11
放課後のチャイムが鳴り響いたと同時に、学校中にいる生徒達の悲嘆ともいえる呻き声が聞こえた。バスによる下校の時間だったからだ。
「またあんな暑苦しい思いをしなきゃいけないのか」「もっとバスの数を増やしてほしいんだけど」「明日からはパパに送ってもらおう」口々に文句を言いながら学校の駐車場に停めてあるバスへと暗い顔をしながら向かって行く学童たち。童謡ドナドナがよく似合うだろう。
しかしヒバナと麗華、そして蕨は職員室へと向かっていた。
「失礼します」
「——あなたたちまだ居たの?」
「すいません。どうしても先生方にお尋ねしたいことがありまして」
蕨が率先してヒバナ達の一歩前に出て、職員室にいる先生全員に聞こえるように大きな声でそう答える。
「今から4年前に亡くなった黒井 修平君の担任だった先生はどなたですか? 修平君が住んでいた住所を知りたいんですけど……」
黒井 修平。その名前を出した途端、職員室にいる先生全員が度肝を抜かれた様子を見せた。その質問は教師の間では禁忌だったのか、その場が一瞬凍り付いたように静まった。しかしそんな中でメガネをかけた瘦せ型の先生だけが、はたから見ても明らかに動揺していた。そしてそれをヒバナは見逃さなかった。
目が合った瞬間に顔をそらした先生だったが、ヒバナはニコニコと笑顔を向けてその先生がいる席へと突き進んでいった。
「待て。どうして死んだ生徒の住所を知りたがるんだ?」
「……」
そう尋ねられた時の返答を考えていなかったのか、ヒバナは大柄な男性教師に肩を掴まれた。一方で先生はというと、ヒバナから強く言及される前に急いで職員室を後にしようと思っているのか、机で生徒の抜き打ちテストの採点をいそいそと行っていた。
それでもヒバナは痩せ型の先生から視線をそらすことはなく、無言でニコニコと笑顔だけを向け続けた。背後から屈強な男性教師の怒鳴り声を完全に無視し、心の中を読み取るようにただ真っ直ぐ見つめ続けるヒバナに痩せ型の先生は、ヒバナを不気味な少年と捉えた。
「おい、聞いているのか! 何でそんな事を——」
「じ……自由研究の為です!」
怖い先生に問い詰められて固まってしまったと見て取れた蕨はフォローをするように、大柄な男性教師の方へ歩み寄りながら説得を試みた。
「自由研究だぁ? そんな宿題出されていねえだろうが」
「宿題じゃなくて、私の将来の為です。父は新聞社で働いてまして、情報収集、つまりは取材の勉強を個人的にしたいと思ってるんです。地域で起こった事件をお題として、一番身近にある事件を調べたところ、黒井 修平君のプール排水口に飲みこまれて溺死という出来事にフォーカスを当てたわけです」
「はぁ……。 あのなぁ樋橋、お前が真面目で優秀な生徒だという事は教師の間でも有名だし、親父さんの仕事への憧れから取材を行う事を俺達は否定するわけじゃない。けど息子を失った事件に加え、親父さんまでもが自殺した家庭にその件について取材を、ましてや全国ネットでなく一個人の欲望を満たす為だけの取材……自由研究を許可するわけがないだろう!? 母親に身内を失った悲しみを思い出させる気か?」
先生の言っていることも間違ってはいない。家族を失った黒井家にとって悲しい過去を掘り起こす生徒を止めるのは先生として当然の事だろう。しかし蕨は諦めることなく説得を続ける。
「勿論ただの個人的によるものではありません。今回取材させていただいた内容を新聞部に譲渡し、その内容を学級新聞に掲載してもらうつもりなんです。その子は本来なら6年生で、今年がその子にとって最後の学校生活になるはずだったんです。修平君がこの学校に居たという記録を残すという旨を説明すれば、保護者さんもきっと取材にも応じてくれるはずです。私はまだ子供だから断言はできませんけど、親御さんにとって最も苦痛なのは、息子の存在が忘れられてしまう事なんじゃないんですか?」
新聞部によって学級新聞に修平の事を記載する。その新聞が掲示板などに貼られることで、彼がこの学校に居たという記録を残す。それが蕨の説得材料だった。
蕨の言葉を聞いて、ヒバナの肩を掴んでいた大柄な教師の手がゆっくりと離れ、その場にいた先生全員が口々に賛否の声をあげる。取材に行かせるべきという意見、やはり行かせるべきではないという意見が飛び交う中、ヒバナは蕨の瞬時に思いついた文言によって大人達を説き伏せた話術に感心していた。
「——そうですよね。修平君がツバキ小学校に居たという証拠を残すべきだという主張には同意します」
そう言ったのは、瘦せ型の先生だった。
「蓮沼先生?」
「子供達だけを行かせるわけにはいかないというのなら、私が監視という名目で付いていきます。元担任として、黒井さんには本当に申し訳ない事をしたと、未だに罪悪感で胸が痛くなるんです。この子達の力になる事で少しでも罪滅ぼしになるというのなら、私は協力したい」
元担任である蓮沼と呼ばれた先生がそう主張した事で、先生たちから意見の言葉がぱたりと途絶えた。
「……わかりました。では蓮沼先生、子供たちの事、よろしくお願いします」
大柄な男性教師はヒバナの頭に手を置いて一礼する。その後、わしゃわしゃと頭を撫でながら自分の席へと戻っていった。それを見た他の先生たちも、各々の仕事に専念したようだった。
「そういうわけなので、皆さんはどこか適当な教室で待っていただけますか? 私も仕事が残っています。4時までには仕上げるようにします」
「わかりました。それじゃあ僕達は自分達のクラスで時間を潰しています。4時になったら駐車場で待っています」
ヒバナとしては住所だけを知ればよかったのだが、元教師も立ち会えば話がスムーズに進むかもしれない。
何はともあれ教師から反対されずに済んだのは蕨の説得のお陰。ヒバナは蕨の方へ向き直り、親指を立てるハンドサインを見せて蕨と共に職員室を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます