5
「何であなたまで来たんですの? 図書館へ案内するぐらいの事、私一人でもできますわよ」
「私はただ我野君が危ないところへ行かないように見張っておく必要があると思ったからついてきたの。歩道橋へ行くことを止めず、あろうことか転落した場所へ案内しようとしたあなたに我野君の見張りなんてできるわけがないし、仕方なくついてきただけよ」
教室を出たヒバナと麗華は駐車場に止めてあった白いリムジンの中へ入り、学校を出ようとした時、自分の体で校門を塞ぐように蕨が立ち塞がっていた。
クラクションを鳴らしても山のように動かない蕨を見て埒が明かないと判断した麗華は、蕨も車に乗るように手招いた。
初めて乗るリムジンに興奮気味だった蕨は、あからさまに邪魔者のように扱う麗華の言葉に反論し、今に至る。
「お嬢様、間もなくツバキ小図書館に到着いたします」
「わかったわ」
「しかしお嬢様にボーイフレンドができたとは……旦那様や奥様が聞いたら大騒ぎになるでしょう。当分の間、秘密にしておいた方がよろしいですかな?」
「ちょっとじいや、私とヒバナ君はそんな関係じゃないわよ。 ——あ、ほらヒバナ君、樋橋さん、見えましたわよ。あの黄色い屋根の建物がそうですわ」
白い目で見る蕨と窓の外にある図書館を無言で眺めているヒバナと照れ隠しからか焦った様子を見せる麗華の三名を乗せたリムジンは、とても高級車には不釣り合いな騒ぎ声をあげながら図書館の駐車場へと辿り着いたのだった。
図書館の利用者から注目を集めるリムジンにじいやを残して、ヒバナ達は図書館の中で新聞の切り抜きがファイリングされたスクラップファイルを探していた。
小学生を対象にしている図書館だけあって中はそこまで広くなく、目的のものはすぐ見つけられた。図書館の片隅で、色とりどりのファイルが無造作に積み上げられているコーナーにそれはあった。
コーナーのテーブルにめぼしいファイルをごっそり本棚から抜き取って丸テーブルの上に置き、一つずつ背表紙を確認していった。
「経済に産業、文化に歴史……地域情報、事件。これだ」
ヒバナは目的の資料を見つけるとすぐさま開き、ものの数秒で1ページを読み終え次のページをめくる。数分で一つのファイルを読み終えると次のファイルに手を伸ばして中身に目を通す。
細かい文字を読むのに時間を費やす女子生徒二人は、速読とも見て取れるヒバナの読む速さに目を奪われていた。
「これは……」
四つ目のファイルの中身に目を通していたヒバナは、とあるページの切り抜きで手を止めた。すかさず蕨と麗華もヒバナの見ているファイルを見てみると、半年前にビルの屋上から成人男性が身投げしたという記事だった。
転落事故と類似している事件性ではあるものの歩道橋ではない。一見無関係な内容と見て取れるが、どうしてこの事件が気になったのか、蕨はヒバナに尋ねてみた。
「我野君、この事故の何が気になったの?」
「さっきチェックしたページに投身自殺した男性の名前が書かれてあったんだ」
ヒバナはめくっていったページを遡っていくと、ある新聞の切り抜きを指差した。
「市民プールにて
「そうでしたわ。確か4年ほど前に第二ツバキ市民プールで起こった事件、私もよくここを利用していたのですけど、危惧を抱いた両親にこの市民プールへ行くことを強く止められたのでしたわ」
そう言いながら麗華は窓の外へと視線を移す。今見ている方向にその市民プールがあるのだろう。その様子をヒバナはジッと見つめていた。
「続きを読むわね。えっと……市民プールからは金網フェンスが発見されず排水口付近から金網フェンスを取り外した痕跡も一切発見されなかった。溺死した修平君の父親、黒井
そこまで蕨が読み上げると、ヒバナは先ほどのビルの屋上から身投げした記事へとページをめくり、二人に記事の一部分を指差した。そこには黒井 健司の名前が記されていた。
「——それでヒバナ君、これが歩道橋の転落事故と一体どのような関係がおありだと考えていますの?」
「仮説でいいなら教えるよ。今回の事件の犯人は、この黒井 健司って人だよ」
投身自殺した人物が犯人だと自信満々に言い張るヒバナだったが、聞いていた蕨と麗華はヒバナの思いとは対照的に白い目を向けていた。
「死人が犯人なわけないでしょ!?」
「そんな事学校で言ったら益々笑いものにされるのがオチですわよ! 協力してくれるのは嬉しく思いますけど、もっと真面目に考えてくださいませんこと!?」
「図書館ではお静かに」
そう言いながら口元に人差し指をつけて窘めるヒバナを見て周囲を見渡してみると、図書館にいるほとんどの小学生及び保護者の視線を集めている事に気づき、ばつが悪くなって大人しく丸椅子に腰を下ろすのだった。
そんな二人の心情などお構いなしと言わんばかりに、ヒバナは自分の仮説の説明を続けようとした。しかしその前に仮説を理解してもらうにあたって確認しておくべきことがあり、それについて尋ねた。
「——この話をする前に、二人に確認しておきたいことがあるんだ。蕨ちゃんと麗華ちゃんは、幽霊の存在を信じる?」
突拍子もなく降られた質問に、先ほどまで顔を赤くして縮こまっていた二人は、豆鉄砲を食らったような表情でヒバナの方を見る。
そして頭の中で質問の意味を理解した蕨は、質問を質問で返すようにヒバナに尋ねた。
「ちょ、ちょっと待ってよ我野君。まさかとは思うけど、この黒井って人のオバケが歩道橋の転落事故を起こしたって言うつもりなの?」
「結果論としてそうなるね。だから二人には幽霊とか心霊現象の類に理解はあるか確認を取っておきたいんだ。それで、幽霊の存在を信じる? あるいは幽霊の存在を認める?」
互いに顔を見合わせて考え込んだ後、先に麗華が返答を出した。
「ヒバナ君は信じていますの?」
「信じてなきゃこんなこと言わないよ」
「お友達が信じているものを信用しないわけにはいかないでしょう? 私は只今より幽霊の存在を信じる事にしましたわ。だから教えてくださいませんこと?」
蕨は麗華の言葉を聞いて感心していた。学校での普段の彼女は高飛車で自信家だったが、友達の為ににわかには信じられないようなことを信じると決めたのだ。
金持ちというのはプライドが高く、庶民を見下すような存在だと思っていた蕨の金持ち像の認識が覆された。麗華もまた自分達と同じ純粋な子供なのだと再認識したのであった。
その答えに続くようにヒバナもまた肯定する返答を出した。
「私も財前さんと同じ意見よ」
「あれ? ——さっきまさかとは思うけどって言ってたよね。あからさまに否定的な反応だったじゃないか」
「え? そ……それはいきなり質問を投げかけられたから咄嗟にそんなこと言っちゃっただけだよ。本気でそんな風に思ってるわけないじゃ——」
「ちょっと樋橋さん、その気もないのに私の気持ちに同調するような事言わないでもらえるかしら」
「違うってば!! 私は本当に信じてるの! 幽霊はいるって信じているの!!」
今度はヒバナと麗華が蕨に向けて白い目を向ける。本心からそう思っているのかは定かではないが、慌てて誤解を解こうとあたふたと大きい声で弁明する蕨にまたしても図書館中の視線が集まるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます