樋橋家の住宅があるエリアへと伸びる桜並木の一本道を抜けた先には、地面から少し浮いた自動車のような乗り物が往来する大きな道路が横切るように伸びており、右方向には多くの会社が軒並みならぶ区画、エリアと呼ばれている場所へと続いていた。そして左方向に行けば学校などの施設が集中して建設されているエリアがある。



 会社だけが集められたエリア、そして教育に関する施設だけが集められたエリアが存在しているように、住居、医療関係、娯楽関係などの各施設がそれぞれ区分けされて密集しているエリアが、大きく構える庁舎を中心として各地に点在している都市、それがレベル3都市ツバキだった。それ故に学校へと向かう生徒同士が登校中に出くわす事は必定と言っていいほどよく起こる。



「おはようワラビー!」



「ミミちゃんおはよう。そのあだ名で呼ぶの止めてくれない? 朝からお姉ちゃんにもそのあだ名で呼ばれてうんざりしてるんだから」



「どうして? 可愛いじゃんワラビー。わらびだからワラビー、別に嫌な呼ばれ方されてるわけじゃないんだし、あんまり深く受け止めずに聞き流したらいいじゃん。ね、ワラビー?」



 黒いランドセルを背負ったおかっぱ頭の少女、柏田かしわだ 美海みみが蕨に駆け寄ってそう囁いた。何度もワラビーと連呼する友達に嫌な顔をしながらも並んで一緒に登校する辺り、相手を傷つけるつもりでそう呼んでいるわけではなく、ふざけてそう呼んでいるのだろう。そして蕨もまたそれを理解している。



 他愛ない会話を交えながら学校があるエリアを目指して歩き続ける二人の前に、数多くの通学バスが停車しているバスターミナルの姿が現れた。「ツバキ工芸技術専門高校」や「ツバキ医療大学」などの学校名が記載された大小さまざまなバスが停まっており、登校で一時間以上かかる場合に、バスの利用が認められている。そして徒歩で学校へ向かう為には、どうしてもバスターミナルを横切らなければならない。

 しかし蕨にとってあんまり出会いたくない連中と出会ってしまう。



「うわ……出たよ。お堅いガミガミ委員長だぜ。朝からあんな奴の顔見るなんて、今日は厄日だぜ絶対に。豪雨になるかもよ?」



「うっさいわねサボり魔軍団! こっちだって朝からアンタらのしょぼくれた顔なんて見たくなかったわよ」



「あんまり怒ると顔に皺ができるのが早くなっちゃうよー。ま、ガミガミ煩いおばさんにはピッタリかもしれないけどねー」



「んだとこのボンクラ共ォ!」



「ま、まあまあ蕨。こんなところで大声出さなくても……」



 蕨に絡んできた三人組は同じクラスの男子生徒だった。授業は出席するものの、掃除といった雑用となると教室を飛び出して逃げるサボり常習犯であり、その都度啖呵を切る蕨の事を煙たがっていた。

 その振る舞いから、本当の委員長でもないのに蕨の事をそう呼んでいる。



「おーこわいこわい。そんなうるさい声を出してると近所迷惑になるよオバサン。そういえばかなり前にも騒動を起こしたうるさいオバサンがいたなぁ——」



「とっととバスに乗れボケナス共ォ!!」



 バスターミナル中に響き渡る怒号をあげた蕨に本心から怯えた三人組は逃げるようにバスの中に入っていった。

 言い合いが激しくなり周囲を確認できなかった蕨は、ここでようやく自分達が周囲から注目されている事を知り、顔を伏せつつバスターミナルを後にしたのだった。






 まっすぐ一本道の道路をひたすら歩き続けて二十分、ようやく学校や塾、音楽教室やスイミングスクールといった教育施設が密集しているエリアへと辿り着いたが、学校へ向かう為に渡らなければならないものがある。それが歩道橋だ。



 多くの学生が利用するエリアという事もあり、都市の代表は学童と自動車間での交通事故を懸念した。その結果、歩行者は道路ではなく歩道橋を利用する事を義務付けた。その為エリアの出入り口には必ず歩道橋へと上がるための階段が設置されており、エリア内の道路上には必ずと言っていいほど歩道橋が設置されている。



「あーあ。朝から本当に嫌な連中と出会っちゃったなぁ……」



「ワラビーってばそればっかり。本当に鴨下かもしだ君達の事嫌いなんだね」



「鴨下に限った事じゃないけどさ、何で男って生き物はみんなガキっぽいんだろうね。係りの仕事や当番の仕事はやらないくせに、自分が決めたことは最後まで徹底的にやるとか、ガキなのよ。自己中心的なガキ」



 歩道橋を歩きながら未だ出会ったクラスメイトの愚痴を延々と漏らし続ける蕨。それを嫌な顔ひとつせず最後まで聞き続ける美海と一緒に学校まで向かっていたその最中、喚き立てる蕨の声すらかき消すほどの金切り声が、立ち並ぶビル群の壁に反響してこだました。



 そのあと少し間があいてから、ドサッと生々しい音が聞こえ、車が急ブレーキをかける音が鳴り響き、唐突に発せられた悲鳴を聞いて固まっていた周囲の人々も、状況がようやく飲みこめたようだった。



「だ……誰か落ちたぞ!!」



 その声が聞こえたと同時に周囲にいた人々は歩道橋から身を乗り出して下を覗き込む。そして蕨は見つけてしまったのだった、自分と同じ校章が刻まれたランドセルを背負った生徒の変わり果てた姿を。

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