第九話:容疑者F 《水の騎士》
アエルスの風で捕縛したフレインをメラネミアの元へ連行し、俺達は知り得る限りの彼の悪行と犯罪歴を滔々と彼女に直訴した。女王様は初めこそ激怒して不肖の騎士を責め立てたものの、あまりの罪状の多さとその内容の稚拙さにうんざりしてきてしまいには閉口し、汚物を見るような目で彼を見下ろしたまま一切口を開かなくなった。気性の荒い彼女が怒りすら忘れるほどに呆れ返ったその様は、まさにこの世の終わりを体現していた。さすがのフレインも震撼して彼女の前に平伏し、土下座をして誠心誠意自らの過ちを悔い改めて謝罪したが、無慈悲な鬼と化した判事には最早何の効果も期待出来なかった。そして遂には彼も絶望し、自分の惨めな終わりを悟って床に額を押し付けたままびくとも動かなくなった。メラネミアはフレインの悪あがきに一段落がついたのを見て取ると、全く彼女らしくない、背筋が凍るような満面のにこやかな笑顔で俺とアエルスに礼を言い、後は自分で対処すると言って有無を言わさずに俺達二人を部屋から追い出した。元はと言えば俺達のせいなのだが、今後のフレインの処遇を想像すると罪悪感で胸がいっぱいになった。無論これで少しでも懲りてくれれば良いとは思っているが、メラネミアの尋常ではない態度から察するに彼への懲罰は俺達が想定していたおふざけ半分とはかけ離れた厳罰になりそうだ。誓約上命を危険にさらすことは出来ないので身の安全だけは保障されるだろうけど、精神的にはなぶり殺しにされるかもな。くわばら、くわばら。俺とアエルスは無言で顔を見合わせてお互いの青ざめた情けない表情を確認した後、とばっちりを食う前にさっさとその場から離れて各々自分の滞在先に避難した。
いたずら心から炎を風で煽って予想外の大火事を引き起こした俺は、自分を戒めるためにもその後は精力的に暗殺事件の捜査を続けた。これまで容疑者とそのアリバイばかりに重きを置いてきていたので、ここで一度初心に返ってもっと根本的な部分を固めておきたいと思う。それは、事件当日の事件現場の詳細と、第一発見者についてである。どちらもこの物語の冒頭で軽く触れられた内容ではあるが、他にも付け加えられる注目すべき証言があるかもしれない。そう考えた俺は、先日の誤解から未だに俺を《痴漢野郎②》と信じて警戒し続けている猜疑心の強い老人に何とか頼み込んで、彼がカリスペイアを発見した時の詳しい状況を話してもらうことにした。易々とは首を縦に振らない石頭の老翁を説得すること数十分。金輪際タリアと二人きりで話さないこと、捜査だと言い張って彼女をストーキングしないこと、やむを得ない事情でタリアから話を聞く必要が生じた際にはまず父である彼に許可をもらい、その場に同席させること……などなどを記した大真面目に馬鹿げた誓約書にサインすることと引き換えに、ようやくこの不毛な論争に終止符が打たれ、我々二人は合意の握手を交し合った。面倒くさいじじいだよ。こんな娘依存の堅物爺さんを養父に持つタリアの旦那の気が知れん。俺なら間違いなく発狂するか、彼を土に還すだろうな。
「私がカリスペイア様を見付けた時の状況は、前に語った通りです。いつもよりお食事にお時間がかかっていらっしゃるようなので、心配になって様子を窺いに参ったところ、床の上に伏せっていらっしゃるのを発見したのです。私は直ちに医者を呼ぶと、彼に女王陛下の状態を確認させました。診断した彼が申すには、陛下の心臓は既に停止しており、呼吸も無く、体温も急激に下がってきている。故に、生存していると判断することは出来ないとのことでした。それで、私は悲しみに胸が張り裂ける思いを感じつつも、できる限り動揺を他の者達の間に広げないよう配慮して、医者の男と二人掛かりで泣きながら陛下のご遺体を地下へ運び込んで安置いたしました。どうやら不届きな輩が鍵を壊して侵入した形跡があるので、今は衛兵に交替で警備をさせております」
鍵を壊すのは犯罪だと教わらなかった可哀そうな者の仕業だろうが、何とも嘆かわしい事態だと言って宰相は大きな溜め息をついた。どうも犯人に心当たりが無さそうなので親切に風のいたずらだと教えてやると、「何と、そうでしたか」と納得と安堵の表情を浮かべた直後に、一転して「あの方達は、本当に……」とまた別の深い溜め息を零した。気苦労の絶えない彼の身の上には同情する。風の二人は遠慮という概念を知らないだけで何の悪気も無いので彼らを注意しても無意味だろうな。
「カリスペイアを発見する前後に、不審な物音を聞いたり、怪しい人影を見たりしなかったか?」
「そう言われてみますと、妙な物音を耳にしたような気もします。施錠してあったはずのカリスペイア様のお部屋の扉が開いていたとも聞きました。賊か何かかと思って衛兵には厳戒態勢をとらせましたが、結局侵入者は見つからずじまいに終わりました」
「部屋が荒らされていた形跡は?」
「特にありません。強いて言うなら、ベッドが少し乱れていたくらいです」
「じゃあ、たぶん犯人は俺がよく知る金髪の変態野郎だ。もう別件で逮捕されてるから心配しなくていい」
「何と!その犯人がカリスペイア様に危害を加えたのではありませんか?」
「危害は加えていたはずだが、狙っていたのは命ではなく体の方だ」
「野蛮極まりない!そんな輩は即刻極刑に処さねばなりません!」
「安心しろ。もう十分すぎる正義が下されたよ」
こう言っても怒り狂った宰相の興奮は冷めやらず、見つけたら今にも犯人を血祭りにあげそうな残虐オーラを漂わせている。何故か老人は俺がほとんど正体を明かした真犯人に全く心当たりが無い様子だが、真実を知ったら本気で奴の息の根を止めに行きそうなのでこのまま黙ってやり過ごそう。死刑はさすがに重すぎる。
「それじゃあ最後に、事件前後に何か変わった出来事は無かったか?」
宰相はしばらくの間地響きみたいな低い唸り声をあげて考えていたかと思うと、急に合点が言ったようにぽんと右手の拳を左手の手の平に打ち付けて顔を上げた。
「定例集会の後、カリスペイア様がウォルト殿と二人きりで何やら話し込んでいらっしゃるのをお見掛けしました。ウォルト殿から陛下に会談を申し込まれるのは異例でしたし、何より二人きりで話すことを強くご希望なさっていた点が不審に思われたものですから、念のために部屋の外で待機しておりました。聞き耳を立てるようなさもしい真似はしておりませんので、お話の内容は存じませんが、五分くらいでお部屋から出ていらっしゃったカリスペイア様の表情は、何だか浮かないご様子でした」
それだ!遂に役立ちそうな新情報が手に入ったぞ!それにしても、何でどいつもこいつも肝心な話を思い出すまでに余計な無駄話で時間稼ぎをするんだろう。ページ数の無駄……ではなくて、むしろページ稼ぎなのか?それはともかく、これでウォルトに聞くべきことがまた一つ増えたぞ!忘れない内に突撃だ!
俺がこうして地道で懸命な捜査を続けている間にも、女王と騎士は《ホーリレニア祭》についての話し合いを着実に進展させ、どうにか会期内に全ての議論を終わらせていた。心優しいタリアが動揺したおかげで一時は会議が延長されるのではないかと懸念されていたけれども、ルーテリアによる精神的なケアとタリア自身の強い意志によって危機は無事に回避されたのだ。問題の会合を乗り切った一同は、今や晴れ晴れとした表情で各々帰国の準備を進めている。いつもいの一番に出発するのは水の二人なので、彼らが長い帰路につく前にウォルトを捕まえて話を聞いておいた方が良さそうだ。もちろん、前回と同様に彼らに随伴してフルーレンシアまで行くのも悪くはないのだが、やるべき仕事は出来るだけ早く終えてしまいたい。本音を言えば、俺の希望的私的予定表によると、この後は冬の国ではなく夏の国へ行って、火山の噴火を眺めながら温泉に浸かってこれまでの苦労と疲労を一気に洗い流してリフレッシュすることになっている。俺にだってバカンスは必要だ。一日中周囲の状況に目を配って神経を研ぎ澄ませつつ、極限の緊張感と《神》の圧力に耐えながら一心不乱によれかけたノートに筆を走らせているのがどれだけ苦痛で体力と気力を消耗する行為であるのかは、実際にやってみなければ到底理解出来ないであろう。それに、ホーリレニアの世界観を掘り下げて物語の舞台にもっとリアリティとファンタジーの奥深さという必要不可欠な彩りを添えるためには、何よりもまずストーリーテラーであるこの俺がこの素晴らしい世界の素晴らしいポイントを余すところなく押さえて熟知している必要があるではないか。俺は何も自分の息抜きや娯楽のためにこんな事を言っているのではないぞ!だがどうも俺の最高にして完璧なこのプランは、偏執な創造主のお気には召さないらしい。今日に限って何処をどう探してもウォルトの野郎が見つからない。突然の雲隠れ。悪意満載の神隠し。仕方が無いので偶然出くわしたルーテリアに彼の行方を尋ねてみることにする。
「ウォルトですか?彼なら会合が終わったその日に、フルーレンシアへ向けて一足先に発ちましたが」
聞いてないよ、そんな話。そして何でルーテリアではなくウォルトが先?
「わたくしも、彼の行動には疑問を抱いております。リョーディア城にはわたくしの忠臣であるアドレイアがおりますから、あちらでの彼の動きは彼女が監視してくれるはずです。もしステラさんが現在のウォルトの疑惑について捜査中なのでしたら、わたくしと共にリョーディアへ戻り、そこを拠点として捜査をお続けになってはどうでしょう?それなら、わたくしからの情報提供も迅速かつ容易に済ませられると思います」
まあ、やっぱそうなるよね。ルーテリアの提案は否定する余地が無い至極全うで親切な申し出なので、断る理由を俺は持ち合わせていない。なので笑顔で感謝して礼を述べるしかない。……ああ。また四日もかけて氷の国か。あの絶景はぜひまた拝みたいとは思っていたけど、今すぐではなかったんだなあ。だが決まった以上は腹を括ろう。そういうわけで翌朝ルーテリアと城門前で落ち合うことを約束すると、俺は最後に目一杯春の楽園を満喫しておくために仕事道具を放り出して町へ繰り出した。
白銀のフルーレンシアまでの旅路は前回同様なので省略するが、特筆することがあるとすれば、今回は防寒対策が万全だったので別に凍えたりしなかったと言うことぐらいだろう。あ、あと川を遡上している際に、雪深い森に棲息していると言われるトナカイと熊の合いの子みたいな四足獣を見かけた。俺がウォルトから借りた毛布や、防寒具の素材としてあの白く分厚い毛皮が利用されている。ちなみに、平和の国ホーリレニアでは野生動物の殺傷が全面的に禁じられているので、毛皮の採集や食用の肉類及び魚介類は全て人の飼育下にある動物達で賄われている。あの白い四足獣の被毛は人一人埋もれるくらいある上に絶えず伸び続けるそうなので、彼らのためにも表面の何割かを刈り取ってあげるのは理に適っているのだそうだ。野生の場合は伸びすぎた部分を自分で食べたり、仲間と食べ合ったりしているらしい。変な生物だ。
俺は前回と同じく観光客用のホテルに宿をとると、早速ウォルトと話をするためにリョーディア城へ出掛けていった。前回俺を渡してくれた渡し守さんだったので、今回は用件を伝えるとあっさり了承して小舟を出してもらえた。彼曰く、この極寒を生き抜く知恵として、北国の人々は身内の結束が一際強い反面排他的な面があるのだと言う。そのせいで一見すると冷たい人達に見えるのだが、敵ではないと分かるととても親切にしてくれる。そういう文化背景は何も考えずに寒い地域の人間は心も冷たいだなんて失礼なことを考えていた自分の無知さと無礼さを、俺は改めて後悔して恥ずかしく思った。そんなこんなで渡し守の人と他愛のない世間話をしながら対岸へ渡ってみると、何と城門前に氷結の女王陛下が立ってこちらに手を振っているではないか!俺も渡し守も俄然びっくりしてぎくしゃくしながら、慌ただしく簡素な挨拶だけを交し合って別れると、俺は内心どぎまぎしながらルーテリアに近付いて、出迎えてくれた彼女に礼を言った。すると、彼女は俺の袖の裾をつまんでふわりと倒れ込むように体を急接近させた。え?これってもしやラッキー展開か?
「ウォルトはアーシスからリョーディアへと直帰したわけではなさそうです。関所の通行記録は確認出来ましたが、その後彼がフルーレンシア領内で交通機関を利用した形跡がありません」
ルーテリアは顔を伏せたまま小声でそう囁くと、顔を上げて俺の目を見た。当然真面目な話に決まってますよね。邪な期待をしてすみません。
「それじゃあ、ウォルトは徒歩でフルーレンシアを移動していると言うことか?」
「徒歩よりは水の魔法を行使していると考えた方が現実的でしょう。ただ、そのような特別な能力を有しているのは女王と騎士だけなので、わたくしはその力をいたずらに浪費することをよしとしていません。本来であれば水竜の船か氷獣の橇に乗り換えるはずです」
「それで、ウォルトは今何処に?」
「アドレイアの話では、わたくしが到着する前日に城へ戻ったとのことです。彼がアーシスを発ったのはわたくしより一日前のことですから、時間経過に不審点はありません」
タイミングを見計らって到着して見せたと言うわけか。偽装工作が周到すぎるな。幸い彼は自分の小賢しい細工が気付かれているとは知らずに素知らぬ顔で通常業務に励んでいるとのことだから、これから彼の元を訪ねて行って真相を明かにしてこよう。俺はルーテリアにそう告げて彼女と別れると、彼女が教えてくれたウォルトの執務室へ向かって一直線に歩き出した。
礼儀正しく扉をノックして名を告げてから入室を許可されるまでは、少し間があった。おそらく予想外の来客に驚いたのだろう。この微妙な空白の間に何か隠したりしていないか、部屋に通されてからそれとなく彼の机の周辺を見回してみたが、至って不自然な所は何もない。強いて言うなら、かなり綺麗に整頓されているので、今しがたまで何かの作業をしていたようには見えないくらいだ。
「度々悪いが、例の件で話がある。少し時間をもらえるか?」
「もちろんです」
ウォルトは愛想のいい笑顔でそう答えると、執務机から応接用のソファへ移動し、俺と向かい合わせに腰を下ろした。
「捜査の方は順調ですか?」
「それが、次から次へと新証言が出てきて若干振り回されてる。犯人じゃないと言い切れそうなのはルーテリアとメラネミアくらいかな?その他の連中にはまだ裏がありそうだ」
「それでは、僕はまだ容疑者の一人として疑われていると言うことですね?」
その通りだ、ウォルト。というか目下一番怪しい動きをしているのはお前だ。
「お前に聞きたいことは幾つかあるんだが、まず始めに、事件が起こる直前の四女王定例集会の後で、カリスペイアと二人きりで話し合いをしたと言うのは本当か?」
ウォルトはぎくりとした様子で表情を強張らせると、「その情報は、誰から聞いたのですか?」と少し威圧的な調子で俺に尋ねた。この反応からして、彼がこの密談を他人に知られたくなかったのは疑いない。仮に彼が暗殺犯だったとすると、ここで証言者の情報を開示するのは身の危険に関わる可能性があるので、衛兵を含めた複数人からそう聞いたとごまかした。ウォルトは当然納得がいかない顔をしたものの、言い逃れは出来ないものと悟って素直に事実を認めた。
「フルーレンシアからグランビスに供給している水について、少し質問しただけです。何てことはない定期チェックみたいなものですよ」
「それはカリスペイアと二人きりでないと話せない内容なのか?」
「まさか。聞かれて困るような内容ではないですよ。ただ、カリスが女王としてグランビス全土の水道事業を管轄しているので、彼女に直接聞くのがいいと思っただけです。ジェネスも宰相殿も同席する必要は無いと判断したので、彼らの時間を無駄にしないためにもカリスと一対一で話をしたのです」
なるほどと納得しそうになるような言い分だが、それならわざわざ部屋にこもったりしないで堂々と話せば良かったのでは?どうせ短時間で終わったみたいだし。でもそう指摘したところで彼は真実を語らないだろう。本当は全く別の話をしていたに違いないが、それは彼が自白しない限り証明のしようがない。
「じゃあ次に、フェルと密会している件でアエルスからも苦情が出ているが、やましいことは何も無いのか?」
「友人として節度を弁えたお付き合いをしているだけですよ。アエルスが僕に言いがかりをつけたいだけでしょう」
「フェルの好物を手土産として密輸入してる件は?」
「密輸入だなんて大袈裟ですね。好物だと聞いたから親切心で持参しているだけです」
「何故フェルだけなんだ?他の女王には同じことしてないだろ?」
「他の女王の好みまでは把握しかねます。それに、僕が他の女王に媚を売る理由が何処にあるのですか?」
「QWの裏工作とか?」
途端にウォルトの顔が見る見る青ざめる。さては図星だな。やはりこの二人はQWの件で何か陰謀を企んでいたのか。
「QWの件についての直接的談合はルール違反だと聞いたぞ。一体何をするつもりだったんだ?」
答えられない直球の質問を前にただ口を閉ざし、項垂れるウォルト。この件がカリスペイア暗殺に関係あるのかないのかはっきりしないと捜査が進まないと畳みかけるも、「僕の口からは答えられません」の一点張り。それならQWってのはそもそも何なのか教えてくれと代替案を提示すると、ウォルトはしばらく悩んだ後で俺にこう言った。
「QWの詳細を口外することは禁じられているので僕にはお話しすることが出来ませんが、QWの発案者であるメラに頼めば教えてくれるかもしません」
言われてみれば、これまでメラネミアに直接聞いてみたことは無かったな。でもそれもっと早く言って欲しかった。今からソレイオン目指しても辿り着くまでに一週間以上かかるんだけど。
「じゃあ最後に、お前の行動を不審に思って調べた結果、お前はどうやらアーシスからここへ直帰したわけではなさそうだが、その間何処で何をしていた?」
ルーテリアには今後も彼の動向に目を光らせておいてもらわないといけないので、あたかも自分の手柄のように言ってしまったことは大目に見てほしい。ウォルトはこの質問に対しても黙秘権を行使。
「頼むよ、ウォルト。お前が口を開いて真実を語ってくれないと、この捜査は永遠に終わらない。それじゃあ殺されたカリスペイアが浮かばれないだろ?お前が本気で捜査に協力してくれるなら、お前自身の疑いだって晴らせるかもしれない。俺はこの事件を解決するために情報を集めているんであって、事件に関係ないならお前とフェルが友達以上だろうが、QWで不正をしていようが俺には全部どうでもいい!」
俺が痺れを切らして本音をぶちまけると、ウォルトはようやく顔を上げた。
「……そうですね。黙ったままでは、カリスのためになりませんね……」
ウォルトは悲し気にそう言った後、遂に重い口を開いて話せる限りの彼の物語を語り出した。
今から三十年前に始まったQWの戦局は今や膠着状態で、どの国も取り立てて何の動きも見せない仮初めの平和が続いていた。常識的に考えれば何ら悪いことは無いはずのその平穏に、ウォルトは焦りともどかしさを感じていた。何故なら、QWは戦争だ。戦うことこそが存在意義であり、最重要事項なのだ。ありきたりで満ち足りた平和と幸福ならホーリレニアの生活で十分享受している。それら甘い果実に飽満したからこそ、女王達と騎士達は芳しい禁断の劇薬に手を染めたのではなかったのか。ウォルトはそう考えると、どうにかして皆の士気を再び奮い立たせ、かつてのような華々しく苛烈な戦闘を再開させようとあらゆる手段を講じた。だが彼のその並々ならぬ熱意と努力も空しく、彼の誘いに乗って動いてくれたのはフェルだけだった。そこで彼は、規則破りは百も承知でフェルに直接相談を持ち掛けた。フェルは最初こそ戸惑っていた風だったが、やがて彼の計画に賛同して乗り気になった。そうして二人は秘密裏に結託し、そうとは知らずにのうのうとしている他国を急襲して侵略していくための緻密な作戦を練り上げていった。そんな彼らの最初のターゲットは、何を隠そうカリスペイアが守る《地の国》グランビスだった。ウォルトが国土全体に隈なく張り巡らされた水道網を利用して密かに自軍を配備しておき、フェルの軍が空から攻撃を仕掛ける算段だった。だがあからさまに二人が共闘していると知れると問題になるので、ウォルトはフェルが奇襲を企んでいると言う情報をあえてカリスペイアに伝え、援軍を装って堂々とグランビスに進軍することにした。これで全ての準備が整い、後は決行を待つのみだった。だがその日は決して訪れなかったのだ。彼らがQWでグランビスに攻撃を仕掛ける前に、カリスペイアが倒れてやむなく休戦に突入してしまったからだ。
「ステラさんが言及したカリスと二人きりの会談の内容は、この話です。QW内で自国以外の誰かと話をする際は全てが公式記録として記録されて他の女王や騎士が閲覧可能になってしまうので、リスクを冒してでもカリスに直接伝える必要があったのです」
唐突にフェルから攻撃されると予告されたのだから、カリスペイアがショックを受けたのは想像に難くない。それなら大分話が繋がる。
「じゃあ、今回もルーテリアに内緒でこっそりフェルに会いに行ってたのか?」
「そうです。QWでは、公正な戦いをするために他国へ攻撃を仕掛ける時は必ず一週間以上前に宣戦布告をしなければいけないのです。カリスがこんなことになるとは誰も思っていませんでしたので、フェルは予定通り僕がカリスに密告をしたその晩に宣戦布告をしたのです。でも、その後でカリス自身が何者かに殺されてしまいました。何も知らない人が見たら、フェルが暗殺犯なのではないかと疑いかねないでしょう。フェルはステラさんがその事実に気が付いて自分に追及の矛先を向けてくる前に、どうにかしてこの問題を解決できないかと僕に度々相談してきているのです」
「今聞いた話が事実ならそれだけでフェルを疑ったりはしないつもりだが、それってどうにか出来るものなのか?」
「正直無理でしょう。どの道休戦に伴って布告は無効になりましたし、その件で誰もフェルを疑っているようには見えないので彼女が気にしすぎているだけだと思います」
ウォルトとフェルの間にあるQW繋がりの真相は、どうやらこういうことらしい。二人ともQWでグランビス侵攻を目論んでいた以上、カリスペイアの命を狙った可能性は高そうな気もするが、それとこれは<別次元>の話だと言う。どう次元が違うのかは後で発案者の女王様に聞いてみるしかない。
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