第八話:容疑者E 《炎の騎士》

 俺はメラネミアと話を終えると、その足で再びアエルスの元へと急いだ。緊急集会のために全女王と全騎士が一堂に会しているこの好機を利用して、集められる限りの情報を全員から聞き出しておかなくてはいけない。外遊ならともかく、調査のために諸国行脚をするのは労力と時間の無駄だ。アエルスにはついさっき中庭で話を聞いたばかりだから、気まぐれに何処かへ飛び立っていなければまだその辺りにいるかもしれない。どうかその場を動かないでいてくれと内心で必死に祈りつつ、一直線に一心不乱に中庭を目指す。それにしてもこの城広いんだよなあ。俺も空とか飛べたら聞き取り調査がずっと楽になるのになあ。ストーリーテラーである俺には何かそういう便利な特殊能力が一つくらい備わっていても良いと思うんだ。過去を見通せる目とか、心の声が聞こえる耳とか。俺がずっと一人称だけでこの物語を語っていくと、小説よりも日記になるぞって作者にも再三忠告したんだけど聞きやしない。せめていい加減タイトルだけは教えてくれよ。俺は一体何を書かされているんだ?

 延々と続く螺旋階段を下るのに疲れ果てた俺が思わずそうして溜まりに溜まった《神》への恨み節を心の中に吐き出していると、ふと何処かから誰かの話し声が聞こえてきた。聞き覚えのある声なのでつい気になって声がした方へ忍び寄ってみると、回廊でフレインとタリアが立ち話をしている姿が目に入った。

「とぼけるのもいい加減にしろ。オレは全部知ってるんだからな?」

覆い被さるような格好で壁際に立ったタリアを押さえつけているフレインの様子はとても威圧的で、どう見てもロマンチックに囲い込んで口説いている風には見えない。タリアの方はさぞかし恐怖に震えているだろうと心配になって目を転じると、予想に反して彼女は全く動じておらず、睨み返すみたいな強く鋭い眼差しでフレインの顔を真っ直ぐに見つめていた。

「いい加減にしていただきたいのはわたしの方です。『わたしはカリスペイア様本人ではありません』と、何度言ったら理解してもらえるのですか?」

フレインめ。まだしつこくそんな事にこだわってタリアを困らせていたのか。往生際の悪い奴だ。大人しく自分の恥ずかしい人違いを認めれば、全ては即座に解決するぞ。そう助言したところで聞き入れそうにない思い込みの激しい彼は、尚も厳しくタリアを詰問する。

「ただのそっくりさんが声までカリスそのままなんてありえないだろ?演技なのか記憶喪失なのかは知らないが、お前は間違いなくカリス本人だ。オレが見間違うはずはねぇ!」

こうも自信満々で断言されると、何だかあながち彼の妄信ではないような気もしてくる。言われてみれば、タリアが本当に宰相の一人娘だと証明出来る証拠は何処にも無いし、カリスペイアの遺体を直接確認したのもフェルとアエルスだけだ。それに、ジェネスの遺体だってまだ発見されていない……。この暗殺騒動が《地の国》の茶番である可能性は、ひょっとすると検討する余地があるんじゃないか?

「そこまで仰るのなら、わたしがカリスペイア様とは完全に別人であると言う証拠をお見せします」

タリアはそう言うと、フレインを連れて歩き出した。俺の目的はアエルスを探して彼に話を聞くことだったはずなんだが、こんな面白い展開の行く末を見届けずに無視するなんて到底無理だ。アエルスの話なんて後でも聞ける。今は二人の後を追ってタリアの謎を解明しよう。俺は二人に気付かれないよう細心の注意を払いながら、彼らを尾行することにした。フレインを先導したタリアは、黙々と歩き続けて城内を横切り、城門をくぐって外へ抜け、歩き慣れた様子で街路の上を進んで行く。一体何処へ向かっているのだろうと不思議に思いつつも根気よく彼女の足跡を辿っていくと、やがて彼女はある建物の前でぴたりと足を止め、一瞬フレインの方を振り返ってから扉に手を掛けて中へと入った。

「ただいま。大事なお客様をお連れしたから、失礼のないようにね」

中には入れないので窓から内部を覗いてみると、花と緑に覆われた室内に何人かの人影が揺れ動いているのが見えた。

「おかえり。おや、誰かと思えばフレイン様じゃないですか!どうぞお掛けになってください!」

奥から聞こえてきたのは愛想のいい若い男の声。残念ながら植物に邪魔されて顔が見えないが、背丈はフレインよりも高そうだし、体格も立派だ。タリアは笑顔で彼の傍へ歩み寄ると、状況がさっぱり呑み込めずにその場で茫然と突っ立っているフレインにこう言った。

「わたしの夫です」

あ、やっぱりかと思った俺とは対照的に、見る見る青ざめたフレインの引きつった横顔に大量の冷や汗が滲み出す。

「タリアはカリスペイア様にそっくりなので驚いたでしょう?俺も最初は勘違いしてすごく緊張しちゃいましたよ。今じゃタリアのおかげでこの花屋も随分有名になりましたけどね」

朗らかに笑うタリアの夫を前に、フレインは滑稽を通り越して憐れになるほど動揺した様子で「そうか。よかったな」と途切れ途切れの棒読みな一言を不自然な笑顔で呟くと、慌ただしく別れを告げて逃げるように店から飛び出した。

「既婚者口説くなんて最低」

全力でマラソンでもした直後みたいに息切れして屈みこんだ無様な姿の騎士様に、冷やかしじみた罵声を横から投げつける。

「ストーカーとのぞきは犯罪だろ」

おっと、まさかの痛い正論が返ってきたな。今ならまともな返答が出来ないと思ってからかったんだが、思ったより冷静じゃないか。

「だがこれでタリアとカリスペイアが別人なのがはっきりしたんだから良かったじゃないか」

「それがわかってよかったのはお前だけだろ?」

相変わらず負けず嫌いな野郎だな、と一瞬むっとしたものの、俺はこの証明の裏にある残酷な現実に思い至ってすぐに言葉を失った。タリアとカリスペイアが別人だと言うことは、すなわちカリスペイアの死が確定したと言うことだ。最初からその前提で事件捜査を続けてきた俺にとっては当たり前すぎる事実だけれど、彼女をよく知るフレイン達からしてみたら、ほんの刹那でもカリスペイアが実は生きているかもしれないと錯覚出来たことは小さな希望だったに違いない。そう思ったら何だか急に物凄く余計なお節介をしてしまった気がして一気に気が沈んだ。フレインはそんな俺を見ると、俺に向き直って両肩に手を置いた。

「お前はお前の仕事をしただけさ。本当の大仕事はまだ終わっちゃいねぇだろ?」

そう言ってもらえると、ちょっとだけ元気が回復した。そうだよな。俺の仕事はこの事件の犯人を突き止めることなんだ。そのためには自分の感情を含めて個人の心情に振り回されているわけにはいかない。

「ありがとう、フレイン。お前の言う通り、俺は自分の仕事に戻るとするよ」

俺は笑顔で彼にそう答えると、当初の予定通りアエルスに事情を聞くために城へと引き返した。


 気まぐれ風のアエルスは、神出鬼没な奴である。騎士でありながら女王の傍でじっとしていないで単独行動をする輩は他にもいるが(……というか騎士全員そんな感じか)、彼は文字通り自由に飛び回れる能力を有しているので行動範囲が広く、一段と見つけるのに苦労する。フレインとタリアの一件で脱線した後、俺は出来る限り急いでアエルスと話した中庭へと戻ったのだが、やはりもうその場に彼の姿は無かった。一緒に居たはずのフェルの姿も見当たらない。面倒だが、一度彼らの部屋を訪ねてみるしかなさそうだ。そうして落胆しつつも観念してとぼとぼ来た道を引き返し始めると、ふと噴水の所に人影があるのに気が付いた。ちょうどいいからアエルスとフェルの行方を知らないか聞いてみよう。そう思って近付いてみると、噴水の清水と戯れているのはルーテリアだと判明した。途端に足がすくんで全身が硬直する。別にそんなに怖がらなくても大丈夫だと心の底では信じているけれど、これは何というか条件反射みたいなものだ。見たところ彼女一人らしいが、一体何故噴水の水を頭からかぶって全身ずぶ濡れになっているのか分からないので、想定外の異常事態にただただ困惑する。

「ルーテリア。そこで何してるんだ?」

彼女を驚かせないように注意しつつ、この謎の行動の理由を聞いてみた。

「水浴びです。今日は暑いので」

何とも言えない返答が得られた。確かに今日は天気が良いが、冷水で体温を下げたくなるほど暑くはない。きっと雪と氷に閉ざされた北国育ちの彼女にとっては十分暑いのだろうと自分を納得させ、あまり彼女の全身を直視しないように焦点を遠くに合わせながら質問を続ける。

「アエルスを見なかったか?ちょっと前にここで話したんだけど、いなくなっちゃったみたいなんだが」

「わたくしがこちらへ参りました時には既に無人になっておりましたよ。緊急のご用でしたら、部屋をお訪ねになってみるのがよろしいかと思います。そうでなければ、夕食時にダイニングルームでお顔をお合わせになった折に声をお掛けになってみてはどうでしょう?」

そうか。食事は全員集合で一緒に食べるんだったな。だが悲しいことに俺はあくまで<記録係>であって、どの女王や騎士とも直接的な関係が無いプラスアルファ要因として認識されているようなので、彼らと豪華な晩餐にありつくことは許可されていない。都合のいい時だけの除け者扱いしやがって。こうなったらダイニングルームの前で待ち伏せするしかなさそうだ。俺がそうすることに決めたと言って足早にその場を立ち去ろうとすると、ルーテリアはまだ何か言い足りない様子で俺を呼び止めた。

「我が騎士ウォルトの不審な行動について、わたくしの方でも秘密裏に調査を進めております。どうやら、ウォルトはQW関連でフェルとの間に接点があるようです」

思わぬ強力な助っ人の登場に歓喜したのも束の間、また例のQW絡みか……。結局それって一体何なんだ?

「QWは、メラネミアが考案した画期的な戦争です。自国の民を巻き込まないように配慮し、別次元での戦闘を可能としている点が特長です」

「別次元での戦闘?だからもう三十年も戦争をしているはずなのにどの国も荒んでいないのか」

「その通りです。恐れながら詳細は口に出来兼ねますが、たとえ別次元の戦争であっても、QWは確かに各国の国交や交易、女王及び騎士の関係に少なからぬ影響を及ぼしております。QWがカリスの事件の背後にある可能性は十分に考えられるのです」

「それじゃあ、ウォルトとフェルが何らかの目的のために結託してカリスペイアを襲った可能性もあるのか?」

「否定は出来ません。ただ、関係者がウォルトとフェルの二人だけなのか、それとも他にも誰かが加担していたのかという件に関しては、更に詳しく調査をする必要があるでしょう」

ふむ。どうにもこのQWが気になって仕方がないが、今のところ部外者の俺には立ち入る権利が無さそうなのでその辺の捜査は引き続きルーテリアにお願いするとしよう。

「ちなみに、アエルスもQWで妙な動きをしていたりしないか?」

この質問は役に立たないかもしれないが、念のために確認しておこう。

「いえ、アエルスは普段通りの予測不能な言動をしているだけです。気紛れなのが彼の性分ですから、何をもって不自然と見做すかは判断が難しい所ですね」

ルーテリアはこう答えたが、アエルスの一貫性の無い行動には特に疑問を抱いていないようだった。俺は彼女にフェルとウォルトの動向を注視してくれるように改めて頼むと、夕食につられて姿を現すはずのターゲットを確実に捕獲するために、ダイニングルームに程近い場所で時間を潰しながら粘り強く張り込みをすることにした。


 「話って何?ステラさん」

たらふく夕食を食べてご機嫌な様子のアエルスは、そう言うときょとんとした顔で俺を見つめた。

「カリスペイアの事件についてだ。事件当日、お前がフーシェではなくアーシスに居たと言う情報が入った。それについて詳しく事情を聞きたい」

俺が真剣な眼差しでそう答えると、アエルスはぎょっとしたように肩をびくつかせて顔をひきつらせた。彼はそれから素早く周囲を見回してその場に俺達二人以外の何者の気配もないことを確認すると、俺の手を引いて虚空の只中へと連れ出した。これだけ警戒していると言うことは、余程知られたくない事情があるのだろう。そう思うと彼のことが一層疑わしくなってくる。

「僕がアーシスにいたって話は、フレインから聞いたの?他の人には話してない?」

「メラネミアには話したよ。一応捜査協力者ってことになってるからな」

アエルスはそれを聞くとがっくりと項垂れて膝を折り、顔を覆った。不成功率百パーセントの女たらしと一緒にナンパしてたなんて言いふらされたらさぞかし不名誉で恥ずかしいだろうことは想像に難くないが、何もそこまで絶望するほどの恥辱ではないだろう。何がそんなに不都合なのかとくずおれた彼の頭上に問いかけてみると、ややあってから「フェルにだけは知られたくない……」と蚊の鳴くような弱弱しい声で女々しい泣き言を彼は零した。当然ながら、何故フェルなのかを聞かずに流してやるわけにはいかない。渋って口ごもる彼をどうにか説得し、これから彼が語る内容は一切他言しないという約束の下、ようやく口を開くことに同意してもらった。物語の進行上不可欠と判断したので躊躇なく詳細を記述するつもりだが、約束通り俺の口から誰かに話すのは控えよう。

「僕だって、一応恋愛とかには興味あるんだよ。でも、フェルはそういうの全然興味ないみたい。フェルは子供の頃からずっと変わらずに無邪気なまんまなんだ。僕はフェルのそういうなところが大好きだから、これからも変わってほしくないって思ってるけど、僕はフェルとは違うから……。でも、フェルは僕だけが変わってしまったって知ったら、すっごくショックを受けると思う。だから、フェルにだけは絶対に言わないでほしいんだ!」

ここで一つ断っておくが、<純心>と表記したのは俺のミスではなくアエルスの勘違いだ。女王や騎士の中にはこういう微妙な誤用をしている方が何名かいらっしゃるのだが、それは彼らの教養レベルの問題であって俺の誤字ではない。読者の皆様にはその点を肝に銘じて読み進めていただきたい。

「アエルスの気持ちは分かったから、いたずらに他人に吹聴するようなマネはしないよ。ただ、人って成長過程で内面も外見も変わっていくのが普通だと思うけどな。女王と騎士が全員独身で恋人無しなのには、何か理由があったりするのか?」

「それは僕にもわかんないな。フェルの場合は興味がないだけだと思うけど、ルールーはしっかり者だからそもそも恋人とか必要なさそう。メラは今の状態で満足してそうだしね。カリスは女王にとっての伴侶は国だって言ってたな。騎士の方はたぶんもっと気楽だと思うよ。フレインは女の子口説いてばっかだし、ジェニーはひそかに人気者だったし。ウォルトは……僕あんまり仲良くないからわかんないけど、彼はフェルと同じで恋愛に興味なんてないんじゃない?」

なるほどアエルスの観察眼はなかなか鋭いようで、この説明には結構説得力がある。ただ、さらっと言ったけど、アエルスはウォルトと仲良くないのか?

「べつに嫌いなわけじゃないよ?でも、僕達一人称が同じだからキャラかぶるよね?だからウォルトに一人称変えてって言ってるんだけど、全然聞いてくれないんだ」

アエルスはえらく不満そうにむくれて口をとがらせているが、俺が思うにキャラが被ってるのはアエルスとフェルだと思う。口調も似ているから二人の台詞を併記するとどっちがどっちか分からなくなる。そう言ったら、「フェルの一人称は<ぼく>でしょ?」と何故こんなにも明確な違いを見分けられないのかと言わんばかりに非難されたが、君達そもそも一人称使わない時あるしね。でもそんな揚げ足取りをしても始まらないので黙って同調したふりをして見せると、調子づいたアエルスは思い出したようにウォルトのある疑惑に言及した。

「だいたい、ウォルト最近怪しいんだよ?僕に内緒でこっそりフェルと二人っきりで会ってるの。前に二人が密会してるの見つけたからフェルに聞いたんだけど、はぐらかしてばっかりでなんにも教えてくれなかった。なんか仲間外れにされたみたいですごく嫌だったな」

彼のこの発言が真実だとすると、ウォルトとフェルの怪しい繋がりは二人だけの秘密で、アエルスは関与していないことになる。もしそうだとすれば、メラネミアが言ったようにフェルがアエルスに依頼してカリスペイアを暗殺させたと言う推理は成立しない。

「実はルーテリアもウォルトとフェルの関係を疑っててな。彼女は二人の秘密がQWに関係しているようだと睨んでいるみたいなんだが、何か思い当たる節はあるか?」

「う~ん……。もし二人がQWの相談をしているなら、それはルール違反だよ。QWの話を外でしちゃいけない決まりだから。でも、そういえば最近フェルがよく大好物の小魚ナッツ食べてるの見るなあ。ウォルトからもらったって言ってた気がする。ねえ、これってかなあ?」

うん、賄賂の可能性があるね。後でルーテリアにも報告しておこう。大変参考になる証言をどうもありがとうとアエルスに礼を言うと、散々色々喋った今更になって不安になったのか、アエルスは急に心配そうな顔で「フェルは大丈夫だよね?」と聞いてきた。大丈夫かどうかは彼女が潔白かどうかによるので何とも言えないが、どうやらQWのルールなるものは破っていそうなのでその廉でのお咎めはまず避けられないだろう。幸か不幸か、それにはウォルトももれなく道連れになってくれるはずだ。

「お前がフェルを信じたいのは分かる。俺だってフェルが犯人だなんて思いたくない。だが、彼女が何も知らずに利用されていることも考えられる。とにかく怪しい秘密は全部暴露して、虱潰しに捜査をしていくしか方法は無いんだ。だから、もし何か知っている事があるなら、どんな事でも構わないから話して欲しい」

俺がそう言い終えてから、しばらくの間アエルスは何かを考え込むように黙り込んでいた。いつものお気楽な笑顔がすっかり消えて、深刻な表情で目を伏せた彼の姿は、何だか別人みたいに見えた。

「実はね。フレインがあの日アーシスにいたのは、ただのナンパのためじゃないんだ……」

やがて彼は意を決したように顔を上げると、驚愕の真相を語り出した――……。


 アエルスから話を聞き終えるや否や、俺は直ちにフレインの元へと急行した。何も知らない彼は俺の呼び出しに応じてくつろいでいた部屋を出ると、俺に導かれるがままに従って人気の無い夜の中庭まで付いてきた。

「残念だよ、フレイン。お前の有罪は確定だ」

俺は背後に立った彼に振り向くことなくそう告げると、一際美しく輝く二つの満月に向けて静かに手を伸ばした。

「何っ?」

その直後、フレインは訳も分からぬまま金縛りにあったみたいに全身の身動きを封じられて、押し付けられるように地面の上へ膝を折った。

「お前はあの日、昼間にタリアをカリスペイアと間違えてしつこく口説いた。だがそれだけでは飽き足らず、もっと無謀で大胆な計画をその晩に実行したんだ」

俺はゆっくりと振り返り、無様に跪いている騎士の姿を見下ろした。

「カリスペイアを誘拐するつもりで、城に侵入したそうだな?」

フレインの目が大きく見開かれる。

「お前はアエルスを脅して協力させ、彼のちからを利用して難なく城の中へと忍び込むことに成功した。だが当時夕食の最中であったカリスペイアの傍には、騎士のジェネスが同席していたため、彼の存在が邪魔になって揉み合いになり、無意識に手に取った食器のナイフを勢いで彼の胸に突き立ててしまった。致命傷を負ったジェネスはそのまま床の上へ倒れ込み、彼と命を共有する契約を結んだカリスペイアも同時に倒れた。お前は意図せぬ最悪の展開に動転してその場から逃げ出し、そのまま一目散にヘイリオンへ逃げ帰った……。これが真相だな?」

フレインは全てを聞き終えると、堰を切ったように大声を上げて笑い出した。まさに追い詰められた悪党の典型的開き直りパターンだ」

「何を言い出すかと思えば……。んじゃ、オレを縛り付けてんのはアエルスの野郎だな?こそこそ隠れてねぇで堂々と出てきやがれ!このヘタレ!」

そんな鬼みたいな形相で声を荒らげられたら、出てくるどころか逃げ出すよ。俺がそう思った通り、物陰に隠れたアエルスは一向に姿を見せる気配がない。業を煮やした炎は更に勢いを増して吹き荒れる。

「お前が先に約束を破ったんだから、オレだけが律儀に黙っててやる必要はもうねぇよなあ?だったら、お前がこっそり出会いサイトで知り合った女の子とお茶してることフェルに言うからな?」

「だめーっ!それだけはだめえぇ!」

ヘタレ風瞬息で降参。確かにそれはフェルが聞いたら引くだろうな。俺はそこまで必死だったのかと憐れみを覚えたけど。

「でも僕うそは言ってないよ?フレインがその事で僕を脅して、カリスを誘拐するのに協力させたのは事実だもん!」

「お前の力で侵入はしたけど食事中だった上にジェネスが一緒だったから断念してすぐ引き返しただろうが!」

「じゃあカリスペイアを誘拐しようとしたことまでは認めるんだな?」

フレインは無言で頷いた。それだけでも十分犯罪未遂確定なんだが、理由についてもここできちんと明らかにしておこう。

「サプライズで温泉デートに連れ出そうと思っただけだ!メラにバレるとうるさいし、ジェネス連れて来られても迷惑だから思い切って強硬手段で行こうとしたんだ!別に混浴までは望んでない!あわよくばあられもない姿が拝めるかもとささやかに期待してただけなんだ!」

そろそろこの下郎には制裁を加えて大人しくさせた方が世のためなので、メラネミアに一報を入れてソレイオン城の地下牢にでも監禁しておいてもらおう。そうそう、この人こう見えて円らな瞳の耳の長い小動物が大嫌いなんだって。刑罰はアレで決まりだな。

「ソレイオンに帰ったら可愛いバニーにたっぷりもてなしてもらいな!」

メラネミアも早く愛想が尽きて我に返った方が良いと思う。

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