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 ヒバナ達は教室に戻る前、新聞部に話は通しておくべきだという蕨の提案で、職員室を出たその足で新聞部の部室へと向かっていた。生徒の影すら見当たらない静寂に包まれた冷たい廊下の一角に、新聞部の部室があるという蕨の案内に従って歩み続け、辿り着いた。 ——1階非常口の真横にある、廃屋と呼ぶに相応しいほど老朽化している空き教室へと。



「……樋橋さん。本当にここ?」



 ツバキ小学校が古い校舎ではあるものの、あからさまにその教室だけは造りが違っていた。生徒が部活動しているとは到底思えない荒れ果てた外見に、ヒバナは本当に生徒が部活動で利用しているのかと懐疑的に思うほどだった。



「う、うん。間違いないよ。より学校の評価に値できる活動を行った部になればなるほど部室は優遇される物なの。ほら、この壁にかかってるのが新聞部の活動成果だよ」



 扉の横に設置されているホワイトボード。 ——のようなボロボロの板に画鋲で留められている紙を指差して蕨がそう答える。上部にスクープのタイトルがデカデカと記され、写真と共に内容が縦書きで細かく記載されている。更に下部には4コマ漫画という、新聞の猿真似と思しき用紙があった。

 しかしその内容は、新聞と呼ぶにはクオリティが低すぎるものだった。



「——学校の校庭に、またしても南条さんの犬が侵入。昼休みに外で遊ぶ子供達からは喜ばれたが、先生から再三注意されても犬には。逆に犬に説教をする先生が子供達から変な目で見られる破目……に」



「ヒバナ君、そのツバキ小学校の恥を口に出して朗読するのを止めてもらえません?」



「面白くないでしょ?」



「……犬も食わないね」



 ヒバナの読み上げる新聞の内容を聞いて、直接関係のない蕨や麗華は顔を赤らめて俯く。共感性羞恥というのだろう。転校してきたばかりのヒバナに学校のくだらない新聞を見られて恥ずかしがっていた。

 実際に声に出して読み上げるヒバナでさえ、あまりの面白みの無い内容に酷評するような言葉をつい口から出た。



「君達!! 人の傑作に対して随分な物言いじゃないですか!!」



 人などいないと思っていた教室のドアが勢いよく開かれたのと同時に学生の怒号がこだまし、それに驚いた蕨と麗華の悲鳴が静寂を打ち破る。教室から出てきた丸眼鏡に七三分けという、いかにもがり勉タイプの男子生徒が、顔を赤くして怒りを露わにしていた。



「新聞部の部長さんですか?」



 ヒバナは驚いて腰を抜かし、廊下にへたり込んでいる蕨と麗華を無視して今しがた出てきた生徒に声をかけた。



「え? えぇ。確かに僕は新聞部の部長を務めています、藍染あいぞめ 俊也しゅんやですけど、一体何ようですか?」



 へこたれたままの蕨と麗華の手を取って引っ張り起こし、職員室での経緯を説明した。その上で黒井 修平という生徒の為に、彼について取材した材料をもとに新聞を作ってほしい事を頼み込んだ。



「わかりました。そういうことなら喜んで協力いたしましょう! 丁度転落事故について新聞を作っている最中でしたし、その記事と一緒に載せることにしましょう」



 そしてすんなりと許可を得られたのだった。壁にかけられた新聞の内容から察するに大きなネタを手に入れる機会と出会わなかったのだろう、黒井 修平の情報を持ってくるヒバナ達は新聞部にとって、鴨が葱を背負って来たのと同然だ。



「それじゃあ藍染先輩、これから私達は黒井君の家に行って取材してきます。時間も時間なので明日の昼休みに取材した資料を——」



「待ちたまえ! 僕も同行しようじゃないか」



「え?」



「え」に濁点をつけたような声が蕨と麗華の口から出た。あからさまに迷惑がっている表情だったが、言われた当人は何も気にしていない様子だった。

 それを見たヒバナは藍染という生徒が距離を置かれている理由を理解した。俗に言う、空気が読めない男なのだ。



「ちょ……ちょっと待ってくださいよ先輩。黒井君の家には先生同伴の下、私達3人で行く予定なんです。あまり大人数で行ったらかえって迷惑になるので、先輩は記事や写真のレイアウトを考察しておいてもらえます?」



「いや、ここは部長である僕が取材を行うべきだろう。 ……いやいやいや、正直に言うと僕も連れて行ってほしい。ただでさえ部活動の報告もままならない状態だし、このままだと部の存続も危うい状態なんだ。だからどうか頼む、僕も連れて行ってくれ!!」



「えぇ……。 部の存続は私達関係ないですよね?」



 この提案に関してはヒバナも表情を曇らせていた。あくまで黒井 修平の容姿や彼について話を聞くことが目的であり、余計な人間を連れて行きたくないのが本音。

 しかし藍染は一歩も引くことなく、最終的に勢いよく頭を下げて下級生のヒバナ達に懇願し出したのだ。プライドを捨て、尊厳を捨て、ただただ部の存続の為に頭を垂れて懇願している。そんな上級生の姿を見ていたたまれなくなったのか、蕨は藍染も連れて行こうと言い出した。 ——ただ相手にするのがめんどくさくなっただけかもしれない。

 


「はぁ……。 まぁ僕は別にいいけどね」



「ヒバナ君がそう言うのでしたら、私も無理に反対はしませんわ」



「ありがとう。これほど先生が注目しているネタで新聞を作れば、新聞部が廃部になる事はまずない。そうと決まれば早速行動だ!」



 そう言って部室に入って荒々しい物音をたてた後、再びヒバナ達の前に現れた藍染は、まるで探検にでも行くかのような荷物を抱え、足早に下駄箱、玄関の方へと突き進んでいった。

 取り残されたヒバナ、蕨、麗華は互いに顔を見合わせて深くため息をついた後、藍染の背中を追いかけて行った。

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