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 急遽藍染も参加する事となり、蓮沼の自家用車の定員オーバーとなってしまった為、今日も麗華のリムジンを利用する事となった。ヒバナと蕨は一度利用したからかそれほど興奮してはいないものの、初めて利用する藍染はともかく、教師の蓮沼は小学生と同じように興奮している様子だった。



「じ……実は私、財前さんがこの車で登校しているのを見かけてから、一度でいいから乗ってみたいなって思ってたんだ。まさか当日にその願いが叶うなんて思ってもみなかったよ。いやぁーリムジンの中ってこうなってるんだねぇ」



 座椅子の質感を確認するべく撫でるように触ったり、絢爛豪華に装飾された内装を目に焼き付けるように辺りをキョロキョロと見渡す。藍染もまた、普段お目にかかる事ができないリムジンの内装を写真に収めていた。



「先輩。私、写真撮影の許可なんて出していませんけど」



「まあまあ、そんな固いこと言わないでよ。これも新聞部の存続の為なんだから」



「リムジンの内装を撮る事とどう繋がるのよ。まったくもう……」



 そう言って麗華はヒバナの隣に腰を下ろした。そして冷蔵庫の中からオレンジジュースを取り出し、コップへと注いでヒバナと蕨に渡す。はしゃぐ大人と空気の読めない上級生、この2人を白い目で見るヒバナと蕨、そして麗華の5人を乗せた騒がしいリムジンは、住居エリアへ向かって突き進む。



「ふぅ……。 さて、落ち着いたところで樋橋さん、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」



 先程まで子供のように目を輝かせて車の内部を見渡していた先生は、お面でも被ったかのように真面目な表情へと移り変わって蕨に質問をした。いきなり声をかけられてギョッとした蕨だったが、真剣な表情で尋ねてきた先生を見て蕨もまた姿勢を正し、真っ直ぐ先生を見つめた。

 瞬時に切り替えができる辺り流石は委員長だ。 ——委員長じゃないけど。



「どうして黒井君の事を知ったんだい? いくら将来の為になる自由研究、もとい取材の勉強とはいえ黒井君の事件が起こったのは4年前。その事件以外にも色々取材しやすいものはあったでしょ? なのにどうして?」



「あ……。 えっと、どうしよう。教えた方がいいかなぁ」



 蕨はヒバナに目配せしながら恐る恐る小声でそう訪ねてきた。尋ねられたヒバナはあくまで平静を保ちつつ返答をする。



「我野君……だったよね? 君が教えてくれるのかな?」



「それは黒井君の家で話を聞いた帰りに教える事にします。今話したところで信じてもらえるか微妙ですし、違う不安要素もある事ですから」



 それ以上ヒバナは会話をすることなく、リムジンの窓から外を眺めていた。それは話はここまでだという無言の意思の表れだった。

 ヒバナの言葉の後に気まずい沈黙が流れる。そんな事などお構いなしと言わんばかりにカメラのシャッター音だけが、車内に鳴り響くのだった。人の目などお構いなしにあちこちにカメラを向けてシャッターを押す藍染だったが天罰が降りた。



「先生、指定された住所に到着いたしました……けれど、本当にここでよろしかったのでしょうか?」



 リムジンを運転していた麗華のじいやが車を止めて後部座席にいる蓮沼に呼びかけた。慣性により藍染の体は運転席側へ向かって倒れ、座席に顔面をぶつけたのだった。心配する素振りを見せないじいや、後部座席と熱いキスをする藍染。それを見ていた蕨と麗華は笑いを堪えていたが、窓の外を見ていたヒバナは目的地の一軒家を見つめていた。



「……えぇ、ここです。ここが黒井君が住んでいた実家です」



 ヒバナはリムジンから降りて、目の前にある家をただただ見つめていた。手入れのされていない草木が生い茂り、老朽化した外壁は所々にひび割れが発生している。表札には「黒井」の文字が掘られており、確かにここは黒井 修平の家で間違いないだろう。



「修平君を失ったご家族の方々は、息子を失ったショックと寂寥せきりょう感から生きる気力を失った。示談金と簡単な在宅の仕事で何とか生活できてはいるけれど、目標もなくただただだけなんだ」



 後から降りてきた蓮沼が廃屋と見間違えるような家を見上げながらそう説明した。



「僕からしてみれば、あれを生きていると言えるか懐疑的ですけどね。行きましょう、僕達は黒井君の話を聞きに来たんだ。黒井さんの生活を憐れむために来たんじゃない」



 玄関口の脇から居間の様子を確認する事ができた。そこにいたのは旦那と息子を失ったショックで無気力となった母親らしき女性の姿だった。見ているだけで胸が痛くなるほどやつれている。

 蓮沼はそんな様子の母親を物悲しげな表情で見つめていたが、そんな先生を放っておいてヒバナは玄関入り口の門にあるインターホンのボタンを押した。



 蓮沼はインターホンの音に立ち上がって玄関の方へ向かって行く様子が窺えた。無気力と言えど居留守をするほど酷くはないようだった。



「——お待ちしていましたわ。蓮沼先生」



 職員室で事前に連絡を取っていたのか、突然来たにも拘らず驚いた様子を一切見せなかったのだから。



「初めまして、私は新聞部の——」



「突然お伺いしてすいません。私達はどうしても修平君の事を新聞で取り上げたかったんです。いきなりの事で驚かせてしまったと思います。でもどうか、修平君の事を色々と教えていただけませんか?」



 空気の読めない藍染を押しのけて蕨が玄関の門に立ち、修平の母親に一礼して謝罪する。それを見たヒバナ、麗華も蕨の横に並んで同じように頭を下げた。流石にそんな光景を目の当たりにした藍染も空気を呼んだのか、同じ行動をとった。



「謝る事はありませんよ優しいお嬢さん。息子の事を思って来てくださったのでしょう? どうぞおあがりになって」



「はい、お邪魔します」



 赤の他人が亡くなった子供の事で話を聞きに来る。子供達にとっては気がかりだっただろう。蓮沼が事前に連絡を入れてくれたおかげもあって快く迎え入れてくれた事で胸のつかえが取れたように、蕨の硬い表情に少し笑顔が戻った。

 またしてもリムジンに民主からの熱い視線が集まる中、ホラー映画に登場するような古ぼけた一軒家にヒバナ達は足を踏み入れたのだった。

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