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「もらっていいの?」
「いいだろ、クラスメイトに渡す分なんだし。ちゃんともらうとき聞いたから大丈夫だよ。冬紀の分もいいかって」
聞かれたときの女子の渋い顔が目に浮かんだ。
それでも月人くんが言うなら仕方ない、と可愛く笑ったに違いない。
僕は遠慮がちに青い包み紙に包装されたお菓子を手に取る。匂いからしてチョコレートみたいだった。食べるところを見られると反感を買いそうだったので、それを手で遊びながら月人に聞いた。
「今日も朝練?」
「ああ。三年が引退して新体制だからな。四月には一年も入るし気合い入れていかね
ぇと」
「レギュラー取られないようにね」
「ははっ、誰に言ってんだ」
「でも、張り切りすぎて怪我しないように」
そう言うと、月人は「おう」と悪戯っぽく笑ってみせた。
百八十センチの高身長とがっちりとした体格に硬派な顔つきの月人だけど、たまに見せる子どもっぽい笑顔が女子のハートを撃ち抜く。実際、たったいま教室の隅で風穴を開けられた女子がいたことが気配でわかった。
月人は僕と何もかもが正反対で、明るくて人当たりが良く大抵の人から好意的に見られる奇跡を体現したみたいな男だった。
幼なじみじゃなかったら、絶対に関わりがなかった人種だと思う。バスケ部で中学時代からエースとして活躍し、高等部に上がってからも一年生ながらすぐにレギュラーを獲得していた。この容姿で運動神経も抜群なのだから異性は黙っていない。
僕が普通の男子だったなら、月人に近づくための女子戦略に組み込まれていたに違いないけれど、生憎、僕は普通ではないので「加島くんの好きな女の子のタイプってなに?」なんて探りを入れられたことはなかった。代わりに「加島くんに近づくな」なんていう警告文が靴箱に入っていたことはあるけど月人には言っていない。
これは墓場まで持っていこうと誓っている。
「冬紀はもう大丈夫なのか? 年末にかけてずっと具合悪かったろ」
「嘘みたいにピンピンしてるよ。ごめんね、迷惑かけて」
「いや、それはいいんだけどよ。一回検査とか行った方がいいんじゃないか? 顔色めちゃくちゃ悪かったからな」
僕は曖昧に「そうだね」と頷いてみせた。
心配してくれる月人には申し訳ないけれど、病院には行くつもりはなかった。原因ははっきりしていたからだ。
クリスマスの出来事については月人にはもちろん、誰にも言っていなかった。というか、言っても信じてもらえないだろう。
僕はあの日、吸血鬼同士のいざこざ(もはや戦争レベルの争い)に巻き込まれて大怪我を負った。あれは自分から首を突っ込んだともいえなくもないけれど、とにかく死んでもおかしくない怪我だった。
救ってくれたのはカシアだ。でも、何をされたのかはまでは知らない。
僕が目を覚ましたときは自分の部屋で、書き置きで最低でも五日間は身体の不自由がきかなくなること、山場を超えれば必ず治ることが書いてあった。
文末の最後には『ごめんね』と一言の謝罪も付け加えられていた。見た目とは裏腹に、カシアは字が綺麗じゃないんだなという印象だったけれど、単に日本語に慣れていないだけかもしれない。
僕はなんとなく、怪我をした肩口に触れてみる。そこには傷はないし違和感もない。全ては元通りになっていた。
カシアと出会う前のどうしようもなくつまらない自分に。
「……せめて、謝罪じゃなくてお別れの言葉にしてほしかったな」
「ん? なんだそれ」
月人が首を傾げる。
しまった。思わず声に出してしまった。
「いや、なんでもないよ」
「大丈夫か? 病院行くなら付き合うからな」
僕は笑顔で頷いてみせた。
カシアが僕の身体の中に入って怪我を治したとか、僕が吸血鬼の眷属にしてしまったとか、具体的なお別れの理由があればこんなモヤモヤした気分にはならなかったのだろう。でも命を救われたのだから、そこまで求めるのは贅沢なのかもしれない。
特に動けるようになってからは身体に変化はないし、今日までカシアが姿を見せることもなかった。
一抹の寂しさはあったけれどこれで良かったのかもしれない。
初めて出会った、孤独な吸血鬼の女王。
異性という枠を超えてあんなにも慕える人は初めてで、尊敬という言葉では足りない敬意があった。
ふとした思考の余白は、いつも彼女の姿で埋まっている。またいつか会えるだろうか、来ないであろう偶然に思いを馳せる時間は意外と悪くなかった。
そこで「あ、そうだ」とスマホを弄っていた月人が口を開いた。
「悪い、お前が具合悪かったときのことさ、
「………………え」
なんとも軽々しく言い放たれた発言だったけれど、それは僕にとってカシアへの自由な空想を吹き飛ばすほどの破壊力があった。
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