FILE1 誘いの手
「30年間封鎖されていた山の中にある沼地から百体もの人骨が発見され、DNAの結果から、警察は30年前に発生した失踪事件の被害者であると断言しております。もうこの山で失踪事件は発生しないと警察は断言して封鎖を解除しましたが、なぜ今になって行方不明者の所在を掴めたのか、その事については一切説明がされておりません。から失踪それらの情報から事件の首謀者は警察関連の人間ではないのかとネット上でささやかれてはいるものの、依然としてこれ以上の情報が警察側から出る事はありませんでした。遺体の発見を機に首謀者の逮捕へと至る事ができるのか、今後の捜査に注目が集まっています。続いてのニュース——」
広大な田畑を開拓して作られた中規模都市、通称レベル3都市ツバキの早朝は、このニュースがほぼ全ての家庭で流れ、世間からの注目を独占していた。都心から少し離れた住宅エリアに佇むとある一軒家、
「何だこのハッキリしない会見は。世間が一番気になっているところが明確にされていないじゃないか」
「警察が情報を公開しないんじゃあ、取材をしても徒労に終わるでしょうね」
「かもな。でも世間の注目を1番惹き付けている事件なんだ。売れる新聞の記事には恰好のネタなんだし、普段以上に気合を入れて取材に出向くとするよ。無駄に終わるかもしれないけどね」
マスコミを生業としている樋橋家の大黒柱、樋橋
「あ、ちょっとアナタ——」
「もうお父さんってば、またお弁当忘れてる!」
呼び止める母、樋橋
「いつもお弁当の事忘れてる! お仕事の事で頭いっぱいになるのはいいけどさ、忘れ物をしない事にも意識してよお父さん!」
「おぉ、我が愛娘よ。パパのためにお弁当を持ってきてくれたんだね! よしよししてあげるからおいでおいで」
「……こうしたいからわざとお弁当を忘れてる。とかじゃないでしょうね?」
ふてくされた表情のまま、父親の言う通りに少女はハグをされながら頭を撫でられている。怒ってはいるものの抵抗する様子を一切見せずまんざらでもない様子から、甘えたい気持ちがあるのだろう。小学生ほどの少女ならおかしい事ではない。
「何言ってるんだ愛娘よ。そんなの当然じゃないか、お前の頭を撫でているこの瞬間だけが幸せを唯一感じる時なんだよ。あ、勿論ママとイチャイチャしてるときも幸せを感じるよ。それを娘たちに見せつけて私達の愛を証明している時間もまた幸せ……もうお前達と一緒の時間を過ごせるだけでもパピー幸せ!!」
「キモイ! 自分でパピーって言ってる辺り特にキモイ!!」
子供は叱るように父親に対してそう怒鳴りつけるも、いつの間にか革靴を履き終えた恭輔は子供から弁当を受け取ってカバンの中に入れる。玄関のドアを開けて出迎えに来た紀美子と子供に笑顔で手を振って投げキッスを一度だけすると会社へと向かって歩き出した。
「——
「わかってるよ。でも私ってお姉ちゃんの代わりなのかなって思うとついね」
「だってお父さんってさ、年頃の女の子に対する接し方とか全くわかってないのよね。普通高校生の娘と一緒にお風呂に入ろうとする!? お母さんもさぁ、いい年していつまでもラブラブなの見せつけないでほしいんだけど。恥ずかしいから」
「愛情表現が過剰なのよ。それを受け入れる懐の大きい人間になりなさい」
髪はボサボサではだけかけた寝巻という、未だ眠たそうな様子を露わにしてあくび交じりに不満を口にしながら階段を下りる女子高生の姿があった。しっかり準備を終えている妹とは正反対にだらしのない姉。その姿を見て蕨は再び大声で叱った。
「お姉ちゃんってば、もっと早く起きないと学校に遅れちゃうよ!」
「わかってないなぁワラビーちゃんってば。学校は朝8時半までに着けばいいの。今は7時35分でしょ? 朝8時のバスに間に合えばいいんだから——」
「何言ってんの。アンタ朝に出くわす痴漢がウザいから自転車に変えるって言ってたじゃない」
紀美子の一言を聞いて場が一瞬固まり、そして玄関に設置されている時計に熱い視線を向け続ける涼音。その後、ゆっくり顔を母親の方に向けて猫なで声でお願いをした。
「ママぁ。今日車で——」
「……アンタ、いい年して学校まで親に車で送ってもらって恥ずかしくないの?」
先程指摘された事への言い返しだろう、寝起きで頭が働いていない事もあるが、その言葉に反論する言葉が思いつかない涼音は頬を膨らませてリビングの方へ行き、急いで朝食、身支度を行った。
「全くもう……。 っと、私も学校行かなくちゃ」
蕨もまた涼音の後を追うようにリビングへと戻っていくが、あらかじめ準備を終えていた蕨は水色のランドセルを背負ってきて現れた。紀美子が玄関収納棚から車のカギを取る前に戻り、急いでスニーカーを履いて玄関のドアを開けた。
「じゃあお母さん行ってきます。お姉ちゃんの事はよろしくね」
「わかってるわ。あなたも車とかに気を付けてね。交通事故なんて滅多な事では起こらないけど、用心するに越した事はないから」
「はーい!」
玄関から出た所でフッと振り返り、元気いっぱいにそう言って学校へと向かって駆け出していった。
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