ狩り競争とか、大食い大会とか!あと、運動会もあるし、守護鳥杯のレースもあるし、《天の谷》でバンジージャンプもするよ!」
最後の一つだけよく分からないけど、とにかく楽しそうな行事が盛り沢山だな。一国一日ペースで四ヶ国全てを回ろうと考えるとほんの一部しか見る時間が無さそうなのが惜しいけれど、目一杯お祭り気分を味わうとしよう。それにしても、送ってくれると言うから何か乗り物でも用意してくれるのかと思っていたんだけど、まさか空中散歩で歩いて帰るとは全く予想外だった。風に乗って押し流されつつ進んでいるから移動速度はそんなに遅くないのかもしれないけど、眼下に広がる絶景が気になりすぎて気が気でない……。フェルが言うにはちゃんと風が支えてくれているから絶対に落ちることは無いそうだが、不安なので念のためにフェルの細い手を握り締めながら歩いている。俺は別に高所恐怖症なわけではない。それでも普通の人間なら町がミニチュアに見える高さでは本能的な死の恐怖を抱くはずだ。フェルは俺が老人みたいな足取りで震えながら一歩一歩進んでいるのに気が付くと、気の毒に思ったのか急に「雲に乗ろう!」とファンタジーな提案を叫んで強引に俺を雲の上へ放り出した。雲って要は水蒸気の塊みたいなものなので感触とかは特にない。ただ、おかげで足元が白くぼやけて見えなくなったので随分と気が楽になった。
「フェルはあの鳥さんの籠とか使わないのか?」
絨毯の上にでも寝転んでいるみたいにくつろいでいるフェルにそう問いかけると、彼女は笑いながらこう答えた。
「使わないよ。だってぼくは自分で飛べるもん」
その通りなんだけど、何かこの一言はちょっと格好よく聞こえた。
「ステラさんはもっと風と仲良くなった方がいいよ。そしたら高い所なんて怖くなくなるよ!」
そう言って目を輝かせながら起き上ったフェルはしっかりと両手で俺の手を握ると、「《天の谷》で鳥になろう!」と嬉しそうな顔で俺に紐付きの投身自殺を勧めたのだった。
誰だって一度くらいは鳥のように自由に大空を飛び回ることに憧れたことがあるだろう。でも俺達人間には風を受け止めるべきあの美しい翼が無い。だから俺は鳥にはなれない。そうはっきり告げるとフェルはちょっと悲しそうな顔をしたので胸が痛んだが、彼女は「そっか」と一言呟いた後にはもういつもの元気な笑顔を取り戻していた。こうして気取った言い回しでどうにか無闇に無意味に崖から飛び降りる儀式を回避した俺は、その代わりにフェルが教えてくれたおすすめの行事をすべて制覇した。稲刈りときのこ狩りでは惜しくもあと一歩のところで勝利を逃し、稲刈りの方では三位、きのこの方は五位という結果に終わった。きのこの順位が振るわなかった原因は、俺がきのこと見間違えて別の植物を乱獲したためである。しかもそれが地元の危険物リスト入りするぐらいの毒草だったものだから、そう聞かされた時には既に手が真っ赤に腫れあがっていて酷い目に遭った。幸い直ちに解毒してもらったおかげで一時間もすると症状が大分和らいできたが、こういう注意事項はコンテストを開始する前に周知しておいてもらいたい。まあ森の中を歩くのは良い気分転換になったし、何だかんだ童心に返った気分で楽しかったから良しとしよう。気を取り直して次は大食い大会に挑戦だ。メニューは……卵かけご飯……。うん。確かに美味しいよね。朝ご飯にはもってこいだしね。ついでに米も卵もヒュアレーの特産物だもんね。でも浴びるほど食べるべき食べ物だと思えないのは俺だけかな?そんな一抹の不安を抱えつつも、胃袋には我ながら自信があるので勇んで参戦。結果はまさかの二位入賞。最後の最後で吐かなければ勝っていたかもしれないと思うと悔しいが、十分健闘したものだと自分を褒めてやるとしよう。さてこの次は……運動会があるらしいので観戦しに行こう。もちろん参加出来ないわけではないけど、大量に食べた直後に激しい運動はしたくないので観るだけで大丈夫。運動会っていうから何か子供達が一生懸命やるみたいなほのぼのしたものを想像していたんだけど、これは完全にプロアスリートの大会だな。ますます観ているだけにして良かった。うっかり参加なんてしていたらとんだ大恥をかいていたに違いない。ところでこの大会、一般大衆に混じってアエルスがしれっと参加していた挙句に徒競走でぶっちぎりの一位を取って会場を大いに沸かせていた。心が汚れた大人なので、彼が魔法を使ってチートしていたのではないかなんて失礼な疑念がつい頭を過ってしまったが、あの純真なアエルスに限ってそんな卑怯な事をするはずがないよな。綺麗なお姉さん方にちやほやされてとっても嬉しそうだけど。アエルスがこうしてイベントに参加しているのなら、フェルも何かのイベントに顔を出しているかもしれない。ちゃんと女王や騎士も民衆と一緒に浮かれてはしゃげるなんていいお祭りじゃないか。そんな事を考えて一人満足しながら、郊外で開催されるという守護鳥杯のレース会場へと足を延ばす。この晴れの日のために厳しい訓練を耐え抜いて鍛え上げられた様々な種類の鳥達が、栄誉ある勝利を得るために競争に身を投じる白熱のバトルフィールドだ。鳥達は勝者にのみ与えられる一年分の
「ステラさんも賭けるの?」
「いや、俺はちょっと眺めに来ただけで……」
「せっかくだから賭けようよ!一位になる子を予想するだけでかんたんだよ!」
フェルにそう言われるとそんな気になり、数ある種目の中から一目で勝ち負けが分かる徒競走の賭けだけやってみることにした。ちなみにフェルは全種目分買うのが恒例だそうだ。これで彼女の資金も賞金も国民から徴収した血税か何かで賄われているとしたら勝っても負けても複雑だな。だがその辺の事情は聞き辛かったので聞かずに流し、俺は人生で初めてのギャンブルに期待半分不安半分の落ち着かない気持ちで結果を待った。ビギナーズラックという言葉を俺は知っているが、そんなものは俺には無かったらしい。どうせそんなことだろうと少額しか賭けていなかったけれど、見事に全て巻き上げられてしまった。一方のフェルはというと、例年通りのぼろ儲け。やっぱり欲にまみれた人間というのはツキに見放される運命なのか。
「この賞金はどうするんだ?」
フェルだけでは持ちきれないので俺が運びつつ、そんなことを聞いてみた。
「う~んとね……。だいたいは何かの工事とか修理とかの費用にするの。それでも余ったらみんなにおこづかいあげるんだ!」
ああ、やっぱり私利私欲のためには一銭も使わないんだな。何ていい女王様なんだ。たぶん、彼女が賭けに使ったお金も個人資産から捻出されたものとかなのだろうな。フェルは純粋に賭け事が楽しいだけだなんて言っているが、そんな彼女だからこそ運にも才能にも恵まれて、みんなから愛されているのに違いない。
「フェルのおかげで今日一日とても楽しかったよ。ありがとう」
そう言うと、フェルは少し照れたみたいに「えへへ」と笑って嬉しそうな顔をした。
その晩はフェルとアエルスと共にヒュアレー城で豪華な夕食を堪能し、至福の心地で眠りに就いた。翌朝にはここを発つことになると思うと少し名残惜しい気がするが、やはり他の国のお祭り事情も見ておきたい。夕食の時に俺が明日からは別の国を巡ってみるつもりだと言ったら、アエルスが一緒に来たがったので思いがけず二人で旅をすることに決まった。こんな風に穏やかな気持ちで文章を書き終えるのは久しぶりな感じがする。初めの頃はどうなることかと思っていたけれど、ホーリレニアでの生活も大分馴染んできたし、女王や騎士との距離も近付いてきたと思う。作者は未だにこの物語のタイトルを教えてくれないが、今はもうそんな事はどうでもいいような気がしている。というか、この物語を実際に綴っているのは俺なのだから、自分で名前をつければいいじゃないか。
その名もずばり、『悪徳作家に騙されて派遣された先の異世界が思いの外パラダイスだった』とかどうだろう?
え?却下?
最近こういう長いタイトル流行ってるみたいだから良いと思ったんだけど。相変わらず注文と文句だけは多いな。
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