「あれ? 我野君……だよね? 何その格好」



 住宅地エリアへと向かう桜並木の一本道。誰もいないはずの木々の間から聞こえたのは、蕨の声だった。首からデジタルカメラをげ、懐中電灯を持ち、どういうわけか安全第一のヘルメットをかぶってどこかへ出かけようとしているみたいだった。

 小学生の蕨に陰陽組の素性がバレる心配はないが、ヒバナは狩衣の格好についてごまかしを入れる。



「実を言うと僕もお祭りと聞いてワクワクしちゃって、あのおっちゃんみたいに待ちきれなくてつい着ちゃったんだよね。僕のおじいちゃんのお古なんだけど、お祭りの衣装とは少し違うみたいで恥ずかしかったよ。アハハハハハ……」



「ふぅーん……。 我野君も岩石のおっちゃんと同じだね」



 「そうだね」そう言いつつヒバナの心は泣いていた。暑苦しくいかついオッサンと同じと言われて内心ショックを受けていたヒバナだった。



「樋橋さんこそここで何をしているの? 僕が言えたことじゃないけど、その格好は一体……?」



 最初は蕨に自分達の姿を見られた事に内心焦っていたのだが、よくよく考えれば夜遅くに小学生が1人で出歩いていること自体がおかしいと、ヒバナは話をしている中でふとそう思いつき、平静を装いつつ蕨に尋ねた。



「我野君はお化けの仕業だって思ってるんでしょ? だから私は私なりにその証拠を掴んでやろうと思って家から抜けてきたの。これはお父さんのお古のデジタルカメラ。私の宝物なんだよ。お化けはよく写真に写るって聞くし、これで写真を撮れば心霊写真が撮れるはずだよ」



「こんな時間に一人で? 散々学校で歩道橋には行くなって言っておいて?」



「う……。 ち、違う! あなた達と違って私は仕事なの、お手伝いなの! 新聞の仕事をしてるお父さんに情報を提供する為に——」



「それはやめた方がいいよ。どうも歩道橋には大勢の警察が調査してるみたいだし」



「え? どうしてそんな事我野君が知ってるの?」



「保護者と同伴なら歩道橋を調べても大丈夫かなって思って、お父さんとお母さん、兄ちゃんと一緒に歩道橋まで行ってきたんだ。ま、既に歩道橋にいた警察に一方的に言いくるめられて門前払いをくらったわけだけどね」



 調査に失敗した部下の不甲斐なさを咎めるように背後に立っている3人の方に振り向きながらピシャリとそう言うヒバナ。



「仕方がないだろう? 警察相手じゃあ俺達は無力なんだ。あの場は警察に任せるしかない。そうだろう?」



 普通の温かい家族を装うという陰陽組で決めたルールを利用して、格上のヒバナに意見した時の亨司は、表には出さなかったが優越感に浸っていた。更にルールを利用して格上であるヒバナを子ども扱いするように、拗ねた子供を窘めるように頭を撫でる始末。



「……まぁそういうわけだから歩道橋に行ったところで返されるのがオチだよ。歩道橋の事は警察に任せるしかないよ」



 言い返す言葉はあるものの言葉に出す事ができない状況にヒバナはやきもきしつつ、蕨に「家まで送るよ」と言って手を取り駆け出した。



「あ、ちょっと待って我野君」



 その途中でハッと思い出した蕨はヒバナの手を放して駆け戻っていき、偽りの家族の前に立ち自己紹介をしながらぺこりとお辞儀をした。



「あ、挨拶もなしに失礼しました。初めまして皆さん。私は樋橋 蕨って言います。我野君……ヒバナ君のです。色々迷惑とかかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」



「初めまして、私はヒバナの父の亨司です。礼儀正しい子じゃないかヒバナ、仲良くするんだぞ?」



 律儀な振る舞いを見て蕨を気に入った亨司は遠くにいるヒバナにニヤニヤしながらそう言葉をかけるも、蕨の視界から消えたことをいいことに、亨司に対して身の毛もよだつほど恐ろしい形相を向けた。



「む……息子と仲良くしてくださいね。あの子、私達の前で隠し事を良くする子だから、またどこかで会ったらお茶でもしながらあの子に関する事を色々話して頂戴ね?」



「困った事とかあったら何でも相談してくれ。ヒバナの友達なら何だって助けてやるからよ」



「はい、ありがとうございます。それじゃあ失礼します」



 優しくそう声をかける黒子と隆二に気を許した蕨はホッと息をついてから、背後で待っているヒバナの方へ振り返って駆け出していった。

 蛇に睨まれた蛙のように亨司はヒバナの方を見て固まっていた。しかし蕨が振り返った瞬間、鬼のお面から柔和な翁のお面へと被り直したかのように恐ろしい形相から愛嬌のある表情へと移り変わり、呼吸を忘れていた亨司は息切れを起こしながら深呼吸をして帰って行ったのだった。



「ヒバナ、お姫様をしっかりボディーガードしなよ」



 その去り際に余計の一言を言い放った隆二に、亨司と黒子は目を点にして固まった。そしてゆっくりと振り返るヒバナは満面の笑みを向けながら返事を返す。



「お兄ちゃん、後でね?」



「あ……調子に乗り過ぎました、すいません」



 そう言い終える前にヒバナと蕨は姿を消していた。真っ白になって固まっている隆二と恐怖心から冷や汗をかいている亨司と黒子を置き去りにして住宅地の方へと駆け出していったのだった。






 出会った時は互いに驚いていたせいで眠気が消えていたが、暗い住宅地の道を歩いているうちに蕨は大きなあくびをして完全に閉じていた目を擦っていた。

 もうじき寅の刻、つまりは3時を経過しようとしている時間だった。街灯は完全に消灯し、住民達は完全に眠りについている時間帯だ。そんな時間に未熟児が起きていられるわけがなく、ふらつきながらよだれを垂らす蕨はまるで夢遊病者だ。



「蕨ちゃん、君が家を案内してくれないと送りようが……はぁ。しょうがないなぁ」



 ヒバナは姿勢を低くして蕨をおぶり、再び歩き始めた。かろうじて起きているのか、おぶされている蕨は前方を指差して行先を指し示していた。

 その方向へと進んでいる途中、背後から人の足音のような音が聞こえてきた。しかしそれは陰陽組の3人の誰かでも、正常な人間のものでもなかった。水滴が落ちる音に交じってひたひたとコンクリートを踏む音が聞こえ、夜の冷たい空気以上の寒気がヒバナを包む。



「蕨ちゃん起きてる?」



 ヒバナは蕨が起きているか確認するべく声をかけながら振り返る。おぶっている為、至近距離で蕨の表情を確認する事ができたのだが、その真横には全身に水をかぶったかのように全身水びだし、尚且つ顔の大半が腐食して溶けているおぞましい女の霊が並んで立っていた。



「あぁあぁぁあぁあああぁぁあああぁぁぁ」



 女の霊は呻き声を出しながらおぶっている蕨の顔に手を触れようとした。



「——友に触れるな」



 しかしそうする前に女の霊は何者かによって遠くへと。予想だにしない展開に死霊といえど呆気に取られてしばらく動けず固まっていたが、今一度ヒバナの方を見て納得する。

 ヒバナのから黒い足のようなものが出現していたのだ。霊を蹴り飛ばしたその足は地面に付き、やがてもう片方の足、腹部、胸、両腕、そして頭部が出現し。ゆっくりと色づき始め、もう一人のヒバナが姿を現したのだ。

 本来体にくっついているはずのヒバナの影は消えていた。



「まさか向こうから出向いてくるとはなぁ。の言っていた事は本当だったわけか。怪奇が頻繁に発生する都市、レベル3都市ツバキ。まさに陰でと呼ばれるに相応しい場所と言えるな。こんな簡単に悪霊が姿を現して人間に危害を加えようとするから、俺がこの都市に配属されたのも頷ける。 ——俺との霊力の差も量れない小物が……。 浄霊も、ましてや除霊する価値もない。式影像しきようぞう。あの哀れな霊を永滅えいめつしろ」



 おぶっている蕨に聞かれない為にボソッと呟くように命令を下した後、ヒバナは再び住宅地の中を、樋橋の表札を探しながら歩きまわった。式影像と呼ばれたもう一人のヒバナは、頑なに蕨めがけて襲い掛かってくる女の霊を迎撃していた。

 自分の背後でそんな事が起こっている事など思いもしない蕨は完全に眠りについていたようで、本物のヒバナは大きくため息をつきながら樋橋の表札を見つけるべく一軒一軒見回った。



 そして翌朝、蕨は自分の部屋のベッドで目が覚めたのだった。

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