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先の転落事故の原因を解明し、事件は解決したと警察は見解したにも拘らず、再び同様の怪奇現象が発生し、今度はツバキ小学校の4年生の少女が転落事故に巻き込まれた。
その日の昼過ぎにそのような内容が新聞社にリークされ、警察庁の前には大勢のマスコミで溢れかえり、怒号のような喧騒が飛び交っていた。
「歩道橋に警察を配置させたにもかかわらず、またしても転落者が出た事に対して警察はどのように責任を取るおつもりなのですか!?」
「同じような現象が再び発生しましたが、今回の件もまた奇跡的なタイミングで崩れたというおつもりですか!? やはり今朝の見解の内容は無理があったのではないですか!?」
「近年起こっている不可解な事件と同じ怪奇的な現象とお見受けしますが、今回の事件も未解決として処理するつもりなのですか!?」
またしても生徒の命が危険に晒された事で警察の杜撰な捜査と見当違いな解決策に批難の声が鳴り止まない中、特に怒りを露わにしている男がいた。転落した少女の父親、樋橋 恭輔が閉じられている重厚な門に向かって身を乗り出し、侵入を阻もうと立ちはだかる警察官に血眼で食って掛かる。
「あなた方の無責任な捜査や見解で、1人の少女が死ぬところだったんですよ!? その事に対する謝罪の言葉すら言わないのは、レベル3都市ツバキに住む住民の命を軽んじての事ですか!? 再発した事件の解明より先に、不安にさせた学生たちへ謝ってくださいよ! 黙ってないで出て来いよ責任者ァ!!」
恭輔の怒りはすさまじく、彼の勢いに乗じてマスコミたちの非難轟々の声は益々ヒートアップしていく。にも拘らず警察側は一向にマスコミに対する返答をすることなく、ただただ時間が虚しく過ぎていくだけだった。
そんな怒号の声が響き渡る警察庁の入り口とは打って変わり、複数の人数が集まる会議室は静かだった。警察の上層部に交じって亨司と黒子の姿もあり、歩道橋でヒバナ達陰陽組を追い返した刑事達の姿もあった。ヒバナの所持していたオレンジ色の印籠を見た上層部たちは揃って顔色を青くしながら、捜査を行っていた刑事達を恨めしそうに見つめていた。
風変わりなオレンジ色の印籠を見せつけた時の上層部の慌てっぷりは見ものだった。色の称号を持つ陰陽組の構成員が、どれ程の力を有している存在なのかを理解していた上層部は、部下が無下に追い返したと聞かされた時、そろいもそろって頭を下げてきたのだから、失礼を働いた刑事達を恨むのも仕方のない事だろう。
もっとも失礼を働いたのはあくまでヒバナの部下なのだが、亨司と黒子はあえてその事を教えてはいなかった。
「既にご存じの通り、あなた方警察が解明した転落の原因、その結論に基づいて厳戒態勢で歩行者を見張るという対策を行った。しかしその結果、再び転落者を1人出してしまうという残念な結果となってしまいました。私達陰陽組があなた達警察に要望したいことは2つ。1つは迅速に歩道橋の再閉鎖を行う事、もう1つは我々陰陽組に捜査権を譲渡する事です」
「そんな勝手な言い分がまかり通ると思ってるのか!? 前にも言ったが俺達警察は幽霊とかは信じていない。お化けが人間を襲っただなんて胡散臭い話なんて信用できねえんだよ。だからお前らの協力なんか——」
ヒバナの指示通りに亨司と黒子は歩道橋の再封鎖を要請したのと同時に、陰陽組に事件の捜査権を譲渡するよう要求したが、警察の威信にかけて事件を解決すると言った手前、簡単に引き下がることは出来ないようだった。
しかしそれは陰陽組の2人にとっても同じみたいで、ガラの悪い刑事に臆することなく反論した。
「刑事さん、あなたは以前私達が歩道橋の調査に赴いた時に言いましたよね。警察の威信にかけて事件を解決すると。それからしばらくした後の早朝のニュースを見てびっくりしましたよ。信憑性のない転落の原因、安全面の欠如した対策。その筋の分野でもないあなた方警察に任せた結果がこれですよ」
黒子はそう言いながら窓辺の方へと歩いていき、下を覗き込みながらそう言った。痛いところを突かれたようで、刑事達はぐうの音も出ずただ黙って黒子を睨みつけるしかできなかった。
「正直申し上げるとですね、我々陰陽組は今回の事故を、怨霊の仕業によるものだと断定していますし、あなた方警察が信じなくとも上司の単独捜査によって得た根拠があります。だから今回の事件は我々専門家に譲っていただきたいんです。この事は、警察上層部の方々には既に話を通しています」
「皆さんに来ていただいたのは我々の要求を理解して頂き、今後の捜査について話し合いましょう」
あくまで冷静に、相手の機嫌を逆なでする事のないよう丁寧にそう説明するも、刑事達は受け入れてはくれなかった。
「ふざけんな!! 言ったはずだインチキ集団。俺達は心霊の類は信じないと。お前らのような胡散臭い連中なんかの手伝いなんてできるわけねえだろうが!!」
「悪いが、警察でも上司でもない奴らの指示に従うつもりはねえ! 俺達は俺達だけで捜査を行わせてもらう。上の命令なんて知った事か!!」
吐き捨てるようにそう言った後、集まった刑事達は上層部の制止を振り払いながら会議室を後にする。本来、厳しい縦社会であるはずの警察組織に在住する警察の人間が上に
保守的な考えからか、怒った事があまりないのか、怒号の声も出せないような平和ボケした気弱な中年の集まりに過ぎなかった。とてもガラの悪い強面刑事達を統率する立場の人間とは思えないほどだった。
頑なに陰陽組との協力を拒む刑事達に呆れてものも言えなくなった亨司と黒子に、上層部の人間がゴマすりをするように機嫌を損ねないよう下手に出て言葉を交わす。
「も、申し訳ございません亨司様、黒子様。なにぶんあいつらは自分の目で見たものしか信じない質でして。まぁ、仕事にかける情熱が熱すぎる奴らなもので、それがまたいいところでもあり悪いところでもあるわけで——」
「この世ならざぬものの存在を認めない以上、我々との協力関係は得られないという事ですね。だったら陰陽組とか警察とかにこだわらずに我々の指示に従ってくれる警察官を集めてください。彼らに深夜0時から5時の間、我々陰陽組が調査を行えるよう、歩道橋の入り口を封鎖してもらいます」
「0時から5時ですか。わかりました、出ていった刑事達には夜間時間帯の勤務から外すように手配します。では私達は協力してくれそうな奴らを募りますので、これで失礼します。外にいるマスコミにもまた会見を開かないといけませんしね」
「わかりました。また今日の深夜、歩道橋にて我々の上司、橙色の陰陽師と共に伺いますので、これで失礼します」
そう言い終えると亨司と黒子は警察庁から立ち去るべく会議室を後にした。まるで嵐が過ぎ去り静寂に包まれた会議室で、上層部達は力が抜けたのか、その場にへたり込んで安堵のため息を吐いた。
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橙の経典 恵比寿達磨 @togetogeneedle
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