時刻は心霊現象が最も活発化する丑の刻を刻んでいた。歩道橋には警察の制服を着ているものが数名しかおらず、上り下りする階段に警官が2名ずつ各地に配置され、穴の開いた歩道、及び転落した現場には多くの警官が捜査していた。

 野次馬の姿がないことを確認した隆二、亨司、黒子は警察を指揮している刑事に声をかけようと近づく。



「お前等……警察の人間じゃあないな? どうやってここまで入ってこれた。歩道橋は全面的に封鎖してあったはず」



「——これを見れば納得してもらえますか?」



 それよりも前に3人の姿を発見した刑事はずかずかと距離を詰めてまくし立てる。隆二は彼の眼前に印籠のような黒い物体を突きつけ、それを見た刑事も隆二たちの素性を察したようで、一人納得していた。



「そういやぁ聞いたことがある。警察が未解決と処理した事件を極秘裏に解明し、解決していく政府公認の裏社会の巨大組織があると。確か——」



「我等3人は陰陽組、大属たいぞくの地位にあたるチームだ。あまりに不可解な事件故、我等も独自で調査をさせてもらう」



「断る」



 刑事はピシャリとそう言い放ち、今度は隆二の眼前に自分の所持している警察手帳を突きつけた。



「お偉い方がお前達陰陽組を贔屓にしていることは承知しているさ。だからと言って警察全員がお前等霊能力者を信用しているわけじゃねぇ。寧ろインチキ集団だと思っている連中が大半なんだ。当たり前だがこの都市に在籍している警察官は全員、霊なんてものの存在は認めてねぇ。この事件は我々警察の威信にかけて解決する所存だ。わかるか? 貴様等のような部外者はお呼びでないんだ。お引き取り願う」



 そう言って集まってきた警察官達の眼差しは、明らかに敵愾心の籠ったものだった。幽霊の存在を信じようとしない警察からしてみれば、隆二達は現場を荒らしまわる質の悪すぎる野次馬と同等の存在なのだろう。

 裏で動く陰陽組からしてみれば警察を敵に回すメリットなどない。寧ろ警察に睨まれたら今後、陰陽組で現場捜査を行う事が出来なくなってしまうだろう。



 そう悟った3人は身を引くことを決めたが、最後に警察側に対して質問を投げかけた。



「——なら警察はこの事件が一体何者の仕業だと想定しているというんだ? あの歩道橋を蔽うアクリルの壁に開いた穴はどう説明する? 君達のいうインチキ集団が納得できるような返答を聞かせてほしい」



「捜査権のない市民同然のお前達に教えるわけがないだろ? 言ったはずだ、部外者は黙ってここから去れと。後のことは我々警察に任せればいい。これ以上余計な質問をすれば公務執行妨害でしょっ引くぞ!?」



 手錠に警棒を取り出した警察を見てこれ以上の話し合いは無駄だと理解した3人は、踵を返して立ち去る事にしたのだった。

 その背後でフンッと鼻で笑う声が聞こえたのを聞き逃さなかった3人は、未だ事象の解決に勤しんでいるであろうヒバナの下へと向かう道中で、警察官達の無礼極まりない振る舞いに対する愚痴を吐きこぼしていた。



「クソ! 頭の固い奴らめ。俺達が民間人と同じだと!? 権力以外の力も持たない一般人レベルのくせに……バカにしやがってぇ!!」



「仕方ないだろう? 我々陰陽組は所詮日陰者であるわけだし、それに輪をかけて一般人には見えない幽霊退治を専門とする組織なわけだから、警察に我々の活動を理解しろと言われても無茶な話だ」



「こうなったら警察の上層部にでも圧力でもかけて連中を立ち退かせるか?」



「地上げ屋じゃないんだからやめなさいよ。 ——それよりも、あの子……橙色の陰陽師様への報告はどうするつもり?」



 黒子のその一言でヒートアップしていた隆二は冷静になり、平静を装っていた亨司と共に深い深いため息を吐いたのだった。



「だよなぁ……。 子供だから厳しくされることはないだろうって思ってたけど、あいつ本当にまだ10歳なのかよ。的確な指示、半端ない格闘技術、嫌でも劣等感を思い知らされるぜ」



「とりあえずあのガキの所に行くとしよう。素直に警察からの阻害によって捜索に踏み込む事ができなかったと報告するしかないだろう? 変に言い訳すると勘ぐられるし、嫌味なら聞き流してやればいいさ」



 3人が口々に愚痴をこぼしながらヒバナが単独行動をとっているツバキ第二高等学校へ向かって歩き続けていると、その方角から生暖かい空気が吹いてきたのを肌で感じ取ったと同時に、ヒバナの仕事が無事に完了したことを悟った。



「——どうやら、あっちの霊障はかたがついたみたいだな。流石は色の称号を持つ陰陽師といったところか。クソムカつくけど実力は確かなんだもんな」



 そして3人が進んでいた方向にある薄暗く細い路地から1人の人影が姿を現した。近づくにつれてその珍妙な格好が露わとなっていく。上下真っ白かつ無地の狩衣かりぎぬという陰陽師専用の装束を身に纏い、不気味な黒弧のお面を被り、自分の身長より長い刀……木刀を手に持って歩いてきた。



「お帰りなさい——」



「いくら民衆が寝静まった時刻とはいえ、些細な事で素性がバレる可能性もある。今は温かい家族を



 その言葉を皮切りに、隆二はヒバナに近づいて頭に手をポンと置き「帰るか」と一言だけ言ってアパートへと戻っていった。

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