「二人が僕の話を信じてくれるのは十分伝わったよ。じゃあ説明させてもらうね」



 恥ずかしさで顔を赤らめつつ拗ねている蕨を見てどこか満足した様子の麗華をよそに、ヒバナは自身の建てた仮説を今度こそ説明し出した。



「黒井 健司さんは四年前に息子をプールの事故で失っている。そして投身自殺の前にプール側とで和解が成立したものの、話ができないほどの錯乱状態に陥っていた」



「そう書いていましたわね」



「そして今回起こった転落事件。一体どこで起こったのかな?」



「歩道橋でしょ? やっぱり関係ないと思うけど……」



 麗華も同意するように軽く頷いてみせた。するとヒバナはまたプールの溺死事故の切り抜きあるページを開き、被害者の少年の記事を指差して説明をした。



「被害者の息子さん、黒井 修平君は当時8歳だったよね?」



「え? うん。そうだけど」



「この事件が起こったのは今から4年前で修平君は8歳だった。もし今生きていたとすると、いくつになっていると思う?」



「そりゃあ……4プラス8で12歳になってるでしょ?」



「そして転落事故をした生徒は上級生、つまりは5年生か6年生だった。生きていた場合の修平君と同年代になっているだろうね」



「あ……た、確かにそうだけどさ、その生徒は黒井 健司さんとは一切関係がないでしょ? だったらやっぱり無関係なんじゃないの?」



 転落した生徒は黒井 健司の息子と同年代。そう説明したヒバナはファイルを閉じ、蕨と麗華に向き直って説明の続きを話しだした。



「それじゃあ今度は麗華ちゃんが話してくれた転落事故の状況についておさらいするね。アクリル板で作られたトンネルのような歩道橋を歩いていた上級生の体が横に吸い寄せられていき、その行先に穴が唐突に開き、飲みこまれるように転落していった。これは間違いないね?」



「えぇ。この財前 麗華、私の煌びやかな瞳に誓って嘘偽りは述べていませんわ」



 そう言いながら自分の指を使って瞼を広げて目ん玉を見せつける麗華だったが、ヒバナはその一発芸とも見て取れる奇行を無視して話を続けた。



「だとしたら今思いつく発生原因は1つ。息子の死を受け入れられず自殺した黒井 健司が怨霊と化し、歩道橋を歩いていた上級生を、排水口に飲みこまれた息子と思い込み、助けようとしたんだ」



 その答えを聞いた蕨と麗華はハッと息を呑み目を丸くした。



「アクリル板で覆われた歩道橋を排水口のパイプと思い込み、その中にいる息子を助けようとした。呼吸ができない息子を一刻も早く助ける為に穴を開け、体を引っ張り出した」



「た、確かにそう考えますと納得できますわ。動機もわかりますし、犯人が幽霊であれば急に穴が開いた現象にも納得が……」



「だ、だけどどうしてその生徒が? ほかにも歩道橋を利用していた上級生、つまりは同年代の男の子なんてごまんといたはずなのに……」



 呟くようにこぼした蕨の疑問にヒバナが即座に答える。



「同年代だからという理由だけじゃないと思うよ。例えば顔立ちが息子と似ていたとか、着ていた衣類の色や背負っていたランドセルの色が一緒だったとかね。それはここでは分からない。黒井 修平君の家に行って写真を確認したり、詳しく話を聞かない限りはね」



「え? く、黒井 修平君の家? そんなこと言ったって場所がわからないんじゃあ行きようも——」



「第二ツバキ市民プールでの事故というからには彼もここに住んでいたはずだし、通っていた学校もきっと一緒なはず。今から学校に戻れば先生も居るだろうし、当時担任だった先生に話を聞けば住所ぐらいわかると思うよ」



 そう言いながらヒバナはランドセルを背負って本棚から取り出したファイルを元通りに戻し、図書館を後にしようとしていた。恐らくこの後すぐに学校に戻ろうとしているのだろう。

 やがて全てのファイルを片付け終えて地域資料のコーナーから出ようとするヒバナ達。そんな彼らを出迎えたのは、リムジンで待っているはずのじいやだった。



「お嬢様、せっかくお友達とお勉強の時間ですが、間もなく門限の時間が迫っております。本日はお帰りになられた方がよろしいかと」



「え? もうそんな時間ですの?」



 館内の時計を見てみると5時40分を示していた。小学生の門限としては妥当な時間と言える時刻だった。リムジンで図書館まで送ってもらった手前、今日の調査はここまでとなった。



「門限じゃあしょうがないよね。我野君、今日はここまでにしよ? 明日また学校で先生に尋ねてみたらいいわけだしさ」



 蕨はヒバナの肩に手を置いて諭すようにそう声をかける。少し残念そうな表情を浮かべるヒバナだったが、反論することなく図書館を後にしたのだった。






 図書館を出たリムジンはバスターミナル付近でヒバナと蕨を降ろし、丘の上へと向かって再び走り出した。

 その方角にも住宅地が存在していたが、かなり高いガラスでできた塀越しにタワーマンションや宮殿のような豪邸が軒並み並んでいるのが視認できた。ここいら辺りのこまごまとした小さな家々が建ち並ぶ地域とは違い、相当な金持ちが住んでいる事が窺える。



「あそこの方角にはリッチな人達が住んでる居住エリアなの。勿論同じエリア内なんだけど、お金持ちとかが集まってる特別な場所なんだって。『理想郷』って周りの人達は言ってるけど、なんだか見下されてるみたいで腹が立つって言ってる人たちもいるみたい。同じ町に住んでるんだから仲良くすればいいのにね」



「理想郷って呼ぶあたり嫉妬が垣間見えるね。まぁでも下町というかなんというか、温かみある町の情景の方が僕は好きだな。近場にある商店街から聞こえる生活音、バスを利用するべく往来する人々の姿。普段見ている当たり前の日常、だけど贅沢で煌びやかな暮らしよりこういうのが好きだな僕は」



「よくわかってるじゃねえか!!」



 バスターミナルから周囲を見渡して黄昏つつそう言葉を零すヒバナの背後には、体格のいい見知らぬ男が立っていた。頭に鉢巻を撒いてお祭り衣装を着こなす江戸っ子を体現したような男はヒバナの肩を叩きつつ嬉しそうにニコニコしながら「ガハハ」と豪快に笑い声をあげる。

 そんな男に目を白黒させるヒバナだったが、対照的に人懐っこい犬のように蕨は男の方へと歩み寄っていく。



「女の子じゃなくて男の子だよ岩石いわいしのおっちゃん、その格好……祭りって今日だっけ?」



「月末なんだけどもうじき始まる祭りが待ちきれなくて着ちまった。今日は実行委員会の集まりだったんだよ。前回は勝ちを譲ってしまったがよ、今回はぜってぇブルジョワ共の鼻っ柱へし折ってやるからよ! そうだろうお前等!」



 岩石のおっちゃんと呼ばれたその男を筆頭に、いつの間にか彼の背後には同じ祭り衣装に身を包んだ屈強な男たちが並んで立っていた。岩石の掛け声に答えるように「おぅ!!」と町中に響き渡るような声を出し、活気あふれる男たちの暑苦しい圧に気圧されたヒバナは少し後ずさる。



「今回こそはあそこにいる奴らに一泡吹かせてやるぜ!!」



「おぅ!!」



「セレブなジムで鍛え上げた見せかけの筋肉なんぞに負けてたまるかぁ!!」



「おぅ!!」



「見下され、田舎者扱いされてきた俺達の悔しさと意地をぶつけてやろうぜ!!」



「おぅ!!」



 祭りとはもっと楽しいものではなかったのか、それともここでの祭りというのは裕福層と田舎町とで何かを競い合う殺伐としたイベントなのだろうか。そんな疑問を抱きつつ、男たちが気合を入れて盛り上がる中に混じる蕨を置いて、ヒバナはそそくさと家に帰って行ったのだった。

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