10

 目覚まし時計の設定していた時間から5分ほど経過した時間にようやく蕨は体を起こした。夜遅くまで起きていたせいで未だ寝ぼけた様子の蕨は大きなあくびをしながらふらつく足取りで階段を下りていく。

 階段を下りてすぐ隣にあるトイレから水の流れる音が聞こえたと思ったその矢先、ドアを勢いよく開けて出てきた涼音は蕨の姿を見るなり、おはようの挨拶もなしに茶化した。



「あんれぇー? しっかり者のワラビーちゃんが登校ギリギリに起きてくるなんて珍しいね。髪の毛もボサボサだし」



「んー……」



 涼音の言葉に腹を立ててしかめっ面を向ける。頭の働いていない蕨が唯一出来る意思表示だった。生真面目な蕨のだらしない姿という物珍しいものを見れてご機嫌な涼音を横目にリビングへと通じるドアを開けた。

 そして朝食の用意されているテーブルへと向かい、椅子に腰を下ろした。



「おはよう蕨……。ねえ蕨、あなた昨日夜更かしでもしたの? それとも体調が悪いとか? こんな遅くに起きるなんて珍しい」



「んーん……」



 首を横に振って否定してトーストをひと齧りする。涼音とは違い、蕨の体を心配をする母親にも素っ気ない態度をとる。兎にも角にも体調不良ではない事で一安心する母親は、打って変わって未だのんびりと朝食を食べる蕨に急ぐように急かした。



「そう、風邪ひいたわけじゃないのね。安心したわ……。 だったら早く学校へ行く準備をしてきなさい!!」



 滅多に怒らない母親から叱られた事で目が覚めた蕨。ガツガツとトーストを口の中にねじ込み、ダッシュで歯磨きと顔を洗い、ランドセルを背負って家から飛び出るようにバスターミナルへ走っていった。



「アハハハハハ! ワラビーちゃんってば慌てちゃって、おっかしー!」



「アンタ。のんびりしてるけど、歩道橋が閉鎖されたせいで自転車通学する子が増えたんでしょ? 早く行かないと駐輪場が埋まっちゃうわよ?」



「ママぁ。今日こそ車で——」



「死に物狂いでペダル漕げば間に合うわよ」



 家を出てから30秒後、バスターミナルへと向かう道中の背後から、鬼のような形相で自転車を走らせる涼音の衝撃的な姿、もとい表情を、蕨は一生忘れる事ができないだろう。






「——それは災難だったね」



 ツバキ小学校に一足先に着いていたヒバナが、げんなりしている蕨の話を聞いていた。気落ちしているその原因は、どうやらバスの車内にあったようだ。



 学校側がバス会社に多くの通学用のバスを手配したおかげで学童全員がバスに乗る事ができたのはよかったものの、1つのバスにギリギリまで乗れるだけ乗ったせいですし詰め状態となったらしい。結果、蕨の間近に親友の美海、そしてサボり魔の3人がギチギチで密接していたのだ。

 学校に着くまでの間、犬猿の仲と密接してバスに揺られていたのだ。気落ちするのも仕方ないだろう。



「ガミガミ委員長と同じバスになっちまうなんて、今日は厄日通り越して地球滅亡の日になっちまうぜ。隕石でも降っちまうか?」



「それはこっちのセリフよボンクラ集団。今日から当分の間アンタ達と一緒に登下校しないといけないだなんて、罰ゲームでも受けたくないわ。 ……はぁ、こんな思いをするくらいなら、私も我野君みたいに朝早く起きてバスを待っていればよかった」



 今から少し前の話、むさくるしいバスから降りてクラスへと向かったクラスメイト全員が驚愕していた。バスで来ていた自分達よりも先に着いている生徒がいたからである。それがヒバナだった。

 ヒバナ曰く、何時のバスに乗ればいいのかわからなかった為、始発のバスに乗ろうとバスターミナルに早朝から待っていたらしい。その時、早朝の日課として住居エリア内でジョギングをしている麗華の執事、じいやとばったり出くわしたのだ。

 事情を聞いたじいやはヒバナを屋敷へ連れ帰り、麗華と共にリムジンでバスより一足先に学校へ着いたという事だった。



「我野だけずりぃぞ!」



「え?」



「オーッホッホッホッホ。気にすることはありませんわヒバナ君。あなたはお友達の車で学校まで送ってもらっただけですわ。そう、私というお友達の広々とした高級リムジンでね?」



 ヒバナ同様に既に席へと着いていた麗華は疲弊しながら登校してきたクラスメイト達を見て悦に浸っていた。普段なら嫌味の1つでも言い返すはずのクラスメイト達も、今回ばかりは各々が自分の席へと座り、机に突っ伏してぐったりとしていた。やがて学校のチャイムが鳴り響き、教室に先生が入ってきた。



「はーい、全員席に……ついてるわね。じゃあ1時限目の算数を始めます。教科書の26ページを開いて」



 その言葉に従ってクラスの全員は無言で算数の教科書を取り出して授業を受けた。この日、給食の時間が来るまで全クラスがお通夜でもしているのかと疑うほどどんよりとしていた。

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