学校と図書館で時間が経過し、紅色の陽の光が都市全土に照らしだした時頃となっていた。バスターミナルから20分ほど離れた場所に軒並み建っているアパートの数々、その1つにヒバナの住むアパート、アーバンモノクロが建っていた。

 未だにバスターミナルから住民達の掛け声が聞こえてくる中、自室である102号室の表札がある白いドアの前に立ち、ドアノブに手をかけて中に入ろうとした。

 しかしそれと同時に、背後から高校生とも見て取れる男から声をかけられた。



「ようヒバナ。学校は楽しかったか? 友達できたか?」



隆二りゅうじ兄さん! うん、楽しかったよ。お友達もできたし、勉強も楽しかったし。僕、ここの学校でもたくさんお友達ができるような気がするよ」



 黒の学生ランダを身に纏い、友好的に話しかけてきた金髪の男はヒバナの兄、我野 隆二だった。明るく社交的な好青年という印象が醸し出されている隆二の手を取ってヒバナは部屋の中へと入っていった。

 そんな仲睦まじい兄弟を迎えてくれたのは、少し年配な父親、亨司きょうじと、一見女子大生と見間違うほどかなり若い母親、黒子くろこの2人だった。



「なんだ、ふたり一緒に帰ってきたのか。本当に仲がいいなお前達は」



「お帰りなさい。初めての学校はどうだった? クラスの皆と仲良くなれそう?」



「うん! 今日ね、学校でお友達ができたんだ。樋橋 蕨ちゃんと財前 麗華ちゃん。友達ができるかなって不安だったんだけど、初めて会ってすぐに仲良くなれて本当に嬉しいよ」



 髭を生やしたおおよそ50代とも見て取れる男性はソファーでくつろいでおり、若い女性は晩ご飯の下ごしらえをしている最中だった。

 嬉しそうに学校で友達ができたことを報告するヒバナ、そんなヒバナの姿を見てほっこりする隆二と亨司。そして料理をしながらもしっかりとヒバナの話に耳を傾ける黒子。まさに家庭円満を絵にかいたような温かい家族の姿がここにあった。



 そしてそのひだまりのような温かい空間は一変して、殺伐とした空気へと変貌するのだった。



「皆優しいし協力的だし……ほんと、利用価値のありそうな連中で助かるよ。 ——さて、仲良し家族ごっこは一旦お開きだ。各自、霊障の情報を報告するとしよう」



 無邪気で愛嬌に満ち溢れているヒバナから発せられたとは到底思えないような冷徹な言葉に場の空気は一瞬で緊張が走り、先ほどまで背負っていたランドセルをソファーへ放り投げた。先程までくつろいでいた亨司は、ランドセルが投げられる前にソファーから降り、ヒバナの前で床に膝をついて跪いた。



 亨司だけではない。母親である黒子や、先ほどまで親しく接していた兄の隆二までもが亨司の横に並んで同じように跪いていた。目の前にいる、自分達の子供に対して、服従するように跪いていたのだ。



 ヒバナが変わったのは口調だけではなかった。子供らしく無邪気で愛嬌に満ち溢れていた雰囲気から移り変わり、刃のような鋭い視線を跪く3人に向ける様は、玉座に座る王のような近寄りがたい迫力と威厳が醸し出されていた。



「……とは言っても貴様の仕事は明日からだし、お前も近所の連中に顔と名前を覚えてもらうところから始めたばかりだから、大した情報は集められなかっただろう? とりあえず今回は俺とお前が回収した怪奇現象の情報について報告するとしよう」



「はッ! では僭越ながら、私から報告させていただきます」



 先程までの温かい家族の姿がそこには一片の欠片もなく、主と奴隷のような重苦しい主従関係の絵面があった。緊迫した空間のせいでシル〇ニアファミリーの家から〇怨の家へと移り変わったような雰囲気に移り変わった。

 そんな重苦しい空気の中、隆二は跪いたまま、転校したツバキ第2高等学校できいた不可思議な現象について報告をしたのだった。






 それは0時を過ぎた深夜の高校近くで立て続けに勃発するという怪奇現象についての報告だった。青白く光る紙のようにたなびく得体の知れないを見つけた生徒が、立て続けに不気味な笑みを浮かべつつ、狂いだして行方不明になるというものだった。

 その噂話が誕生してから立て続けに引っ越す家庭が増えたという情報も含めて報告を聞いた後、ヒバナもまた自身が学校で聞いた歩道橋の転落事故の情報を話しだした。図書館で得た情報も含め全てを話したのだった。



 ヒバナの話は実際に目撃した麗華からの情報源というだけあって信憑性は高いが、隆二の話はあくまで学校で聞いたゴシップ情報に過ぎず、聞いていた隆二もまた半信半疑だったという。



「では今回はその2つの事象を解決するとしよう。民衆が寝静まる深夜の時間帯に行動する。俺は隆二の聞いた怪奇現象について調査、解決をする。お前達3人は歩道橋の調査、できるのならば解決してくれ」



「承知しました、橙色の陰陽師様」



「……。 じゃあご飯にしよっかお母さん。僕初めての学校だから緊張して疲れたし、図書館に行ったからおなかペコペコなんだよ。ねぇ早くご飯にしようよ早く早く早くぅー!!」



「わかりましたよ。ヒバナ、隆二。ちょっとお手伝いしてくれる?」



「はーい!」



 完全に陽が落ち、アパートの外では帰宅する社会人たちで溢れかえったからか、嵐が過ぎ去ったかのように緊張感漂う空気が一変し、元の……いや、偽りの家族の姿が再び目の前に現れた。

 心なしか先ほどまで陽だまりのようにあたたかな風景が薄っぺらい作り物であると知った途端、笑顔に包まれた家庭が恐ろしく見えた。

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